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獣人の国ゴルドリア

 ラックは修羅界から人間界に帰還した。


一緒に修羅界に乗り込んだ三柱の悪魔は修羅界で

まだまだ暴走中で頑張っているだろう。


「俺はデスト家の密偵の役割もある。


そのために元々、ここまで来たんだ。


今はただ前に、そう前にだけ進もう。」


ラックは自分自身に言い訳するように呟いた。



ゴルドリア国の国境線。

ラックは、警備の獣人たちが目を光らせる検問を

漂泊の冒険者という顔で軽々と越えた。


帝国とゴルドリアを分かつのは

ただの線引きではない。それは、文明と野生が衝突する境界線だ。

一歩足を踏み入れた瞬間、

ラックの嗅覚に飛び込んできたのは

腐葉土の濃厚な匂いと、獣特有の荒々しい体臭だった。


首都ボヘカへ向かう街道は、予想以上に整備されていた。

しかし、その実態は帝国とは決定的に異なる。

街道の両脇に広がるのは、広大な農地だ。

ゴルドリアは、獣人の肉体労働と魔術的技法を

組み合わせる技術を持つ、驚くべき「農業国家」であった。


(力任せの略奪国家かと思っていたが……どうやら、

この国の経済基盤は『食』に置かれているらしい)


ラックは街道を徒歩で進みながら

通過する村々の様子を観察した。

そこには、獣人種族ごとの分業体制があった。

怪力を活かして重い鋤を引く熊獣人、

繊細な手先で種を蒔く小柄なリス獣人。

その光景は一見すると牧歌的だが

ラックの眼には不自然な歪みが見える。


すべての村の入り口には

魔王フェルの紋章を刻んだ石碑が建っている。

この紋章が魔王の紋章と知るものは

この国ではおそらく、上層部のごくごく少数だろう。

村人たちは労働の合間に

必ずその石碑に向かって祈りを捧げていた。

それは感謝ではなく、支配への恭順を強いる呪縛に近い。


道中、ラックは荷車を引く老いた人間の行商人と言葉を交わした。

「……獣人様のおかげで、この地は豊かだ。

だがな、収穫の七割は国家の『税』として吸い上げられる。

我々は、この国を生かすための苗床に過ぎない。」


老人の言葉に

ラックは何も返さず、ただ、静かに頷いた。


数日の徒歩による調査を経て

ゴルドリアの首都『ボヘカ』が姿を現した。

ボヘカは、巨大な円形劇場の形をした都だった。

外縁から中心部へ向かって緩やかに高台となっており

最頂部にはこの国を任された王の居城がそびえ立っている。


ラックが城門をくぐると

そこには獣人社会の階級社会が

完璧なまでに可視化されていた。

外縁部は、都市の汚水を一手に引き受ける最下層の獣人や奴隷層の住処。

中層は、農業や流通を支える職人や兵士の区画。

そして高台は、支配階級である上位獣人たちが享受する贅の極み。


ボヘカを散策するラックの瞳は

街の血管を流れる「情報」を一つひとつ拾い上げていく。


(農業による自給自足の完結。

強固な階級社会による管理。

そして、住民全員を信仰という名の糸で手繰り寄せている)


ラックは市場で新鮮な果物を買い、

立ち食いしながら街の構造を分析する。

一見すれば豊かで秩序ある国家。

だがその根底には

魔王フェルによる徹底した管理社会という名の「檻」があった。


(帝国が腐敗によって崩れかけているなら

この国は完成されたシステムによって硬直している。

……どちらも、崩し甲斐があるな)


夕日に照らされるボヘカの城を見上げ、ラックは不敵に笑う。

この農業国家が誇る「豊穣」の裏側に

どれほどの血が流れているのか。

その深淵に触れるため

ラックの足は自然と歓楽街の方向へと向かっていった。

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