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第118話 王の選択

白い輪の向こうで、アルド=シルヴェインは静かに伊織を見ていた。王冠は被っていない。豪奢な装飾もない。白い儀礼服だけをまとい、その背後では巨大な境界輪が低く唸り続けている。その姿は王というより、責任を背負った一人の男だった。


「第二観測所を止めたか」


低い声だった。「ああ」


「転送個体も壊した」


「そうか」


怒鳴らない。責めない。ただ事実だけを確認していく。その落ち着きが、かえって重かった。


アルドの視線がヴェルナーへ移る。床へ座り込んだ老人。切断された五本の管。


「......生きていたか」


ヴェルナーが苦く笑う。「残念だったな」


「逆だ」


アルドは首を振った。「生きていてくれてよかった」


その一言に、ヴェルナーの表情が止まる。「お前は......」


「私はあなたを尊敬している」


静かな言葉だった。「五十年前、王都を守るため一人で地下へ残った。誰にも知られず。誰にも感謝されず。それでも機構を止め続けた」


アルドは深く頭を下げた。「ありがとう」


地下が静まり返る。ヴェルナーは目を閉じた。「......やめろ」


「その礼は受け取れん」


「私は止められなかった。ハルトも。世界も」


アルドはゆっくり首を横へ振る。「だから今、私が続けています」


伊織が一歩前へ出る。「その続きが娘を機械へ繋ぐことか」


アルドは迷わない。「そうだ」


アリアの肩が震えた。「父上」


「私を」


「本当に」


「使うつもりだったのですか」


「使う」


即答だった。だが、その声は冷たくない。「だが、最後まで諦めるつもりはない」


アルドは娘を見る。「お前が犠牲にならずに済む方法を、今も探している」


「しかし、時間がない」


境界輪の向こう。灰色の世界。地平線そのものが崩れ落ちている。黒い裂け目が空を走り、山が砂のように崩れていく。


「あれが世界の終わりだ」


「あと半年。早ければ三か月」


アリアは息を呑む。「そんな......」


「観測所はすべて同じ結論だった。世界は閉じる」


「なら!」


伊織が声を上げる。「止める方法を探せ!」


「探した」


「五十年。二十年。十年。一年。毎日」


アルドは静かに続ける。「見つからなかった。だから、残された方法を選んだ」


伊織は拳を握る。「だから娘を犠牲にする?」


「十万人を救う」


「人数の問題じゃない。本人に聞いたのか」


沈黙。その沈黙だけで十分だった。


「聞けば」


アルドは言う。「アリアは必ず、自分から犠牲になる」


娘は何も言えなかった。「だから、父として。王として。選ばせなかった」


地下へ重い静寂が落ちる。伊織はアルドを睨み続ける。この男は狂っていない。理解できる。だからこそ厄介だった。


「伊織」


アルドが初めて名前を呼ぶ。「お前なら、どうする」


「世界を救う方法が他にない。十万人が死ぬ。娘一人で救える。それでも、選ばせるか」


伊織は即答しなかった。視線を落とす。クロ。アリア。ヴェルナー。リナ。ヴォルフ。町の人々。南条。「あの店、また行こうな」。約束だけ残して死んだ男。


ゆっくり顔を上げる。「選ばせる」


「そして、俺は、選ばなくて済む方法を最後まで探す」


「見つからなくても?」


「その時考える。最後の最後まで、誰も諦めない」


アルドは目を閉じた。「......そうか」


その返事には、怒りも失望もなかった。ほんの少しだけ。羨ましそうな響きだけが残った。


「だから、お前はハルトに似ている」


ヴェルナーが目を見開く。アルドは通信を切らなかった。その代わり、背後の境界輪へ手を置く。


「王都へ来い」


「来て、私を止めてみせろ」


通信はそこで途切れた。


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