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ホテルの使い方〜観光はそこそこにホテルでまったり過ごしたい〜  作者: 一年目の平凡な中小企業の社長


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第28話:なにわ一水⑧

「あはは! 本当に『北海道』って書いてあるわ!」  


 お店の看板を見上げたサトミが、楽しそうにケラケラと笑う。


「ね、言ったでしょ。山陰だけど『北海道』。これがこの界隈の鉄板なんだよ」


 店内は休日らしい活気に溢れていたが、タイミングが良かったのか、さほど待つことなく席へと案内された。


「ラッキーだったね。休日にしてはスムーズに入れたよ」


「本当ね! ……わあ、見てツカサ! ネタが大きすぎてシャリが見えないわ! 私、この『炙り三昧』にする!」  


 運ばれてきた皿を見て、サトミが目を丸くする。大きなネタを頬張ると、彼女の表情がパッと輝いた。


「えっ……! めっちゃ美味しい!! 回転寿司なのに、これ、回っていいレベルじゃないわよ!?」


「これは確かに……予想外のクオリティだね。僕はのどぐろをいってみようかな。……うん、脂の乗りが凄まじいな。これは旨い」  


 二人は夢中で、日本海の豊かな恵みを堪能した。

 しかし、この時。 あまりの美味しさに箸が止まらず、限界までお腹いっぱい食べてしまったことが、後に「致命的なミス」を招くことになるとは、今の二人はまだ知る由もなかった。


「ふぅ……食べた食べた! じゃあ、そろそろ米子鬼太郎空港へ向かおうか」


「うん。会社の人にお土産も買わなきゃね」  


 マークXに乗り込み、境港を抜けて空港へと続く道を走り出す。車内には、旅の終わりの静けさが漂い始めた。


「ツカサ……なんだか、帰りたくなくなっちゃったな」  


 窓の外を流れる景色を惜しむように、サトミがぽつりと呟く。


「……僕もだよ。帰りたくないね」  


 そう答えた瞬間、僕の脳裏には月曜日のデスク、積み上がった書類、鳴り止まない電話の音がフラッシュバックした。


(あー……仕事のことなんて、今は考えたくなかったのに。月曜日から、またあの戦場に戻るのか……)  


 現実に引き戻される感覚が、胃の奥を少しだけ重くする。隣で眠そうに目を細めるサトミとの時間が愛おしければ愛おしいほど、旅の終わりという境界線が、切なく胸に迫ってきた。

 トヨタレンタカーの営業所に到着し、数日間共に旅をしたマークXを返却する。手際よく精算を済ませ、送迎バスに揺られて米子鬼太郎空港へと戻ってきた。 空港に着くやいなや、サトミは「戦場」へ向かうかのような勢いでお土産屋へ飛び込んだ。


「会社の人には、この『因幡の白うさぎフィナンシェ』。で、仲の良いあの子にはこの鬼太郎ボールペン……よし!」  


 必死にカゴを埋めていくサトミを横目に、僕も重い腰を上げる。


「僕も一応、医局の先生たちと部署の分は買っておくか。はぁ……」


(あの皮膚科の先生にも、何か買っておかないとな……)  


 お土産を選びながら漏れるため息。それは、刻一刻と迫る「現実」への抵抗だった。


「サトミ、そろそろ手荷物検査に行かないと」


「もうちょっと、あと一分だけ……!」  


 名残惜しさを振り切るようにチェックインを済ませ、保安検査場を抜ける。搭乗口の前に立つと、サトミが寂しそうに僕を見つめた。


「……もうすぐ、帰っちゃうんだね」


「そうだね。大変、遺憾です……」


「よっぽど仕事が嫌なのね、ツカサは」


「めっちゃね!」  


 僕の即答ぶりに、サトミが「あはは、私はそこまでじゃないわ」と小さく笑った。

 プレミアムクラスの優先搭乗。静かな機内へと足を踏み入れ、ゆったりとしたシートに深く身を沈める。


「もうすぐ離陸だね」


「帰っちゃうのね……。ツカサ、私、また『なにわ一水』に泊まりたいな」  


 ニコッと笑う彼女の瞳に、僕も真っ直ぐに応えた。


「僕もだよ。必ず、また行こう」


 飛行機は轟音とともに滑走路を蹴り、島根と鳥取の景色を足下に置き去りにして高度を上げた。やがて、ポン、という電子音とともにベルト着用サインが消える。

 その瞬間、二人は同時に顔を見合わせた。


「「あっ!! 機内食……!?」」


 そう、ここはプレミアムクラス。回転寿司『北海道』でネタの大きな寿司を限界まで詰め込んできた僕たちは、この「空の上の食事」の存在を完全に失念していたのだ。目の前に恭しく運ばれてくる、彩り豊かな機内食のトレー。


「……ツカサ、帰りもこんなに豪華なのが出るなんて……」


「忘れてたよ。完全な戦略的ミスだ……」  


 二人は顔を見合わせ、苦笑しながらも箸を動かした。美味しいはずの料理を、お茶やコーヒーで必死に流し込む。本来なら至福のひとときであるはずの機内食が、今や二人の胃袋に対する「贅沢な試練」へと変わっていた。

 さらにお腹をパンパンに膨らませた二人の頭上には、東京の夜景が近づいていた。 苦しさと、楽しさと、そして少しの切なさ。重たくなった身体とは裏腹に、二人の心には、山陰の澄んだ空気と笑顔の記憶がしっかりと刻まれていた。


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