表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
121/139

第119話 侵入計画

第二観測所は静かだった。転送個体の残骸が、床一面へ白く散らばっている。さきほどまで耳を刺していた駆動音も消え、巨大な地下施設には、壊れた機械が冷えていく音だけが響いていた。


伊織はしゃがみ込み、白い部品を拾い上げる。金属ではない。石でもない。軽い。だが、爪で引っ掻いても傷一つ付かなかった。


「未知の素材か」


ヴェルナーがゆっくり歩いてくる。金属半身は沈黙したままだが、人間の足だけで立っていた。「古代複合材だ。こちらの鍛冶では再現できん」


「持ち帰れば武器になるか」


「無理だ。加工できない」


伊織は部品を置いた。「つまり敵だけが使える」


「今はな」


ヴェルナーは転送装置の中心へ目を向ける。「......だが、観測所そのものは使える」


アリアが振り向く。「王都へ繋げられるのですか」


「繋がる。ただし正面から行く者はいない」


ヴェルナーは床へ古い地図を広げた。王都地下。第一観測所。第二観測所。その間を結ぶ白い導線。さらに、その横へ細い灰色の線が何本も描かれている。


「保守導線だ。点検用。人一人が歩ける程度の幅しかない」


「今も使える?」


「五十年前は」


「またそれか」


伊織が苦笑する。「今回も試すしかない」


「試した結果が今までだ」


ヴェルナーも小さく笑った。少しだけ、人間らしい笑い方だった。


アリアは地図へ身を乗り出した。「正門ではなく地下から侵入する、と」


「そうだ。王都地下管理区画へ直接出る」


「兵は」


「多数。魔導兵器もいる」


「転送個体は」


「まだ完成していない。だが、別系統の防衛兵器は動いている」


伊織は顎へ手を当てた。「正面突破は論外。地下も一本道なら囲まれる」


「だから」


ヴェルナーは灰色の線を指した。「保守導線。ここは蜘蛛の巣だ。細い。複雑。管理者しか知らない」


伊織の口元が少し上がる。「SAT向きだ」


クロが立ち上がる。まだ足元はふらつく。それでも伊織の隣まで歩いてきた。伊織は黒い頭を撫でた。「無茶したな」


クロは鼻を鳴らす。「俺もか」


もう一度鳴る。アリアが笑った。「二人とも同じです」


「違う。俺は計算した。クロは勢いだ」


クロは伊織の脛を軽く叩いた。「痛い」


「怒っています」


「分かる」


「私も怒っています」


「まだか」


「当然です」


ヴェルナーが観測板を操作する。空中へ王都地下の立体図が浮かんだ。白い導線。青い管理路。赤い光点。「警備兵。巡回中」


さらに黄色い点。「魔術師。固定配置」


最後に黒い点。「これは」


伊織が尋ねる。ヴェルナーは少しだけ黙った。「分からん。五十年前には無かった」


「新型か」


「恐らく」


アリアが眉をひそめる。「父上が増設したのでしょうか」


「可能性はある。機構側が自律生成した可能性もある。どちらにせよ、未知です」


伊織は立体図をじっと見つめた。地下管理区画。保守導線。警備巡回。「......普通に入る気はない」


「何を考えている」


ヴェルナーが聞く。伊織は王都地下全体を見回した。「囮を作る。地下全体を動かす」


アリアが目を丸くした。「囮?」


「転送個体を壊した残骸。これを使う」


ヴェルナーが目を細める。「どう使う」


「敵は管理信号を追う。なら、残骸へ信号を流してやれば、敵はそちらへ集まる」


ヴェルナーの表情が変わる。「なるほど。考えたな」


「SATでは基本だ。敵の目を誘導する」


アリアが首を傾げた。「ですが、信号はどうやって」


伊織は黒い観測板を軽く叩く。「管理者が二人いる。一人はヴェルナー。もう一人は」


アリアを見る。「王統適合者」


アリアは少し驚いたあと、小さく息を吐いた。「私を便利に使いますね」


「嫌か」


「......嫌ではありません。ですが、終わったら、必ず甘い物を奢ってください」


「町へ帰ったらな」


「約束ですよ」


伊織は少し笑った。「ああ」


その時だった。観測所全体が震えた。ゴォォォン――重い鐘のような音。床を通して伝わる振動。ヴェルナーの顔色が変わる。


「早い。王都が動いた」


立体図の赤い光点が、一斉に動き始める。地下全域。保守導線。管理路。すべての兵が、第二観測所へ向かっていた。


「もう来るのか」


伊織が呟く。「王都は待ってくれない」


アリアが剣へ手を掛ける。「迎え撃ちますか」


「違う」


伊織は首を振る。「ここは敵の庭だ。戦う場所じゃない」


「逃げる?」


ヴェルナーが尋ねる。「違う。消える」


立体図の灰色の線。保守導線。「ここから、王都の腹へ入る」


伊織は黒い観測板を閉じた。「敵が第二観測所へ集まるなら、王都は一番手薄になる」


ヴェルナーが小さく笑う。「なるほど。敵を前へ走らせ、自分は後ろへ入る。古典的だ。だが一番効く」


アリアが伊織の隣へ並ぶ。「行きましょう」


「ええ」


クロも静かに立ち上がる。黒い瞳は、王都へ続く暗い保守導線を見据えていた。


伊織は腰の短剣を確かめる。右肩はまだ痛む。戦車は出せない。だが、それでいい。狭い地下通路では、大火力より静かな侵入の方が武器になる。SATで何度も繰り返したように、敵に見つからず、敵の裏へ回る。その先で、一撃で任務を終わらせる。


王都への戦いは、静かな一歩から始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ