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第72話 森の関

 南宿を出て半日。


 街道の土は、少しずつ白くなっていた。


 乾いた砂ではない。


 細かく砕けた石だ。


 車輪が踏むたび、薄い粉が舞う。街道の両脇に並ぶ木々も、南宿の周囲とは違っていた。幹は淡く、枝は高い位置で互いに絡み合い、空を細く切り分けている。


 奥へ進むほど、森は明るくなった。


 明るいのに、見通せない。


 白い幹が幾重にも重なり、その先を隠している。


「嫌な森だな」


 操縦席のガルドが言った。


「褒め言葉として受け取っておきます」


 アリアは荷台の前方に座っていた。


 右手はまだ布で吊られている。左腰には双剣の片方だけを差していた。


「故郷だろ」


「森は故郷ではありません」


「都は森の中にあるんだろ」


「森の奥にあるだけです」


「違いが分からん」


「分からなくて構いません」


 ガルドが肩をすくめる。


 伊織は荷台の端から街道を見ていた。


 右手は固定具の中。


 左肩の包帯は、南宿で巻き直されたばかりだ。


 薬師からは、鉄を出すなと言われた。


 リナからも同じことを言われている。


 守るつもりはある。


 必要になるまでは。


 クロは伊織の足元に伏せていた。


 左前足の包帯は薄くなった。それでも走れば傷が開く可能性がある。


 本人は気にしていない。


 風が変わるたびに鼻を上げ、白い森から流れてくる匂いを拾っている。


 荷台の奥では、トトが木片を握っていた。


 南宿を出る時も鳴らさなかった。


 戻った時に鳴らす。


 その決め事を守っている。


「見えてきました」


 エルナが言った。


 白い木々の間に、横一直線の影がある。


 壁ではなかった。


 太い樹木を左右の柱にし、その間へ白い石と銀色の格子を渡している。


 格子の向こうにも森が続いていた。


 門の上には、枝を広げた樹の紋。


 根元を二重の輪が囲んでいる。


 召喚状の封蝋と同じだった。


「森の関です」


 アリアが言う。


 声から、わずかに温度が消えた。


 門の前には荷車が三台並んでいた。


 人の列はない。


 商人らしい男たちは荷を開かされ、白い外套を着た検査官が箱の中身を一つずつ確かめている。


 門衛は六名。


 弓を持つ者が二名。


 槍が二名。


 残りは腰に細身の剣を差している。


 武器は抜いていない。


 だが、全員がこちらを見ていた。


「歓迎されてるようには見えねえな」


 ガルドが速度を落とす。


「歓迎を求めて来たわけではありません」


 アリアが答える。


「そういうところだぞ」


 装甲車が荷車の最後尾へつく。


 前の商人たちが振り返った。


 見慣れない車体。


 屋根のない荷台。


 骨刃を背負ったヴォルフ。


 片手だけで剣を持つアリア。


 右手を固定した伊織。


 包帯を巻いた黒犬。


 視線が集まらない方がおかしい。


 先頭の荷車の検査が終わる。


 銀色の格子が、人ひとり分だけ開いた。


 商人は荷車を曳いて森の奥へ消えていく。


 次。


 さらに次。


 装甲車の順番が来るまで、四半刻ほどかかった。


「代表者は」


 門衛の一人が聞いた。


 白い外套の胸に、樹の紋が刺繍されている。


 アリアが荷台から降りた。


「アリア=シルヴェインです」


 その名を聞いた瞬間、門衛の表情が変わった。


 驚きではない。


 知っていた顔だ。


「召喚状を」


 アリアが左手で封書を差し出す。


 門衛は受け取らず、横に立つ検査官へ目を向けた。


 検査官は灰色の手袋をつけている。


 直接触れず、薄い板の上へ封書を置かせた。


 封蝋。


 紙質。


 筆跡。


 光へ透かし、角度を変えて確認する。


「本物です」


 検査官が言った。


「入国を」


 アリアが求める。


「確認します」


 門衛は関所脇の小屋へ入った。


 扉が閉まる。


 すぐには戻ってこない。


 ガルドが装甲車から降りた。


「時間がかかるのか」


「召喚されて来てるんだろ」


 検査官は答えなかった。


 荷台へ目を向ける。


「同行者の身分証を」


「身分証?」


 ガルドが聞き返す。


「本国発行の通行証、機構所属証、または長老家による保証状です」


「どれもねえ」


「では、入国できません」


「こいつが呼ばれたから付いてきた」


「召喚対象者以外は、召喚状の効力外です」


 エルナが降りる。


「東部外縁管理局の調査記録があります」


「本国の保証にはなりません」


「調査への同行者です」


「外縁管理局に、本国への入国許可を出す権限はありません」


 用意された答えだった。


 エルナの言葉が止まる。


 アリアは検査官を見る。


「負傷者の治療担当者もいます」


「関内の治療所を利用できます」


「記録担当者は?」


「不要です」


「護衛は」


「本国が用意します」


 ガルドが低く息を吐いた。


「全部置いて、一人で入れってことか」


「召喚対象者は一名です」


「一人では行きません」


 アリアが言った。


 検査官の顔は動かない。


「それは、召喚対象者の判断ではありません」


 伊織は男の立ち方を見る。


 身体の重心。


 両手の位置。


 腰の剣からわずかに離れた右肘。


 戦う構えではない。


 だが、いつでも抜ける位置にはいる。


 周囲の門衛も同じだった。


 伊織たちを入れない。


 それだけなら、規則の話だ。


 だが、何かが早すぎる。


 召喚状を確認した検査官に驚きがなかった。


 同行者を切り離す答えも決まっている。


 クロが立ち上がった。


 低く唸る。


 検査官ではない。


 装甲車の下を見ている。


「クロ」


 伊織が呼ぶ。


 クロは車体の右後方へ移動した。


 鼻先を地面へ近づける。


 一度。


 次に、前輪の内側。


 最後に、荷台の底。


 そこには何もない。


 少なくとも、出発時には。


 クロが右前足で土を掻いた。


「ガルド」


「何だ」


「車体の下を見ろ」


 ガルドが屈む。


 その動きを見て、検査官の一人が前へ出た。


「車両には触れないでください」


 ガルドが顔を上げる。


「俺の車だ」


「検査中です」


「まだ検査してねえだろ」


「これから行います」


「だから見るんだ」


「下がってください」


 男の右手が、腰の剣ではなく袖口へ入った。


 伊織が動く。


「ガルド、離れろ」


 ガルドが車体の下から転がるように下がった。


 直後。


 装甲車の底で、金属音が鳴った。


 かち。


 細い銀線が四方へ走る。


 地面に埋められた杭と車体をつなぎ、網のように立ち上がった。


 クロが吠える。


 トトのいる荷台へ、線が伸びる。


 伊織は左手を開いた。


 黒い粒子が集まる。


 拳銃ではない。


 短い黒鋼警棒。


 左手の中で、輪郭が固まる。


 銀線を打つ。


 切れない。


 だが、進む方向を逸らした。


 線は荷台の縁へ食い込み、木板を削る。


「トト、伏せろ!」


 リナがトトを抱えて床へ落ちる。


 エルナも車体の陰へ入った。


 アリアが左手で剣を抜く。


「本国の検査具ではありません!」


 銀線がアリアの足元へ伸びる。


 彼女は後ろへ下がらない。


 剣を逆手に持ち替え、地面の杭へ突き立てた。


 金属同士が擦れる。


 杭が傾く。


 線の張りが一瞬緩んだ。


「右後方!」


 アリアが叫ぶ。


 白い外套の男が二人、門脇の小屋の陰から走り出した。


 検査官と同じ服。


 だが、胸の樹紋がない。


 一人は短槍。


 もう一人は、筒状の武器を伊織へ向けている。


 筒の先に銀線が巻かれていた。


 捕縛具。


 殺すつもりはない。


 生きたまま押さえるつもりだ。


 伊織は警棒を消さない。


 拳銃を出せば、関所全体が敵になる。


 ここで殺せば、アリアの入国どころではない。


 短槍の男が踏み込む。


 狙いは伊織の左肩。


 怪我を知っている。


 伊織は半歩だけ前へ入った。


 槍先が伸び切る前。


 黒鋼警棒で柄を下から打ち上げる。


 男の手首が浮く。


 左足で相手の前足を踏み、肩ではなく腰を入れる。


 警棒を肘の内側へ差し込み、捻る。


 男の身体が反転した。


 地面へ落ちる。


 槍は奪わない。


 蹴って遠ざける。


 筒を持った男が撃つ。


 銀線の束が開いた。


 伊織は警棒を手放す。


 黒い粒子がほどけ、左腕の前へ集まる。


 小型のアイギス・プレート。


 黒い盾が半分だけ現れる。


 縁は欠けている。


 それでも線の束を受けた。


 銀線が盾へ絡みつく。


 衝撃が左肩へ突き抜けた。


 息が止まる。


 盾の輪郭が揺れる。


「東さん!」


「前を見ろ!」


 アリアの背後に、別の男が迫っていた。


 剣を抜いている。


 刃は平らだ。


 殺傷用ではない。


 それでも、頭部へ受ければ倒れる。


 アリアは振り返らない。


 クロが先に動いた。


 男へ飛びかからない。


 足元へ滑り込み、右足首の外側へ肩を当てる。


 男の踏み込みが崩れた。


 アリアはそこで初めて反転する。


 左手の剣で相手の剣を受け流し、柄頭を顎へ当てた。


 男がよろめく。


 クロはすでに離れている。


 アリアの剣が通る場所を理解していた。


「そのまま!」


 アリアが叫ぶ。


 クロが地面へ伏せる。


 アリアの刃がその上を通り、男の外套だけを裂いた。


 胸元から、小さな金具が落ちる。


 白い樹。


 その根元にある輪が、一つ多い。


 三重の輪。


 ヴォルフの片目が細くなる。


「技術部だ」


「知っているんですか」


 エルナが車体の陰から聞く。


「昔より趣味が悪くなった」


 筒を持った男が、絡めた銀線を引く。


 アイギス・プレートが軋む。


 伊織の左腕が前へ引かれる。


 肩に熱が走る。


 盾を消せば、銀線がこちらへ飛ぶ。


 維持すれば、肩がもたない。


 クロが男の方を見た。


 だが、走らない。


 鼻を動かしている。


 筒。


 男の袖。


 腰。


 最後に、地面へ落ちた小さな箱。


 最初の銀網を動かしている制御具。


 クロが一度吠えた。


 低く。


「箱か」


 伊織が言った。


 クロは走った。


 男ではない。


 制御具へ。


 筒の男がクロへ向きを変える。


 その一瞬、銀線の張りが緩んだ。


 伊織は盾を消す。


 黒い粒子が左手へ戻る。


 拳銃の形を取ろうとする。


 だが、止めた。


 撃たない。


 代わりに警棒を出す。


 地面へ踏み込み、筒の男との距離を詰める。


 相手が筒を横へ振る。


 伊織は身を沈めた。


 筒が頭上を通る。


 警棒で手首を打つ。


 骨を折らない角度。


 二打目は筒の基部。


 金具が外れる。


 三打目。


 男の胸骨へ、突く。


 息が抜ける。


 男が膝をついた。


 クロは制御箱へ到達していた。


 噛まない。


 前足で押さえ、鼻先で横へ弾く。


 箱の下に細い留め針がある。


 クロがそこだけを見て吠えた。


「ガルド!」


「見えてる!」


 ガルドの鉄棒が飛ぶ。


 箱ではなく、留め針を打った。


 針が地面から抜ける。


 装甲車を囲んでいた銀線が一斉に落ちた。


 トトが顔を上げる。


 リナはまだその背を抱えている。


「動かないで」


「でも、クロが」


「クロは大丈夫です」


 その言葉を確かめるように、クロが制御箱の前で鼻を鳴らした。


 残る男は二人。


 門脇にいた弓兵たちは、まだ武器を構えていない。


 正規の門衛は混乱している。


 敵が誰なのか分かっていない顔だ。


 技術部の男たちは関所の服を着ている。


 だが、命令系統は別。


 その隙を使っている。


「武器を捨てろ!」


 正規の門衛がようやく叫んだ。


 誰に向けた命令かは分からない。


 伊織は警棒を下げない。


 アリアも剣を構えたまま。


 技術部の男の一人が、装甲車へ走った。


 狙いは荷台。


 報告書の写しを入れた鞄。


「クロ!」


 伊織が呼ぶ。


 クロが男を見る。


「人じゃない。鞄だ」


 クロの耳が動く。


 男が荷台へ手を伸ばす。


 クロは足へ飛びつかなかった。


 車輪を足場にして跳び、男の腕の下へ頭を入れる。


 鞄の革紐を咥える。


 男と引き合わない。


 紐を斜め下へ引く。


 留め金が外れた。


 鞄だけが男の手から抜ける。


 クロは着地し、そのまま伊織の後ろへ走った。


 男が追う。


 アリアが間へ入る。


 左手一本。


 男の剣が上から落ちる。


 アリアは受けない。


 半歩ずれ、刃を空へ落とす。


 男の脇が開く。


 剣の柄で肋骨を打つ。


 さらに足を払う。


 男が地面へ倒れる。


 アリアは刃先を喉へ向けなかった。


 手首へ置いた。


「動かないでください」


 息が乱れている。


 右手は使っていない。


 それでも、声は揺れなかった。


 最後の一人が森へ逃げる。


 ヴォルフが骨刃を抜いた。


 投げない。


 刃の背で、門柱の根元を叩く。


 鈍い音が森へ響いた。


 逃げた男の足元で、白い根が動く。


 生き物のように土から盛り上がり、足首を絡め取った。


 男が転倒する。


「何をした」


 ガルドが聞く。


「関の仕掛けを起こした」


「使えるのか」


「昔から変わってねえならな」


「詳しいですね」


 アリアがヴォルフを見る。


「嫌になるくらいにな」


 ヴォルフは骨刃を戻した。


 正規の門衛がようやく動き出す。


 技術部の男たちを拘束し、武器を集める。


 だが、伊織たちにも槍が向いた。


「武器を置け」


 門衛隊長らしい男が言った。


「襲われたのはこっちだ」


 ガルドが声を荒らげる。


「関所内で武器を使用した事実は同じだ」


「先にそいつらへ言え」


「全員、武器を置け」


 伊織は黒鋼警棒を見た。


 消す。


 黒い粒子が左手から落ち、空気へ消える。


 アリアも剣を鞘へ戻した。


 ヴォルフは骨刃から手を離す。


 ガルドは鉄棒を地面へ置いた。


 クロだけが、鞄の紐を咥えたままだった。


「それも置かせろ」


 門衛が言う。


「これは武器じゃない」


 伊織が答える。


「荷も検査する」


「正規の検査官を呼べ」


「私が行う」


「今まで、偽物を見分けられなかったお前が?」


 門衛の顔が硬くなる。


 周囲の空気が張った。


「東さん」


 アリアが静かに制する。


 伊織は黙る。


 クロへ手を出す。


 クロは鞄を渡した。


 手ではなく、伊織の足元へ置く。


 門衛はそれを見ていた。


 何かを言いかける。


 その時、背後から車輪の音が聞こえた。


 白い馬車。


 装甲車が通ってきた街道を、ゆっくり進んでくる。


 車体に紋はない。


 御者も一人。


 馬車が関所前で止まる。


 扉が開いた。


 銀髪の女が降りる。


「エルザ」


 アリアが名を呼んだ。


「追ってきたのか」


 ガルドが言う。


「同行です」


 エルザは答えた。


「聞いていません」


 アリアが言う。


「伝えていません」


「それを追跡と言うんだ」


 ガルドの言葉を無視し、エルザは拘束された男たちを見る。


 裂けた外套。


 三重の輪を持つ金具。


 地面に落ちた銀線。


 そして、クロが見つけた制御箱。


「これは関所の正規検査ではありません」


「技術部の者だと、そこの老人が言った」


 門衛隊長が答える。


 エルザはヴォルフを見る。


「間違いありません」


「認めるのか」


「技術部執行補佐です」


「目的は」


「判断できません」


「鞄を狙った」


 伊織が言う。


 エルザの視線が、伊織の足元の鞄へ落ちる。


「中身を見ましたか」


「見せていない」


「そのままにしてください」


「正規の門衛が検査すると言ってる」


 エルザは門衛隊長へ向き直る。


「この荷の検査は、私が引き受けます」


「権限を示せ」


 エルザは外套の内側から銀色の札を出した。


 白い樹。


 二重の輪。


 その上に、細い縦線が一本。


 門衛隊長の顔色が変わる。


「観測官」


「臨時です」


「技術部の侵入を把握していたのか」


「いいえ」


「なら、なぜここにいる」


 エルザはアリアを見る。


「観測のためです」


 アリアの表情は動かなかった。


「私を?」


「正確には」


 エルザの目が、伊織、クロ、装甲車、ヴォルフへ移る。


「あなた方全員を」


 ガルドが舌打ちする。


「堂々と監視って言いやがった」


「隠しても意味がありません」


 エルザは門衛隊長へ銀札を渡した。


「拘束した者は、技術部へ返さず、関の地下房へ。記録は二部作成。一部を長老会、一部を観測部へ送ってください」


「技術部から引き渡し要求が来る」


「拒否してください」


「その命令を出す権限は」


「ありません」


 門衛隊長が眉を寄せる。


「ただし、引き渡した場合、その事実をそのまま記録します」


 静かな脅しだった。


 門衛隊長は銀札を返す。


「分かった」


 エルザはアリアへ向く。


「召喚状は確認されましたか」


「返答を待っています」


「同行者は入国資格なしと告げられました」


 エルザはわずかに目を細めた。


「想定どおりです」


「方法があるのか」


 伊織が聞く。


「制度上は」


「あるんだな」


「簡単ではありません」


「簡単な道を期待して来ていない」


 エルザは答えなかった。


 関所脇の小屋の扉が開く。


 召喚状を持って入った門衛が戻ってきた。


 一人ではない。


 白い長衣をまとった男が後ろにいる。


 年は六十前後。


 髪も眉も白い。


 胸には、枝を広げた樹の紋。


 根を囲む輪の内側に、小さな鍵の印がある。


 男は周囲を見渡した。


 倒れた男たち。


 銀線。


 壊れた制御箱。


 装甲車。


 最後に、アリア。


「騒ぎについては、別途確認する」


 声に感情はなかった。


「先に召喚状への返答を伝える」


 アリアが一歩前へ出る。


「召喚を受けて来ました」


「確認した」


「では、入国を」


 白衣の男は、召喚状を返さなかった。


「アリア=シルヴェイン」


 家名まで、はっきり呼ぶ。


「あなたの機構からの脱退は、正式に受理されていない」


 アリアの目がわずかに揺れる。


「私は、脱退の意思を文書で提出しました」


「意思と手続きは異なる」


「返答はありませんでした」


「保留されている」


「何年も?」


「期間は問題ではない」


 アリアの左手が閉じる。


「召喚したのは、長老会です」


「そのとおりだ」


「それでも入国を認めない?」


「召喚状は、審問への出頭を命じるものだ。無条件の入国を保証するものではない」


「審問へ出るためには、都へ入る必要があります」


「入国資格を満たした後で出頭すればいい」


 ガルドが前へ出ようとする。


 リナが袖を掴んだ。


「理屈になってねえ」


「向こうでは理屈なんでしょう」


「だから腹が立つ」


 アリアは白衣の男から目を逸らさない。


「私が資格を満たしていない理由は」


「機構所属者でありながら許可なく外へ出た」


「所属していません」


「記録上は所属している」


「記録を更新しなかったのは、そちらです」


「機構の判断だ」


「私の判断ではない」


 白衣の男の顔は動かない。


「あなたは外に長く触れすぎた」


 その一言で、空気が変わった。


 伊織は男を見る。


 アリアも。


「外に触れた者を、都は入れない?」


「無条件では入れない」


「私は、ここから生まれました」


「だからこそ、確認が要る」


 アリアの呼吸が浅くなる。


 だが、声は崩れなかった。


「何を確認するのですか」


「何を持ち帰ったか」


 白衣の男の視線が伊織へ移る。


 次にクロ。


 装甲車。


 鞄。


「そして、何に変わったか」


 アリアの剣を持たない右手が、布の中でわずかに動いた。


 痛みがあったのか。


 怒りか。


 伊織には分からない。


 白衣の男は召喚状を閉じる。


「本日の判断を伝える」


 門の銀格子が、低い音を立てた。


 開く音ではない。


 内側の留め具が重なる音だった。


「アリア=シルヴェインの入国を、認めない」


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