獣の楽園、崩壊の夜
『夜明けを待つ鶏亭』の扉を蹴り破らんばかりの勢いで
ハイエナ獣人を筆頭にしたならず者たちが乱入してきた。
50人はいる。多勢に無勢で勝とうというのは
間違いではない正攻法な手段だった。
「さっきの貸し、倍にして返してもらうぞ!
その人間小僧と、女は俺たちがいただく――」
彼らの下卑た笑い声が、ルナの悲鳴にかき消される。
「キャー!! やめてください!」
だが、ラックは微動だにせず、ただ静かに彼らを見つめる。
その瞳の奥には、彼らが決して
触れてはならない「深淵」が渦巻いている。
「お前たち、容姿も行いも獣そのものじゃん。
そんなら『獣』になっちゃいなよ?」
ラックが指先を軽く鳴らすと、室内の空気が一変した。
「本能に身を焼き尽くせ《六道畜生》」
――それはラックが持つ権能の一つ。
対象の理性を強制的に剥奪し
その身を内なる衝動のままに暴れ回る「魔獣」へと変貌させる術だ。
結社のチンピラたちが、異様な音を立てて身を歪めた。
骨が軋み、筋肉が異常な膨らみを見せる。
人間の言葉を話していた彼らの口からは
やがて野卑な唸り声しか漏れなくなった。
知性を失った彼らは、もはや目的を遂行する集団ではなく
ただ血と肉を求める飢えた魔獣と化した。
「グオォォォッ!!」
変貌した魔獣たちは宿屋を破壊し、路地へと飛び出した。
歓楽街は一瞬にして地獄絵図と化した。
理性を失った魔獣たちは、支配者であるはずの獣人たちを見境なく襲い
市場の食糧を食い荒らし、街の象徴である狐の提灯をなぎ倒していく。
「なんだあれは!? 結社の連中が、なぜ急に魔獣に!?」
逃げ惑う獣人たちの怒号がボヘカ中に響き渡る。
これまで「弱者」を支配し、安全な場所から
暴力を行使していた獣人たちにとって制御不能な魔獣の襲来は
文明社会の終わりを告げる恐怖そのものだった。
混乱に乗じ
ラックは店内に取り残されたルナたちの前に立ち、淡々と言い放つ。
「見ていろ、ルナ。
これが、彼らが何よりも信奉している『力こそが正義』の結末だ」
ラックが視線を上げると、街の頂点にそびえる居城からも
混乱を鎮めようと軍勢が動き出そうとしているのが見えた。
しかし、それは単なるパニックではない。
ラックが放った『六道畜生』の魔力は
街全体を覆う魔王フェルの「豊穣の守護」と共鳴し
均衡を内側から食い破り始めていた。
獣人たちの都ボヘカ。その誇り高き階級社会は
今や本能の暴力に支配され、阿鼻叫喚の渦へと飲み込まれていく。
ラックは満足げに小さく頷いた。
自己肯定感というにはあまりに傲慢な、
しかし確かな支配者の眼差しで崩れゆく夜の街を眺めていた。
「さぁて、国盗りを始めようか。」




