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狐の策、魔神の謀

ボヘカの蹂躙から数日が経過した。

街はやっと瓦礫の撤去が始まった段階だが

紫の魔炎が刻んだ傷は深く、復興の道のりは途方もなく長い。

『夜明けを待つ鶏亭』の個室。

窓辺で冷え切ったコーヒーを啜りながら

ラックは眼下の街並みを冷ややかに観察していた。


「なんだかなぁ。俺、一人で色々と頑張ると


住民0人な国になっちゃいそうで怖いんですけど。」


支配とは、生かす技術である。ただ滅ぼすだけでは、

そこに価値は生まれない。

ラックはデスト家当主・サイラスに宛てた伝書鳥の文面を

脳内で反芻しながら、

この獣人の都で自分が取るべき行動や指針を思案していた。


サイラスが用意した密偵との接触。

今日、歓楽街で落ち合う相手はシャノア。

王都の売れっ子娼婦であり、

その実態は国を跨いで情報を操る超一流の「くの一」だ。

サイラスは彼女を信頼できる密偵と評したが、

ラックにとっては、

自分の深淵を覗き込みかねない危険な不確定要素であった。


午後二時。陽光が差し込むカフェのテラス席には、

優雅に脚を組む女の姿があった。

金色の瞳に、時折揺れる豊かな尾。

おそらくシャノアその人であろう。


「あの~お待たせしました? シャノアさんですよね。


『新入り』の若輩者な私を誘って頂き感謝します。」


ラックが腰を下ろすと、

シャノアは細い目を三日月に歪めて笑った。

尾が背後で妖艶に揺れ、その動作一つひとつに、

情報を引き出すための魔力が微かに混じっている。


「ふふ、いまきたとこよ。時間もぴったりじゃない。

それにしてもラックくん、こんな美人なお姉さんと

初対面で2人で密会しているのに緊張しないのね。

ラックくんから見て

わたしって魅力ないのかなぁ。」


「いえいえ、すごく魅力ありますよ。

素顔はずいぶんと清純で可愛らしいので、

緊張というより親しみの方が強くなったのかな」


シャノアは紅茶のカップを置き、

ラックを射抜くような眼差しを向けた。


「へぇ~。その瞳、魔法の偽装を見抜けるのね?

それじゃ、私がキャラを作っているのも滑稽よね。

さすが、デスト家の人間ね。

試すようなことしてごめんなさい。

サイラス様からの伝言は聞いているわ。

あなたがデスト家の人間であることもね。

でも不思議だと思わない?  

なぜ獣人であるこの私が、

わざわざ他国の

……それも人間の貴族の密偵として雇われているのかとか」


余裕に満ちた振る舞い。

だがラックは微塵も動じない。

彼女が自分を測りかねているその微細な機微を、

正確に読み取っていた。


「それは・・・わからんです。

俺は自分以外にあまり興味がない性格でして。

他人の動機を察するのは、どうも苦手なんです」


ラックの声はカフェの喧騒を掻き消すように響いた。

そして、彼女の瞳の奥にある「違和感」を鋭く指摘する。


「……シャノアさん。あなたはもしかして、


人間が好きなのかな?」


シャノアの瞳から笑みが消えた。

狐耳がピクリと反応し、周囲の空間が遮断される。

周囲の情報を隔離するための、

くの一ならではの防衛結界が張られた。


「……空気を読めないような事を言いながら


随分と鋭い指摘をしてくれるのね」


シャノアは顔を近づけ、毒を含んだ蜜のような声で囁く。


「私の情報を全て使いなさい。


その代わり、この国が塗り替えられた後――私の『特等席』は、


誰よりも上等なものにしてほしい。


それが、今の私が貴方に差し出せる本心よ」


彼女は決して飼い犬ではないし、

ラックもまた彼女を駒として扱うつもりはない。

これは、異なる種族と立場を持つ者同士の、

極めて利己的で対等な共犯関係。

ラックは彼女の眼光の中に、

自分と同じ「この世界を俯瞰して見ている」同類としての

匂いを感じ取っていた。


「はい。願ってもない申し出です。


シャノアさん、


まずは手始めに……


この街に潜伏しているであろうベルリック旧臣たちの


所在についての情報を教えてもらえるかな?」


冒険者という仮面を被った侵略者と、


路地裏を繋ぐくの一。


二人の利害が一致した瞬間、

獣人国の秩序を根底から揺るがすための共犯関係が結ばれた。

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