第二十八話:ミーエルの街
ミーエルの街の入り口には、当然のように門番が立っていた。
「止まれ。……街への入場には、身分証の提示が必要だ」
槍を構えた門番の一人が、馬車を止めてそう告げる。
こういう展開では、身分証がなくてひと悶着
——というのがお決まりのパターンだが、俺たちの場合はそうはならなかった。
「身分証でしたら、こちらをどうぞ」
サットウが懐から取り出したのは、元勇者軍時代の兵士証だった。
「私は元・勇者軍所属のサットウと申します。こちらはミア、同じく後方支援部隊の者です」
ミアも同様に、自分の身分証を差し出した。
門番はそれをじっと確認すると、特に怪しむ様子もなく頷いた。
「……確認した。通っていいぞ。」
「ありがとうございます」
拍子抜けするほどあっさりと、俺たちは街の中へと足を踏み入れることができた。
聞こえなかったが、通る際にサットウと門番が少し会話をしていた。
「……助かったな、二人がいてくれて」
俺が思わず呟くと、サットウは控えめに笑った。
「元・勇者軍の身分証は、まだ有効なようですね。……あの人の下で働いていたことが、こんな形で役に立つとは思いませんでした」
「なんだかんだ言っても、実績は実績ってことか」
ミーエルの街に足を踏み入れた瞬間、俺とアリサは思わず声を上げた。
「おー……! これがミーエルかー!」
「す、すごいです……! 建物がこんなに……!」
石造りの立派な建物が整然と立ち並び、大通りには行き交う人々の姿が絶えなかった。
「人も、すごく多いですね……」
アリサが目を輝かせながら周囲を見渡す。
俺も同じように、街の景色に圧倒されていた。
(……こっちの世界に来てから、俺が見てきたのは、始まりの村と、あとは猫獣人の村くらいだったからな)
これまでの生活で、無意識のうちに、この世界そのものへの認識が偏ってしまっていたのかもしれない。
(正直、この世界のことを、かなり過小評価してたかもしれないな)
目の前に広がる石畳の街並み、活気ある市場の喧騒、行き交う人々の多さ——それは、俺が漠然と思い描いていたものより、はるかに立派で洗練されたものだった。
「思ってたよりも、何十倍もすごいな……」
俺が思わず呟くと、隣でミアがくすりと笑った。
「ふふ、コウジロウ様も、そういう反応をされるんですね」
「いや、これは素直に驚くだろ……」
そんなやり取りをしながら、俺たちはしばらくの間、街の賑わいに圧倒されていた。
「まずは、宿の確保からですね」
ミアがそう言うと、俺たちは彼女の案内で、街の中心部に近い一軒の宿屋へと向かった。
「ここです。……実は、私に少しつてがあって」
看板には『ロイヤルミーエル』と書かれている。
ミアが扉を開けて中に入ると、カウンターにいた恰幅のいい店主が、ミアの顔を見た瞬間、大きく目を見開いた。
「……ミア!? お前、生きてたのかい!」
「ご無沙汰しています、店主さん」
ミアが懐かしそうに微笑むと、店主はカウンターから身を乗り出さんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
「生きてたのかいじゃないよ……! 最近この街じゃ、勇者様と魔王が死んだって話で持ちきりでね。……最終決戦に出た兵士なんて、みんな死んじまったんじゃないかって、専らの噂だったんだ」
「……色々とありまして。今はこうして、元気にしています」
ミアが苦笑いしながら答えると、店主はほっと胸を撫で下ろした。
「まあ、無事ならそれでいいさ。……で、今日はどうしたんだい?」
「四人分の部屋、お願いできますか。……こちらの二人が同室、私とこの子が同室で」
ミアがそう伝えると、店主は頷きながら鍵を用意した。
こうして、ミアとアリサが一部屋、俺とサットウが一部屋、という形で宿泊することになった。
部屋の手配を終えた後、サットウがふと口を開いた。
「そういえば、コウジロウ様」
「ん、どうした?」
俺が尋ねると、サットウは思い出したように告げた。
「門番の方に、『後ほどミーエルの長が話を聞きに行くので、どの宿に泊まっているかをギルドに伝えといてくれ』と言われておりました」
「……そうか、それってもしかして」
俺はそう言いながら、ゆっくりと状況を整理した。
(……勇者と魔王が死んだ話が、街でも持ちきりってことは……)
「はい」
サットウも同じ考えに至ったのか、神妙な顔で頷いた。
「始まりの荒野で何があったのか、話を聞きたいということでしょうね」
「……だろうな」
俺は静かに息を吐いた。
まさかこんな形で、あの日の出来事について街の代表と話すことになるとは思っていなかった。
「とりあえず、ギルドには一言伝えておいた方がよさそうだな」
「そうですね。」
俺たちは荷物を部屋に置くと、そのままギルドへと向かった。
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