19.マスター代理
俺は家に帰る前にオルスの部屋に寄った。
ルダンは静かに眠っていて安心した。
家に帰ると、さすがに4人の話し合いの場を変えたようで、リビングに移動し4人で座っていた。
人種の違う4人の男前が同じテーブルを囲んでいるのは圧巻ではあったがどこかシュールでもある。
俺が家に一時帰宅してから既に半日以上経過しているが、まだ話し合いは終わらないみたいだ。
俺がただいまというとおかえりと返事は返ってきたがそれだけだった。
少しだけ疎外感を感じた俺は1日の労働でかいた汗を流すために風呂に入った。
身綺麗になった俺は1人だけ先に寝るのも憚られ、明日以降のご飯の仕込みをすることにした。
キッチンの様子を見ると店に行く前に準備していた料理に手を付けられた様子がなかった。
…もしかして、ずっと飲まず食わずで話し合っているんだろうか。
鍋に用意していたビーフシチューとは別に、俺はこの時間でも食べやすい料理を準備することにした。
トマトと卵のスープ、チーズリゾットに今日もらったばかりのトリュフを削って添えた。
「あの…何か食べませんか?」
さすがに心配になった俺は声をかけ皿を4人分並べた。
「ありがとう。そういえば今日何も食べていなかったな…。」
「すまん、私もだ…起きてから何も食べていなかった。ってこの香りは…トリュフ!?」
「我もだ。すまない、セージ。」
「セージさん、ありがとうございます。早速トリュフ使ってくれてるんですね!」
ようやくこちらに意識が向いた感じがした。
「食べたら今日は解散しませんか?」
「いやだめだ。しかしよりにもよって天人族とは…。」
「なあなあにしてはおけない。ただでさえ私はほとんど会えず不利なのに。」
「最初が肝心だからな。我は我の力で説得したからこそここにいるのだ。」
「今帰ったらもう2度と会えない気がします…。」
なんだかんだ皆息が合っているし仲良くなっているようにも見える。
「そうですか…俺は先に寝ますからね。あ、マスター…シーナさんは今日の店のことで色々報告があるので帰るときは起こしてください。」
俺は店の皆と食べてきたし、風呂にも入って今日1日の疲労もピークを迎えている。
ルダンの夕食が早かったから朝は早起きしてご飯をあげないと。
…部屋に戻り俺はベッドに潜り込んだ。
今日も平和なひとりの朝だ。
俺は起きるとルダンの世話のためオルスの部屋に向かった。
ルダンは起きていたようで俺が現れるなり大きく口を開けご飯をねだってくる。
既に俺が知っている鷹の成鳥の大きさより遥かに大きく、一晩でまた一段と大きくなったように見えた。
俺の収納に入っている肉のほとんどを食べようやく満足してまた眠った。
もう冷蔵庫に入れている分しか肉はない。
そういえば今回俺が捕まったせいで猪肉の補充ができてなかった。
次に俺はリッシュに向かいバゲットサンドとコーヒーを人数分買ってから家に戻った。
4人で真剣に話し合う姿は昨夜俺が寝る前と変ってない気がする。
一体何をそんなに話し合っているんだろうか…。
買ってきた朝食をそれぞれの目の前に並べると皆黙々と食べ始めた。
一睡もせずによく集中力が続くものだ。
「ジルさんはお仕事大丈夫なんですか?」
「休みを取っていたので問題ありません。」
「そうですか…。肉が無くなりそうなので狩りに行ったり町に買い物に行くので昼まで戻りませんが、大丈夫でしょうか。」
「気にせず行ってこい。どうせ帰ってくるまで我らは居るだろうからな。」
「ははは…むしろ帰る頃には解散しててほしいよ。」
いつものように猪を狩り町で素材を売ったが、結構お金が溜まっていることに気が付いた俺は、空き部屋用に家具を買い揃えることにした。
2階には俺の部屋含めて4部屋、1階にも1部屋ある。
万が一今家にいる4人全員が泊ることになったとしても1人1部屋ある。
ジルは2階への立ち入りを禁止にして1階の部屋を使ってもらおうか。
それならルダンが分別つくようになった後であればオルス部屋に置いたままにしなくても済むかもしれない。
食材や甘味類をたくさん買い込んで戻ると…オルスが言った通り話し合いはまだ続いていた。
リアンやオルス、休みのジルはまだしも…マスター、シーナは大丈夫なんだろうか。
今日も俺に店を任せるつもりか…?
ルダン用の肉のストックを大量に準備して早めのご飯をあげた後、俺達の分のご飯も準備を始めた。
昨日作っておいたビーフシチューに合わせるマッシュポテトを作り、日持ちする野菜の常備菜やコンフィも大量に作った。
夜は今日獲った猪肉のステーキをメインにしよう。
午後、俺は今日もひとりでマスターの店の仕込みを始めていた。
結局まだ話し合いは収拾がついておらず、皆が納得するまで終わらないらしい。
せめて風呂や睡眠くらいはと提案したが、その分長引くからと却下されてしまった。
少しでも早期解決に役立てばと、俺は家を出る前にクリーンとリフレッシュの魔法をかけておいた。
「セージさん、おはようございます。もしかして今日もマスターは…。」
開店時間が近づいてきて従業員が出勤してきた。
「はい…。いつ来れるかはわかりません。ひょっとしたら今日も来ないかもしれません。」
「そうなんですか。セージさんはマスターから信頼されているんですね。」
「便利に使われているだけのような気もしますが。」
「そんなことありません。だって、体調が悪い時でさえ定休日以外では休んだこともなかったですし、今まで仕込みを誰かに手伝わせることはおろか自宅に誰かを招き入れることもなかったですから。ずっと大事にしてきたこのビスクラブレをこうやって一任するって相当なことだと私達は思ってます。」
「そうですかね。」
「マスターは誰に対しても優しいですが…私達のことを信用はしていても、どこか信頼はされていないのか壁を感じることがあるんです。
ある程度店が大きく有名になってくると常連の対応や出納関係以外は人に任せてしまうことが多いですが、マスターはそれをしない。責任感があるともとれますが、任せられるほど信頼できる人が今までいなかったんだと思います。
セージさんが初めてきた時は、最初はひょっとすると支店出したり経営拡大の足がかりなのかなって思っていましたが、すぐに仕事上の関係ではないと気づきました。」
「…なんだかお恥ずかしいです。」
今回の不在のきっかけも全部俺にあることを思うとマスターのことが色々と申し訳なくなってきた。
マスターの表案が下がるような事にならないとならないといいが。
「マスターは周りによく気をかけてくれるのに、マスター自身は誰かに相談することもないし弱みもみせず個人的な交友も見たことがないですし。だから本当に安心したんですよ、相手がようやく見つかったんだと…。」
「本当にマスターのことを心配していたんですね。」
「それはもう。マスターを知る人は皆だと思いますよ。だから今日はきっと、常連さんがいつもより多く来るでしょう。」
「マスターが不在というだけでもきっと驚くのに、普段通り味も変わらず営業できているんですから。
しかもマスターの仕込みを引き継いだのが、つい最近街に来たばかりの若い男です。
マスターが見初めた男が一体どんな人か常連じゃなくても気になるでしょう。きっと昨日来たお客さん達が方々に話して回っていますからね。」
「でも今日も俺がいるとは限らないですしマスターのいる通常営業かもしれないじゃないですか。」
「その時はマスターに直接事情を聞くだけの話ですよ。話してくれないとは思いますがね。」
「それなら俺は裏方に徹して…。」
「セージさんはマスターの代理なんですから、むしろ開店後の厨房はこちらに任せてください。」
開店直後からカウンター席が真っ先に埋まるという異常な状況だった。
昨日も来ていたお客さんや、手伝いの時に見たことのあるお客さんだけではなく初対面の人もいる。
昨日と同様、マスターとの馴れ初めや普段の様子を聞かれることが多かったが俺に答えられることはほとんどなく、料理や酒が進むにつれ家族構成や住んでる場所やといった俺個人の話に変わっていった。
父母はもうおらず兄弟もいないこと、西の森の先にずっと1人で住んでいたことを含みを持たせながら話すと大抵の人は同情してあまり踏み込んで来るようなことはなかったが…1人だけ違った。
「…そうやってマスターに取り入ったのか!」
「おいお前、飲み過ぎだぞ!」
「だって俺達のマスターが…こんなぽっと出の男に持っていかれるなんて納得いくかよ!」
「自分が相手にしてもらえないからって八つ当たりもいいところだ。」
「なんだよ、そっちの味方か!?」
「10年以上通って名前すら聞けなかったんだ、諦めもつくさ。大体、同情で気を引けるような人でもないだろう、マスターは。」
「それはそうだが…。」
「それより、不在の間にあれこれ詮索した挙句セージさんを責め立てたことをマスターに知られて店を出禁になる方が御免だ。」
「ぐっ…確かにそうだな…。…その、すまなかった。お詫びにたくさん注文するから許して欲しい。」
「大丈夫ですよ。言い分はもっともですし、気持ちもわかりますから。…ですがお酒はほどほどにお願いしますね。」
本当にマスターを慕う人は多そうだ。
店の従業員達のように皆が皆新参者を歓迎…というわけにはいかないか。
きっと今後もこういったことはあるんだろうな。
結局カウンターの客は閉店まで途切れることがなかった。
…今日1日だけで元の世界の一生分の会話量を超えたかもしれない。
嫌ではなかったけど、精神力をすごく消耗した感じがするし今日は早く寝たい。
今日の分の伝票や売上をまとめ、戸締りをしてマスターの家経由で自分の家に帰った。
家に帰るとようやく話し合いが終わったのか4人は俺の帰りを出迎えてくれた。
ご飯も食べた形跡がある。
「我らの話し合った結果を伝えてもいいか。」
「う、うん。どうなったの?」
「2対2対2対1の割合でなら、という事になった。」
「どういうこと?」
「例えば、我やリアン、マスターが週に2日とするとジルは1日ということだ。」
「なるほど…?」
「そしてこれはマスターからの要望でもあるが、これまで過ごした時間が短いことから明日から明後日の定休日まではジルはもちろん我やリアンは一歩引こうと思っている。」
「昨日今日の店の報告もあるし、元から定休日はマスターのところに行くつもりだったからちょうどよかった。」
「ジルは週1だが、天人族の戦士としての仕事があるそうだから休日に合わせることになった。ジルからこちらに来るのは移動時間的に難しいからな、セージから行ってやってほしい。もちろん気が向かなければ行く必要はないが。今後万が一セージを狙う奴が増えた場合は、ジルの分の時間を割くことも言い含めている。」
「そうか…。そういえばオルス、マスター、ジルさんは今日はこのまま泊まっていく?送ってもいいし、一応4人とも泊まれるように部屋は準備してあるんだ。」
「セージも疲れているだろうから明日でいいぞ。」
「私も明日でいい。」
「私もです。」
「ジルさんは1階の奥の部屋で、3人は2階の部屋で。もちろん俺の部屋とは別だからね。」
「私だけ1階ですか…。」
「あと、ジルさんに俺からも条件があるんですが…。」
「…なんでしょうか?」
「2階には立ち入らないこと、俺からジルさんの家に行きますからここには極力来ないでほしいという事です。」
「そんな…。私はただ待つしかないなんて。…なんでですか、私が何かしましたか?」
「色々したと思いますけど…。理由は言えませんが、いつか俺が信じてもいいと思った時には考えを変えるかもしれません。あと次また俺を拘束するようなことがあれば二度と許しませんから。」
「わかりました…。」
「今日のセージはなんか迫力があるな。」
「拘束か…。」
「私も2階に部屋があるのか、ありがたい。」
「皆さん、今日はもう寝ましょう。俺ももう限界なので…。」
今日は店の終わりが遅かったのでもう夜明けが近い…。
皆が部屋に入っていったのを見届けてから俺は軽く風呂に入り部屋に戻った。
…念のため俺の部屋の鍵はしっかり閉めておいた。




