第十七話:猫獣族の決断
「……コハクさん」
「はい」
「これはダグローズによる自作自演です」
俺がそう伝えると、コハクは全てを察したように、静かに拳を握りしめた。
「……やはり、そうでしたか」
「一つ聞きたいんですが……戦うつもりは、ありますか?」
俺がそう尋ねると、コハクは苦しげに顔を歪めた。
「……戦いたい気持ちは山々です。ですが、我が村の戦力では、とても太刀打ちできるとは思えません」
コハクは俯きながら、絞り出すように続けた。
「……不躾なお願いとは承知しておりますが、コウジロウ様。どうか、私たちに力を貸していただけないでしょうか」
「タマ達はすでに俺たちの大切な仲間です。彼女たちを守るために力になりたいです。……ただ」
俺はそう答えながら、さりげなくステータスのスキルをコハクに向けて発動させた。
【名前:コハク】
【スキル:統治・止歩】
【能力値】
筋力:110 敏捷:500 防御:95 魔力:45
体力:120
知力:130
(……敏捷500!? コハク一人なら、相当な相手が来ても十分渡り合えそうだな)
だが、さっき村で出会った村人たちの姿を思い出して、俺は思考を続けた。
(……ただ、村人全員を守りながら戦うとなると、話は別か。守るべき相手が多ければ多いほど、その分だけ隙も生まれる)
「今回、この村には少数精鋭で来ていて、戦力はほとんど拠点にいます」
俺はそう続けた。
「だから――一度、全員で俺たちの拠点に来てもらえませんか?」
俺の提案に、コハクは驚いたように顔を上げた。
「拠点に……私たち村人全員を、ですか」
「ああ。安全な場所で態勢を整えて、それからちゃんと対策を考えたいのです」
コハクはしばらく黙り込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……分かりました。村のみんなと話し合う時間をいただけますか」
「もちろんです。じっくり相談してください」
コハクが村人たちを集めて話し合いに入る間、俺はふと思い立って声をかけた。
「あの、待ってる間、村を少し見せてもらってもいいですか?」
「ええ、構いません」
コハクの許しを得て、俺はガストンやバルゼたちと共に村の中を歩いて回った。
——歩けば歩くほど、村の窮状が肌で伝わってきた。
木造の家々は所々朽ちかけ、修繕もままならない様子だった。畑には作物がほとんど残っておらず、干からびた土がそのまま広がっている。
すれ違う村人たちは、誰もが痩せこけ、目の下には濃い疲労の色が浮かんでいた。
(……将軍への貢ぎ物のために、自分たちの食料まで削ってたのか)
俺は思わずステータスのスキルを発動させ、何人かの村人の様子を確認してみた。
体力の数値が軒並み低く、多くの者に【状態:飢餓】という文字が表示されているのが見えた。
「……これは、思ったよりひどいな」
俺は低く呟いた。
「移動するにしても、まずこの状態じゃ体が持たないだろうな……」
「コウジロウ様?」
隣で様子を伺っていたガストンに、俺は振り返って告げた。
「ガストン、悪いんだが、拠点から持ってきた食料、村のみんなに配給してもらえないか。かなり余裕を持って積んできてもらってたよな」
「はい、たっぷりとご用意しております! すぐに手配いたします!」
ガストンの号令を受け、バルゼの部下たちが手早く食材を取り出し、その場で調理を始めた。
パチパチと薪が爆ぜる音とともに、香ばしい匂いが辺りに漂い始める。
「……なんだ、この美味しそうな匂いは……!」
「肉の匂いだ……」
匂いに誘われるように、村人たちがふらふらと広場に集まってきた。
「すぐに調理しますので、少々お待ちください!」
調理を仕切っていた部下がそう声をかけると、まもなく大鍋いっぱいのスープと、こんがり焼けた肉が完成した。
「どうぞ、みなさん召し上がってください」
差し出された料理を前に、村人たちは戸惑いがちに顔を見合わせていた。
見知らぬ人間や魔族から与えられるものへの警戒心が、まだ拭いきれていないようだった。
そんな中——
「わあ、美味しい!」
真っ先にスープを口にしたタマが、目を輝かせながら声を上げた。
「うん、すっごく美味しいよ!」
ミケとムギも次々と頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。
その様子を見て、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
一人、また一人と料理に手を伸ばし始め、あっという間に村人たちは料理に夢中になっていった。
久しぶりに湯気の立つ温かい食事にありつき、あちこちから小さな笑い声や、涙混じりの感謝の声が聞こえてくる。
その光景を眺めながら、俺は改めて静かな怒りを噛み締めていた。
(……ダグローズ。お前がやったことの代償、ちゃんと払ってもらうからな)
しばらくして、話し合いを終えたコハクが戻ってきた。
「お待たせいたしました」
と言った瞬間、コハクのお腹から「ぐぅ……」と小さな音が鳴った。
「……っ」
コハクは頬を赤らめ、気まずそうに視線を逸らした。
「あ、コハクさんも食べてください。話はそれからでいいので」
俺が料理を差し出すと、コハクは恐縮しながらもスープを一口すすった。
「……美味しい」
ほっと息をついたコハクは、温かいものを口にしながら、ゆっくりと話し始めた。
「村のみんなで話し合った結果……結論から申し上げますと、全員で避難させていただきたいと思います」
「本当か!」
「はい。……ただ一つ、お願いがございます」
コハクは真剣な表情で続けた。
「避難先で、子供たちには、しっかりとした住む場所と食事を与えていただきたいのです。それさえ守っていただけるなら、村人全員、喜んでついていきます」
その言葉を聞いて、俺はやってしまったと思った。
「不安にさせてしまいすまない、詳細を伝えられていなかった」
「え……?」
「うちの村は、子供だけじゃなく大人も含めて、全員に住む場所も食事も用意できる。……おやつまでは保証できないけど、三食は問題なく出せるよ」
「そ、そんなに……!」
コハクは目を見開いて絶句した。
「それでも、真っ先に子供たちのことを心配するんだな」
俺がそう言うと、コハクは少し照れくさそうに微笑んだ。
「私が子供の頃も、同じように大人たちに大切に育てられましたので」
コハクはそう言ってから、改めて深々と頭を下げた。
「このご恩は、絶対に忘れません。改めて……よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくな」
俺も自然と笑みがこぼれた。
「ちなみに、ダグローズとの正式な約束の期日っていつなんだ?」
俺がふと尋ねると、コハクは少し考えてから答えた。
「今月の末日と伝えられています。あと五日ということになりますね」
「五日、か……」
俺は頭の中で日程を組み立て始めた。
「よし……二日で準備して、この村を出よう」
「「はい!」」
俺の号令に、村中から力強い返事が響き渡った。
久しぶりに希望の光が差し込んだ村の空気は、これまでの重苦しさが嘘のように、活気を取り戻し始めていた。
もしよろしければ、★評価やブックマークをお願いします!!




