16.お土産
昼食後、俺は紅茶と一緒にミルフィーユを出した。
果物は入っておらずカスタードだけでシンプルだ。
「セージ…明らかに甘味が増えているではないか。」
「少しでもオルス様の心の慰みになればと思い準備いたしました。」
「本気で言ってるのであれば今すぐ服を脱ぎ我の膝に乗るんだな。」
「ひぃ…。ミルフィーユは好きじゃなかったのかな。」
「いや、そういうわけでは…。昨夜、今朝と続いて3食連続だぞ。」
「午後のお茶と夕食でも出す準備はしてたよ。」
「流石に多すぎるだろう!そんなに続けて食べるものでもあるまい。」
「そっか…。それじゃお茶と夕食後だけにしておくね。」
「うむ。多くてもありがたみが薄れるからな。」
「確かにそうだね。それならとりあえずこのミルフィーユは俺が食べるから…。」
「これはすでに我に出されたものだ!奪うことは許さん!」
「…。」
結局この日はお茶も夕食後もお菓子を要求し、なんだかんだと結局5連続で食べていた。
実は相当な甘党だったんだな。
次の日の昼過ぎ、ようやくリアンが帰ってきた。
「おかえり、リアン!」
「ああ、ただいま…。」
「長かったな。結局1週間近くかかったようだが。」
「そうなんだ。途中で色々あってな。先に風呂入っていいか?」
「どうぞ、いってらっしゃい。」
リアンはオルスがいることを気にもせず服を脱ぎ捨てると風呂に向かっていった。
服や防具を見ると苦労したであろう様子が目に浮かぶ。
「あいつデカイな。」
「そうだね。」
「セージはきっと裂けるぞ。やめとけ。」
「不穏なこと言うなよ。」
「クリーン」
リアンの服を綺麗にしたあと、畳んで脱衣所に置いておく。
「匂いを嗅がなくてよかったのか。」
「嗅がないよ!そういう趣味はないから。」
「そうか?我がいるから遠慮したんだろう。」
「いなくても嗅がないってば。」
どんな匂いか少し気にはなるけど…。
さすがに1週間分は相当な覚悟がいるからな、今度1日分で試してみよう。
もしバレたら…。
リアンだったら喜んで直接嗅がせてきそうではあるな…。
それはそれで嫌だから隠し通そう。
リアンが風呂から出てきてから簡単な食事を済ませると報告会が始まった。
先に俺達側の話、リヴィエールや天人族、ルダンのことを話した。
「そっちはそっちで随分と濃かったみたいだな。」
「そうだね、リアンとは相当久しぶりに会った感じがするよ。」
「オルスもありがとうな。セージも家も守ってくれて。」
「セージは我のものでもあるのだ、当然だろう。お前のためではない。」
「ははっ、まあそう言うなって。次は俺の番でいいか?」
「ああ。」
「俺の方は卵を置いていった鳥人族本人に出会ったんだ。大きな根元で動けなくなっているところに俺がたまたま通りかかったんだが、ひょっとしたら卵のことを知ってるんじゃないかと思い聞いてみたんだ。」
「え!その人はなんて言ってた?」
「元々卵は鳥人族が1か所に集めて大事に管理していたそうなんだが、天人族の強襲に遭いどんどん破壊されていったそうだ。それで護衛のひとりだった彼がなんとか卵を持ち出したそうなんだ。
その時に天人族と差し違えて、急所を外れていた彼だけが生き残った。
逃げきれないことはわかっていながら北の山を目がけて移動している途中でこの家の不思議な力…、きっとここなら大丈夫だと天啓を得た感覚があり託していったそうだ。」
「そうなんだ…その人はどうなったの?」
「コリーヌまで行けば助かると思って休み休み連れて行くことにしたんだ。そして一度コリーヌには着いたんだが、そこには天人族がウロウロしていてな…。町には入れずしばらく外から様子を見ていたが、日に日に弱っていく彼を放っておけず、せめて医者だけでも連れて来れないかと…そのことを伝えた際に一族に伝わるお守りだから持っていけと、これを渡してくれたんだ。そして医者を連れて戻った時には彼はもういなかった。」
リアンの手には大きな鉤爪のようなものがついた首飾りが乗っている。
「そんな…天人族に連れて行かれたのかな……。」
「わからない。少なくとも町の近くには見当たらなかった。町の天人族もしばらくはいたから、すぐに捕まったわけではないと思う。帰っていった理由が捜査打ち切りなのか見つかったせいなのかはわからなかった。」
「そっか…今もその人が無事に生きてるといいけど。」
「そうだな。…とまあそういうわけで帰りが遅くなってしまったんだ。すまない。」
「俺はいいけどオルスがずっと留守番してくれてたから…。」
「我も問題ない。セージを気兼ねなく独占できたのだからな。」
「そ…そうか…。でも、今日から俺も挽回していくからな!」
「あ、そういえば…俺はリアンに大事な話があるんだった。」
「今度はなんだ…ほったらかしにしたから捨てられるのか?それともやっぱり口のこと…。」
「実は…瞬間移動ができるんだ。」
「瞬間移動…?」
「ああ。リッシュにも行けるよ。」
「オルスもできるんだっけか。1時間かからず行けるって。」
「俺はもっと早い。実際に見てもらおうかな。」
「テレポート」
「ここはリッシュ手前の森の中だよ。」
「テレポート」
「こういうこと。」
「なんだって…なんだよ今の…!しかも杖も持っていない…。」
リアンが震えている。
怖がってるのか、それともずっと黙ってたことを怒っているのか。
「ごめんね、ずっと黙っていて。」
「…いよ。」
「え?」
「すごいよ!天才じゃないか、まるで賢者だ。」
「そういう問題?そもそも賢者って何?」
「賢者はあらゆる魔法を使えるんだ。昔勇者と共に魔王と戦ったという伝承も残っている。」
「賢者か…そういえば勇者も魔王も初耳だけど。」
「魔王はその名の通り魔族の王だ。勇者は人間の王族の中で最も剣技に優れた者の呼称だ。」
「それって有名な話?」
「ああ、絵本になるくらいにはな。この国の子供なら皆知っているだろう。」
「そっか…。まあ子供未満の知識しかない俺が賢者な訳がないけどね。魔王や勇者は実在するの?」
「え?ああ、どうかな…。多分いると思うよ。」
「そっか。俺には縁遠い話だけどね。平穏が一番だ。」
「そうだな。セージがそれを望む限りきっと大丈夫だよ。」
「…話も落ち着いたことだし我はそろそろ帰るぞ。」
「夕食を食べて行かなくていいの?」
「ああ、今日は一旦帰ろうと思う。」
「そっか。ケーキもいらない?」
「………もらおう。」
「はい、フルーツタルト。買ってきた中で唯一、生の果物を使った贅沢品だよ。」
「すまんな。帰ってゆっくりいただこう。」
「それじゃまたね。」
「ああ。」
畑の方角へ飛んでいくオルスを2人で見送った。
「オルスと本当に仲良くなったんだな。」
「どうだろう、元から友好的だったしあまり変わった感じはしないかな。」
「そっか。
…あらためてただいま、セージ。」
「うん、おかえり。」
「お土産があるんだ。コリーヌの名物なんだけど。」
「出かける前に言ってたやつだね。」
リアンは収納から紙袋を2つ取り出した。
「こっちはクイニーアマンでこっちはブールドネージュだ。」
クイニーアマンは元の世界でも食べたことがあるから知ってるが…。
「ブール…?」
「どちらもバターをたっぷり使った焼き菓子だが、クイニーアマンは甘くザクザクした食感のパン、ブールドネージュはサクサク軽めのクッキーに近いな。食べ応えはまるで真逆だ。」
「ありがとう、どっちも美味しそう!今食べてもいい?」
「ああ、もちろん。俺のことも食べてくれていいぞ。」
後半の言葉は聞き流し、俺はコーヒーを2人分淹れてお土産を皿に並べた。
「これはサクサクホロホロの食感で面白いね…」
「そうだろう。クイニーアマンの方も美味しいぞ。」
「そっちは夕食後に食べようかな。俺からはこれ。リヴィエールのお菓子だよ。食べたことある?」
「南の湊町だっけか。そっちの方はあまり行ったことが無くてな。」
「トロペジェンヌっていうんだ。ブリオッシュにクリームが挟んである。」
「なるほど、俺もそれは食後に食べるよ。今食べると夕食に支障が出そうだ。」
「そうだね。あ、そういえば今日は魚尽くしだから楽しみにしてて。」
「ああ、楽しみにしてる。ちなみに夜は俺尽くしだからな…ふふっ。」
「なんだよリアン尽くしって…煮込んでポトフかシチューでも作るか?」
「わかってるクセに。セージ尽くしにしてもいいんだぞ。」
どういうことか全くわからないが…今はそっとしておこう。
俺は魚…というよりサーモン尽くしの夕食の準備に取り掛かった。
昼間に作っておいたサーモンシチューに加え、サーモンのタルタルとムニエルだ。
「本当にすごいな…こんな内陸で新鮮な魚が食べられるとは。」
「今日はサーモンばかりだけど、エビや貝もどんどん取り入れていくからね。…ようやく食の多様性が担保された感じがするよ。」
「まるで王族のような贅沢さだ。そういえば、セージなら王都へも一瞬で行けるのか?」
「今はまだ行けない。一度行ったことがある場所にしか行けないんだ。」
知らない場所はイメージしようがないからな。
何か他に方法はあるのかもしれないが。
「そうか。それなら早めに王都に向かいたいな。」
「行きたいけどルダンの成長が落ち着いてからかな。」
「リヴィエールに行けたなら王都にも行けたんじゃないのか?」
「オルスなら日帰りで行けるけどリアンと行く約束したから…リヴィエールに行くことにしたんだ。」
「そうか…その気持ちには応えてやらんとな。野営をしつつ外で、というのもなかなかいいだろうな。」
「夜は帰るよ。ベッドでゆっくり寝たい。」
「え…俺だけ置いていったりしないよな…?俺も風呂に入ってセージとベッドでしっぽり寝たいぞ。」
「それは…リアン次第かな。」
「くそ…少し会わない間にセージがそっけなくなってしまった…。」
「いや…我ながら前から散々な扱いをしていたようなような気もするけど。」
「そんなことはない。あんなに熱のこもった眼差しで抱きしめて無心に求めてくる姿のなんと愛おしかったことか…。」
…妄想と現実の区別もつかなくなったのか?
そういえば前から時折言動がおかしくなることはあったな…これが平常運転なのか。
「はぁ…、黙っているとかっこいいのにな。」
「そうだ、かっこいいだろう。さらに話してよし脱いでよしだ。」
「自分で言うことじゃないだろうに…。」
やはり見た目がいいというのは得だな。
無茶苦茶な振る舞いすらも魅力的に見せてしまうからズルい。
「天人族か…一族で押しかけることはないだろうが、ジルという男だけは決着もつけず引き下がるとは到底思えない。」
夕食後、お互いのお土産を食べながら今後の方針を考えていた。
「そうだね…俺はどうとでも逃げようがあるからまだいいけど、ルダンの存在がバレるのが一番怖い。」
「リアンは帰って来たばかりだけど、次の予定はもう決まっているの?」
「今回のコリーヌで、予定していた依頼は全部終わった。しばらくは緊急招集以外は受けずに休もうと思っている。」
「それってどうやってわかるの?誰かが呼びに来るとか?」
「一部の冒険者だけの特別仕様だが、召集がかかると冒険者証が光るんだ。最寄りの町のギルドに行くと正式に依頼される。」
「そういう魔道具があるんだね。いつ招集がかかるかわからないし気が休まらなさそう。」
「数年に1度あるかどうかだし、これまでは魔物の大発生で町が襲われるとかがほとんどで、兆候が現れてすぐの招集だし、召集されてもそこから時間の猶予はあるからずっと気を張っておく必要はないよ。」
「そっか。リアンはすごいな。さすがベテラン冒険者だ。」
「ああ、見直したか?」
「いや、元々リアンのことはすごいと思っていたから。…変態嗜好なだけで。」
「セージだってなかなかだと思うぞ。だがそれは恥ずべき事ではない。普段秘めた部分を曝け出し合うことでより愛が深まるのだ。だが押しつけはよくない。相互の歩み寄りが大事だと思うんだが、どうだ。」
「まあそうだね、確かに歩み寄りは大事だよ。」
「今夜はどこまで歩み寄ってくれるのか楽しみにしているよ。」
リアンが俺を見てニヤリと笑った。
…リアンの配慮はひしひしと感じるからな、俺もきちんと向き合わないと。




