第130話 北門の十体
北門の外には、まだ避難者が残っていた。子どもを抱えた母親。杖をつく老人。荷台へ負傷者を乗せた馬車。門から西へ続く街道は人で埋まり、兵士たちが声を張り上げながら列を進ませている。
「止まるな!」
「荷物を捨てろ! 人を先に通せ!」
「馬車は西へ! 採石場方面へ入るな!」
その背後。白い影が近づいていた。人型七体。四脚型三体。指揮機はいない。人型のうち二体は盾を持ち、三体は両腕に刃。残る二体は地下で交戦した損傷機だった。一体は右腕がない。もう一体は射撃機構を失っている。だが、歩き方に迷いはない。壊れた部分を補うように、ほかの機体が左右へ位置を変えている。
「十体、全部こっちへ来るぞ!」
北門の上から兵士が叫ぶ。「分かってる!」
ゼクトが怒鳴り返す。黒い鎖の旗が街道脇へ広がっていた。鉄鎖団と、それに連なってきた者たち。騎馬。徒歩。弓。槍。装備は揃っていない。それでも、全員が伊織の引いた線より前には出ていなかった。街道の中央には、白い石灰で一本の線が引かれている。古代兵器を引きつける線。避難列へ近づかせないための境界。
「越えたら?」
ゼクトが聞く。「下がる」
「何度目だ、その答え」
「守れないなら戦わない」
「気に入らん」
「帰るか」
「断る」
ゼクトは剣を抜いた。刃を古代兵器へ向けるのではない。地面へ突き立てる。目印。
「鉄鎖団!」
声が北門前へ響く。「白い化け物に剣を当てるな!」
ざわめき。「聞こえなかったか!」
ゼクトが振り返る。「斬るな! 止まるな! 追わせろ!」
一人が笑った。「そいつは戦いか?」
「生きて戻れば戦いだ!」
今度は複数が笑う。恐怖を消したわけではない。ただ、動く理由を与えた。
伊織は北門の上へ視線を向けた。「避難完了まで」
兵士が答える。「十五分!」
「長いな」
「馬車が詰まっています!」
「歩ける者は外へ降ろせ。荷台は負傷者だけ」
「了解!」
四脚型が止まった。街道まで約四百メートル。背部の発光機構が持ち上がる。
「射撃来るぞ!」
伊織が叫ぶ。鉄鎖団が左右へ散る。街道上に立てていた黒い旗だけが残る。三体の発光部。白い光が収束する。
「伏せろ!」
閃光。音より先に、街道脇の地面が弾けた。一発。二発。三発目は北門の上。石壁へ当たり、白い破片が降る。兵士たちが身を伏せる。避難者の悲鳴。馬が暴れた。
「馬を押さえろ!」
リナの食堂から来た若者たちが、馬車へ駆け寄る。軍人ではない。武器もない。それでも、逃げる者の列を崩さないために動いていた。
伊織は左手を開く。「鋼鉄の具現」
黒い粒子。偵察ドローン。小さな機体が地面すれすれを飛び、街道の上へ出る。視界接続。意識の一部が上空へ移る。十体。盾二体が前。刃三体が左右。損傷機二体が中央。四脚型三体は後方。距離を保っている。学習している。地下で射撃機構を接近戦から壊された。だから今回は、人型を壁にして距離を取る。
「四脚型は前へ出ない」
伊織が言う。「見れば分かる」
ゼクト。「違う。人型だけを追わせても、後ろから撃たれる」
「なら、先に四脚を引くか」
「無理だ」
「なぜ」
「こいつらは餌を選んでる」
古代兵器の視線。避難列。北門。王統魔力はない。それでも、多数の人間が集まり、固定工程への抵抗準備をしている。脅威判定は高い。
「避難者を狙ってるのか」
「殺す気はない」
「撃ってるぞ」
「動けなくするつもりだ」
「同じだ」
「ああ」
伊織はドローンをさらに上げる。人型の胸部。白い光。それぞれが細い線で繋がっている。指揮機は地下。それでも命令を受けている。
「ゼクト」
「何だ」
「最初の盾二体だけ引く」
「残りは?」
「避難列を狙う」
「では意味がない」
「だから、同時に北門の脅威を消す」
ゼクトの眉が動く。「門を閉じるのか」
「閉じない」
「なら」
「旗を降ろす。兵を壁の裏へ下げる。魔力灯も消す」
「逃げたと思わせる?」
「ああ」
「避難者は」
「街道から西の窪地へ移す」
北門から百メートルほど西。古い排水路が地面を深く削り、街道から人影が見えにくい場所がある。
「十五分で移せるか」
「移す」
「また、それか」
「ほかにない」
伊織は北門上の兵士へ合図する。「旗を下ろせ!」
「何?」
「全部だ! 兵も壁の内側へ!」
「門を守れません!」
「守るな!」
兵士が一瞬固まる。アルドの命令を預かった隊長が、すぐに叫んだ。「従え! 旗を下ろせ!」
王国旗。部隊旗。魔力灯。次々に消える。北門の上から人影がなくなる。城壁の魔力出力も最低まで落ちた。古代兵器の隊列が僅かに乱れる。盾機の歩みが遅くなる。脅威が消えた。代わりに、街道の中央。黒い鎖の旗。ゼクト。鉄鎖団。そこだけが残っている。
「目立つな」
伊織が言う。「得意だ」
ゼクトは地面へ刺した剣を抜く。切っ先で自分の盾を叩いた。金属音。一度。二度。鉄鎖団も続く。剣。盾。槍の石突。不揃いな音が重なり、街道へ響く。
「白い人形!」
ゼクトが叫ぶ。「止められるものなら、止めてみろ!」
「煽る必要ある?」
伊織が聞く。「気分だ」
「作戦に入れるな」
古代兵器の胸部が一斉に光った。
『妨害集団を確認』
『優先排除対象を更新』
「更新されたぞ」
「成功だ」
「嬉しくない成功だな」
盾機二体が前へ出る。続いて刃二体。四体。こちらへ向かう。残る六体は止まったまま。
「四体だけです」
北門脇の兵士。「十分だ」
伊織は鉄鎖団へ手を振る。「第一班、下がれ!」
黒い旗が動く。ゼクトを含む二十人ほどが、西ではなく北へ走る。採石場へ続く街道。避難列とは逆。古代兵器四体が追う。速度が上がる。
「速いぞ!」
「止まるな!」
騎馬が先行。徒歩の者は道脇に置いた荷車へ飛び乗る。鉄鎖団は逃げ方まで不揃いだった。だが、互いの位置だけは見ている。遅れた者へ馬が寄る。転んだ者を二人が引き上げる。誰も一人で戦おうとしない。
「変わったな」
伊織が呟く。「誰が」
クロが見上げる。「ゼクトたち」
以前なら、最初に斬りかかっていた。今は逃げる。生きるために。借りを残すために。
「伊織!」
ゼクトの声。「残りが動いたぞ!」
ドローンの視界。北門前へ残った六体。人型三。損傷機二。四脚型三。合計八。違う。盾二、刃二を引いた。十体から四体。残り六体のはず。視界の端。地面。白い機体が二体、街道脇の浅い水路へ降りていた。人型。低い姿勢。伊織たちの死角へ回っている。
「二体、横へ回る!」
クロが唸る。もう近い。ドローンで見つけた時点で、距離は百メートルを切っていた。学習。正面の鉄鎖団に引かれたと見せ、二体を別経路へ送る。
「北門じゃない」
伊織は視線を西へ向ける。排水路。避難者が移動している方向。「避難列を見つけた」
伊織が走る。「クロ!」
黒い犬が並ぶ。右肩は固定されたまま。左手にドローンの操作。拳銃を出せば視界接続が乱れる。
「接続を切りますか」
王都兵が叫ぶ。「まだだ!」
二体の位置を失えば、避難列へ先回りされる。伊織は走りながらドローンを旋回させる。人型二体。排水路。高さのある土手で、街道側からは見えない。避難者との距離。百五十メートル。伊織たちとの距離。八十。
「追いつきません!」
「近道がある」
伊織は排水路へ飛び降りた。土。右肩へ衝撃。息が詰まる。
「東さんとの約束はどうなったんです!」
アリアはいない。代わりに王都兵が怒鳴った。「本人に言われるよりましだ」
「何の話です!」
「気にするな!」
クロが前へ出る。黒い身体。排水路の壁を蹴り、古代兵器の進路へ斜めに入る。
「正面に出るな!」
クロは止まらない。ただし、機体へ飛びつかない。古代兵器の前を横切る。一体の顔にある白い光が、クロを追う。
『守護獣を確認』
『高優先度対象』
「高すぎるだろ」
クロが敵を引いた。二体のうち一体が方向を変える。残る一体は避難列へ進み続ける。分かれてしまう。
「兵士!」
「はい!」
「クロについた方を頼む!」
「どうやって!」
「撃つな! 見失うな!」
「それだけですか!」
「死ぬな!」
伊織は残る一体を追う。視界接続を切る。ドローンは上空で自動旋回。左手。黒い粒子。グロック17。具現。構える。右肩は使えない。左手だけ。距離六十メートル。遠い。拳銃で古代兵器を止める距離ではない。撃たない。走る。
古代兵器が避難列を視認した。子ども。老人。馬車。
『固定妨害対象を確認』
右腕の刃が展開する。殺すためではない。脚を切る。移動できなくする。結果は同じだ。
「こっちだ!」
伊織が叫ぶ。機体は振り返らない。脅威判定が足りない。拳銃。効かない。それでも撃つ場所はある。胸部ではない。関節でもない。顔。縦に走る観測光。一発。銃声。白い光の横へ着弾。火花。装甲は抜けない。二発。三発。同じ位置。観測光が一瞬乱れる。古代兵器の頭部が伊織へ向く。
『攻撃対象を更新』
「そうだ」
伊織は立ち止まらない。「俺を見ろ」
機体が完全に方向を変える。刃。加速。速い。伊織は拳銃を下げ、左へ走る。排水路の先。石橋。幅が狭い。古い。人一人と馬車が通れる程度。下は深い溝。水は少ない。落としても古代兵器は止まらない。だが、避難列からは離せる。
「伊織!」
ゼクトの声が遠くから届く。四体を引いていたはずの鉄鎖団が、街道の向こうに見える。「何で戻ってる!」
「二体抜けたのが見えた!」
「四体は!」
「連れてきた!」
最悪だった。ゼクトの後ろ。盾二。刃二。そのさらに奥。街道に残っていた機体も動き始めている。全十体。結局、北門側の全機がこちらへ向かっていた。
「全部来たぞ!」
ゼクトが笑う。「笑うな!」
「作戦どおりだろ!」
「採石場へ行ってない!」
「今から行く!」
鉄鎖団の騎馬が排水路沿いへ流れる。古代兵器も。伊織を追っていた一体が、ゼクトたちへ反応する。脅威判定。複数。隊列を再編しようとしている。ここで止まれば囲まれる。
「全員、採石場へ!」
伊織が叫ぶ。「避難列は!」
ゼクト。「兵士が西へ動かしてる!」
「間に合うか!」
「間に合わせる!」
伊織は石橋へ上がる。鉄鎖団が左右へ合流する。クロも王都兵を連れて戻ってきた。横へ回った二体目も追っている。十体。全部。第一波六体ではない。作戦開始前に崩れた。だが、避難列からは引き剥がした。
「ゼクト!」
「何だ!」
「このまま旧街道へ!」
「採石場南口じゃないのか!」
「遠い!」
「では!」
「北壁の退路を逆に使う!」
味方用に掘った細い通路。古代兵器は通れない。鉄鎖団をそこへ逃がす。敵は岩壁前で止まる。止まらなければ、壁を壊す。その瞬間、足が止まる。
「採石場へ入れる道が違うぞ!」
「戦場を変える!」
「また作るのか!」
「ああ!」
ゼクトが笑う。「それでこそだ!」
街道が北へ折れる。古い採石場の岩壁が見え始める。まだ準備は終わっていない。作業員。土魔術師。木材。退路。全員がこちらを見ている。予定より早い。数も多い。
伊織は拳銃を握ったまま、左手だけで合図を送る。「退路を開けろ!」
「まだ補強が!」
「今開けろ!」
「崩れます!」
「通ったあとで崩せ!」
作業員たちが動く。北壁の亀裂。人一人分の暗い穴。鉄鎖団がそこへ向かう。
「騎馬は?」
ゼクト。「捨てろ!」
「高いぞ!」
「生きて取り返せ!」
「誰からだ!」
「知らない!」
騎馬から次々に人が飛び降りる。馬は横の谷へ放つ。人間だけが細い退路へ走る。古代兵器が採石場へ入る。一体。三体。五体。十体。全て。
伊織は最後まで入口に残る。ゼクトも。
「先へ行け」
「お前が行け」
「指揮は俺だ」
「一番危ないところは俺だ」
「面倒だな」
「お互い様だ」
古代兵器の盾が持ち上がる。距離三十メートル。四脚型三体は採石場入口で止まった。背部機構を展開。
「射撃来るぞ!」
岩棚の王都兵たちが伏せる。伊織はゼクトの外套を掴み、退路へ押す。「入れ!」
「お前は!」
「後から行く!」
「信用できん!」
「借りを取りたいんだろ!」
「だからだ!」
クロが伊織の脚へ噛みついた。布。引く。
「クロまで何だ!」
黒い犬は離さない。古代兵器の発光部が白く膨らむ。伊織は退路へ飛び込む。ゼクトも。
「崩せ!」
土魔術師が両手を地面へ当てる。岩壁が鳴る。細い退路の上。亀裂。木材。土。伊織たちが暗い穴を抜けた直後、背後が崩れた。白い射撃。岩壁へ直撃。轟音。穴が塞がる。土煙。暗闇。誰かが咳き込む。
「全員いるか!」
ゼクトが叫ぶ。返事。一つ。二つ。次々に。鉄鎖団。王都兵。クロ。伊織。生きている。
だが、退路は崩れた。採石場の中に古代兵器十体。外側に伊織たち。入口は南。北壁は封鎖。敵を入れることには成功した。味方も外へ出た。予定と順番が違うだけ。
「作戦どおりか?」
ゼクトが聞く。「形だけは」
「次は」
「採石場を閉じる」
伊織は地図を思い出す。南口。岩棚。砕石。砂。王都軍。まだ配置途中。それでも、今やるしかない。背後の岩壁が震える。古代兵器が壊し始めている。
「何分持つ」
ゼクト。「分からない」
「そればかりだな」
「三分持たせる」
「根拠は」
「今決めた」
ゼクトが笑う。「十分だ」
伊織は拳銃を解除しなかった。次に何を撃つかは、まだ分からない。だが、十体は採石場へ入った。避難列から離れた。第一の目的は達成している。戦場は完成していない。だから、戦いながら作る。
伊織は土煙の向こうへ目を向けた。「第二段階へ移る」
岩壁の向こうで、白い光が一斉に灯った。




