第138話 第一観測所
落下の感覚は、一瞬だった。次に足裏へ戻ってきたのは、冷たい金属の硬さだった。伊織は左足から着地した。右肩へ遅れて衝撃が走る。視界が白く弾け、膝が沈む。アリアの手が左腕を掴まなければ、そのまま床へ倒れていた。
「東さん」
「立てる」
「それは見れば分かります」
アリアは手を離さない。「痛みは」
「かなり」
「正直ですね」
「約束した」
アリアの表情が僅かに緩む。すぐに周囲へ視線を戻した。
第一観測所。以前訪れたときとは違って見えた。壁も床も暗い。古代施設の照明はほとんど消え、天井を走る細い誘導灯だけが赤く明滅している。空気は乾いているが、長く閉ざされていた場所特有の埃と油の匂いが残っていた。転送円は背後で薄くなり、最後には完全に消えた。
「復路は」
伊織が尋ねる。クラウスは床へ片膝をついたまま、転送盤を見ていた。「切れた」
「戻せるか」
「今は無理だ」
「地上へ出る道は」
「ある」
「どこだ」
「兵器を起動できれば、格納庫の隔壁も開く」
「できなければ?」
「別の出口を探す」
「先に言え」
「聞かれなかった」
「面倒な爺だな」
「お前ほどではない」
クロが低く鼻を鳴らした。転送の揺れが残っているのか、脚が僅かに震えている。伊織はしゃがみ、黒い首元へ左手を置いた。
「無理はするな」
クロは伊織の右肩を見た。「お前に言われたくない?」
鼻が一度鳴る。「分かった」
黒い頭を撫でる。「お互いにな」
クラウスが立ち上がる。壁へ手をつかなければ歩けない。それでも、目だけは前を向いていた。
「格納区画は奥だ」
「歩けるのですか」
アリアが尋ねる。「歩く」
「無理をして」
「始めたのは私だ」
「だからといって、倒れれば役に立ちません」
「厳しいな」
「今さらです」
アリアはクラウスの左腕を取った。老人が僅かに抵抗する。「一人で歩ける」
「知っています」
アリアが言う。「手を出したいだけです」
クラウスは何も返さなかった。伊織だけが、彼女を見る。
「何です」
「いや」
「あなたにも言いました」
「ああ」
「覚えていたのですか」
「大切なことは覚える」
「面倒なことは壁に書く?」
クラウスが横から言った。伊織は老人を見る。「聞いてたのか」
「近くにいた」
「元気そうだな」
「お前に支えられるよりはましだ」
三人と一頭は赤い誘導灯を追った。通路の壁には、古代文字と日本語が混ざっている。
『第一格納区画』
『発射制御』
『未完成』
『接続不能』
最後の文字だけが、何度も上から書き直されていた。
『再試行』
『再試行』
『再試行』
同じ筆跡。クラウス。
「何回試した」
伊織が聞く。「数えていない」
「壁には書かなかった?」
「数えると諦めたくなる」
「諦めなかったんだな」
「使えなかっただけだ」
「違いは」
「結果だ」
クラウスは歩みを止めない。五十年間。何度も。自分には完成させられない兵器を、それでも残していた。なぜ壊さなかったのか。なぜ埋めなかったのか。伊織は聞かなかった。答えは、壁に書かれている。再試行。その次があると思っていた。
通路の先。巨大な隔壁。中央に複数の円形ロック。クラウスが認証盤へ手を置く。反応はない。
「管理権限を失ったのでは」
アリアが言う。「ここの系統は別だ」
「開く?」
「手動で」
クラウスは認証盤の下へ手を伸ばす。覆い。古い金属レバー。一つではない。六本。
「全部?」
伊織が尋ねる。「順番がある」
「覚えてる?」
「五十年前から変わっていなければ」
「不安になる言い方だな」
「一、四、二、六、三、五」
クラウスが一本目を引く。重い。アリアが支える。
「私が」
「順番を間違えるな」
「番号を言ってください」
「一」
レバー。「四」
次。「二」
三本目。金属の奥で、巨大な錠が一つずつ外れる。最後。「五」
アリアが引く。隔壁全体が震えた。埃。低い轟音。左右へ開く。暗闇。その奥に、巨大な影があった。
車両。八輪。低い車体。後部に並ぶ長方形の発射管。完全ではない。前輪は形を持っているが、後輪の一部は白い光の輪郭だけ。操縦席も半分しか存在しない。発射管は十二本。そのうち、形が定着しているのは五本だけだった。
金属。古代素材。黒い粒子に似た白い揺らぎ。現実にある車両ではない。Steel Requiemの中で、何度も使った長距離支援車両。似ている。だが、細部が違う。
「MLRS」
伊織が呟いた。格納区画へ声が響く。
「そう呼ぶのか」
クラウスが尋ねる。「ゲーム内ではな」
「現実にもある?」
「ある。これはそのままじゃない」
伊織は車両へ近づく。白い輪郭。実体化していない後部。発射管。
「VR用に調整されてる」
「どこが」
「発射数。弾道制御。車体の重量配分。現実より一人で扱いやすい」
「一人で?」
「ああ」
「馬鹿げている」
「ゲームだからな」
「それを兵器として使っていた?」
「使い方を間違えれば味方ごと消える」
「余計に馬鹿げている」
「否定はしない」
伊織は車体へ左手を触れた。冷たい。次の瞬間、頭の奥へ複数の映像が流れ込む。戦場。荒野。廃都市。弾道。距離。着弾範囲。風向き。味方の位置。照準補正。VR時代に積み重ねた操作。知識ではない。身体の記憶。だが、映像は途中で途切れた。車両の白い輪郭が揺れる。
『記憶照合率 二十八』
「低いな」
クラウスが表示を見る。「何が足りない」
「伊織の記憶だけでは形が定まらない」
「知ってる」
「何を」
「俺が使ってた車両と違う」
VRで使ったのは、現実兵器をそのまま再現したものではない。ゲーム世界の地形。敵。弾薬。操作系。すべてに合わせて調整された架空仕様。見た目だけを思い出しても完成しない。
「操作した場面を思い出してください」
アリアが言う。「やってる」
「もっと具体的に」
「簡単に言うな」
「何を見ていたのです」
「地図」
「ほかは」
「風。味方。敵の進路」
「撃つ瞬間は」
「撃たない判断」
アリアが少し黙る。「撃たない?」
「味方が近ければ撃てない。着弾範囲に逃げ道がなければ使わない。撃てば勝てても、使わない場面の方が多かった」
クラウスが伊織を見る。「兵器の記憶ではないのか」
「使い方の記憶だ」
「それが足りない?」
「違う」
伊織は車体を見上げる。「俺一人で使ってた記憶じゃない」
偵察。誘導。風。位置情報。ゲーム内の仲間。役割。MLRSは、車両一台だけでは成立しない。目標を見つける者。距離を測る者。風を読む者。味方の位置を固定する者。撃つ者。
「ドローン」
伊織が言う。「偵察が必要だ」
「地上の状況は観測盤で見られる」
クラウス。「映像だけじゃ足りない。距離と位置を俺の感覚へ繋ぐ」
「既存の偵察機を使う?」
「ああ」
「魔力は」
「足りない」
右肩の痛み。地下戦。遠隔接続。拳銃。転送。伊織の魔力は残っている。だが、MLRSを形にし、偵察ドローンを飛ばし、複数の弾体を維持するには足りない。
「私が流します」
アリアが言った。「通常魔力も減ってる」
「残っています」
「どれくらい」
「分かりません」
「駄目だ」
「では、使わずに王都を守れますか」
伊織は答えない。「使うなら、一緒に決めるのでしょう」
「ああ」
「なら決めます」
アリアは車両へ近づく。伊織の背中ではなく、隣。「使います」
クロも車体へ鼻先を向けた。白い輪郭。不安定。黒い揺らぎが足元へ広がる。
「クロまで」
伊織が言う。黒い鼻が鳴る。「分かった」
クラウスが操作卓へ近づく。「私は何をする」
「欠けてる場所を探せ」
「図面上の?」
「ああ。俺の記憶と合わない部分」
「それだけか」
「できる?」
クラウスが伊織を見る。「できる」
「なら頼む」
「命令か」
「任せた」
老人の指が一瞬止まる。それから、操作卓へ触れる。「......引き受けた」
表示。車両の立体図。欠損。不一致。クラウスが一つずつ開いていく。
「後部安定装置が欠けている」
「VR版にはない」
「なぜ」
「撃つ前に自動で車体を固定する」
「何が固定する」
「地面との接続」
クロが顔を上げる。「お前の役だ」
黒い鼻が鳴る。「車体が動かないように、この場所へ定着させる」
クロの揺らぎが車両の後部へ流れる。白い輪郭。黒い線。二つが重なる。
『記憶照合率 三十五』
「上がった」
アリアが言う。「まだ足りない」
クラウスが次を示す。「弾体誘導部が存在しない」
「ドローンと繋ぐ」
「どうやって」
「視界接続を発射制御へ入れる」
「人間の感覚を兵器へ?」
「ああ」
「危険だ」
「知ってる」
「脳が焼ける可能性がある」
「その前に切る」
「できる保証は」
「ない」
アリアの目が険しくなる。「先に言ってください」
「今言った」
「遅いです」
「ほかに方法がない」
「あります」
「何が」
「私も繋ぎます」
「駄目だ」
「なぜ」
「二人とも切れなくなる」
「一人なら切れるのですか」
伊織は答えない。「答えてください」
「分からない」
「なら同じです」
「違う」
「一緒に決めると言いました」
アリアは伊織の左手を取った。直接。指。掌。通常魔力。まだ流さない。
「私が風を読みます」
「外の?」
「観測所から王都まで、全部は無理です」
「では」
「ドローンが拾った空気の揺れを、私が整理します」
「できる?」
「やります」
「できるかを聞いてる」
「あなたの真似です」
「悪いところを覚えるな」
「使えるものは使います」
伊織は彼女を見る。紫の瞳。疲労。それでも退かない。
「無理なら切る」
「一緒に」
「ああ」
「約束です」
「ああ」
観測盤が突然赤く染まった。王都。北門。採石場。古代兵器二十三体。白い光を纏い、進んでいる。映像が拡大される。黒い鎖の旗。ゼクト。鉄鎖団。人型兵器三体を狭い街道へ引いている。四脚型の射撃。岩。爆発。ゼクトの馬が倒れる。男は地面へ投げ出される。すぐに起きる。隣の仲間を引きずり、岩陰へ押し込む。
「まだ生きてる」
伊織が呟く。音声。不鮮明。それでも、ゼクトの声が入る。
『死ぬな! 東の借りは、生きてる奴からしか取れねえ!』
伊織の眉が動く。「逆だろ」
届かない声で返す。
別の映像。エルマー。王都兵。採石場の岩棚。再起動した盾機を、水路へ誘導している。右腕一本。短槍。振るのではない。地面へ打ち、方向を示す。
『こっちだ! 白いの!』
古代兵器が追う。王都軍の魔術師。リゼ。風。射線を逸らす。だが、前より強い。白い光が風を押し切る。リゼの身体が吹き飛ぶ。兵士が受け止める。立ち上がる。まだ動く。
「時間を稼いでいます」
アリアが言う。「ああ」
「私たちのために」
「ああ」
「なら」
彼女の手へ力が入る。「完成させましょう」
「分かってる」
クラウスが次の欠損を示す。「発射管七本が定着していない」
「十二本全部は無理か」
「五本なら今もある」
「足りない」
「二十三体だぞ」
「一発一体じゃない」
「面で撃つ?」
「ああ」
「なら五本でも」
「指揮機がいない」
地上二十三体。指揮機は地下。それでも、地上兵器は個別に動いている。固定出力を受け、以前より強化されている。五発。着弾範囲。誘導。地形。使い方次第では足りる。だが、外せない。一発でも王都へ落とせば終わる。
「五本で行く」
伊織が言う。「十二本にしないのですか」
アリア。「今あるものを使う」
「足りますか」
「足らせる」
「危険です」
「十二本を無理に形にすれば、車体ごと崩れる」
クラウスが頷く。「正しい」
「珍しいな」
「原因を間違えるなと言っただろう」
「そうだった」
発射管。五本。輪郭が強くなる。
『記憶照合率 四十八』
半分にも届かない。「まだ何が足りない」
クラウスが表示を読む。「射撃目的」
「何?」
「機構が目標を認識していない」
「古代兵器だ」
「対象ではない」
「では」
「何のために撃つかだ」
伊織は表示を見る。
『目的未定義』
兵器へ目的を聞く。馬鹿げている。だが、鋼鉄の具現も同じだった。ただ形を知っているだけでは出せない。伊織にとって意味のあるもの。記憶。経験。選択。
「倒すためじゃない」
伊織が言った。表示は変わらない。
「止めるため?」
アリア。「違う」
王都。避難者。食堂。リナ。アルド。ゼクト。エルマー。リゼ。帰る場所。
「帰るためだ」
伊織は言った。白い車両が一度だけ震えた。
『目的照合』
『帰還経路の確保』
『記憶照合率 六十二』
アリアが伊織を見る。「帰るのですね」
「ああ」
「どこへ」
「食堂だ」
言葉にする。初めて。帰る場所。口にした。クロが尾を一度振る。アリアは笑わない。ただ、伊織の手を握る力を少しだけ強くした。
「私もです」
クラウスは車両を見ていた。何も言わない。桜。研究室。残した菓子。帰る場所。
「お前は」
伊織が聞く。「何だ」
「戻る?」
クラウスはすぐには答えない。「分からない」
「そうか」
「だが」
老人は操作卓へ手を置く。「残りは食べる」
「十分だ」
表示が変わる。
『目的共有を確認』
『記憶照合率 六十七』
「まだ足りない」
アリアが言う。「発射できる最低値は」
伊織が尋ねる。クラウスが計算表示を見る。「八十」
「あと十三」
「何が欠けてる」
クラウスは複数の図を開く。操縦系。誘導。発射。車体定着。魔力供給。
「魔力だけではない」
「では」
「射撃位置が存在しない」
「ここが第一観測所だろ」
「車両は格納区画内だ」
天井。閉じた隔壁。地上へ出ていない。
「格納庫の外へ出せ」
「車体が完成しなければ隔壁は開かない」
「隔壁が開かなければ位置が決まらない」
「ああ」
「循環してるな」
「古代技術らしい」
「褒めてない」
伊織は車両を見る。動かせない。出口も開かない。だが、位置が必要。地上へ出す必要はない。射線が通ればいい。
「天井を開ける」
伊織が言った。「隔壁は起動しない」
「壊す」
「古代素材だ」
「壊すのは本体じゃない」
天井。隔壁の周囲。後付けされた保守機構。クラウスの日本語。
『緊急開放補助』
「お前がつけた?」
「ああ」
「動く?」
「管理権限がない」
「物理で」
「四か所同時に外せば」
「どこだ」
クラウスが天井へ四つの赤い印を出す。高い。拳銃では届く。だが、四か所。右肩。左手。照準。時間。
「私が位置を示します」
アリアが言う。「風で?」
「四か所の空気を止めます」
「固定するのか」
「目印にするだけです」
「魔力は」
「必要です」
「車両へ回す分が減る」
「今、道を作らなければ同じです」
伊織は頷く。「クロ」
黒い犬が車体の定着を続けている。離せない。「そのままでいい」
拳銃。グロック17。左手。アリアの風。天井。四か所。空気が僅かに歪む。
「右奥」
一発。火花。
「左手前」
二発目。「左奥」
三発目。左腕が重い。照準が下がる。アリアの手。伊織の手。魔力が薄く流れる。揺れが収まる。
「最後」
「見えてる」
右手前。四発目。着弾。一拍。天井の四隅で金属音。緊急開放補助が外れる。隔壁。動かない。
「開きません」
「重さだ」
クラウスが言う。「補助を外しただけだ」
「誰が持ち上げる」
三人が天井を見る。巨大な隔壁。人の力では無理。アリアの風でも。
「全部は無理です」
「少しでいい」
「どれくらい」
「発射管が上を向けるだけ」
車両。後部。発射管。仰角。天井との距離。
「二メートル」
クラウスが言う。「隔壁を二メートル持ち上げれば射線が通る」
「重さは」
「分からない」
「またか」
「測ったことがない」
アリアが伊織の手を離した。天井へ両手を向ける。「やります」
「一人では無理だ」
「一人ではありません」
クロ。伊織。クラウス。「車両を完成させてください」
「お前は」
「道を開きます」
「支えるだけじゃない?」
「はい」
アリアは足を開く。風。格納区画全体。下から上。隔壁の縁。動かない。銀紫の髪が持ち上がる。顔が歪む。
「重い......!」
「止めろ」
「まだです!」
クラウスが操作卓へ向かう。「伊織、車両へ触れろ!」
「何をする」
「記憶を流せ!」
伊織は左手を車体へ置く。VR。発射位置。荒野。稜線。風。仲間。照準。撃つ前の静けさ。撃った後の空。車体が形を持つ。
『記憶照合率 七十一』
「足りない!」
クラウスが叫ぶ。「クロ!」
黒い犬。車体と床。境界を固定。後輪の白い輪郭が黒い線で縁取られる。
『七十四』
アリアの風。隔壁が僅かに浮く。十センチ。二十。金属が軋む。
「まだ!」
「無理だ!」
「できます!」
地上の映像。ゼクト。四脚型の白い光。エルマー。盾機。王都軍。食堂。リナが子どもを床へ伏せさせる。次の射撃。時間がない。
「帰るぞ」
伊織が言った。車体へ。アリアへ。クロへ。自分へ。「全員で」
『目的共有を再確認』
『記憶照合率 七十九』
「あと一!」
クラウス。「何が足りない!」
「射撃者の確定だ!」
「俺だ!」
『単独射撃者を確認』
『照合失敗』
「なぜ!」
伊織は表示を見る。単独。違う。この兵器は、一人で扱えるよう調整されている。だが、一人で撃つものではない。偵察。風。固定。調整。全員がいる。
「俺じゃない」
伊織が言った。「何?」
「俺たちだ」
アリア。クロ。クラウス。「射撃者は四人と一頭」
「犬まで入れるのか」
クラウスが言う。「必要だ」
クロが鼻を鳴らす。アリアの風がさらに強くなる。「私も撃ちます」
「引き金は俺だ」
「知っています」
「なら」
「それでも、私も撃ちます」
クラウスが操作卓へ両手を置く。「私も調整する」
「使えなかったのに?」
「使う者がいる」
「クロは」
黒い犬の身体が車体へ寄る。境界。定着。答え。伊織は表示へ触れた。
「全員だ」
『共同射撃系統を確認』
『記憶照合率 八十』
車両の輪郭が、初めて完全な金属へ変わった。五本の発射管。八輪。操縦席。発射制御盤。黒い車体。古代施設の白い光。鋼鉄の具現。両方が重なる。
同時に、格納庫の天井が動いた。アリアの風。補助機構。車両の起動。三つの力。隔壁がゆっくり持ち上がる。五十センチ。一メートル。外の光。空。王都方向。一メートル半。
「あと少し!」
アリアの膝が沈む。伊織は車体から手を離し、彼女の腰へ左腕を回した。
「東さん」
「支える」
「それだけですか」
「一緒に上げる」
「魔力は」
「ない」
「では」
「身体がある」
伊織の左肩。アリアの背中。支える。クロが低く唸る。クラウスが補助出力を上げる。二メートル。発射管の前に空が開いた。
『射撃位置を確認』
『記憶照合率 八十六』
『発射準備可能』
アリアの風が途切れる。隔壁は車両の補助機構で保持された。彼女の身体が伊織へ預けられる。
「立てるか」
「少し待ってください」
「正直だな」
「約束しました」
伊織は彼女を支えたまま、空を見る。遠い王都。白い光。黒い煙。古代兵器二十三体。
「撃てる」
クラウスが言った。「まだだ」
「何が足りない」
「目だ」
伊織は左手を開く。黒い粒子。偵察ドローン。一機。魔力。残り。形が揺れる。アリアが伊織の手を掴んだ。
「流します」
「休め」
「撃てなければ同じです」
「無理なら」
「一緒に切ります」
薄い魔力。クロの黒い揺らぎ。ドローンの羽根が回る。格納庫から飛び出す。空へ。王都へ。
伊織の視界が二つになる。第一観測所。戦場。地上で、二十三体の古代兵器が王都へ迫っていた。その前に。黒い鎖の旗。王都軍。冒険者。まだ立っている。
伊織は発射制御席へ座った。右肩は動かない。左手で操作盤へ触れる。見覚えのある配置。VR。何度も使った。それでも、今は違う。画面の向こうにいるのは、名前のない味方ではない。帰る場所を守る者たちだ。
「照準を始める」
アリアが隣へ立つ。「風を読みます」
クロが車体の足元へ伏せる。クラウスが後部制御へ回る。
「弾道補正を行う」
全員。持ち場。伊織は息を吐いた。五本。一度しか撃てない可能性がある。外せない。王都までの空に、細い照準線が伸び始めた。




