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10.天人族

風呂から上がった俺は外用の服に着替えると、リッシュの町に行きバゲットサンドと普通のバゲットを2本ずつ買って家に戻った。

コーヒーは家で淹れる。

湯を沸かしているとリアンが降りてきた。


「戻ってこないと思ったら、朝食の準備か。」


「お腹すいたからな。」


「もう少しゆっくりしてもいいんじゃないか。」


「まあ、起きたついでだし。コーヒーと紅茶どっちがいい?」


「セージと同じので。」


テーブルに座らせると食べやすい大きさに切ったバゲットサンドとコーヒーを出した。


「いつの間にサンドまで準備したんだ、手際良すぎだろ。」


「まあいいじゃないか。早く食べよう。」


「ああ、いただきます。」




「今日は何するんだ?」


「畑の整理をしようかな。最近ずっと植えっぱなしだったし。」


「そっか。俺は今日はリッシュに行こうかな。何かいるものあるなら買ってくるよ。」


「今夜は鶏のコンフィだからそれに合うお酒を買ってきてほしいな。」


「ああ、わかった。」


リアンはそう言うと俺にキスをした。


「んなっ…。」


「じゃ、いってくる。」


固まる俺にリアンはウインクすると颯爽と森に向かっていった。

…俺はリアンと一線を……超えたことになるのかな。

思ってたより羞恥や拒絶の感情は無かった。

…急に全裸で迫ってきたり一方的な辱めを受けたりしなかったのがよかったのかもしれないが。



俺は畑に向かうと多年生のものを除き全て刈り取った。

次は何を植えようか考えているとりんごの樹の下に大きく茶色い何かが落ちていることに気がついた。

地面の色と同化していて遠目ではわからなかった。

最初は石かと思ったがダチョウの卵くらいの大きさのそれはほんのり暖かかった。

何かがここで産んだんだろうか。

そうだとすると親が戻ってくるかもしれないから無闇に近づかない方がいいだろう。

俺は手持ちの種を植えると水やりだけして家に戻ることにした。



コンコン


昼食の準備をしていると、オルスがやってきた。


「やはりこちらの方が落ち着くな。」


「こっちは人も全然いないし静かだからね。」


「今日のご飯なんだけど、肉系はこれから煮込むところで…。昨日の残りのポトフと今朝買ってきたバゲット、あとはチーズくらいしかないんだ。待ってもらえたらもっと出せるけど。」


「よい。我はセージの作ったものが食べたいだけなのだ。戻ったばかりなのだから仕方あるまい。」


俺は2人分の料理を準備して並べた。

人に出すにはあまりにも卓上が寂しすぎたのでトマトとチーズのサラダを急遽追加した。


「そういえば、オルスに聞きたいことがあるんだ。」


「なんだ。」


「畑にあるりんごの樹の下に卵があるんだが…どう対応すべきか困ってるんだ。」


「ほう、食べ終ったら見に行こう。」


「ああ、頼む。」




「…これはおそらく鳥人族の卵だな。」


「鳥人族?卵ってことは鳥に近いのかな。」


「まあそうだな。ここから遥か南に鳥人族の集落があったはずだが、ひょっとすると天人族との争いで逃げてきた者がこの家の主に託していったのかもしれん。」


「天人族…?」


「鳥人族も天人族も翼があり空を飛べるんだが、昔から空の覇権をめぐって争いが絶えないらしい。」


「そうなのか…でも一体なんでこの家に?」


「言葉にするのは難しいんだが、実はこの家の近辺は何やら不思議な雰囲気があるのだ。なんとなく安らぎというか…守られているような感覚がある。きっと託した主もそれを感じ取り安全だと判断したのかもしれん。」


「そっか、それなら卵は温めたりした方がいいのかな。」


「抱卵の真似はしなくてよいと思うが野晒しのままはよくないだろう。」


「とりあえずタオルで包んで部屋の暖かいところに置いておくか…。」


「産卵から1、2ヶ月で孵化するだろうが…どれほど時間が経っているかわからないからな。こまめに様子を見てやるべきだろう。」


「わかった、ありがとう。」



卵を回収した後、俺達はお茶を飲んでいた。


「…ところで、同居人も帰ってきているのか?」


「ああ、今はリッシュに行っているんだ。夜には帰ると思う。」


「酒場の主人とも随分親しいようだな。」


「ん?ああ、まあ…。」


「あんな跡をつけられるほどに、か。セージは純朴そうに見えて結構な好色家のようだな。」


「…。」


否定したかったが、流されるままでろくに抵抗もできない俺ははたから見るとオルスの言う通りだ…。


「そんな悲しそうな顔をするな。我はセージを責めているのではない。むしろ好ましいくらいだ。」


「好ましいって…。」


「既に相手がいるのならと手を出さぬつもりでいたが話が変わった。我もセージの相手の1人に加えるがいい。」


「いやいやいや!俺を本当の好色家にするつもりか。」


「好色家で何が悪い、姿が気に食わぬならセージの好むように如何様にも変えてやれるぞ。」


「いやいや、オルスはそのままで…ってそういう問題じゃないよ。」


「安心するがいい、他の2人には我が直々に説得しよう。」


「俺の気持ちは…。」


「俺の帰り際、セージがいつも我の尻を見つめていることを知っているぞ。股間もな。見られる方は意外と気付いてるぞ。」


「…。」


ついつい目で追ってしまうのも事実だから言い逃れようがない…。


「我が前も後ろも満足させてやる。魔法も自在だからな楽しみにしておけ。」


「いや、だからそういう問題では…。」


「今なら2人ともリッシュにいるだろう。いってくる。」


俺の話をろくに聞かずにオルスは出ていってしまった。

はぁ…、俺がこんな隙だらけの優柔不断だからますますつけ込まれるんだろう。




コンコン コンコン


これからのことに頭を抱えているとまた誰か来た。


「どちら様でしょうか。」


「突然申し訳ありません。人を探しておりまして…少し話を伺えないでしょうか。」


ドアの前に立っていたのは真っ白で大きな翼を持った人だった。

大きな槍を持っているが白い布1枚腰に巻いただけでとても無防備に見える。


「天人族の方ですか?」


「はい。」


「お茶を出しますので中へどうぞ。」


「ありがとうございます。」


俺はリビングに通すとお茶を出した。


「それで話とはなんでしょうか。」


「ここ数日の間に鳥人族がこの辺りに来ませんでしたか?」


「見ていませんね…実はしばらく家を空けていまして、昨日戻ったばかりなんですよ。」


「そうでしたか、失礼いたしました。

…あ、申し訳ありません、名前を名乗っていませんでした。私はジルといいます。」


「俺はセージです。ジルさんが探している理由を聞いてもいいですか?」


「私達天人族と鳥人族とは長年争いが続いていたのですが終止符を打ちたかったのです。しかし、和平交渉が上手くいかず結局武力行使になり…。」


「その生き残りの鳥人族がこちらに逃げていったと。見つけたらどうするのですか?」


「手荒な真似はしません。和平の証として私たちの庇護下で暮らしていただきたいのです。」


「なるほど…。」


「もし見かけたり、ここにくるようなことがあれば教えてください。」


「教えるとは…どうやって?」


「私はこの辺りにの捜索を任されています。しばらくは巡回で毎日伺いますので…、あっ時間はそんなに取りませんから。」


「そうですか…家を空けることもありますので、その際は張り紙しておきますね。」


「ありがとうございます。それでは今日はこの辺りで失礼しますね。」


また悩みのタネが増えた…。

卵の存在はジルには知られない方がいい気がする。




「…たった半日でそんなことがあったのか。」


夜、リアンが帰ってきたため夕食を食べながら日中の出来事を説明した。


「ああ、なんかごめん…。多少の罵倒は受け入れる覚悟はできてるよ…。」


「罵倒って…オルスという奴はともかく、卵の件はセージはどうしようもないだろう。」


「それはそうだけど…。」


「オルスだってあいつが強引に迫ったんだろう?それに俺に後ろめたさを感じるくらいには想ってくれているってことだからな。セージが本当に嫌なら全力でオルスを排除するが。」


「排除ってそんな…。」


「それより天人族の方が問題だ。あいつらは見た目も愛想もいいが相当腹黒いからな。言葉通りに受け止めない方がいいだろう。庇護下とか言いながら奴隷扱いするつもりだ。そして天人と名乗るほどにはプライドも高いから気をつけた方がいい。」


「そうか…それじゃやっぱり卵のことは知られない方がいいな。」


「助けるつもりならな。だが、孵化してから大きく育つまでの1ヶ月は離れられないから覚悟がいるぞ。」


「そっか、それならマスターにも言っておかないとな。…って1ヶ月で育つのか?」


「ああ、成長は早い。だから天人族からすると脅威なんだろうな。生まれてからはずっと鳥そのものだが、二次性徴で人に近い姿になる。それが1ヶ月過ぎた頃なんだ。」


「そうか、詳しいんだな。」


「普通のことだ。生態を知ることは多種族共存の鍵だからな。」


「本当に無知ですみません…。」


「こうしてセージに色々教えるのは楽しいぞ。その代わりにセージの体のことをベッドでたっぷり教えてもらうからな。」


「…。」


…この日の夜、リアンは俺の全身を舐め回し弱い箇所を調べ尽くされ、羞恥で死にそうになったのだった。




「おはよう、セージ。」


俺はリアンの腕の中で目が覚めた。


「…おはよう。んっ…。」


起きてすぐにキスされた。


「昨日もとても可愛かったよ。羞恥で涙目になりながら身を捩らせる姿は絵画にして残しておきたいほどだった。」


「…。」


「冗談だよ、だからそんな睨むなって。…それにしても自分ですると何回しても収まらなかったのに、セージとすると1回で全部出し切った感というかすっかり収まるんだ。」


「それが普通なんじゃないかな。何回もできる方が俺からすると驚きだよ。」


「本当は中に挿れたいけど足も気持ちいいし、セージの負担も少ないだろうからしばらくはあれで我慢するからね。」


「まあ…、口や尻に比べればなんてことはないかもしれないけど……。」


いつかは受け身のままではなく、リアンを気持ち良くできるようになりたいという気持ちも無くはない。


「無理はしなくていいからね。お互いが気持ちいいならいいじゃないか。」


「本当に優しいなリアンは…。」


俺はリアンに抱きつき胸元に顔を埋めた。

するとリアンは抱き返し頭をゆっくりと撫でてくれた。

快楽主義のクズとしての実績ばかりが積み上がっていく俺のことも受け入れてくれてる。


「…ああ。だから言っただろう?俺は優しいって。」




本来今日俺は町に買い物に行く予定だったのだが、天人族や卵のこともありマスターへの報告もリアンが行ってくれることになった。

畑仕事以外することのなかった俺は作り置きのストックを増やすことにした。

シュークルート用のキャベツの塩漬けやにんじんのラペ、オリーブのマリネ、後は一昨日下拵えして冷蔵庫に入れておいた牛ほほ肉も夜に向け本格的に煮込んでいく。



コンコン コンコン


昼食前、お茶を飲みながら休んでいると誰かが来た。


「こんにちは、セージさん。」


リアンともまた違う、石膏像のモデルになりそうな筋肉と金髪が白く大きな翼によく似合う。

まるで絵画に描かれる熾天使そのもののような神々しさすら感じる。

…リアンが言うような人物像とは全く一致しない。

教えてもらっていなければすっかり騙されていただろう。


「ジルさん、こんにちは。昨夜も誰も来ませんでしたよ。」


「そうでしたか。あの、実は朝から歩き通しでして…少しだけ椅子をお借りできないでしょうか。」


用件済んだらさっさと帰れ作戦は失敗した。

何やら面倒な予感しかしない…。


「ええ、どうぞ。」


「ありがとうございます。」


仕方がないので中に通しお茶を出す。


「何やらとてもいい香りがしますね。もしかして昼食の準備中でしたか?」


「いえ、夕食用なんです。時間がかかるので今から煮込んでいるんです。」


「そうでしたか…。お忙しいところ申し訳ありませんでした。」


「いえいえ、ちょうどお茶飲んで休んでいるところでしたから。」


「それはよかった。それにしてもこの辺りは何もないですよね…。お伝えした通り私はこの辺りの担当なのですが、町も離れているのでまるで鳥のように樹上に枝を組んでねぐらを作って拠点にしているんです。食事も固い携行食ばかりで…。」


はぁ。

食べていきませんかって言われるのを待っているのが見え見えだ。

こういう時にいつも対応を間違えるのが俺だからな…どうしたものか。


「そうでしたか。何日ぐらいいる予定なんですか?」


「1週間はいると思います。」


1週間我慢すればいなくなるのか…。


「そういえば捜索しているということでしたが、逃げたのは1人だけなんですか?」


「はい。他はすぐに保護することができたのですが…きっと他の方達も会いたいでしょうし早く見つけてあげたいのです。」


「ここからさらに北にある山の向こうにコリーヌという町があるそうですが、ひょっとするとそこに行ったのかもしれませんね。」


「それはどうでしょう、あの体では山は越えられないはずです。」


「…怪我でもしているんですか?」


「ええ、争いの際に。手当のためにも早く見つかるといいのですが。」


「そうですね。」


それにしても全く席を立つ気配がないな。

食べるまで帰らないつもりか。


「天人族の方達の住む町もここから南の方にあるんですか?」


「はい。鳥人族の街よりもさらに南、海に近いところにあります。」


「海か、いいですね。俺はまだ見たこともないですが。そんな遠いところから来ていたとは…大変ですね。」


南側の海は王都よりも距離があったはず。

陸路で1週間以上かかるってことだ。


「そうですね、でもこれも仕事ですから。」


「ところで俺が無知で本当に申し訳ないんですが…先程朝から歩いていたということでしたが、あまり普段は飛ばないんですか?」


「飛ぶのにはとても体力を必要とします。疲れも癒えにくい環境ですし…極力足に頼らざるをえないのです。ですが陸路に慣れていないためこうしてすぐ疲れてしまって…。」


くそ、同情を買う路線に切り替えたか…。

仕方がない、さっさと食わせて帰そう。


「そろそろお昼にしようと思うのですが、ジルさんはまだお時間大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。」


「大した料理はないのですが…食べて行きますか?」


「よろしいのですか?ありがたいです、ぜひいただきます。」


全く遠慮を感じない言い方だった。

先程作ったラペやマリネ、昨日の残りのバゲットとスープを2人分並べた。


「すみません、残り物ばかりで…。」


「いえいえ、とんでもないです。暖かいものがあるだけで嬉しいですよ。」


ラペもマリネも味が馴染んでいないしバゲットもすっかり硬くなっている。

普段なら絶対に客には出さない。


「バゲットは少し固いですがスープに浸すと食べやすくなりますよ。」


「そうですか?携行食に比べたらそのままでも固く感じませんよ。」


「それならよかったです。」


ジルは全く気にしていない様子で黙々と料理を平らげていった。

リアンの言葉を信じていないわけではないが、だんだんジルは見た目通りの人なんじゃないかと思い始めてきた。


「ごちそうさまです。どれも美味しかったですよ。生き返る気すらしましたよ。」


「そんな大袈裟な…。」


「本当ですよ、これで今日この後の捜索も頑張れます!」


「それはよかった。それではいってらっしゃい。」


「ありがとうございました。ではいってきます!」


…食後はすんなり帰ってくれてよかった。

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