第二十五話:始まりの村
人間界には、三つの国が存在していた——「オーサ」「ワッカ」「ミーエル」。
魔界には、二つの国が存在していた——「クーカ」「マモ」。
そのすべての地に、ほぼ同じ頃、衝撃的な報せが届いていた。
——勇者、死亡。
——魔王、死亡。
——そして、人間界第三将軍・ダグローズ、死亡。
「な……何が起きているというのだ……!」
「勇者様が……魔王が……いったい誰の手によって……」
各地の宮廷や陣営で、一斉に混乱が広がっていく。
「境界地帯、始まりの荒野の状況を確認せよ!」
「誰かがあの地を掌握している可能性がある。至急、偵察部隊を送れ!」
「一体、何が起こっているのだ……この世界はどうなるんだ!」
情報が錯綜する中、各国はそれぞれの思惑を抱えながら、慌ただしく動き始めていた。
——そんな混乱とは無縁の、コウジロウたちの拠点。
集会所の一室では、静かな会議が開かれていた。
参加者は、コウジロウ、ガストン、バルゼ、ルチア、そしてコハクの五人。
「今日は、二つ話し合いたいことがあるんだ」
俺がそう切り出すと、四人が真剣な表情で頷いた。
「一つ目は、猫獣人のみんなについて。……コハク、率直に聞きたいんだけど、みんなはこの村での生活、どうだ?」
俺が尋ねると、コハクは少し考えてから、はっきりと答えた。
「はい。……正直に申し上げますと、とても居心地がいいです。安全に暮らせて、食事にも困らず、それに何より……種族に関係なく、誰もが笑い合っている」
コハクは微笑みながら続けた。
「村のみんなも、口を揃えて言っています。……できることなら、このままここに住み続けたい、と」
「そうか。……それは良かったよ」
俺は思わず頬を緩めた。
「もちろん、みんなが望むなら、これからもずっとここで一緒に暮らそう。……ただ、この村に住むのであれば、猫獣人のみんなにも、何かしら仕事をしてもらう必要がある。……みんなは何が得意なんだ?」
俺が尋ねると、コハクは少し考えてから答えた。
「私たちは、足が速い種族ですので……見張りや、伝達役が得意かと思います」
「見張りと伝達か。それは助かるな」
俺は頷いた。
「拠点が広がるにつれて、情報をすばやく届けたり、周囲の異変にいち早く気づいたりできる存在は、これからますます重要になってくるはずだ」
「お任せください。……速さには自信がありますので」
コハクが少し誇らしげに胸を張った。
「それで……もう一つの話なんだが」
俺は改めて場を仕切り直した。
「そろそろ、この村に、ちゃんとした名前をつけようと思うんだ」
「名前、ですか」
ルチアが少し驚いたように顔を上げた。
「ああ。……考えてみれば、もうずっと『拠点』とか『村』としか呼んでなかったからな」
俺は改めて、これまでの記録を思い返した。
人間、魔族、猫獣人、そして先の戦いで加わった投降兵たち。
「今、この村に住んでいるのは……確か百五十人ほどだったよな?」
「はい、正確には百五十四名です」
ルチアが即座に頷いた。
「これだけの人数が暮らす場所なんだ。さすがに、そろそろちゃんとした名前が必要だと思う」
俺はそう言って、四人の顔を見渡した。
「みんなの意見を聞きたい。……この村に、どんな名前をつけたいと思う?」
「コウジロウ村はどうでしょう?」
バルゼがそう提案すると、俺は思わず苦笑いした。
「さすがにそれは、恥ずかしすぎるだろ……」
「では……人と魔族の村、というのはいかがでしょう?」
ルチアが控えめに案を出したが、俺は少し考えてから首をひねった。
「悪くはないが……ちょっと直球すぎるかもな。」
しばらく全員が黙り込み、考えを巡らせる。
「……そういえば」
俺はふと、あることを思い出した。
「ここって、元々『始まりの荒野』って呼ばれてた場所だったよな」
「はい、その通りです」
ルチアが頷く。
「勇者と魔王の最終決戦の地……そして、俺たちがこの世界で最初に一歩を踏み出した場所」
俺はゆっくりと、その言葉を噛みしめるように口にした。
「だったら——『始まりの村』にしよう」
その提案に、その場にいた全員が顔を見合わせた。
「……始まりの村」
コハクが小さく呟くように繰り返す。
「いいですね。……あの荒野から、本当に何もかもが始まりましたから」
バルゼが静かに頷いた。
「私たちにとっても……ここは、新しい人生の始まりの地でしたから」
コハクも柔らかく微笑んだ。
「よし、それじゃあ……」
俺は改めて、集まった仲間たちの顔を見渡した。
「この村の名前は——『始まりの村』に決定だ」




