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地獄は残業代など出はしない

それはもはや、合戦などという生易しいものではなかった。ただの『食事』だ。


怪獣の如き巨躯へと変貌した魔将三柱――

ガルザ、フォリエラ、ゴルドの顎が動くたび修羅界第一層全域から

集められた精鋭たちが

十人、百人単位で咀嚼され、胃袋へと消えていく。


「あ、あぁ……あぁぁ……!」


第一修羅王バルグラムは、腰が抜けたように大地にへたり込んでいた。

手に持っていたはずの自慢の双頭斧は

肥大化したゴルドが、まるでポテトチップスでも齧るかのように

バリバリと噛み砕いて飲み込んでしまった。


――修羅王。

響きこそ格好いいが

その実態は地獄本庁から辺境の『修羅界』という名の

隔離刑務所に派遣された、単身赴任の刑務所長に過ぎない。


地獄は、案外というか、酷烈なまでの学歴社会・キャリア至上主義だ。

本庁のスマートなエリートたちが魔法の冷房が効いたオフィスで

書類を回す中、バルグラムは泥臭く公務員試験(ノンキャリア組)に合格し

コツコツと現場の刑務官としてキャリアを積んできた。

荒くれ者の囚人(修羅)どもに殴られ

文句を言われ、夜勤をこなし、少しずつ階級を上げて

ようやく掴み取ったのが

この「第一層刑務所長(修羅王)」のポストだった。


(あと数年……あと数年この任期を無事故で勤め上げれば

本庁に戻って天下り先を斡旋してもらえるはずだったのだ……!)


バルグラムの脳裏に、地獄に残してきた妻と


年をとってから出来た幼い娘の顔がよぎる。


「お父さんは、王様になるの? 」


「アハハ。そうだ。王様だ。


けれど、そういう役を演じるのが仕事なんだ。」


「お父さんは役者さん? 」


「そうだな。一流の役者さんに


なったつもりで頑張ってくるよ。


今度の連休は家族で

「地方の伏魔にあるディスティニーランド」という

テーマパークへ家族で行く予定だった。

だが、彼のささやかな幸せ。娘の成長の喜び。

老後の夢は

今、目の前で怪獣と化したフォリエラによって

百メートルを超える刑務所の城壁(黒鉄城)ごと

バリバリと美味そうに喰われていた。


「魔神、アッシュベルク……。


なんで、余の・・・僕のところに来るんだ! 


僕が何をしたっていうんだ! 


僕に恨みでもあるっていうのか!」


バルグラムの血を吐くような叫びに

天馬の上のラック――

いや、魔神アッシュベルクは答えない。

ただ、その瞳には冷徹な虚無だけが宿っていた。


「……バルグラム。お前の言う『出世』とやらは

システムに搾取されるだけの脆弱なものだ。

俺の軍に、そんな無駄なものは要らない」


ラックは静かに目を閉じ天を仰ぐ。

彼もまた、現代日本の「やすらぎの里」という名の

介護現場で、終わらないナースコールと薄給に

耐え続けた『現場の人間たっちゃん』だった。

だからこそ、システム側の

都合で動くバルグラムのような「中間管理職の限界」が

誰よりもよく分かってしまうのだ。


その頃、戦場から遥か離れた小高い丘の上。

地獄庁(HELL-OFFICE)修羅界第一層支部の

公務員(一般職)の鬼たちは、文字通り泡を吹いていた。


「おい、おいおいおい! 冗談だろ!?

バルグラム所長が完全に戦意喪失してるらしいぞ。」


事務・監査担当の『鬼』が

いつも持ち歩いている「業の帳簿(タブレット端末)」を

血相変えて叩いている。

画面には、真っ赤な文字で

【警告:第一層ソウルエネルギー残量急減】

【警告:所長のバイタル低下】の文字が明滅していた。


「おい鬼! 早く監査を入れろ! 止めろ!」


現場・執行官担当の『羅刹』が、青い顔で鬼の胸ぐらをつかむ。

しかし、鬼はガタガタと牙を鳴らしながら首を振った。


「無理に決まってるだろ馬鹿野郎! あれを見ろ!

囚人(修羅)だけじゃねえ、刑務所(黒鉄城)の

データ、挙句の果てには

第一層の『土地の概念』まで直で喰ってやがる!

監査なんて入れたら俺たちの公務員資格ごと消されるぞ!」


修羅界は、地獄庁にとって「囚人(魂)を殺し合わせることで

効率よく更生・研磨する」ための、大切な出先機関だ。

それが今、アッシュベルクの権能『六道餓鬼』によって

施設そのものが物理的に完食されようとしている。


「どうするんだよ!?

このままだと今期の第一層の生産性(KPI)

マイナスどころか『無』になるぞ!

所長だけの責任じゃ済まねえ

俺たちの今期のボーナスどころか、基本給カットだ!」

「それだけじゃ済まねえよ! 施設損壊で懲罰委員会行きだ!

本庁のエリートどもにどんな顔をすればいいんだ!」


彼らにとっての恐怖は、怪獣の強さではない。

「この大規模施設損壊の始末書を

一体どう書けば本庁の監査を誤魔化せるか」という

社畜(公務員)としての破滅の恐怖だった。


「おい、本庁へ繋げ!

緊急通報だ! 理由欄には何て書く!?

『囚人が刑務所を美味しくいただいています』とでも書くか!?」

「バカ言え!

正確に書け! 伝承の魔神……『魔神アッシュベルクの完全覚醒』

および『修羅界第一層(刑務所)の完全消失』だ!!」


阿鼻叫喚の公務員たちを余所に、黒鉄城はすべて三柱の胃袋に収まった。

城を喰らうたびに、ガルザたちの身体から放たれる魔力は

数倍、数十倍へと、どんどんと膨れ上がっていく。


ラックは天馬の上から、崩壊していく第一層を眺める。

六道餓鬼を解除するかと、パチンっと指を鳴らす。

・・・・何も、何もおきない。ラックは微かに動揺する。

ふっと我に返った。


「・・・。強く念じすぎて六道餓鬼の解除が出来ない。


多分、しばらくしたら収まる気がするんだけれど。」



赤鬼将軍ザンガが数人の配下を引き連れて

ラックの前に跪いた。


「陛下、今後の下知を賜りたく思います。」


ラックはザンガの目を直視できない。後ろめたさがあるからだ。


「三魔将は、えっと、ちょっとあんな感じにはなってるが


お前たちを襲ったり食べたりしないよ。それは保証する。


時間がたてば、きっと正気に戻るから。


おそらく、修羅界はめちゃくちゃになるけれど


修羅の生き残りがいたら、味方にして兵力を増やす方向で


がんばってくれたまえ。」


ザンガは渋い顔をして奥歯を噛み締めたあと


「はは! 


陛下の御心のままに。」と言った。


ザンガも地獄界の公務員のようなもの。


修羅界というごっこ遊びな世界の住人である。

修羅界は殺されても死なない世界であり

安全な職場でもあった。

しかし、同僚たちが存在ごと消滅させられている現実。


死んでも輪廻転生できるセーフティーネットがある世界で

この現実を見せられたら、ザンガといえども精神的にくる。


ラックはそんな味方の修羅たちの空気を察して


「ふむ。よきにはからえ。


俺は人間界に少し仕事があるのを思い出した。


現場を少しだけ離れるが、ザンガに俺の代理の権限を与える。


存分の働きを期待しているよ。」


ザンガは深く頭を下げ


「身に余る光栄。恐悦至極。」


ラックは踵を返して逃げるように天馬で飛び去った。


例えるならラックは入社したての新人部下に

現場で丸投げをして逃げた。

介護現場で新人職員に対して同じことを

自分がしていたことを思い出す。


「因果応報というやつか。」


ラックは考える事をやめて楽しいことを

思い出そうと気持ちを切り替えた。

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