18.誓約の魔法
翌朝目が覚めるといつの間にか両手両足の枷は外され代わりに首輪が嵌められていた。
そして枕元には何やら正装らしい服一式が置いてあった。
これに着替えろ、ということだろう。
服を並べてみると白のタキシードだった。
魔法は相変わらず使えない。
動けるようになった俺は着替えて部屋の外に出てみた。
「おはようございます、セージさん。とても似合ってますよ。」
廊下を道なりに進むとリビングがありジルがいた。
俺の家よりかなり大きそうだ。
「…おはようございます。ジルさんはいつも通りですね。」
「私のこれは天人族にとって普段着であり戦闘着であり正装なんです。」
「そうだったんですか。」
「朝食を食べたら早速教会に向かいましょう。」
ジルは俺にカフェオレとクロワッサンを出してくれた。
クロワッサンはまだ温かかった。
俺が起きる前に買ってきてくれたんだろうか。
食べ終えた後、ジルに連れられ外に出た。
シエルの町並みは海に近いということもあってかリヴィエールに似ている感じがした。
行き交う人のほとんどが天人族ということ以外は普通の町と変わらなさそうだ。
「ここで誓約の魔法を受けられます。」
教会というより神殿といった感じの大きな建物に着いた。
ジルは俺の腰に手を回し教会の中へと誘導する。
「お待ちしておりましたよジル様。そちらの方が縁を結ぶ方ですね。」
「はい、司教様。よろしくお願いします。」
「ではこちらへ。魔法陣の中で並んでください。」
ジルと陣に入ると司教が何かを唱え始め俺達は光に包まれた。
…しばらくすると光が収束していき俺とジルの体内に吸い込まれていった。
「お疲れ様でした、無事終わりましたよ。」
「司教様、ありがとうございました。」
「いえいえ、ジル様の縁に立ち会えて光栄です。ようやく相手を決めたと思ったら普通の人族でしたので少し驚きましたが…どうにも不思議な魅力のある方ですね。」
「慧眼の持ち主である司教様にそう言わせるセージさんはさすがですね。」
「もしかして謹慎の原因もこの方なのでしょうか。」
「ははは…任務中の逢引きがバレてしまいました。」
「なるほど、そういうことでしたか。謹慎にしてはやけに短いと思っていましたが…族長様もお喜びになったことでしょう。」
「実は報告はこれからなんです。これまで邪魔がずっと入ってしまって…。」
「それはそれは…ジル様の邪魔をするとはなんと命知らずな。」
「武力は行使してません。セージさんを悲しませたり怒らせたりして嫌われたくありませんから。
司教様、私はそろそろ行きますね。」
「これからの2人に幸の多からんことをお祈りしております。」
…終始2人だけの会話で終わった。
話を振られても困るから助かったが。
「司教様とのお話で察しているかと思いますが、今から族長のところへ報告に行きます。」
「あ、はい…。」
「何か質問されるかもしれないですが嘘はつかないでください。族長は嘘をすぐに見破りますから。」
「わかりました。」
教会を出てから少し歩く、と遠くからも見えていた大きな塔に着いた。
入口のようなものは見当たらない。
「少しだけ飛びますよ。」
そう言うとジルは俺を抱き上げ大きな翼で飛び上がった。
塔の上部には中に入れる入り口があった。
そのまま中の階段を上がると守衛がおり、ジルが目配せをするとドアを開けた。
中には10人ほどの天人族がいた。
「ジル!朝からずっと待っておったぞ!」
「教会で誓約の魔法を受けてから行くと伝えていたではありませんか。」
「そんなの一瞬で終わるだろう。…まあいい、早くその者を我らに紹介しろ。」
「こちらはセージです。見ての通り人族です。」
「はじめまして、族長様。セージと申します。」
「その男がジルの番か。それだけか?馴れ初めとかあるだろう。」
「先日の鳥人族捜索の任務の途中で出会い、私が一目惚れをしました。」
「仕事一筋で堅物のお前が仕事を放棄して帰ってきたと聞いた時は本当に驚いたぞ。」
「申し訳ありません、我を忘れてしまい…初めてのことで私自身も戸惑いました。」
「我らのことは既に伝えているのか?」
「…族長ということだけは。」
「なんと薄情な…そういうところは以前と変わらないようだな。これだけ親兄弟が揃っているのに。」
「親兄弟?」
「ああ、儂は族長であるがジルの父親でもある。」
立派な髭をたくわえているため貫禄はあるが、40後半から50代くらいに見える。
「ジルさんは族長様の息子…。」
「あっ、いえ…ただ息子っていうだけで三男ですし、後継は既に子もいる兄がいるので…族長のってところは忘れて問題ないですから。」
「ジル…本人を目の前にしてよくもまあ…。セージ、このように息子は良くも悪くも裏表のない真っ直ぐな男だ。そういえばこれからジルの家で生活するのか?」
「ここから北、コリーヌの手前に家がありまして…できれば変えずに暮らしたいと考えております…。」
「なんと…早くも別居とは、ジルはそれでもいいのか?」
「これからのことはこの後ゆっくり話し合おうかと思っていまして…これまで何度も邪魔をされて、番のことも昨日同意をもらったばかりですし。」
「はあ…。ジルよ、何事にも順序というものがある。時には強引さや駆け引きも必要だと思うが、言葉のやり取りを欠くと全て台無しになるぞ。」
「…はい、以後気をつけます。」
以前リアンから聞いたような天人族のイメージとは違うな…。
ジルだけじゃない、族長も全く腹黒さやプライドの塊のような印象はない。
「それにしても…セージ、お主はなんとも変わった雰囲気を纏っているな。」
そう言うと族長は俺の元に寄ってきた。
…そしてそのまま俺を抱きしめた。
「族長!?一体何を!」
隣にいたジルが俺より驚いている。
「なんだろうな、雰囲気だけではない。…とてもいい匂いがする。」
「いい匂い…ですか?」
匂いについては今まで誰にも言われたことないけど…。
「ああ、こうして近くにいるとより強く感じる。
…口に頬張ってしまいたい。
中はねっとりと舌に絡みつき、歯触りもいいだろう。」
「族長!セージさんは私の番です、離れてください!」
「バターや卵、牛乳をふんだんに使った甘味…。
間違いない、これはフランだな。」
「セージさんはフランではありません!目を覚ましてください!」
…収納魔法の中なのに匂いがわかるのか?
ひょっとすると魔法無効化の影響で匂いが漏れたのか。
「ジルさん、首輪を外してくれませんか。」
「え、でも…。」
「またすぐに嵌めてもいいですから…少しだけ外してくれませんか。このままでは俺が食べられてしまうかもしれません。」
「…わかりました。」
ずっと首にあった金属の感覚からようやく解放された。
「族長様、匂いの正体はこれです。」
俺はホールのままのフランを取り出した。
店で買った時の状態から変わりはなさそうだ。
「ほう!本当にフランではないか!」
「こちらを族長様に差し上げます。」
「なんということだ、もしやこれは国内随一と言われているリッシュの店のか?」
「よくご存知で。リッシュで買ったものを魔法で保存しておいたのです。」
「これは素晴らしい、まるでついさっき焼いたかのようだ。この芳醇な香り…少し早いが昼食にしよう。これは食後にいただこうか。」
海が近いということもあってかマスターの店とは全く違った。
スズキのパイ包みやブイヤベースといった魚介の料理、トリュフを使った前菜や肉料理、様々なハーブの香りのするお酒…。
「どうだ、料理は口に合ったか?」
「はい、もちろんです。魚介もトリュフも食べたことがないものばかりですが本当に美味しいです。」
「そうか。2人の祝いでもあるからな。浮きなだけ食べていってくれ。この黒トリュフは気に入ったなら分けてやろう。」
「ありがとうございます。リッシュの市でも見たことがなかったもので。」
「それはそうだろう。栽培はこのシエルでしかしていないし、野生のものは見つけるのは人間には困難だ。天人族と縁のある一部の人間にしか卸していないから市場に出回ることはないだろうな。」
「そんな貴重なものを…いいんですか?」
「まあこれはフランの礼とでも思ってくれればいい。」
「ありがとうございます。フランだけではこの人数の半分にも足りないでしょう。よければこちらもどうぞ。」
俺は収納の中にあるリッシュで買っていたシャルロットとシブーストもテーブルの中央に並べた。
「これはこれは…いちごのシャルロットにりんごのシブーストですか。しかもフランと同じ店の。」
「お詳しいんですね。」
「あの店の甘味は格別だ。何度も通っているからよく知っている。」
「…あの!セージさんは私の番ですからね。なんで族長と話が盛り上がっているんですか。」
「ジル、くだらん事で嫉妬するなみっともない。」
「私はそんな、嫉妬だなんて…。」
「自覚もないとは…お前もいい歳だと思っていたが、まだまだ子供だったようだ。」
「私達の祝いの席ではなかったのですか。なんでそんなこと…。」
「ジルさん…。食べたら家に戻りましょう。そこでゆっくり話せますから。」
「はい…。」
「セージはジルよりしっかりしているな。ジルを見限った時は代わりに儂が相手してやるからいつでも言いなさい。」
俺達は食後のお茶までいただいた後でジルの家に戻った。
ジルはすっかり拗ねたのか道中ずっと黙ったままだった。
俺の首輪はあれからずっと外されたままだ。
なんとか穏便かつ速やかに家に帰ってリアン達に無事を知らせないと。
「あの、ジルさん。今後のことなんですが…。」
「家に帰りたいんですよね。」
「はい。皆に何も言わずに来ているので…。ジルさんのことも説明しないと。このままでは事態が大きくなりかねません。」
「それもそうですね。」
「一緒に行きましょうか。」
「わかりました。私が説得するのが道理でしょうし、準備しましょう。」
「すぐ行けますから旅支度は不要です。いつでも戻って来られます。とりあえず試してみましょう。」
「え?どういうことですか。」
「少しだけ目を閉じてください。」
「は、はい。」
「テレポート」
俺は自宅の前に移動し、玄関を開けた。
するとリビングにいたリアンが飛び出してきた。
「セージ!…と天人族!やはりお前か!」
リアンはジルに剣を向け一触即発の状態だ。
「リアン!心配かけてごめん。少し落ち着いて欲しいんだけ…」
「なぜセージが謝るんだ!?こいつがまた攫ったせいなんだろう。」
「それはそうだけど、彼に何かあると天人族との争いになりかねないから…。」
「セージさん、ごめんなさい。ここからは私が対応しますから。…リアンさん、このまま少し外で話せますか。」
「ああ、わかった。部屋の中ではセージに迷惑がかかるからな。」
「俺はルダンの確認、マスターのところに行って無事の報告と、オルスの部屋に書き置きを残してくるよ。」
「ああ、わかった。」
俺は2人を残したまま家の中に入った。
ルダンは俺が部屋に入るなりピィピィと大きな声で鳴いている。
…ジルが中に入らず自分から外での話し合いを提案してくれて助かった。
リアンが世話してくれていたおかげかルダンは随分と大きくなっている気がする。
フンを撒き散らしている様子もなく綺麗な状態だった。
ジルがいつ気づくかもわからないので一旦オルスの部屋に避難させてもらおう。
俺は書き置きとルダンをオルスの部屋に残しマスターの家に向かった。
「セージ!大丈夫だったのか?」
俺は部屋に移動するなりマスター、シーナが飛びついてきた。
「オルスから聞いた時は本当に驚いたんだからな。セージ目的なら無事だとわかっていたけどもう帰ってこないんじゃないかと思ったぞ。」
「心配をおかけしてすみません。実は…。」
俺はジルとの経緯や今リアンといることを説明した。
「私も連れて行ってもらえないだろうか。」
「お店は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。長居はしない。いざというときはセージに手伝ってもらうかもしれないが。」
「わかりました、では行きますね。」
「テレポート」
俺は一旦リビングに移動してから外に出た。
リアンとジルはりんごの木の傍で話をしている。
遠目で見る限りは不穏な感じはしなかった。
「セージは家で待っていろ。私だけ混ざってくる。」
そういえばシーナとしてリアン達と会ったことはあったんだろうか…。
ジルがどうやって説得するのかも気になるが、俺は家の在庫チェックをして夕食の準備でもしておこう。
4日ほど空けたせいで冷蔵庫はほとんど入っていなかった。
収納からルダン用の猪肉を取り出し補充しておく。
しばらくするとシーナが戻ってきたが、俺にこのまま店の準備をお願いしたいと鍵を預けまた戻っていった。
開店のタイミングで俺はシーナを迎えに行く算段になっている。
少し早いがルダンにご飯をあげてから店に行くか。
家の夕食は店で一緒に作らせてもらおう。
俺は久々に店で仕込みを始めた。
シーナを町に返して買い物をして家に戻るつもりだったが難しそうだ。
以前仕込みを一通り教わったのがこんな形で役立つことになるとは思わなかったな
こうなってしまった元凶は俺にあるわけだが…。
開店時間が近付くにつれ他の従業員達が徐々に出勤してきた。
最初は皆驚いていたが、久々に会えたことを喜んでくれた。
日も落ちかけ、もうすぐ開店時間になるため俺は夕食用の小鍋を収納しマスターの家から俺の家に帰った。
リビングに戻ったが誰もいなかったため小鍋をキッチンに置き外の様子を見に行くとオルスも加わり4者会談になっていた。
シーナに店のことを確認したが…終わったらオルスに送ってもらうから、それまで店を回していて欲しいとのことだった。
俺は再びマスターの家経由で店に戻り、他の従業員にマスターが一身上の都合で遅れることを伝えた。
今まで定休日以外で休んだこともなかったらしく皆驚いていたが、連絡が取れていることと俺が代理で来ていることから慌てる様子もなく、ほとんど支障は無さそうだ。
俺とマスターの関係は従業員や常連の間で既に広まっているようで、普段マスターに確認しているような内容を全て俺に確認する流れに自然となっていた。
マスター目当てのカウンター対応も俺がすることになっていたため、面白がった常連からマスターとの馴れ初めなど質問攻めにあうことになった。
質問は当たり障りない範囲で躱しておいたが、それでも時間が経つにつれマスターに報告すべき内容がどんどん増えていく…。
…結局マスターは戻ってくることなく閉店の時間を迎えた。
さすがに帳簿を俺が勝手に付けるわけにはいかないので、今日の分の伝票と売上金を預かり店を閉めマスターの家に戻った。




