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白狼

シャノアの助言に従い

ラックが冒険者組合の扉をくぐったのは

16時過ぎのことだった。

受付でギルドカードを差し出すと

端末には「実績0のFランク」という

新人中の新人であることを

示す味気ないデータが映し出される。


「荷物持ち以下の雑用係か?」

周囲の冒険者たちから浴びせられる嘲笑に

ラックは腰を低くしながら「えへへへ。

まだ、冒険者登録して間もない新人なんで

ご指導のほどよろしくお願いします。」

そう言って、甘い焼き菓子を冒険者に配る。


冒険者たちは態度を軟化させていった。


「おお。仕事、疲れてるんだ。甘いものを助かる。


お前、若いのに気の使い方がわかってやがるな。」


「おう、がんばれよ。」


「わからんことがあったらオレに聞け。」


冒険者たちはラックの方を叩いては激励した。



組合の扉が勢いよく開き

冷たい風と共に彼女が現れた。

ゴルドリア最強のSランクパーティー《銀牙の月》のリーダー

ヴァルカである。

銀髪をなびかせた長身の彼女が歩くだけで

組合内の喧騒が一瞬で凍りついた。


彼女は現在、王都を震撼させる魔獣調査に頭を悩ませていた。

手がかりはなく、疲労は限界に近い。

そんな中、受付付近でぼんやりと立ち尽くすラックの背中が

なぜか彼女の視界に強烈に飛び込んできた。


(……なんだ、この男)


狼獣人としての本能が「危険だ」と警鐘を鳴らす。

しかし、その顔つきはあまりに無防備だ。

ヴァルカは規律正しい足取りで彼に近づくと

反射的に声をかけていた。


「おい、お前」

「え?」


振り返ったラックの至近距離に

ヴァルカの整った顔立ちがあった。

銀色の瞳が、獲物を値踏みするように細められる。


「……お前、暇か?」

「えっと、今から薬草採取の依頼でも受けとこうかと」

「薬草だと? くだらん。

……それより、お前には妙な『匂い』がある」

「へ? 匂い。 臭いではなく、匂い……ですか?

汗ですかね、あ! お菓子の匂いか。よかったらどうぞ。」


ヴァルカは焼き菓子を受け取り

「ふむ。ありがとう。」と言って

焼き菓子をパクリと口に入れた。

ヴァルカは驚いた表情をした。

明らかに普通の焼き菓子ではない。

様々な素材の上品な香りが鼻を通って心地よい。


「なんだこれ! うまいな。」


ラックは少し身を引く。


「では、俺はこれにて失礼しますね。」


しかしヴァルカは距離を詰め

ラックの首元に鼻を近づけた。

クン、と小さく鼻を鳴らす。

不意打ちの密着に、ラックはわずかに硬直する。


「……懐かしい匂いがする。


魔獣の調査に付き合え。


私の勘が、お前を連れて行けと言っている」


「はあ、つまりデートのお誘い? 逆ナンですか。」


「え!? 違っ……! 違う! これは調査だ!」


顔を真っ赤にして否定するヴァルカだったが

その手はラックの腕をがっしりと掴んで離さない。

周囲の冒険者たちが

最強の白狼姫が

新人の荷物持ちを(しかも強引に)連れ去ろうとする光景に

唖然として固まっていた。


「ちょ! ちょっと離してください。

……っていうか

もう! はなせって! マ・ジ・で!!

おい、服が伸びるだろ!

脳筋かよ、クソうぜぇな!!!」


ラックはヴァルカの腕を強引に跳ねのける。


「匂いなんて言われたら不安になって


外をうろうろしたくないだろ。


なんだかお風呂に行きたくなったんで


今日はお断りします!」


何度も視線を袖の方へ落とし

伸び具合を触って気にしながら

ラックは一目散に組合の出口へと駆け出した。


「待て! ……ッく、諦めないぞ!」


ヴァルカは反射的に右手を伸ばしたが

ラックに跳ねのけられた自分の右腕に

ビリビリとした鋭い痛みが走る。

(え……痛み? なぜ私が、新米っぽい少年に……)

ヴァルカは困惑に目を見開いた。あの少年は、一体何者なのだ。


その様子を二階のギルドマスター室から

見下ろしていた羅刹ゴイゼロは

吹き出しそうな笑いを必死にこらえていた。


「ふっ……ヴァルカよ、なんとも熱烈なスカウトだな」


ゴイゼロは笑みを収めると、少しだけ表情を険しくした。


「しかし、あの少年……ただの新人ではあるまい。


……おい、奴を徹底的に洗え」


ゴイゼロの静かな命令が下される。


ラックは獣人との距離感や付き合い方を

学ばねばならないと思いながら

この近くで銭湯あるかなぁと街を彷徨う。

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