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第139話 着弾区域

最初に崩れたのは、王都軍の左翼だった。採石場から北門へ続く旧街道。白い人型兵器が三体、横一列で進んでくる。以前なら先頭に盾を置き、後方の機体を守っていた。今は違う。三体すべてが盾だった。固定機構から流れ込んだ白い光が装甲の継ぎ目を埋め、損傷していた腕も、泥を噛んだ関節も、無理やり動かしている。完全に直ったわけではない。壊れたまま、止まらなくなった。


「下がれ!」


エルマーが短槍を振った。合図。岩棚にいた王都兵が後退する。弓兵が射る。魔術師が火を放つ。矢も炎も、正面の盾へ吸い込まれた。傷はつく。焦げる。それでも歩みは止まらない。


「左へ流せ!」


「避難列があります!」


「さらに左だ! 王都から離せ!」


兵士たちが岩壁沿いへ走る。古代兵器の観測光が追う。人。魔力。動くもの。すべてが排除対象になっている。以前のような脅威判定ではない。生きているだけで狙われる。


先頭の盾機が左腕を振った。白い板。横薙ぎ。王都兵三人が盾を重ねる。衝突。金属音。人間の盾がまとめて砕けた。三人が吹き飛ぶ。


「生きてるか!」


エルマーが一人へ駆け寄る。呼吸。ある。腕。曲がっている。


「後ろへ運べ!」


「エルマーさん!」


「俺は残る!」


「その腕で!」


「東よりはましだ!」


誰かが反論しかけた。やめる。今は全員、使えるものだけで動いている。使えない腕が一本。動く腕が一本。それで十分だと、言い聞かせながら。


採石場の南。白い光が空へ上がった。四脚型。二体。背部の発射機構が王都へ向く。


「リゼ!」


エルマーが叫ぶ。「分かっています!」


風魔術師リゼが岩棚の上へ立つ。両手。風。白い射線が空気を押し固める。以前のようには逸れない。固定出力が、光の進路そのものを保っている。


「無理です!」


「正面から止めるな!」


「では!」


「撃つ前に見えなくしろ!」


リゼは四脚型ではなく、地面を見る。砕けた石。砂。泥。全部、古代兵器が学習したもの。それでも、視界を塞ぐだけなら使える。風が地表を走る。砂煙。広い。浅い。四脚型の周囲へ巻き上がる。白い観測光が揺れる。


『視覚情報を補正』


「補正されます!」


「一秒でいい!」


エルマーが黒い旗を振った。鉄鎖団から借りた旗。白い煙の外。四脚型の観測が旗へ向く。発射角。僅かに右。白い光。発射。王都ではなく、旧街道脇の岩壁へ直撃した。轟音。岩。土。崩落。人型兵器二体の進路が埋まる。


「当てた!」


リゼが叫ぶ。「向こうがな!」


エルマーは笑わない。次の射撃まで、数十秒。その数十秒で何人を逃がせるか。それだけだった。



北門の外では、ゼクトが剣を使わずに戦っていた。黒い鎖の旗を片手で持ち、もう一方の手には長い鉄棒。刃はない。騎兵用の門を閉じるための横木だった。


「右へ来るぞ!」


鉄鎖団が散る。人型兵器の拳が地面へ落ちる。土が弾ける。ゼクトは横木を機体の脚へ差し込んだ。止めるためではない。回転させる。鉄棒の端を三人で引く。古代兵器の右足が半歩外へ流れた。たった半歩。だが、その先には傾斜がある。白い巨体が片脚を落とす。膝。地面。衝撃。


「今だ、走れ!」


鉄鎖団は攻撃しない。全員が離れる。古代兵器はすぐに立ち上がる。学習する。同じ鉄棒はもう通じない。ゼクトは横木を捨てた。


「次を持ってこい!」


「何を!」


「違う物だ!」


「雑すぎる!」


「考えながら運べ!」


荷車。空の樽。切った梁。破れた布。使えそうな物を、全部並べる。どれも古代兵器を壊せない。だが、一歩。一秒。視線一つ。奪うことはできる。


白い盾機が立ち上がる。胸部。強い光。


『活動対象を排除』


「言葉まで変わったな」


ゼクトが呟く。以前は、妨害対象。今は活動対象。生きて動いているものすべて。


「団長!」


「何だ!」


「王都側から三体!」


北門。換気塔方面から回り込んできた人型兵器。街道を塞ぐように進んでいる。前。二体。後ろ。三体。挟まれる。


「逃げ道は!」


「西の谷!」


「避難者がいる!」


「では南!」


「四脚型の射線です!」


ゼクトは周囲を見る。王都。谷。岩場。白い兵器。黒い鎖の旗。誰かが死ねば、借りは取れない。だが、生きるために逃げれば、避難者へ敵を流す。


「全員、旗を捨てろ!」


鉄鎖団が動きを止める。「団長?」


「目印を消せ!」


「古代兵器は人間を狙います!」


「なら散れ!」


「どこへ!」


「一人ずつ違う方角だ!」


統率を捨てる。集団だから狙われる。なら、集団をやめる。旗が倒れる。黒い鎖が泥へ沈む。百人を超える者たちが、四方へ走り出した。騎馬。徒歩。岩陰。谷。街道。白い観測光が迷う。対象が多すぎる。


『排除順序を再計算』


一秒。二秒。三秒。機体が止まる。


「そのまま走れ!」


ゼクト自身は動かなかった。一人。倒れた旗のそば。白い兵器の観測光が、最後に彼へ集まる。


「団長!」


「行け!」


「一人で何を!」


「旗を拾う!」


「捨てろと言ったでしょう!」


「捨てたままじゃ、鉄鎖団が終わる!」


ゼクトは黒い旗を持ち上げた。古代兵器五体。観測光。すべてが一人へ向く。


「東」


届かない声。「死ぬなよ」


剣を抜く。倒すためではない。最後まで、自分へ向かせるため。


「俺の借りは、生きてる奴からしか取れねえ」


五体が走り出した。



食堂の窓が割れた。遠くで起きた爆発の衝撃だった。リナは伏せた子どもの上へ身体を被せる。破片。机。床。止んだ。


「怪我は?」


子どもは首を振る。「よし」


リナは立ち上がる。食堂内には、まだ十数人が残っていた。歩けない老人。治療中の負傷者。避難列へ乗せる馬車を待っている者。


「次の馬車は!」


「来ません!」


外から若者が叫ぶ。「北門側が塞がれました!」


「東門は」


「白い兵器が回っています!」


「南」


「道が狭すぎます!」


リナは鍋を見る。火。煮込み。まだ動いている。固定は解除された。だが、兵器は止まらない。


「地下室を開ける」


「この人数は入りません」


「入る人から入れる」


「食堂は」


「捨てない」


若者がリナを見る。「でも」


「捨てないけど、今は人が先」


棚。皿。机。クロの寝床。伊織が座った椅子。アリアが甘い物を食べた場所。残せる保証はない。それでも、今守るのは建物ではない。


「歩ける人は負傷者を支えて!」


リナは厨房の床板を外す。地下貯蔵庫。狭い。暗い。


「子どもから!」


外。白い光。近づく。王都兵が叫ぶ。「食堂を離れてください!」


「中に人がいる!」


「古代兵器が来ます!」


「何体!」


「二体!」


リナは最後の子どもを地下へ降ろす。老人。負傷者。まだ全員ではない。


「扉を閉める準備!」


「リナさんは!」


「最後!」


白い足音。街路。近い。食堂の扉が、外側から強く開かれた。


アルドが立っていた。王の外套はない。片手に剣。後ろに王都兵。


「地下へ入れ」


「王が何してるの」


「残ると言った」


「食堂で?」


「ここへ避難者が集まっている」


「王城は」


「今は空だ」


「逃げた?」


「逃がした」


アルドは食堂の中央へ立つ。白い兵器の影が窓へ映る。


「アリアは」


リナが尋ねる。「地下だ」


「帰ってくる?」


「帰る」


「本人が言った?」


アルドは一瞬黙る。「あとで話すと」


「なら、帰るね」


「ああ」


アルドは剣を構える。「地下室を閉めろ」


「あなたは」


「時間を稼ぐ」


「王が?」


「父親でもある」


「やっと?」


「遅いのは分かっている」


リナは床板へ手をかける。「死んだら、あとで話せないよ」


「分かっている」


「本当に?」


「最近、少し」


リナは眉を寄せる。「誰かに似てきたね」


白い兵器が食堂前へ到着した。



第一観測所。偵察ドローンの視界が、王都全域を映している。伊織は発射制御席から動かなかった。画面。数字。距離。風。味方。敵。すべてが重なる。左手だけで操作する。右肩は動かない。呼吸をするたび、傷が脈打つ。


「東さん」


アリアが隣にいる。「風向きが変わります」


「どこで」


「王都北側。上空は東から西。地表では建物に沿って北へ巻いています」


「高度差は」


「ドローンの位置では弱い。着弾直前に強くなります」


「数字で」


「できません」


「感覚でいい」


「では、右へ僅かに流れます」


「僅かじゃ分からない」


「五十歩ほど」


「弾道距離で?」


「王都に近づくほど増えます」


「十分だ」


クラウスが後部操作卓で表示を切り替える。「目標を五つへ分けた」


「見せろ」


王都周辺の立体地図。白い点。二十三体。散らばっている。完全な集団ではない。北門。採石場。換気塔。市街地。食堂周辺。五発で一体ずつ狙っても意味はない。必要なのは、地形ごと止めること。


「第一着弾区域」


クラウスが北門西側を示す。「古代兵器五体」


ゼクトがいる。近すぎる。「駄目だ」


「敵が最も集まっている」


「味方もいる」


「発射しなければ全員死ぬ」


「味方ごとは撃たない」


「では、どうする」


伊織はドローンを下げる。北門。ゼクト。旗。五体。距離。敵が一人へ集中している。


「ゼクトを動かす」


「通信は」


「ない」


「では」


「見える位置へ撃つ」


「どこへ」


「敵の後ろ」


五体の背後。岩場。着弾すれば退路が消える。爆発ではなく、進路を制限する。敵を面で壊すのではない。動かす。


「第一区域は北門西の岩稜」


伊織が決める。「古代兵器の背後だけを潰す」


「ゼクトが逃げる方向を理解する保証は」


クラウス。「分かる」


「なぜ」


「ゼクトだからだ」


「根拠になっていない」


「十分だ」


第二区域。採石場南。四脚型二体。エルマー。リゼ。王都兵。古代兵器の射線が王都へ向いている。


「貯水槽の北壁」


伊織が言う。「敵ではなく?」


「水を流す」


「水は学習済みだ」


「固定出力で熱を持ってる」


大量の冷水。装甲。急激な温度差。壊れなくても、照準は乱れる。泥ではない。冷却。


「第二区域、採石場貯水槽」


第三。換気塔から王都へ進む七体。狭い街道。両側に古い石壁。


「街道そのものを撃つ」


「落下は学習されている」


「避ければ王都へ近づけない」


「両側を?」


「一本で入口を塞ぐ」


「残りは別経路へ」


「時間がかかる」


「時間だけでいい?」


「ああ」


第三区域。換気塔南の旧街道。第四。市街地。人型二体。食堂へ向かっている。その前にアルド。王都兵。


「ここは撃てない」


アリアが言う。「ああ」


「では、どうします」


伊織は地図を見る。食堂の北側。時計塔。広場。古い鐘。


「時計塔を落とす」


「食堂へ倒れませんか」


「南東へ傾いてる」


「本当に?」


「前に見た」


「いつ」


「町を歩いたとき」


アリアが伊織を見る。「覚えていたのですね」


「大切なことは」


「覚える」


「ああ」


時計塔を古代兵器の進路へ倒す。食堂の手前。道を塞ぐ。第四区域。王都北広場。第五。残り。指揮機ではない。王都東側に散った四脚型と人型。数が合わない。クラウスが確認する。


「北門五。採石場四。換気塔七。市街地二」


「十八」


「残り五体」


王都外壁東側。避難列を追っている。子ども。老人。馬車。地形は平坦。壁も岩もない。着弾させれば味方を巻き込む。


「撃てない」


アリアが言う。「では五発目は」


クラウス。「使わない」


「二十三体を止められない」


「避難列を撃つよりましだ」


「では誰が止める」


伊織は映像を見る。王都東。白い機体。逃げる馬車。その間へ、騎馬が走り込んでくる。王都軍ではない。鉄鎖団。黒い鎖の旗はない。散開した者たち。ゼクトの命令で別れた連中が、東側へ回っていた。彼らは古代兵器へ向かわない。避難馬車の横へつき、子どもを自分たちの馬へ乗せる。荷台。老人。負傷者。一人ずつ分ける。列をなくす。集団を散らす。古代兵器の観測が迷う。


「ゼクトの連中です」


アリアが言う。「ああ」


「旗がありません」


「今は、それでいい」


鉄鎖団は名前を消し、ただ人を逃がしている。五体の進路がばらける。避難者も。着弾区域を作れる。


「第五区域」


伊織は東側の平原、そのさらに奥を指す。「敵を狙わない」


「何を」


「土煙を作る」


「ミサイルで?」


「地面を掘る」


五体の前。広い平原。連続着弾。大きな溝。砂煙。視界。進路。全部を消す。


「一発で足りますか」


「足らせる」


「また」


「五本しかない」


アリアは地図を見る。「では、五つです」


北門。採石場。旧街道。時計塔。東平原。敵そのものではない。戦場を変える五発。


「MLRSなのに、敵へ撃たないのか」


クラウスが尋ねる。「使い方を知ってると言っただろ」


「兵器は敵を破壊するものでは」


「勝つために使う」


「同じでは?」


「違う」


伊織は発射制御盤へ五つの区域を入力する。「撃たなくていいなら撃たない。壊さなくていいなら壊さない」


「それがお前の戦い方か」


「今はな」


「以前は」


「知らない」


クラウスは何も言わない。南条。SAT。VR。異世界。伊織の戦い方は、その全部を通って変わっている。


「弾道入力完了」


クラウスが言う。「着弾順序は」


「東平原が先」


「なぜ」


「避難者が一番近い」


「次は」


「市街地」


「食堂ですね」


アリア。「ああ」


「その次」


「北門。採石場。旧街道」


「敵への効果が高い順ではない」


「守る順だ」


アリアは何も言わなかった。伊織の左手へ、自分の手を重ねる。魔力。薄い。もう多くは残っていない。


「照準誤差を整えます」


「無理は」


「一緒に切ります」


「ああ」


クロが車体の後部へ身体を押しつける。八輪。地面。境界定着。黒い揺らぎ。車体の震えが静まる。


「風向」


伊織が言う。アリアは目を閉じる。ドローン。空気。王都。第一観測所。一本の流れとして読む。


「東平原。左へ三十歩」


入力。「北広場。建物の間で風が巻きます。着弾後、破片は西へ」


「食堂は東側」


「はい」


「時計塔の倒れる方向は」


「南東。あなたの記憶と一致します」


「採石場」


「下から上へ強い風。水煙が王都側へ流れます」


「問題は」


「視界が消えます」


「味方も?」


「はい」


「着弾後、全員を下げる」


「通信が」


「見れば分かる」


「また、それですか」


「エルマーなら」


「ゼクトと同じ?」


「ああ」


「根拠がありません」


「十分だ」


クラウスが後部から声を上げる。「発射管一番から五番、接続完了」


「弾体は」


「形を維持している」


「再装填は」


「ない」


「一度だけ」


「ああ」


「失敗すれば」


「終わりだ」


クラウスの声は平坦だった。以前なら、それで固定を選んだ。失敗しない方法。今は違う。失敗する可能性があっても、撃つ者へ任せている。


「怖いか」


伊織が聞いた。「何が」


「失敗が」


長い沈黙。「怖い」


クラウスは答えた。「今でも」


「そうか」


「だが、止めない」


「成長したな」


「五十年遅い」


「まだ間に合う」


「そうだといい」


発射制御盤。五つの赤い区域。味方の位置。敵の動き。時間。東平原の古代兵器が、避難者へ再び進み始める。時計塔前。白い人型兵器が食堂へ近づく。北門。ゼクト。五体。剣。一人。採石場。エルマーたち。四脚型の次射撃まで数秒。旧街道。七体。王都へ。


「発射許可を」


クラウスが言う。伊織は答えない。ドローンの視界。北門。ゼクトが古代兵器へ向かって走る。馬鹿だ。だが、その後ろ。鉄鎖団の者たちが戻ってきている。散れと言われた者たち。全員ではない。それでも、戻った。旗はない。ゼクトの名前を呼ぶ声もない。ただ、同じ方向へ走る。


「まだだ」


「時間がない」


「知ってる」


北門の五体が、伊織の設定した着弾区域より前へ出る。岩稜の位置。敵の背後。今なら撃てる。


「第一区域、固定」


東平原。避難馬車が散開。鉄鎖団が左右へ離れる。古代兵器五体だけが中央へ集まり始める。目標を再計算している。


「第五区域、固定」


北広場。アルドが食堂前へ出る。白い兵器二体。時計塔。倒れる位置。


「第四区域、固定」


採石場。リゼが空を見る。ドローンを見つけた。小さな機体。伊織の目。リゼがエルマーの外套を掴む。引く。兵士へ叫ぶ。音声はない。それでも動きが伝わる。退け。


「第二区域、固定」


旧街道。七体。狭い道へ入る。


「第三区域、固定」


五つ。揃う。


「発射可能」


クラウス。アリアの手。クロ。車体。全員。伊織は左手を発射制御へ置く。指。震えていない。


「撃ちます」


アリアが言う。「ああ」


「私たちで」


「ああ」


「帰るために」


伊織は王都を見る。食堂。仲間。次の飯。


「発射」


五本の発射管が、一斉に火を噴いた。轟音。車体が沈む。クロの黒い揺らぎが八輪を地面へ繋ぎ止める。アリアの魔力が伊織の中を走る。クラウスが弾道補正を送る。五本の白い軌跡。第一観測所から空へ上がる。高く。王都を越える高さまで。そこで五つに分かれた。


伊織はドローンの視界を切らない。最後まで見る。


最初の一発。東平原へ落ちる。敵ではない。その前方。地面。白い光。衝撃。大地が縦に裂けた。土。砂。巨大な壁。古代兵器五体が止まる。避難者との間に、深い溝が生まれる。


二発目。王都北広場。時計塔の根元。着弾。石。鐘。塔が傾く。白い兵器二体の前へ倒れる。食堂から外れた方向。轟音。街路が塞がる。


三発目。北門西。岩稜。ゼクトの背後。着弾。岩壁が崩れる。古代兵器五体の退路を塞ぐ。同時に、ゼクトたちが逃げる南側だけが開く。


「気づけ」


伊織が呟く。ゼクトが空を見る。崩れた岩。開いた道。笑う。全員へ手を振る。南へ。走る。


四発目。採石場。貯水槽北壁。着弾。古い石壁が砕ける。大量の水。冷たい濁流。四脚型へ。白い装甲。蒸気。発光機構が乱れる。リゼの風が水煙を敵側へ押し返す。


五発目。換気塔南の旧街道。七体。前方。街道の入口。着弾。石壁。道路。崩落。道が消える。七体が止まる。白い観測光が左右へ動く。迂回経路。王都までの最短路は失われた。


五発。すべて着弾。王都は残っている。食堂も。仲間も。伊織は息を吐いた。


「終わった?」


アリアが尋ねる。「まだだ」


ドローンの視界。東平原。古代兵器五体が溝の縁へ集まる。一体が飛び越えようと身を沈める。北広場。倒れた時計塔。白い腕が石を押し上げる。北門。岩稜。五体が岩を砕き始める。採石場。四脚型の発光機構が再点灯する。旧街道。七体が別経路を検索している。


「止めただけだ」


クラウスが言う。「ああ」


「どれくらい」


「分からない」


「お前まで」


「でも十分だ」


アリアが伊織を見る。「何に」


「帰る時間に」


その瞬間。第一観測所の操作盤が赤く染まった。


『固定出力集中を確認』


『戦術系統を再編』


地上。二十三体。すべての胸部から白い光が空へ伸びる。王都の上。一本へ集まる。指揮機ではない。固定出力そのもの。白い核。空中。脈打つ。


「何だ」


伊織が言う。クラウスの顔が強張る。「地上機が出力を返している」


「どこへ」


「固定中枢へ」


「中枢は地下だ」


「違う」


白い核。形を持ち始める。輪。小さい。だが、固定機構と同じ。


「新しい統括核を作っている」


「止められるか」


「完成すれば、全機が一つになる」


「では」


「今撃つしかない」


「何で」


発射管。空。空になっている。五発。全部使った。再装填はない。MLRSは役目を終えた。


白い核は王都上空。距離。拳銃では届かない。ドローンの視界が、核の中心へ寄る。内部。小さな黒い点。物理的な核ではない。境界。この世界へ定着しようとしている一点。


クロが立ち上がった。低く唸る。黒い揺らぎ。白い核へ反応する。


「見えるのか」


鼻が鳴る。アリアも空を見る。「風の流れが、一点で消えています」


「位置は」


「分かります」


「距離は」


「遠すぎます」


クラウスが操作卓へ触れる。「観測所の射撃経路を残せる」


「発射管は空だ」


「車両ではない」


「では」


「観測線」


第一観測所から王都へ伸びる照準線。細い。物を運べない。だが、位置だけは繋げられる。


「弾丸を通せるか」


「無理だ」


「即答だな」


「質量は送れない」


「なら、俺が行く」


アリアが伊織を見る。「どこへ」


「地上へ」


「王都まで間に合いません」


「転送路は」


クラウス。「復路はない」


「別の観測所へは」


「接続が残っていれば」


「一番近い場所」


クラウスは地図を開く。王都北側。崩れた礼拝堂跡。地下中枢への出口。地上の白い核の真下。


「中枢跡へ戻れる」


「片道?」


「ああ」


「十分だ」


「東さん」


アリアの手が伊織の左腕を掴む。「一人で行くつもりですか」


「核へ近づく」


「私も」


「魔力が残ってない」


「歩けます」


「クロは」


黒い犬が伊織の足へ寄る。「疲れてる」


鼻が鳴る。「分かってる」


「クラウスは」


老人は地図を見る。「接続を作る者が必要だ」


「残る?」


「ああ」


「帰れるか」


「分からない」


「菓子は」


「残っている」


「なら帰れ」


クラウスは伊織を見る。「命令か」


「約束だ」


長い沈黙。「分かった」


クラウスは転送準備へ入る。白い核。王都上空。形が濃くなる。古代兵器二十三体が、再び動き始める。今度は個別ではない。同じ瞬間。同じ角度。一つの意思。


「時間は」


伊織が聞く。「三分」


「転送まで?」


「核の完成まで」


「転送は」


「一分」


「十分だ」


「残り二分で何をする」


アリアが尋ねる。伊織は左手を開く。黒い粒子。グロック17。銃。拳銃。最後に残った鋼鉄。


「近づいて撃つ」


アリアは何も言わない。ただ、伊織の手を取る。「一緒に」


「ああ」


クロが二人の間へ入る。クラウスが転送円を起動する。


「接続先、王都北礼拝堂跡」


『片道接続』


『崩壊まで六十秒』


白い円。三人が入る。


「クラウス」


伊織が呼ぶ。「何だ」


「戻れよ」


「お前もな」


「ああ」


アリアが老人を見る。「菓子を食べるまでが約束です」


「焦げている」


「知っています」


「不味いかもしれない」


「それでもです」


クラウスは僅かに口元を動かした。「......あとで」


「はい」


転送円が光る。第一観測所。MLRS。五本の空になった発射管。クラウス。全部が遠ざかる。


伊織の手には拳銃。隣にはアリア。足元にはクロ。王都上空で、白い核が完成しようとしていた。


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