第131話 砂と白い盾
採石場の北壁が、内側から叩かれていた。一撃。岩の奥で、低い音が鳴る。二撃。細かな砂が天井から落ちる。三撃目で、塞いだばかりの退路に亀裂が走った。
「三分もたないぞ」
ゼクトが言った。「二分に変更する」
「さっき三分と決めたばかりだろ」
「状況が変わった」
「便利な言葉だな」
「使えるものは使う」
伊織は採石場の外周路へ出た。北壁の裏側。細い谷。崩した岩と木材で塞いだ退路を、古代兵器が向こう側から破壊している。人型十体ではない。採石場へ入ったのは、人型七体と四脚型三体。岩壁を叩いているのは盾機だ。その後ろで、刃を持つ機体が亀裂を広げている。さらに四脚型が射撃位置を探している。ただ閉じ込めただけでは、長くはもたない。
「南口の準備は」
伊織が尋ねる。鉄鎖団の若い男が答えた。「砕石は積んだ。砂袋も半分」
「水は」
「古い貯水槽から流せる。ただ、土魔術師がまだ二人しか来てない」
「二人でやる」
「地盤が崩れるかもしれない」
「崩す場所を選べ」
「簡単に」
「できる奴を呼んだ」
若い男は何か言いかけたが、走り出した。
採石場全体は、まだ戦場になり切っていない。岩棚には王都兵が上がり始めたところだった。弓兵。魔術師。ギルドの冒険者。配置を示す旗も半分しか立っていない。南口では、砂袋を積んでいる。西側では、雨水を溜めた古い貯水槽の弁を外している。敵は待たない。
伊織は左手の拳銃を確認した。グロック17。残弾は具現の魔力と連動する。弾倉交換の動作を行えば補充されるが、右肩は使えない。左手だけで交換できるよう、弾倉を腰へ差してある。無駄撃ちはできない。
「クロ」
黒い犬が伊織の横へ来る。息は整っている。疲労はある。だが、目はまだ鈍っていない。
「中の位置、分かるか」
クロは北壁へ鼻を向けた。一度。二度。短く三度。
「盾が前。刃が後ろ。四脚は散った?」
鼻が鳴る。「分かれてる」
古代兵器も、閉じ込められたまま待ってはいない。壁を破る隊。南口を調べる隊。岩棚へ射線を通す隊。指揮機は地下にいる。それでも、各機体は情報を共有し、役割を分けていた。
「伊織!」
南側から声。エルマーが走ってくる。左腕は包帯で吊っている。右手に短槍。
「何で武器を持ってる」
「持つだけなら問題ない」
「振る気だろ」
「必要なら」
「必要にするな」
エルマーは北壁の亀裂を見る。「中へ入るか」
「ああ」
「十体相手に?」
「全部とは戦わない」
「またそれか」
「壁を破ってる二体だけ止める」
「どうやって」
「向こうから出す」
エルマーの眉が寄る。「閉じ込めたのに?」
「閉じ込めたままだと、全部一緒に出てくる」
「二体だけ出させる?」
「ああ」
北壁の横。採石場へ通じる古い点検口。人一人が屈んで通れる幅。古代兵器には狭い。だが、入口を少し広げれば、一体ずつなら通れる。
「わざと開ける」
伊織が言う。「盾機が先に来る」
「刃の方が来たら」
「そのとき変える」
「先に考えると言ってなかったか」
「考えた結果がこれだ」
ゼクトが近づく。「面白そうだな」
「お前は南口へ行け」
「なぜ」
「四脚型が撃ち始める」
「盾機より危険か」
「遠くから味方を削られる方が面倒だ」
「一番危ない場所を寄越せと言った」
「だから南口だ」
ゼクトは南側の岩棚を見る。射線。砕石。不完全な配置。「確かに面倒そうだ」
「倒そうとするな」
「聞き飽きた」
「なら覚えたな」
「努力する」
「守れ」
「命令か」
「ああ」
ゼクトは笑った。「気に入らん」
「帰る?」
「断る」
伊織は点検口へ向かった。作業員三人。鉄鎖団から二人。エルマー。クロ。
「右側だけ崩す」
伊織が指示する。「幅は七十センチ」
「古代兵器は通れません」
作業員が言う。「通ろうとさせる」
「引っかけるのですか」
「ああ」
装甲の肩幅は一メートル以上ある。七十センチの穴へ正面から入れば、肩が止まる。後退しようとしても、後ろの機体と狭い壁に挟まれる。
「開けた瞬間、全員下がれ」
「伊織は」
「残る」
「またか」
エルマーが言う。「拳銃で止まる相手ではないぞ」
「止めない。向きを変えさせる」
「一人で?」
「クロがいる」
黒い犬が鼻を鳴らす。「二人だな」
エルマーは納得していない。だが、口を閉じた。土魔術師が壁へ両手を当てる。低い振動。亀裂。岩が内側へ落ちる。点検口が広がった。向こう側。白い光。古代兵器の盾。
「下がれ!」
作業員たちが走る。盾機がこちらを認識した。
『脱出経路を確認』
『障害対象を排除』
機体が穴へ入る。盾。頭部。胸部。両肩が岩へ当たる。止まる。それでも前へ進もうとする。岩が削れる。
「力で広げる気だ」
エルマーが言う。「そのために止めた」
伊織は左手だけで拳銃を構える。狙いは顔ではない。足元。点検口の向こう。古代兵器の右足が踏んでいる石。一発。着弾。石が欠ける。二発。三発。足場が崩れる。機体の右脚が沈んだ。盾が傾く。
「クロ!」
黒い犬が穴の横へ走る。唸り。空気が僅かに揺れる。崩れかけた石と古代装甲の境界。一瞬だけ、噛み合いが浅くなる。盾機の身体がさらに右へ傾いた。
「エルマー!」
「分かってる!」
短槍。刃ではない。柄の先を盾の縁へ差し込む。てこ。右腕一本。伊織と同じように、使える側だけで押す。
「重いな!」
「古代兵器だからな!」
「知ってる!」
機体が盾を振ろうとする。肩が岩へ引っかかり、動かない。伊織は盾の内側へ回る。拳銃。至近距離。装甲は抜けない。狙いは、アリアが地下で見つけた関節内側。腕と胴の隙間。一発。白い火花。二発。関節の光が乱れる。三発。盾を持つ左腕が落ちた。完全に切れたわけではない。動力が止まった。
「今だ!」
作業員たちが縄を投げる。盾機の首。右腕。胴。岩棚の杭へ結ぶ。一斉に引く。
「倒せ!」
白い巨体が傾く。穴から半分出た状態で、外側へ倒れた。地面。轟音。岩が跳ねる。機体はすぐに起き上がろうとする。だが、左腕が動かない。肩と胴へ巻いた縄が、三方向の杭へ繋がっている。右脚も点検口の岩へ挟まれたまま。
『移動障害を検知』
『解除を開始』
「どれくらい持つ」
エルマーが聞く。「一分」
「短いな」
「十分だ」
穴の向こう。次の機体。刃。盾機の背後から押してくる。
「閉じろ!」
土魔術師が壁へ魔力を流す。崩した岩を戻すことはできない。だが、上部をさらに落とすことはできる。岩。土。点検口が埋まる。刃が隙間から伸びる。伊織の顔の横。エルマーが短槍で刃の側面を叩く。軌道が逸れる。岩が落ちる。完全に塞がった。向こうから衝撃。一撃。壁が揺れる。
「一体だけ出した」
エルマーが言う。「ああ」
「次は」
「こいつを動けなくする」
「もう縛ってる」
「縄は切られる」
盾機の右腕が動く。刃はない。拳。地面を叩き、身体を起こそうとする。
「砂を入れろ!」
待機していた鉄鎖団が砂袋を運ぶ。装甲の隙間。右肩。腰。膝。砂を浴びせる。
「意味あるのか」
男が聞く。「関節へ入れる」
「砂で止まる?」
「動くほど噛む」
古代兵器は右腕を動かす。砂が継ぎ目へ入る。白い光。内部で細かな音。速度が落ちる。さらに砂。水。貯水槽から汲んだ水をかける。砂が泥になる。装甲内部へ貼りつく。
「砂と水で古代兵器を止めるのか」
エルマーが言う。「動く物は隙間がある」
「戦車も?」
「ああ」
「古代兵器も?」
「同じだ」
完全に同じではない。だが、関節を持ち、物理的に動く以上、隙間は必要だ。砂。泥。縄。杭。一つでは止まらない。重ねる。盾機の動きが鈍る。
『駆動抵抗を検知』
『自己洗浄を開始』
装甲の隙間から白い蒸気が噴いた。
「離れろ!」
全員が下がる。熱。泥が乾き、弾ける。縄の一本が焼けて切れた。
「自分で洗うのか」
「一度見せれば、次から対策される」
伊織は盾機を見る。「だから、こいつはここに置く」
「倒さないのか」
「動けない間だけ使う」
「何に」
「餌だ」
盾機の胸部。白い光。ほかの古代兵器と繋がっている。損傷。拘束。救援信号を出している可能性がある。
「仲間を呼ばせる」
エルマーが理解する。「次も一体ずつ?」
「来るなら」
北壁。衝撃が止まった。静か。古代兵器が考えている。盾機を救うか。別の出口へ回るか。採石場南口から出るか。
伊織はクロを見る。「南」
黒い鼻が向く。一度。二度。三度。短く、さらに三度。
「六体が南へ動いた?」
クロが鼻を鳴らす。「残り三体は?」
北壁。一度。「一体?」
クロは首を傾げる。数が合わない。採石場内は十体。一体を外へ出した。残り九。南へ六。北壁近くに一。あと二体。
「岩棚だ」
伊織が上を見る。遅かった。採石場の西側。白い刃が岩壁から現れる。古代兵器二体が、崖を登っていた。指を岩へ差し込み、身体を引き上げている。人間用の道を探していない。直接登る。
「上の兵を下げろ!」
伊織が叫ぶ。岩棚の王都兵が振り返る。白い手。すでに縁へ届いている。
「後退!」
隊長が叫ぶ。一体目が岩棚へ身体を上げる。弓。魔法。一斉に当たる。白い装甲。傷は浅い。古代兵器は盾を持っていない。両腕に短い刃。上の兵士たちへ向かう。
「ゼクト!」
南口。返事はない。四脚型への対応で手が離せない。
「エルマー!」
「上へ行く!」
「正面に立つな!」
「分かってる!」
エルマーと冒険者が西側の階段へ走る。伊織も続こうとする。右肩。固定。クロが前へ出る。
「クロ、上だ!」
黒い犬が岩棚への細い斜面を駆け上がる。伊織は左手に拳銃。走る。だが、上まで距離がある。古代兵器の一体が兵士へ刃を振る。王都兵が盾を構える。白い刃。盾ごと切れる。兵士が身を引く。間に合わない。
風が来た。採石場の上。砂。埃。刃の軌道が僅かに逸れる。兵士の肩を掠め、岩へ刺さった。
「風?」
伊織が足を止める。アリアではない。彼女は換気塔側。岩棚の上に、王都軍の風魔術師が立っている。若い女。腕を震わせながら、両手を古代兵器へ向けていた。
「一人で止めるな!」
伊織が叫ぶ。「止めていません!」
女が返す。「ずらしただけです!」
アリアと同じ考え方。力で受けない。軌道を変える。
「十分だ!」
クロが古代兵器の背後へ回る。黒い身体。後脚へ飛びつく。噛まない。身体を当て、注意を引く。機体が振り返る。
「今!」
伊織は拳銃を構える。距離。二十五メートル。左手。上向き。狙いは足首の内側。風魔術師が空気を流す。
「右側に隙間があります!」
一発。火花。二発。白い光が乱れる。三発目。古代兵器の右足が止まった。完全ではない。だが、片足へ体重が移る。クロが反対側へ身体を当てる。機体が岩棚の縁へ傾く。
「押せ!」
王都兵たちが槍の柄を伸ばす。刃は当てない。盾。棒。長槍。全員で白い装甲を押す。古代兵器が踏ん張る。動く左足。岩を削る。もう一体が助けに来る。
「二体目!」
エルマーが階段を上り切る。短槍。二体目の足元へ投げる。刺さらない。横へ転がる。古代兵器が踏む。柄。足が僅かに滑る。
「それだけか!」
エルマーが叫ぶ。「それだけでいい!」
一体目が縁から落ちた。白い巨体。岩壁。何度もぶつかり、採石場の底へ落ちる。轟音。砂煙。立ち上がるまで時間がかかる。
「次!」
二体目が岩棚へ上がる。今度は同じ方法を警戒している。足を縁へ置かない。身体を低くする。刃で槍を払う。学習。
「同じ手は通じない」
伊織が言う。「では別の手を!」
風魔術師が叫ぶ。「名前は」
「今ですか!」
「呼べない」
「リゼです!」
「リゼ、砂を上へ!」
「どの砂です!」
「全部だ!」
採石場内に積んでいた砂袋。下。鉄鎖団が袋を切る。アリアほどの風はない。だが、リゼは岩壁に沿って上昇気流を作る。砂。細かい。古代兵器の顔へ。観測光。白い縦線が砂に覆われる。
『視覚障害』
機体の動きが一瞬止まる。「今度は目か」
エルマーが言う。「最初から狙ってた」
「砂は関節用じゃ?」
「使えるなら何度でも使う」
伊織は一体目に使った方法と同じにはしない。撃たない。位置を動かす。
「全員、音を消せ!」
王都兵が動きを止める。リゼが周囲の風を抑える。砂の中。古代兵器は動かない。観測光が使えない。音を探している。
クロが一度だけ岩棚の反対側で吠えた。機体がそちらへ向く。刃。踏み出す。そこには誰もいない。岩棚の端。一歩。足元が崩れた。元採石場作業員が、事前に切れ目を入れていた場所。古代兵器の身体が沈む。完全には落ちない。片脚が岩へ挟まる。
「落とすな!」
伊織が叫ぶ。「なぜ!」
エルマー。「ここで止める!」
落とせば、採石場内のほかの機体と合流する。岩棚に挟んだままなら、一体を戦闘から外せる。
「杭!」
王都兵が木杭を運ぶ。岩の隙間。古代兵器の脚周り。差し込む。土魔術師が岩を締める。白い機体が刃を振る。だが、身体が半分沈み、届かない。
『移動障害』
『自己解除を開始』
「何分持つ」
リゼが聞く。「分からない」
「またですか!」
「五分持たせる」
「根拠は!」
「今決めた!」
リゼは一瞬だけ伊織を見た。「本当に、アリア様が言っていたとおりですね!」
「何を言ってた」
「無茶を理屈で包む人だと!」
「余計なことを」
採石場の底。落ちた古代兵器が立ち上がる。拘束した盾機も、一本目の縄を切った。南口。四脚型の発光機構が白く膨らむ。ゼクトの声。
「伊織!」
射撃。採石場全体が白く染まった。岩棚の一部が吹き飛ぶ。兵士たちが伏せる。リゼの風が破片を逸らす。
「南口がもたない!」
伊織は岩棚から採石場全体を見る。盾機一体。刃機六体。四脚型三体。一体は拘束。一体は岩棚に固定。一体は落下後、再起動。残る七体。南側へ六体。北壁近くに一体。予定どおりではない。だが、三体は戦列から外した。十体が七体になった。
「ゼクト!」
伊織が叫ぶ。「四脚型を撃たせろ!」
「もう撃ってる!」
「同じ場所へだ!」
「何をする気だ!」
「岩棚を落とす!」
四脚型の射撃は強い。だから使う。自分たちのために。
「囮旗を南西へ移せ!」
鉄鎖団が黒い旗を抱え、岩棚の下へ走る。四脚型の背部が動く。新しい標的。三体。同じ方向。
「全員、南西から離れろ!」
白い光。三本。岩棚の根元へ集中する。轟音。岩が割れる。亀裂。土魔術師が両手を地面へつけた。
「今だ!」
亀裂を広げる。岩棚が崩れた。四脚型の前。人型の隊列。大量の岩と砂が落ちる。古代兵器を壊さない。だが、視界を塞ぎ、隊列を分ける。四脚型三体が岩の外側。人型四体が内側。残り三体は別方向。
「分かれた!」
ゼクトが叫ぶ。「第二段階だ!」
伊織は答える。「どれを斬る!」
「斬るな!」
「まだか!」
「最後までだ!」
「気に入らん!」
それでも、ゼクトは従う。鉄鎖団が岩壁沿いへ動く。四脚型の注意を引き、採石場南口から外へ遠ざける。
伊織は拳銃を握る。右肩は熱い。左腕も重い。クロの呼吸が荒くなっている。まだ終わっていない。換気塔側には十三体。アリアがいる。こちらへ連絡はない。不安はある。だが、約束した。信じる。
「伊織!」
エルマーの声。拘束していた盾機の縄が、最後の一本を切った。白い巨体が立ち上がる。泥を蒸気で吹き飛ばし、観測光を伊織へ向ける。
『戦術情報を更新』
『砂、水、落下、拘束を脅威として登録』
「全部覚えられたぞ」
エルマーが言う。「ああ」
「次は通じない」
「次は別のことをする」
「まだあるのか」
「今から考える」
盾機が歩き出す。岩壁の向こうでは、四脚型が新たな射撃位置を探している。採石場の上空。白い光の柱がさらに太くなった。
『固定準備工程 第七段階へ移行』
街全体へ声が響く。伊織は空を見る。残り三段階。アリアとの約束。戻る場所。次の飯。時間だけが削られていく。
「三分で片づける」
ゼクトが遠くから叫ぶ。「根拠は!」
「今決めた!」
伊織は一瞬だけ笑った。「それでいい!」
採石場の砂煙の中で、七体の古代兵器が再び動き始めた。




