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お風呂

冒険者組合を飛び出したラックは王都ボヘカの夕闇を彷徨っていた。

先ほどの強引な絡みを思い出し

自分の服に鼻を近づけてみる。

獣人独特の鋭い嗅覚に触れたせいか

なんとなく落ち着かない。

「とりあえず、風呂に入ってリセットしよう」

辿り着いたのは、獣人たちの社交場として

名高い巨大公衆浴場『星明かり温泉』だった。


しかし、温泉は異様な熱気に包まれていた。

数日前の魔獣事件の影響で

家を失った者、家族を待つ者、復興作業員、兵士、

さらには情報収集に余念がない貴族の使者までが

この巨大な湯船へと流れ込んでいたからだ。


ラックは湯気の中で静かに耳を澄ませた。

聞くつもりはない。

だが、日常の悲鳴が自然と耳に飛び込んでくる。


「今年の収穫は終わりだ……税だけは容赦なく取られる」

「物流が止まり、市場価格は二倍だ」

「正規軍兵士が千人以上死んだらしい……何かがおかしい」

「王家は情報統制を始めている。責任の押し付け合いだ」


ゴルドリア。豊かな農業国家であり、強固な階級社会。

しかし、その足元は音を立てて崩れ始めていた。

ラックは湯船の中で密かに次の策を思案する。


「ふふふん♪(黒の魔王に連絡して

近くの迷宮からスタンピードでも

起こしてもらおうかなぁ。)」


そんな中、見習い従業員の犬獣人・ポチが

ラックの背中を流しにやってきた。

「お兄ちゃん、新人冒険者?」

「そうだよ」

「弱そう!」

「フっ、若いな。

人の強さは武力だけで測れるものではないのだよ。」

ラックは賢者のようにポチを諭す。

「それより聞いて聞いて!えっとね!」

ポチは大人たちから

聞いた話を、そのまま無邪気に語り出した。

何気ない街の空気や変化。市場の物価の動向。

魔獣の噂、人気冒険者の動向、その中には

そして白狼姫ヴァルカの武勇伝などもあった。

ポチの言葉は

ラックにとって極めて質の高い情報源となっていた。



一方、女湯。

銀髪の白狼姫・ヴァルカは

湯船の縁に頭を預けて苛立っていた。

本能が告げる「危険」という警鐘と

目の前の「新人冒険者」という現実。

その乖離に、彼女は思考を堂々巡りさせていた。

「恋ね」

親友のリリスが茶化すと

ヴァルカは湯船からバシャリと水しぶきを立てる。

「違うと言っている!」

周囲の冒険者たちは面白がって

「新人の正体」を推測し始めたが

ヴァルカだけは笑えなかった。

あの男は、何かを知っている。

根拠はない。だが、確信がある。



風呂上がり。

休憩所で牛乳を飲んでいたラックの前に

濡れた髪のヴァルカが現れた。

「いた・・見つけたぞ! 」

周囲の視線が突き刺さる中、ヴァルカは単刀直入に告げる。

「明日、魔獣発生地点を再調査する。同行しろ」

「嫌です! あなた邪魔臭いです。」

即答するラック。しかしヴァルカは引かない。

「お前は、現場を知っている」

その言葉に、ラックの表情から軽薄な色が消えた。

「はぁ~。適当なこと言ってません?

それって何情報ですか?」

「私の勘がそう告げている! 」

「それってあなたの根拠の無い妄想ですよね。」

ヴァルカは悔しそうに頬を膨らませ顔を真っ赤にする。


ラックは牛乳を飲み干すと口の周りが白く染まった。

「まぁ報酬が出るなら多少は手伝ってもいいですよ。」


周囲の獣人たちからクスクスと笑いが起こる。


ヴァルカは頭を抱える。

だが、同時に少しだけ安堵した。

お金を純粋な目で欲しがる今の目の前にいる男は

少し性格が残念なだけの新人冒険者に見えたからだ。

「……出す。十分な額を用意しよう。」

「はい。それじゃ契約成立ということで。

でも、午前中は薬草を採取したり

オトモダチとお茶する予定があるんで午後からなら

お付き合いできますよ。」

「うむ。わかった。午後1時に冒険者ギルドで集合しよう。」


こうして、ラックは風呂に入りに来たつもりが

国家の裏情報を大量に仕入れ

あまつさえ最強の白狼姫を相手に

「金で動く新人冒険者」を演じ切ることになった。

冒険者の新人は装備や備品にお金がかかるものだ。

お金がほしいという発言は

意外と自然な物言いだとラックは思った。

実際、ラックの家はお小遣い制だからお金がいっぱい欲しい。


ラックは翌日の午後に魔獣出現に関する調査に

参加することとなった。

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