第27話:なにわ一水⑦
昨夜と同じ個室のテーブルには、島根の豊かな恵みが凝縮された朝食御膳が並んでいた。
「わあ、穴子の一夜干し? 珍しいね、食べたことないかも」
サトミが土鍋の上で香ばしく焼ける穴子を見て、瞳を輝かせる。立ち上る芳醇な香りが、まだ眠っていた胃袋を優しく刺激した。
「確かに、一夜干しは珍しいね。……そして今日も、ご飯は仁多米のコシヒカリだ。最高だね」
二人は昨夜の余韻を楽しみながら、静かに、けれどしっかりと朝のエネルギーを蓄えていく。
「ツカサ! ここのお宿、晩ご飯も朝ご飯も本当に美味しかった。連れてきてくれてありがとう」
箸を置いたサトミが、満面の笑みで僕を見つめる。
「そうだね、期待以上だったよ。……さて、今日はどこへ行こうか?」
「今日は、松江城に行ってみたい! 『るるぶ』で見たら、お城下もすごく雰囲気が良さそうなの」
「よし、それじゃあ決まりだ。混む前に出発しよう」
名残惜しいけれど、居心地の良かった『雲のフロア』に別れを告げ、僕たちはフロントへ向かった。
「ツカサ様、昨日はお土産をありがとうございました。スタッフ一同、美味しくいただきました」
フロントスタッフが深々と頭を下げる。
「いえいえ。……お会計をお願いします」
僕はいつものように、漆黒の輝きを放つダイナースカードを差し出した。
「ねえツカサ。いつもツカサにばかり払わせちゃって、大丈夫なの?」
サトミが少し申し訳なさそうに僕の顔を覗き込む。
「僕の医者の友達が言っていたんだけどね、――『あるところが払えばいいんだ』って。僕が出せるうちは払わせてよ。本当につらくなったら、その時はサトミに相談するから」
僕が冗談めかしてニコッと笑うと、サトミは少し安心したように、けれど感慨深そうに呟いた。
「ツカサ、いつもありがとう」
(ツカサ……そんなこと言われたら、キュンとしちゃうじゃない)
サトミは言葉には出さず、心の中でそっと呟いた。自分を大切に扱ってくれる彼の優しさが、じわりと胸の奥に広がっていく。
スタッフが丁寧に荷物をマークXのトランクへと運び込んでくれる。エンジンを始動させ、僕たちは朝日を浴びてキラキラと輝く宍道湖を左手に、誇り高き国宝・松江城を目指して走り出した。
「松江城の駐車場に着いたよ」
マークXを止めると、目の前には威風堂々とした黒塗りの城壁がそびえ立っていた。 「わあ、ここが松江城! 入口に『国宝 松江城天守』って書いてあるわ」
「サトミ、こっち向いて。写真撮ってあげるよ」
僕はスマホを構え、歴史ある門を背景に彼女の笑顔を収めた。
「ねえ、国宝なの? やっぱりすごいのね」
「日本に現存する江戸時代からの天守は、もう十二箇所しかないんだ。戦争や火災を免れた、本当に貴重な建物なんだよ」
「へぇ~……そう聞くと、ますます重みを感じるわね」
二人は急な木造の階段を踏みしめ、天守の最上階へと登りつめた。
「わあ……! 眺めがすごい! 松江の街と宍道湖が一望できるわ」
「いい景色だ。……あ、サトミ、また一枚撮るよ」
言いながら、僕はすでにシャッターを切っていた。
「ちょっと! もう撮ってるじゃない! まだ心の準備ができてないわよ」
頬を膨らませて怒るサトミを見て、僕は思わず吹き出した。
「あはは、ごめんごめん。自然な感じがいいかなと思ってさ」
お城を後にした僕たちは、そのままお堀を巡る『堀川遊覧船』の乗り場へ向かった。
「わあ、船よ! 船!!」
サトミが子供のように声を弾ませる。低い橋をくぐる時に屋根が下がってくる仕掛けに驚きながら、城下町の風情を水面から楽しんだ。
船を降りると、心地よい風のせいか急にお腹が空いてきた。
「ツカサ……なんだかお腹空いちゃった」
サトミが少し上目遣いで僕を見つめる。その表情に、僕は即座に応えた。
「じゃあさ、回転寿司なんてどう?」
「お寿司! いいわね、大賛成!」
「よし、それじゃあ『回転寿司北海道』に向けて出発だ!」
僕がエンジンをかけると、サトミが目を丸くして身を乗り出した。
「ちょっとツカサ! 北海道じゃないわよ? ここは島根県よ、お疲れなの!?」
「あはは、違うよサトミ。お店の名前が『北海道』っていうんだ。地元の魚が驚くほど美味しくて、有名なんだよ」
「……もう、ややこしいわね! でも、楽しみ!」
マークXは、最高の昼食を求めて、再び走り出した。




