第133話 覚えた道
古代兵器は、危険を避ける。砂のある場所を踏まない。水の溜まった場所へ近づかない。崩れた岩壁から距離を取る。縄や杭が残る場所を迂回する。落下した機体のそばを通らない。それらはすべて、伊織たちが使った手だった。そして今、その記憶が七体を一本の道へ集めている。
採石場中央。かつて切り出した石を運んでいた古い運搬路。幅は三メートル。左右には切り立った岩壁。地面は固く、砂も水もない。縄もない。崩落跡も避けられている。古代兵器にとって、最も安全な道。
「綺麗に並んだな」
ゼクトが言った。先頭に盾機。その後ろへ刃機。さらに三体。最後尾には損傷機。七体が縦に並び、前後の間隔を一定に保ちながら進んでくる。学習した結果だった。
「気味が悪いくらいだ」
エルマーが岩棚の上から見下ろす。「こっちが覚えさせた」
伊織は左手の拳銃を下げたまま答えた。「なら、責任を取らないとな」
「取る」
「どうやって」
伊織は運搬路の先を見る。出口。採石場北西。その向こうには、使われなくなった石材置き場がある。大きな切石。積み上げられた梁。錆びた滑車。準備中に使わなかった物ばかり。
「何もしない」
伊織が言った。ゼクトが顔を向ける。「何?」
「道を空ける」
「七体を外へ出すのか」
「ああ」
「閉じ込めた意味は」
「閉じ込めることじゃない」
「では」
「並べることだ」
伊織は古代兵器の隊列を見る。七体。一直線。前の機体は後ろが見えない。後ろの機体は、前が止まれば進めない。盾機が先頭。最も重く、最も遅い。
「道の先に何がある」
ゼクトが尋ねた。「何もない」
「本当に何もしないつもりか」
「何かあれば避ける」
「何もなければ」
「進む」
伊織は鉄鎖団へ合図した。「運搬路から全員離れろ!」
岩棚にいた兵士たちが移動する。弓兵。魔術師。冒険者。誰も攻撃しない。旗も下ろす。物音も消す。
古代兵器が進む。一歩。次。警戒はしている。観測光が左右の岩壁を走る。砂。なし。水。なし。縄。なし。魔力反応。なし。
『安全経路を確認』
「安全だってよ」
ゼクトが言う。「こっちにとってもな」
「逃がすだけにならなければいいが」
「逃げる先が違う」
運搬路の出口。石材置き場。そのさらに先。古い斜面。王都から離れる方向。固定中枢からも。避難列からも。七体を倒す必要はない。戦場から外せばいい。
「追わないのか」
エルマーが聞く。「追えば戻る」
「では、そのまま行かせる」
「ああ」
「指揮機が命令を変えたら」
「そのとき戻ってくる」
「時間稼ぎにしかならない」
「今は時間が一番高い」
白い柱。第七段階。一滴の水さえ遅れる。一分。一秒。それだけで価値がある。
七体は石材置き場へ入った。先頭の盾機が止まる。周囲を見る。切石。梁。滑車。人はいない。固定妨害もない。
『高優先度対象を喪失』
胸部の光が揺れる。
『指揮系統へ再照会』
「止まったぞ」
ゼクトが言った。「待て」
七体は動かない。指揮機へ問い合わせている。地下中枢。命令。返答。数秒。
『換気塔防衛を優先』
隊列が方向を変え始める。
「戻るぞ」
エルマーが叫ぶ。「換気塔へ向かう気だ!」
「想定内だ」
伊織は地図を開いた。石材置き場から換気塔へ向かう最短経路。東。だが、古代兵器はすぐには進めない。先頭の盾機が方向を変える。後ろの六体も順番に旋回する。狭い置き場。大きな切石。七体が互いの進路を塞ぐ。
「並べた理由はこれか」
ゼクトが言う。「前後を入れ替えるだけでも時間がかかる」
「ああ」
「だが、長くはない」
「十分だ」
「またか」
「使えるうちは使う」
伊織は採石場側へ目を戻す。四脚型三体。岩の向こう。人型一体。北壁近く。戦場へ残るのは四体。七体は石材置き場で方向転換中。三体は一時停止状態。十体の戦列は崩れた。
「北門側は封じた」
「勝ったとは言わないんだな」
ゼクト。「止まってない」
「世界が?」
「ああ」
鐘。また間隔が伸びる。今度は、水滴だけではない。採石場上空を飛んでいた鳥が、一度羽ばたきを止めた。空中。落ちない。進まない。一拍。次の瞬間、何事もなかったように飛び去る。
「見たか」
エルマー。「ああ」
「人間にも来る」
「その前に中枢へ行く」
「採石場は」
「ゼクトに任せる」
ゼクトの顔から笑みが消える。「何?」
「四脚型三体と人型一体。止められるか」
「倒せとは言わないんだろ」
「ああ」
「なら、やる」
「七体が戻ったら」
「逃げる」
伊織はゼクトを見る。「素直だな」
「借りの取り立ては、生きてからだ」
「覚えた?」
「使える言葉は使う」
ゼクトは黒い旗を拾う。「お前はどこへ行く」
「アリアと合流する」
「その後」
「換気塔を突破する」
「十三体いるぞ」
「三体はアリアが引いてる。十体が残る」
「こちらから何人回す」
「いらない」
「十体相手に三人?」
「十体とは戦わない」
「またそれか」
「中へ入るだけだ」
「簡単そうに言うな」
「簡単じゃない」
伊織はクロを見る。黒い犬はすでに立っている。疲れている。それでも、アリアのいる東側へ鼻を向けていた。
「行けるか」
クロが鼻を鳴らす。「無理なら」
もう一度。強い。「分かった」
エルマーが岩棚から下りてくる。「俺も行く」
「残れ」
「なぜ」
「採石場の状況を王都へ伝えろ」
「伝令ならほかにいる」
「お前が見た」
「それだけか」
「王都兵と冒険者をまとめろ」
エルマーは伊織を見る。「指揮を押しつける気か」
「ああ」
「面倒だな」
「できる?」
「やる」
「それでいい」
伊織は採石場から出る。右肩。固定帯。熱。痛みはある。だが、走れる。左手。拳銃は解除する。黒い粒子が散る。今は魔力を残す。
「伊織」
ゼクトが呼ぶ。振り返る。「死ぬな」
「借りがあるから?」
「ああ」
「お前もな」
「取り立てる側が先に死ぬか」
「信用してない」
「背中は預けるんだろ」
「今だけな」
「十分だ」
ゼクトは採石場へ戻る。黒い旗。四脚型の白い光。砂煙。
伊織は東へ走った。クロが並ぶ。王都外壁。石の道。時間の鈍り。風が時折途切れる。草が途中で揺れを止める。足元の砂が、踏んだ形のまま一瞬浮く。固定範囲が広がっている。
伊織は偵察ドローンを呼び戻す。黒い粒子ではない。上空で待機していた機体が旋回し、こちらへ戻ってくる。視界接続。短く。負担を抑える。
アリア。土捨て場。三体を引いている。人型二体。盾機一体。護衛は四人。全員生存。だが、距離が近い。アリアは二度目の王統魔力を使っていない。風だけで速度を保っている。
「持たせてるな」
伊織は呟く。王統魔力は残り二回。使えば敵を引ける。同時に、自分が標的になる。アリアは温存している。正しい。だが、土捨て場の先は行き止まりだ。彼女も分かっている。だから、止まらない。土捨て場へ入らず、外周を回る。古代兵器三体も追う。
「アリア」
通信を開く。
『聞こえます』
「位置は」
『見えているのでしょう』
「ああ」
『なら聞かないでください』
「声を聞きたかった」
沈黙。一瞬。
『......今ですか』
「今だからだ」
『ずるいですね』
「よく言われる」
また同じ言葉。伊織は眉を寄せる。
『誰にです』
「今はお前」
『なら、覚えておきます』
風の音。呼吸。走っている。
「土捨て場へ入るな」
『入っていません』
「東側へ抜けろ」
『換気塔から離れます』
「一度離せ」
『三体だけを?』
「ああ」
『その後、戻ります』
「俺も向かってる」
『約束どおりですね』
「ああ」
『では、次の曲がり角で王統魔力を使います』
「二回目?」
『はい』
「出力は半分」
『三体だけなら十分です』
「使ったらすぐ切れ」
『分かっています』
「無理なら」
『切ります』
「本当に?」
『あなたよりは』
通信が切れる。アリアが進路を変えた。外壁から離れる。土捨て場の東側。低い丘。そこを越えれば、古い農道へ出る。
王統魔力。銀色の光。短い。鋭い。三体の古代兵器が一斉に加速する。盾機が前。刃機二体が左右。アリアは魔力を消す。すぐに風へ切り替える。走る。護衛も。距離。縮む。
「速すぎる」
伊織は走りながらドローンを下げる。アリアたちの前方。農道。木製の柵。小さな橋。用水路。
「橋を使え」
『何をするのです』
「渡ったら落とせ」
『古代兵器も学習しています』
「落とさない」
『では』
「橋だけ壊す」
『追ってくるのでは』
「水路は浅い。渡れる」
『意味がありません』
「意味はある」
木橋。古代兵器は危険を避ける。壊れた橋。水。落下。採石場で学んだ。安全な経路を探す。
「遠回りさせる」
アリアが理解する。
『人間は水路を跳べます』
「ああ」
『古代兵器は』
「安全な場所を探す」
『覚えたことを使うのですね』
「そうだ」
アリアが橋へ入る。護衛。風魔術師。全員が渡る。最後にアリア。双剣。木橋の留め具を斬る。風。板が外れる。橋が用水路へ落ちた。三体の古代兵器が止まる。
『落下危険を検知』
『迂回経路を検索』
水路は浅い。飛び越えられる距離。それでも、学習済みの危険を避ける。左右へ視線。安全な場所を探す。
「止まりました」
アリアが言う。「十秒だけだ」
「十分です」
「俺の言葉だ」
「使えるものは使います」
彼女の声に僅かな笑い。「合流地点は」
『農道の先』
「見えてる」
伊織も曲がり角へ入る。クロ。ドローン。前方。銀紫の髪。アリア。護衛四人。生きている。アリアも伊織を見つけた。足を止めない。伊織も。距離が縮まる。
「遅いです」
「悪かった」
「肩は」
「動く」
「それは聞いていません」
「開いてない」
「本当に?」
「多分」
アリアの目が細くなる。「あとで見ます」
「今は?」
「追われています」
三体の古代兵器が用水路を迂回し終える。白い影。
「話はあとだ」
「あとがありますね」
「ああ」
アリアが伊織の隣へ並ぶ。クロも。再び三人。護衛たちは少し後ろ。
「換気塔へ戻る」
伊織が言う。「三体は」
「連れていく」
「残り十体もいます」
「同時に相手はしない」
「どう入ります」
「お前が開ける」
「王統権限で?」
「ああ」
「三回目を使う?」
「最後の一回は中枢まで残す」
「では」
「通常出力で扉だけ開ける」
「兵器が集まります」
「集まる前に入る」
「簡単に言いますね」
「難しい?」
「できます」
「なら行く」
伊織は外壁沿いの道へ進路を変える。換気塔。白い光。残る十体。追ってくる三体。合わせれば十三。だが、三体は後方。十体は換気塔周辺。間には距離がある。その隙間を通る。
「護衛はここで離れろ」
アリアが振り返る。「ですが」
「換気塔へ近づけば、標的になります」
「アリア様だけを」
「命令です」
「王女として?」
護衛の一人が尋ねる。アリアは少しだけ目を見開いた。かつて自分が王都兵へ使った問いを、今度は返された。
「違います」
アリアは答えた。「一緒に帰るための判断です」
護衛たちは互いを見る。一人が頷く。「なら、従います」
「農道を西へ。避難列へ合流してください」
「ご武運を」
「あなたたちも」
四人が離れる。三人になる。伊織。アリア。クロ。最初と同じ。だが、同じではない。アリアはもう、守られるために隣へいるのではない。
「行きます」
「ああ」
換気塔が見える。白い古代兵器。十体。人型七。四脚型三。入口を囲んでいる。塔の扉は閉じている。
アリアが息を整える。「私が前へ出ます」
「一緒に行く」
「右肩で?」
「左がある」
「無茶は」
「しない」
「信用していいですか」
「多分」
「東さん」
「できるだけ」
「必ず」
「必ず」
アリアは一度だけ頷く。背後。三体が近づく。前。十体。白い兵器に挟まれるまで、時間はない。
伊織は拳銃を具現した。グロック17。左手。アリアは双剣を抜く。クロが低く構える。
「倒さない」
伊織が言う。「通るだけです」
アリアが答える。「三十秒」
「根拠は」
「今、決めました」
伊織は僅かに笑った。「十分だ」
三人は換気塔へ向かって走り出した。
その瞬間。王都全体の音が止まった。風。鐘。馬車。人の声。すべて。一秒。二秒。世界が息を止める。伊織たちだけは動いていた。アリアも。クロも。古代兵器も。三秒目。音が一斉に戻る。悲鳴。鐘。風。白い柱が膨らむ。
『固定準備工程 第八段階へ移行』
残り二段階。アリアが換気塔を見据える。「三十秒では足りません」
「なら」
「二十秒で行きます」
「根拠は」
「今、決めました」
「それでいい」
十体の古代兵器が、三人へ向き直った。




