14.名前
…俺はまた選択を間違ってしまったようだ。
周りを巻き込み大事になってしまった。
元々ずっと人付き合いを避けていた俺には難易度が高すぎる。
美味しいご飯を食べて平穏無事に暮らしたいだけなのにな…。
ジルの手段は強引ではあったが、害しようとする気は感じられなかった。
俺が具合の悪さを伝えた時も本当に心配してくれているようだったし、少し申し訳なく思った。
最初はオルスの部屋の勝手もわからず、卵を抱えたままただ執務室や私室を行ったり来たりしていたが、だんだんと落ち着いてきた俺は卵を置ける場所を探すことにした。
思ったより俺は冷静ではなかったようだ。
ベッド…は気がひけるし、ソファーでは転げ落ちそう…。
卵を抱えたままソファーに座ることにしよう。
オルスの見立てでは今日か明日には孵化するようだが、いまだ卵には変化がない。
何度も動かしてしまったせいだろうか。
これ以上無駄に動かさないよう、俺はじっと動かないでいないと。
1時間ほど俺はオルスやリアンのことを心配しながら卵を時折撫でていた。
…しかし……手持ち無沙汰だ。
どこかで本のひとつでも買っておくんだった。
俺が今いる執務室にはたくさんの本があったが、背表紙には何の文字もなく仕事関連のものかもしれないと思い触れずにいた。
そういえばオルスは普段どういった仕事をしているんだろうか。
こんなに広くて立派な場所に住んでいるし… 初めて来た時からここでは誰とも会っていないけどひとりだけで暮らしていたんだろうか。
そもそも今いるこの場所は俺が持ってる地図の外だし、王国とは国交がまだない隣国なんだろうか。
俺は知らないことが多すぎる。
呑気に料理修行をしている場合じゃないな…。
…そういえば俺は精霊さんに聞きたいことがあったのを思い出した。
俺は俺自身のことすらよくわかっていないのだ。
「精霊さん精霊さん。」
ーはい。
この感じ、久しぶりだ。
「俺は普通の人間なんでしょうか。」
ー普通が何を指すのかわかりませんが人間で間違いありません
「オルス…魔族とは違うんでしょうか。」
ー魔族と呼ばれるものは魔石がありますがあなたにはありませんから違うといえば違うでしょうただ寿命は近いかも知れません
「そうですか。」
なんで寿命の話が出てきたのかわからないが…。
俺はひとまず魅了の淫魔とやらではなさそうで安心した。
ーただあなたには加護がありますから目立つでしょう
「目立つ?」
ー例えば大勢の人が並んでいる中で誰かを選ぶとなった時に無意識にあなたを選んでしまうようなものです
「俺がたくさんの人から言い寄られるのもそれが原因なんですか。」
ー意思介入するほどではないのであくまでもあなたに気付くきっかけを与えてくれる程度です
「なるほど…?」
ーもちろんあなたが望めば全ての生き物があなたに懸想させることもできるでしょうが加護自体にそのような効果はありません
「それは望みません!誰かの気持ちを捻じ曲げるようなことはしたくありません。…でも、今の状況が魔法や加護による影響でないことが知れてよかったです。」
純粋な人間関係の産物であれば俺は受け入れて対処しないと。
…今はオルス達に任せてしまっているけども。
俺は卵をあまり動かさないように抱えなおすとソファーで横になった。
…俺はあのまま本気で眠っていたようですっかり朝になっている。
オルスがまだ来ていないということはリアンは昨日帰らなかったのだろうか。
俺はオルスのベッドに卵を置かせてもらい一旦帰ることにした。
「テレポート」
俺は自室に戻ってから1階にいるだろうオルスを探した。
「オルス、大丈夫?」
「ああ、セージか。実は天人族もリアンもまだ来ていないんだ。」
「リアンもか…任務が長引いてるのかな…。天人族が来ないのはいいけどそれはそれで不安だ。」
「ああ、そうなんだ。ひょっとすると家の外から出入りを監視しているかも知れない。」
「そっか。そういえばオルスのベッドを卵置きに借りてるよ。」
「ああ、何でも好きにしていいと言ったろ。我の匂いを感じながらセージも寝るといい。」
「ははは…。そういえば俺昨日の朝以来何も食べてないんだ。オルスは何か食べた?」
「いいや。」
「そっか、ごめんね。シュークルートとかも痛むかも知れないし食べちゃおうか。」
俺は昨日漬けたままのマリネと一緒に温めた肉を並べた。
「生の魚も美味だな。」
「刺身も試してみる?」
俺は魔法で収納していた魚を取り出し、ホースラディッシュと醤油を小皿に入れた。
「うーん、こちらの方が身の歯応えや魚の旨味が感じられる気がするが…どちらも美味だ。」
「どっちも美味しいよね。焼いても煮ても美味しいから早く色々試したいな。」
美味しかったが何故だか思ってたほどの感動はなかった。
マスターの店で食べたオムレツの方が心に染みる感じがした。
手早く片付けると俺はまたオルスの部屋に戻る準備をした。
「オルスが来なくても夕食の頃には一旦こっちに戻るからね。」
「ああ。」
ジルが家の中に来ないのであれば隔離しなくてもいいかもしれない。
ひとまず部屋に戻り卵の様子を見るがやはり変わった様子はなかった。
俺がベッドに置いた卵の横で横になろうと乗りかかると、卵から音がしていることに気がついた。
さらに耳を澄ませてみるとコツコツと嘴打ちの音がした。
もう間も無く孵化するだろう。
そっと俺は見守ることにした。
コツコツ、カリカリと音はするが割れるようななかなか出てこない。
もっと派手に殻を割って出てくるのかと思っていた。
…音に気づいて2時間は経った気がする。
今のうちに帰ってオルスに報告しておこう。
「テレポート」
「ただいま。孵化が始まったみたいで、コツコツって音がし始めたよ。」
「そうか、それなら明日の朝には出てくるかも知れないな。」
「え!明日?」
「ああ。早くて半日、丸1日以上かかることもあるそうだ。」
「そんなに時間がかかるのか。」
「そうだ。だから今はゆっくりしておけ。細切れにした生肉も用意してやるといい。」
「生まれてすぐ肉?」
「ああ、人間のようには乳を飲まんからな。」
「そうか。ボアの肉があるからそれでいいかな?」
「ああ。今後は肉だけでなく内臓も入れた方がいいだろう。」
次に狩るときは内臓も回収しておこう。
「それにしても…過去に育てたことでもあるのかと思うほど詳しいね。」
「昔ワシを飼っていたんだ。今のセージと同じように卵を見つけてな。」
「そうだったんだ。」
「少し前に天寿を全うしたがな。長いこと我の相棒だった。」
ん?タカとかワシって結構長生きする気がするけど…オルスってそういえば何歳なんだ?
「そっか。それじゃしばらくは寂しかったよね。」
「今はセージがいる。」
「ははは…。そういえばオルスって何歳なの?」
「細かい年数は覚えていないが…200は過ぎているだろうな。」
「200!?そんなに長生きするのか。」
「魔族では普通だ。我とてこれでもかなり若い方だ。」
「確かに見た目は若いけど…。同年代か少し上くらいかと思ってた。」
「魔族の感覚からすると近いかも知れないな。160〜180くらいで成人と見做されるから。」
「…。」
ん?…いやいや、どういうことだ。
…精霊さんの言葉を思い出す。
俺は寿命が魔族に近いと言われたってことは俺も何百年と生きるってことなのか。
俺の目指してたスローライフってそういう規模だったのか!?
いつか話さないといけない秘密がまた増えたな…。
いや、今話すか?
「俺も同じくらい生きると言ったらどうする?」
「セージなら本当に生きそうだな。なんたって魔族より魔族らしい男だからな。」
「ははは…。まあ、年齢の話はいいや。夕食の準備をするよ。」
「今日もリアンは帰ってこないのかな。」
夕食が終わってもまだまだ帰って来ない。
「コリーヌではどんな任務で行くのか聞いてないのか。」
「うん。往復の時間込みで2、3日って言ってたから時間がかかるような任務じゃなかったと思うんだけどね。」
「まあ、急な追加任務とかもあるだろうし気長に待て。あれは相当手練れだからな。」
「そっか。…それじゃ俺は卵の様子を見に戻るよ。」
「なんだ、今夜も我をひとりにするのか?今戻っても何も出来んぞ。完全に出るまで触るなよ。
…だからここにいろ。」
オルスはそう言うと椅子に座っていた俺の上に、向かい合わせになるように座りキスしてきた。
「んっ、…オルスっ。」
「セージ…しっかり反応しているじゃないか。」
「それは…そういうこと、してるから…。」
「素直な体でよろしい。」
…結局椅子の上で互いのモノを擦り合わせて出した。
流されてしまう俺も俺だが明るいリビングでとか…。
満足したのかオルスは俺を解放してくれたので卵の元へ向かう。
「テレポート」
卵の様子を見るがまだヒビすら入っていないようだ。
そっと卵の横に横になる。
殻から出た時にひとりだと寂しいだろうから近くにいてあげよう。
「頑張れよ、外で待ってるからな。」
俺は卵に声をかけると朝の孵化に備え眠った。
…ピィ …ピィ
とても小さくか弱い声が聞こえ目が覚めた。
卵を見るとヒビが入っていた。
殻の中で今頑張ってるんだろうな。
それにしてもこんなに硬くて分厚そうな殻を生まれてすぐに破らないといけないなんて大変だ。
「頑張れ、あとちょっとだ!」
すると、ヒビの部分が欠け嘴の先が見えた。
黒色で鋭い嘴だ。
…嘴が見えてからも結構長かった。
更に2、3時間ほど経ち、ヒビはほぼ殻を一周しているがなかなか殻から出てこない。
つい手を出してしまいそうになるが我慢だ。
「頑張れ、あともう一息!」
言葉が通じるのかわからないが声をかけ続ける。
時折殻を押し開けようと踏ん張っていることがわかる。
しばらくするとようやく殻が蓋のように取れ頭が見えた。
「よく頑張ったな。この世界へようこそ。」
まだ体は濡れていて目も開いていない。
自力で出てくるまでもう少し待とう。
少しまだらだが灰色の羽毛のようだ。
更に時間が経つとすっかり乾いた羽毛でふっくらしてきた。
殻から這い出るとようやく大きくまんまるな目が開いた。
とても愛らしく、庇護欲を掻き立てられる。
目が合うと大きく口を開けピィピィと鳴きだした。
「もうご飯か?ちょっと待って。」
俺は準備しておいた肉をスプーンですくい口元に寄せた。
すると、スプーンごと食べそうな勢いで食いついてきた。
「すごい勢いだな、喉詰まるぞ。」
用意した肉を半分くらい食べ、ようやく満足したのかすっかり静かになった。
さて、俺は一旦帰って報告をしなくては。
「テレポート」
「オルス!孵ったよ!」
「ああ、おかえり。」
「ただいま、ってそっちじゃないよ。孵化したんだよ。」
「そうか、それはよかった。」
「こっちに連れてきてもいいのかな。家の中なら大丈夫そうだけど。」
「いいんじゃないか。セージと一緒なら何かあっても逃げ放題だからな。」
「わかった、連れてくるね。」
「テレポート」
俺は鳥人族の子を毛布でくるみ、殻を持ってベッドは綺麗にしておいた。
「テレポート」
「ほら、オルス。見て。」
「可愛らしいな。この子はタカだな。」
「もうわかるの?そもそもどんな違いがあるのかもよくわからないな。」
「嘴や翼、体格、羽根の模様とか違いがある。これからもっと違いがはっきり出てくる。タカでも十分立派な戦士になるだろうな。」
「戦士、か…。この子には天人族と争うようなことはしてほしくないな…。戦うのであれば何か大切なものを守る時だけにしてほしい。」
俺は包んだ毛布の上から抱きしめる。
「子の名はどうするんだ?」
「え、名前?」
「お前が拾い孵したんだ。名前もつけてやらんと可哀想だろう。」
「名前か…。うーん…。」
「名は体を表すともいうからな、セージの願いを込めてもいいだろう。」
「そうか。…ルダンはどうかな。砦という意味なんだ。」
「なるほど、名としてもいいではないか。先ほどのセージの願いをこのルダンは背負って生きていくわけだ。」
「…そうだね。あと、住む場所?寝床はどうしたらいい?」
「箱に毛布を入れてそこに入れてあげたらいい。セージの魔法で清掃も一瞬だしな。」
「とりあえず俺の部屋のベッド横に場所を作るよ。」




