第119話 侵入計画
第二観測所は静かだった。転送個体の残骸が、床一面へ白く散らばっている。さきほどまで耳を刺していた駆動音も消え、巨大な地下施設には、壊れた機械が冷えていく音だけが響いていた。
伊織はしゃがみ込み、白い部品を拾い上げる。金属ではない。石でもない。軽い。だが、爪で引っ掻いても傷一つ付かなかった。
「未知の素材か」
ヴェルナーがゆっくり歩いてくる。金属半身は沈黙したままだが、人間の足だけで立っていた。「古代複合材だ。こちらの鍛冶では再現できん」
「持ち帰れば武器になるか」
「無理だ。加工できない」
伊織は部品を置いた。「つまり敵だけが使える」
「今はな」
ヴェルナーは転送装置の中心へ目を向ける。「......だが、観測所そのものは使える」
アリアが振り向く。「王都へ繋げられるのですか」
「繋がる。ただし正面から行く者はいない」
ヴェルナーは床へ古い地図を広げた。王都地下。第一観測所。第二観測所。その間を結ぶ白い導線。さらに、その横へ細い灰色の線が何本も描かれている。
「保守導線だ。点検用。人一人が歩ける程度の幅しかない」
「今も使える?」
「五十年前は」
「またそれか」
伊織が苦笑する。「今回も試すしかない」
「試した結果が今までだ」
ヴェルナーも小さく笑った。少しだけ、人間らしい笑い方だった。
アリアは地図へ身を乗り出した。「正門ではなく地下から侵入する、と」
「そうだ。王都地下管理区画へ直接出る」
「兵は」
「多数。魔導兵器もいる」
「転送個体は」
「まだ完成していない。だが、別系統の防衛兵器は動いている」
伊織は顎へ手を当てた。「正面突破は論外。地下も一本道なら囲まれる」
「だから」
ヴェルナーは灰色の線を指した。「保守導線。ここは蜘蛛の巣だ。細い。複雑。管理者しか知らない」
伊織の口元が少し上がる。「SAT向きだ」
クロが立ち上がる。まだ足元はふらつく。それでも伊織の隣まで歩いてきた。伊織は黒い頭を撫でた。「無茶したな」
クロは鼻を鳴らす。「俺もか」
もう一度鳴る。アリアが笑った。「二人とも同じです」
「違う。俺は計算した。クロは勢いだ」
クロは伊織の脛を軽く叩いた。「痛い」
「怒っています」
「分かる」
「私も怒っています」
「まだか」
「当然です」
ヴェルナーが観測板を操作する。空中へ王都地下の立体図が浮かんだ。白い導線。青い管理路。赤い光点。「警備兵。巡回中」
さらに黄色い点。「魔術師。固定配置」
最後に黒い点。「これは」
伊織が尋ねる。ヴェルナーは少しだけ黙った。「分からん。五十年前には無かった」
「新型か」
「恐らく」
アリアが眉をひそめる。「父上が増設したのでしょうか」
「可能性はある。機構側が自律生成した可能性もある。どちらにせよ、未知です」
伊織は立体図をじっと見つめた。地下管理区画。保守導線。警備巡回。「......普通に入る気はない」
「何を考えている」
ヴェルナーが聞く。伊織は王都地下全体を見回した。「囮を作る。地下全体を動かす」
アリアが目を丸くした。「囮?」
「転送個体を壊した残骸。これを使う」
ヴェルナーが目を細める。「どう使う」
「敵は管理信号を追う。なら、残骸へ信号を流してやれば、敵はそちらへ集まる」
ヴェルナーの表情が変わる。「なるほど。考えたな」
「SATでは基本だ。敵の目を誘導する」
アリアが首を傾げた。「ですが、信号はどうやって」
伊織は黒い観測板を軽く叩く。「管理者が二人いる。一人はヴェルナー。もう一人は」
アリアを見る。「王統適合者」
アリアは少し驚いたあと、小さく息を吐いた。「私を便利に使いますね」
「嫌か」
「......嫌ではありません。ですが、終わったら、必ず甘い物を奢ってください」
「町へ帰ったらな」
「約束ですよ」
伊織は少し笑った。「ああ」
その時だった。観測所全体が震えた。ゴォォォン――重い鐘のような音。床を通して伝わる振動。ヴェルナーの顔色が変わる。
「早い。王都が動いた」
立体図の赤い光点が、一斉に動き始める。地下全域。保守導線。管理路。すべての兵が、第二観測所へ向かっていた。
「もう来るのか」
伊織が呟く。「王都は待ってくれない」
アリアが剣へ手を掛ける。「迎え撃ちますか」
「違う」
伊織は首を振る。「ここは敵の庭だ。戦う場所じゃない」
「逃げる?」
ヴェルナーが尋ねる。「違う。消える」
立体図の灰色の線。保守導線。「ここから、王都の腹へ入る」
伊織は黒い観測板を閉じた。「敵が第二観測所へ集まるなら、王都は一番手薄になる」
ヴェルナーが小さく笑う。「なるほど。敵を前へ走らせ、自分は後ろへ入る。古典的だ。だが一番効く」
アリアが伊織の隣へ並ぶ。「行きましょう」
「ええ」
クロも静かに立ち上がる。黒い瞳は、王都へ続く暗い保守導線を見据えていた。
伊織は腰の短剣を確かめる。右肩はまだ痛む。戦車は出せない。だが、それでいい。狭い地下通路では、大火力より静かな侵入の方が武器になる。SATで何度も繰り返したように、敵に見つからず、敵の裏へ回る。その先で、一撃で任務を終わらせる。
王都への戦いは、静かな一歩から始まった。




