第三話:副隊長ガストン
眩しい光で目を覚ました。
「……ん……」
天幕の隙間から差し込む朝日に目を細めながら体を起こす。会議の後、天幕の端に敷いてもらった毛布の上で、そのまま泥のように眠ってしまっていたらしい。
体を伸ばしていると——
「あ! お疲れのところ申し訳ありません! 起こしてしまいましたか!?」
目の前にいたのは、一人の若い人間の女性だった。
透き通るような茶髪を後ろで一つに結び、動きやすそうな平民の服に身を包んでいる。手には木製のスプーンを持っていた。
「あ、いや……大丈夫。朝か……?」
「はい! 今朝の起床と朝食のご案内を担当させていただきます、元・勇者軍兵士のルチアと申します! コウジロウ様のお顔を一目見たくて、立候補して起こしにまいりました!」
ルチアはパンッと背筋を伸ばし、元気に敬礼してみせた。
「(元・勇者軍の兵士か……若いのに苦労してきたんだな)」
「ルチア、起こしてくれてありがとう。外、なんだか賑やかだな?」
「はいっ! 皆さんで朝食の準備をしております! ガストン副隊長とバルゼ副隊長も外でお待ちですよ!」
「よし、すぐ行くよ」
俺は身支度を整え、ルチアに案内されてテントの外へ出た。
朝の清々しい風が荒野を吹き抜けていく。
外に出た俺は、思わず足を止めた。
数百人の人間と魔族たちが、種族の垣根を越えて焚き火を囲み、「ガハハ!」と肩を組み合いながら楽しそうに大笑いしていたのだ。人間がゴブリンにスープを盛りつけ、壁男が兵士の背中をバシバシ叩いている。
「……なぁルチア。人間と魔族って、昨日まで殺し合いの最終決戦をしてたんだよな……? 打ち解けるの早くないか?」
俺が引き気味に尋ねると、ルチアはどこか遠い目をして微笑んだ。
「あ、それですか。昨日の夜、お互いの苦労話を交換していたら一瞬で意気投合したんです」
「苦労話……?」
「はい。『勇者は作戦会議と称して毎回朝まで自慢話をする』と人間側が愚痴れば、『魔王様なんて機嫌が悪いと理由もなく減給だぞ』と魔族側が返し……最終的に**『ブラック上司の下で生き残ってきたサバイバー同士』**として熱い友情が芽生えたみたいです。『お前たちも大変だったんだな……!』って泣き合ってました」
「上司の悪口パワーすごすぎるだろ……」
呆れる俺の元へ、ガストンとバルゼが晴れやかな顔で駆け寄ってきた。
「コウジロウ様! おはようございます!」
「おはようございます! 今朝は人間側と魔族側、双方の持っていた干し肉を煮込んだ『特製スープ』をご用意いたしました!」
「……仲良さそうで何よりだよ。スープいただくね」
ルチアから受け取った木椀のスープを一口啜る。干し肉の旨味が染み出たスープは、身体の芯から温まる優しい味がした。
「うまいな……! これなら今日も一日頑張れそうだ」
俺が笑顔で言うと、周囲の兵士や魔物たちから「おおおっ!」と大きな歓声が上がった。
「最高の仲間たちですな!」「うむ、過去の恩怨などあの平らになった二人と共に捨て去りました!」
ガストンとバルゼが力強く頷き合う。
スープを飲み干した俺は、空の椀をルチアに預け、集まったみんなの前に立った。
パンと手を叩くと、一瞬で場が静まり返る。
「みんな、朝食は済んだな! ガストンやバルゼから話を聞いているかと思うが、今日から本格的に村を整備していく!」
「ガストン率いる『食料調達班』は、森での狩猟と採集、安全な水場の確保! バルゼ率いる『資材・設営班』は、ログハウスと大型シェードの建設! 全員、怪我にだけは気をつけて取りかかってくれ。……それじゃあ、開拓スタートだ!」
「「「おー!!!」」」
活気に満ちた叫び声とともに、最高の仲間となった混成開拓団が一斉に現場へと動き出した。
ゾロゾロと作業へ向かうみんなの後姿を見送りながら、俺はふうと息をついて呟いた。
「現場の指揮はあの二人に任せれば安心だけど……これからの村のレイアウトとか、蓄えの管理とか、全体的な開発計画を俺と一緒に立ててくれる担当者がほしいな。誰か適任者はいないだろうか……」
すると、横で空の椀を片付けていたルチアが、ハッと顔を上げた。
彼女は手に持っていたお盆をそっと置くと、少し緊張した面持ちで俺の目の前に立ち、ぴしっと胸を張った。
「あの……コウジロウ様! もしよろしければ、私でもよろしいでしょうか……!?」
「え、ルチアが?」
「はい! これでも勇者軍では後方支援と物資の管理、陣地の記録係を担当しておりました! 計画の策定や書類の整理、計算ならお役に立てると思います! ……不甲斐ないかもしれませんが、コウジロウ様のお力になりたいんです!」
真っ直ぐな瞳で俺を見つめてくるルチア。
「不甲斐ないなんてとんでもない! 後方支援の経験があるなら、これ以上ない適任だよ。助かる、ぜひ一緒に計画を立ててくれ!」
「はいっ!! 任せてください、コウジロウ様!」
俺とルチアがさっそく村の設計計画に取りかかっていた、その頃——。
場面は変わり、鬱蒼とした木々が茂る深い森の中。
陽の光が木漏れ日となって差し込む静寂の森を、ガストン率いる『食料調達班』の兵士たちが静かに進んでいた。
かつて勇者軍で最前線に立たされていた彼らの目つきは、すでに『戦士』そのものだった。
「全員、足を止めろ」
先頭を行くガストンが低く短い声をかけ、手信号で指示を出す。
兵士たちは瞬時に気配を消し、周囲の草むらに身を潜めた。
ガストンの視線の先——数十メートルほど離れた低木の下で、耳の長い野ウサギが数匹、警戒しながら草を食んでいる。
「ガストン副隊長、あんな小さな獲物、矢の無駄では……」
若い兵士が囁くと、ガストンは静かに首を振った。
「甘いぞ。コウジロウ様が仰った『食料の確保』とは、大物を狙うことだけではない。手堅い小物を着実に集めることこそが、全員の胃袋を満たす近道だ。……行くぞ」
ガストンが指を一本立てる。
それを合図に、弓を構えた二人の兵士が同時に弦を引き絞った。
シュッ、シュッ!
風を切る鋭い音が二つ。
直後、野ウサギたちは逃げる隙すら与えられず、正確に首元を射抜かれてその場に倒れた。無駄な苦しみを与えない、見事な一撃だった。
「一撃必殺、見事だ。回収しろ」
「ハッ!」
息の合った連携で素早く獲物を確保していく。
さらに森の奥へ進むと、今度は頭上の大樹からバサバサと羽ばたきが聞こえた。丸々と太った野鳥の群れが、木の実をつつきに集まっている。
「上だ。投石器組、構え」
ガストンの指示で、数人の兵士が革紐に石をセットし、勢いよく頭上で回転させる。
ブンッ! ブンッ! ブンッ!
ドサッ! ドササッ!
放たれた石は吸い込まれるように野鳥たちの胴体を捉え、数羽の大きな鳥が木々の隙間から落ちてきた。
「よし、鳥肉もゲットだ! 今夜の焼鳥が食べたいな!」
兵士たちが声を殺して喜び合う中、突然、地の底から響くような地鳴りと共に、激しい草擦れの音が近づいてきた。
フシューーーーッ!!
「む……! 全員、下がっていろ!」
ガストンの一声で兵士たちが息をのむ。
草むらを押し分けて姿を現したのは、体長2メートルを超える巨大な**突進猪**だった。太い牙を剥き出しにし、血走った目で目の前の人間たちを睨みつけている。
「出たな、大物だ……!」
「副隊長、俺たちも援護を——」
「不要だ。手出しは無用!」
周囲の兵士を制し、ガストンはただ一人で前に歩み出た。
腰の長剣をゆっくりと引き抜き、じっと巨獣を見据える。その背中には、数々の死線をくぐり抜けてきたベテラン騎士の圧倒的な威厳が漂っていた。
ブフォォッ!!
猛烈な鼻息と共に、猪が大地を蹴った。弾丸のようなスピードでガストンへ向かって一直線に突進してくる。
地響きを立てて迫り来る巨躯。だが、ガストンは静かに息を整え、低く身構えた。
「理不尽な命令で徹夜の見張りをさせられ、失敗すれば過酷な処罰を与えられたあの勇者の理不尽さに比べれば……お前の突進など、あまりにも素直で温すぎるわ!!」
衝突のまさに直前。
ガストンは最小限の動きで巨躯の側方へ身を翻すと、閃光のような一閃を放った。
閃影斬——!!
ズバァァァァンッ!!!!
鋭い金属音と共に、一筋の銀光が森を切り裂く。
すれ違いざまに走り抜けた猪は、そのまま数メートル進んだところでピタリと足を止めた。そして、次の瞬間——首元から噴血し、ドスンと重い地響きを立てて倒れ伏した。
……静寂が森を包み込む。
「「「………………っ!?」」」
あまりの居合いの一閃に、見守っていた兵士たちは開いた口が塞がらない。
「す、すごすぎる……! 突進猪を、たった一撃で……!?」
「ガストン副隊長、一人で倒しちゃったよ……!!」
一気に湧き上がる大歓声。
ガストンは静かに剣の血を振り払い、カチリと鞘へと納めた。
そして倒れた巨獣を見下ろしながら、ふっと胸の奥から湧き上がる感覚に口元を綻ばせた。
(……何年ぶりだろうな。誰かの手柄にするためでも、理不尽な命をこなすためでもなく……仲間の胃袋を満たすために剣を振るうことが、こんなにも清々しく、楽しいと感じるのは……)
かつて手柄だけを奪われていた暗黒の日々が嘘のように、全身を満たす充実感。ガストンは返り血をぬぐい、晴れやかな笑みを浮かべて振り返った。
「ふむ、これなら全員が腹いっぱい肉を食べられるぞ。……コウジロウ様への良い手土産ができた」
ガストンは兵士たちに声を張った。
「さあ、手際よく解体して持ち帰るぞ! コウジロウ様や、拠点を建ててくれているバルゼ達魔族軍を待たせるわけにはいかん!」
「「「はっ!!」」」
有能すぎる苦労人副隊長と兵士たちは、手際よく巨大な獲物を担ぎ上げ、誇らしげに村の拠点へと引き返していくのだった。
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