第129話 二十四体
二十四体を、同時に相手にしてはいけない。伊織が最初に口にしたのは、それだった。
食堂の長机へ広げられた地図の上で、古代兵器を示す白い駒が二十四個並んでいる。人型が十七。四脚の遠距離型が六。指揮機が一。人型のうち三体は、地下で交戦した個体だった。腕や射撃機構を損傷しているが、動きは止まっていない。ほかの個体へ戦闘情報を渡す役割まで持っている可能性がある。
「一度に来たら?」
ゼクトが尋ねた。「採石場を捨てる」
伊織は答えた。「逃げるのか」
「戦わない」
「同じだろう」
「違う。一度に二十四体が入った時点で、こっちが作った戦場じゃなくなる」
採石場は広い。だが、古代兵器二十四体を自由に動かせるほどではない。盾を持つ人型が前へ並び、四脚型が後方から撃てば、岩棚の兵士も、入口に配置する鉄鎖団も逃げ場を失う。
「勝てない場所で戦わない」
伊織は地図の北側を指す。「それだけだ」
「簡単に言う」
「難しく考える必要はない」
「お前が言うと腹が立つな」
「よく言われる」
言ったあと、伊織は僅かに眉を寄せた。最近、同じ言い回しを使いすぎている。ゼクトが気づいた様子はない。
「二十四体を分ける方法は」
アルドが尋ねる。「敵に選ばせる」
「誘導か」
「ああ。ただし、一つの囮へ全部集めない」
伊織は採石場までの地図へ、三本の線を引いた。第一経路。北門から採石場南口へ続く街道。第二経路。換気塔から岩場を通り、西側の旧運搬路へ入る道。第三経路。王城北側の地下口から、外壁沿いを回る狭い道。
「入口を三つ作る」
「採石場の入口は一つでは?」
王都兵が言う。「今は一つだ」
伊織は北壁を指した。「作業員用の旧道が埋まってる。掘り直せるか」
ギルド代表が地図を覗く。「人が通るだけなら。ただ、古代兵器を通すなら広げる必要がある」
「広げなくていい」
「では何に使う」
「人の出入り」
古代兵器を入れる道は南口だけ。味方は北壁と西壁に作った細い通路から出入りする。敵と味方の動線を分ける。
「第一波を南から入れる」
伊織は白い駒を六つ動かした。「人型六体」
「どうして六だと分かる」
ゼクト。「分からない」
「おい」
「六体までなら対応できるようにする」
「七体来たら」
「一体を外へ残す」
「どうやって」
「お前たちがやる」
ゼクトが笑う。「一番危険な場所を寄越せとは言ったが、雑だな」
「入口で数えろ。六体通したら、残りは北へ引け」
「相手が従うか」
「従わせる」
鉄鎖団の役割は、敵を倒すことではない。古代兵器の正面へ姿を見せ、攻撃を避け、一定の距離を保ったまま追わせる。盾へ剣を打ちつける。石を投げる。魔力を放つ。相手が脅威として認識する最低限の干渉を続ける。接近されたら離れる。追わなければ戻る。しつこく。死なない範囲で。
「俺たちを野犬か何かだと思ってないか」
ゼクトが言った。「違うのか」
「否定しにくいな」
周囲にいた鉄鎖団の者たちが笑う。緊張が僅かに緩む。伊織は笑わなかった。
「一つだけ守れ」
「何だ」
「斬り合うな」
ゼクトの笑みが薄くなる。「剣を抜くなと?」
「抜いてもいい。止まるな」
「背中を見せろ?」
「生きろ」
短い言葉。ゼクトはしばらく伊織を見た。「借りを増やす気か」
「死なれたら取り立てられない」
「そうだったな」
ゼクトは地図の南口へ自分の駒を置いた。「六体。七体目は俺が引く」
「一人で?」
「鉄鎖団でだ」
「好きにしろ」
「最初からそのつもりだ」
伊織は次の駒を動かす。四脚型。六体。
「こいつらは採石場へ入れない」
「遠距離型を外へ残す?」
アリアが尋ねる。「ああ」
「外から撃たれます」
「だから、先に位置を決めさせる」
四脚型は人型より低い。背部に長い発光機構。地下で見た射撃機とは異なり、長距離から高出力の光を撃つための形に見えた。移動速度は人型より遅い。ただし、射程は長い。
「採石場の南東に岩丘がある」
伊織は地図へ丸をつける。「ここからなら入口と採石場内部の両方を狙える」
「敵がそこへ行く保証は」
「狙いやすい場所だ」
「機械も高所を取るのか」
エルマーが言う。「取る。地下の三体も、射線が通る位置を選んだ」
「なら、先に岩丘を潰す?」
「違う」
伊織は首を振る。「使わせる」
岩丘の正面から見える採石場内部には、囮となる旗と魔力灯を置く。兵士は置かない。遠距離型がそこを狙えば、射撃位置と射角が固定される。
「敵が撃ち始めたら、土魔術師が岩丘の側面を崩す」
「本体を埋めるのですか」
王都兵。「脚だけでいい」
「装甲までは壊せない」
「動かなければいい」
撃破ではない。固定機構が完成するまでの時間を奪う。古代兵器を倒す必要はない。動けなくし、視界を奪い、指揮機から切り離す。
「四脚型が岩丘へ行かなかった場合は」
アリアが聞く。「第二案へ移る」
「第二案は?」
「逃げる」
アリアの目が細くなる。「ほかにないのですか」
「無理に決めた場所へ押し込めば、こっちの動きが読まれる」
「諦めが早いですね」
「切り替えが早いと言え」
「言い換えただけです」
「大事だ」
伊織は指揮機の駒へ触れた。四メートルを超える大型。両腕に盾。胸部に白い輪。周囲の機体が、その一体を中心に隊列を組んでいた。
「問題はこいつだ」
「指揮機」
アルドが言う。「ほかの機体へ命令を出しているのか」
「可能性が高い」
「なら、最初に倒すべきでは?」
「近づければな」
指揮機は最後尾にいる。人型が盾になる。四脚型が周囲を射撃する。敵も自分の中枢を守ることを理解している。
「指揮機は採石場へ入らないかもしれない」
伊織が言った。「入口の外から全体を動かす」
「その場合は?」
アリア。「ドローンで位置を追う」
「攻撃は」
「しない」
「なぜです」
「攻撃できる装備をつけてない」
偵察ドローン。攻撃用ではない。「具現し直せば」
「遠隔攻撃は負担が大きい。今は使わない」
「今は?」
「必要になれば考える」
アリアが伊織の顔を見る。「新しい武器を出すのではありませんね」
「出さない」
「本当に?」
「具現できる物だけ使う」
伊織は明確に答えた。「指揮機を攻撃するなら、俺が届く距離まで行く」
「一人で?」
「まだ決めてない」
「決めるときは」
「相談する」
「約束です」
「ああ」
アリアはようやく視線を地図へ戻した。「私の役割は」
「移動しながら王統魔力を出す」
「移動しながら?」
「ああ」
「採石場に留まるのではなく」
「最初は街道。次に旧運搬路。最後に採石場」
アリア自身が誘導点になる。ただし、一定の場所には留まらない。王統魔力を短く放つ。消す。移動する。別の場所で再び放つ。古代兵器に追わせる。
「息を吸うように言いますね」
「できる?」
「できます」
「負担は」
「一度の出力を抑えれば」
「連続で何回」
「五回。余裕を残すなら三回」
「三回で組む」
「五回使えます」
「使える数と、使っていい数は違う」
アリアは何か言いかけた。止める。「分かりました」
素直だった。伊織が少し驚く。「何です」
「いや」
「私も成長します」
「そうか」
「あなたより早く」
「張り合うところか?」
「重要です」
クロが机の下で鼻を鳴らす。「クロもそう思っています」
「都合よく使うな」
伊織は黒い犬の駒をアリアの駒の横へ置いた。「クロはアリアと動く」
「東さんとは?」
「別れる」
アリアの表情が変わる。「なぜ」
「俺は採石場に残る」
「右肩を固定した状態で?」
「指揮する」
「戦闘になれば」
「左手で撃つ」
「簡単ではありません」
「分かってる」
「なら」
「誰かが全体を見る必要がある」
アリアは反論しない。だが、納得もしていない。
「クロがいれば、王統魔力の揺れも安定する」
「伊織の具現は」
クロが伊織を見る。「最小限にする」
「約束できますか」
「ああ」
「必要になれば無視する顔です」
「顔で決めるな」
「今までの実績です」
ゼクトが口を挟む。「犬はこいつにつけた方がいいんじゃないか」
「なぜ」
「放っておけば無茶をする」
「俺もそう思います」
エルマーが言う。「王である私も同意する」
アルド。「三対一か」
「私もです」
アリア。「四対一ですね」
「クロは?」
黒い犬が伊織の左脚へ移動した。「五対一です」
「犬は数えるな」
「本人が選びました」
伊織はクロを見る。黒い目。退く気はない。
「アリアの方が危険だ」
「私は動けます」
「だからだ」
「クロがあなたを選んだのです」
「お前が言わせた?」
「そんなことはできません」
アリアは少しだけ笑う。「残念ですが、今回は負けてください」
「分かった」
クロは伊織につける。アリアには、鉄鎖団から二人。王都軍の風魔術師一人。移動経路を知る元採石場作業員。
「護衛はいりません」
「護衛じゃない」
伊織が言う。「道案内と連絡役だ」
「戦闘になれば?」
「逃げる」
「私だけ残る?」
「全員で逃げる」
「東さん」
「古代兵器を倒すのが目的じゃない」
伊織はアリアを見る。「生きて採石場まで連れてくる。それがお前の役割だ」
短い沈黙。「分かりました」
「無理なら途中で切れ」
「追跡を?」
「ああ」
「作戦が崩れます」
「組み直す」
「時間がなくても?」
「生きてればできる」
アリアの瞳が僅かに揺れた。「今の言葉」
「何だ」
「忘れないでください」
「お前もな」
「はい」
地図の上で役割が決まっていく。王都軍。岩棚。魔術師。弓兵。採石場の北壁へ作る退路。鉄鎖団。南口。第一波の誘導。アリア。三つの経路を移動し、敵を分ける。クロと伊織。採石場中央。全体指揮。
「第一波を六体として」
アルドが言う。「第二波は」
「人型六体と四脚型三体」
「九体?」
「ああ」
「第一波より多い」
「第一波で敵が学習する」
「だから第二波を増やす?」
「違う。向こうが増やしてくる」
敵は学習する。最初の六体が分断されれば、次は数を増やす。盾を厚くする。遠距離型をつける。それを見越す。
「第二波では採石場へ入れない」
「どこで戦う」
ゼクト。「旧運搬路」
狭い谷。左右に高い岩壁。人型が横へ広がれない。
「岩棚から砂を落とす」
「第一波と同じでは?」
「第一波では採石場の中。第二波では道そのものを埋める」
「学習されている」
「だから、砂じゃない」
「何を落とす」
「水」
全員が伊織を見る。「水?」
アリアが聞く。「近くに貯水槽がある」
元採石場作業員が地図を指す。「石を冷やすために使っていた古い槽です。今も雨水が溜まっているはずです」
「谷へ流す」
「古代兵器が溺れるとは思えません」
「溺れさせない」
水。土。砕石。狭い運搬路。「足元を泥にする」
装甲が重い。四脚型は踏ん張れる。人型もすぐには沈まない。だが、速度は落ちる。隊列が伸びる。
「先頭と後方を離す」
伊織が言う。「四脚型が後ろへ残れば、射線を切れる」
「その間に人型を採石場へ?」
「ああ」
「四脚型は」
「土魔術師が側壁を崩して道を塞ぐ」
「倒さない」
「止めるだけだ」
伊織は最後の駒を見る。指揮機。残り。「第三波は」
アルドが尋ねる。「ない」
「残りがいる」
「指揮機が三回目まで同じ動きをするとは思えない」
第一波。第二波。二度の誘導。二度の分断。そこまで見れば、指揮機は戦い方を変える。
「第三波からは作戦じゃない」
「では」
「対応する」
「その場で?」
「ああ」
ゼクトが笑った。「結局、最後はそれか」
「全部を先に決めたら、相手に利用される」
「言い訳が上手い」
「褒め言葉として受け取る」
外から、避難を急かす鐘が聞こえた。北門。東門。一定の間隔。街の中を馬車が動く音。人々の声。王都は目覚め始めている。朝が来たからではない。逃げるために。戦うために。次を残すために。
「準備にどれくらいかかる」
伊織が尋ねる。「北壁の退路は二時間」
ギルド代表。「水路の開放は一時間半」
「岩棚への兵配置は一時間」
王都兵。「避難列が採石場近くを抜けるまで」
アルドが伝令へ目を向ける。「最短で二時間です」
「固定段階は」
「第六段階のまま」
「止まっている?」
「進行値は上昇しています」
「次へ移るまで」
「分かりません」
「二時間はないと考える」
伊織は地図を畳まない。「一時間で戦える状態へ」
「無理だ」
ゼクトが言う。「やる」
「土魔術師が死ぬぞ」
「作業を半分にする」
「退路は」
「必要だ」
「では何を削る」
伊織は採石場内に置く予定だった木柵を消す。「柵はいらない」
「隊列の誘導は」
「人がやる」
「危険が増える」
「鉄鎖団がいる」
「勝手に増やすな」
「一番危ない場所が欲しいんだろ」
「気に入らんな」
「帰る?」
「断る」
同じ会話。今度は誰かが笑った。ゼクトも。
「一時間だ」
ゼクトが言う。「鉄鎖団で柵の代わりをする」
「死ぬな」
「借りを取り立てるまでな」
それぞれが動き始める。アルドは王都兵を率いて食堂を出る。ギルドの代表は魔術師と作業員を集める。エルマーは冒険者を配置する。ゼクトは鉄鎖団へ命令を飛ばす。リナは避難者へ食事を渡し続ける。
アリアは地図を覚えるように見つめていた。「三か所」
彼女が言う。「街道、旧運搬路、採石場」
「ああ」
「三回だけ王統魔力を使う」
「ああ」
「途中で無理だと判断したら切る」
「ああ」
「あなたも、無理なら具現を切る」
「分かった」
「本当に?」
「お互いにな」
アリアは右手を出した。「何だ」
「約束です」
「握手?」
「嫌ですか」
「いや」
伊織は左手を出す。触れる。アリアの手は温かい。細い。だが、力は弱くない。
「必ず戻る」
アリアが言う。「ああ」
「どちらも」
「ああ」
指が離れる。戦術ではない。魔力供給でもない。約束。それだけ。
クロが二人の間へ鼻先を入れた。「お前も?」
黒い鼻が伊織の手へ触れる。「分かった」
三人。戻る。食堂へ。次の飯へ。
伊織は地図を折り畳んだ。外へ出る。王都の朝。白い光が空へ立っている。その根元で、古代兵器が動き始めていた。人型十七体。四脚型六体。指揮機一体。だが、隊列は三つに分かれていない。
偵察から戻った兵士が、息を切らして駆け込んでくる。「報告!」
「言え」
「古代兵器が二手に分かれました!」
「数は」
「北門方面へ十体。換気塔方面へ十三体!」
「指揮機は」
「確認できません!」
伊織の目が細くなる。二十四体。十。十三。一体足りない。
「地下だ」
伊織が言った。「何が」
アリア。「指揮機は出てきてない」
「では、地上の兵器だけを動かしている?」
「ああ」
「安全な場所から」
「違う」
伊織は王城を見る。白い光。固定中枢。「中枢を守ってる」
指揮機は誘導に乗らない。採石場へも来ない。最初から、伊織たちの狙いを理解している。それどころか、地上兵器を二方向へ分け、王都側へ選択を迫っている。
北門。避難者。換気塔。固定機構へ戻る経路。
「どちらを止めますか」
伝令が尋ねる。伊織は地図を開き直した。作戦開始前。すでに作戦は崩されている。
「両方だ」
「戦力が足りません」
「分ける」
「こちらも?」
「ああ」
アリアが伊織を見る。「私が北門へ行きます」
「換気塔へ行け」
「なぜ」
「十三体の方に王統魔力が必要だ」
「北門は」
「俺と鉄鎖団」
「右肩で?」
「指揮する」
「それだけでは済まないでしょう」
「済ませる」
アリアは反論しようとする。だが、時間がない。
「必ず戻ってください」
「約束した」
「なら、信じます」
アリアは踵を返す。クロが伊織のそばに残る。
「行くぞ」
ゼクトが剣を肩へ担ぐ。「十体だ」
「数えられるのか」
「二十四より少ない」
「雑だな」
「お前に言われたくない」
二人は北門へ向かう。背後でアリアが別の道へ走る。
作戦は最初の形を失った。それでも、目的は変わらない。生きて戻る。世界を止めさせない。次を作る。
白い光の下で、最初の戦いが始まろうとしていた。




