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阿鼻叫喚の晩餐

修羅王バルグラム率いる十万の精鋭が、黒鉄城から津波のように押し寄せる。


紫帝軍の防衛線は、もはや形を成していなかった。

ガルザの雷は黒鉄の装甲に弾かれ

ゴルドの拳はバルグラムの双頭斧に受け止められ

フォリエラが組む戦術は

力押しという単純かつ暴力的な蹂躙の前に無残に引き裂かれた。


ラックは天馬の上で、舌打ちをした。


「……遅い。効率が悪すぎる。


人生とは思い通りにはいかないものだな。そうあの時も・・」


戦場に散る紫帝軍の将兵たち。

その無様さと、バルグラムの「強さ」という名の鈍重な理不尽さに

ラックの奥底で何かがカチリと

音を立て過去の記憶がフラッシュバックする。


そう、それは、かつて

創造神に研修という名目で派遣された地球という惑星の

日本という国での一般人としての生活。

声優としてを夢見て挫折した二十代。

そして、介護士として非常勤夜勤として働き出した日々。

夜勤の休憩室で

冷めたカップ麺を啜りながら感じたあの理不尽な閉塞感。

家と職場を往復するだけの日々。

職場でのベテラン職員の理不尽な叱責。

終わらない入居者様たちからのナースコール。

人材不足という言葉だけで

責任と仕事量だけが増え続けるブラック環境。

どれだけ働いても安い給料から

引かれ続ける容赦のない社会保険料と税金。

家賃と生活費でキツキツで貯金も出来ない給料の手取り額。

――「頑張っても報われない」という

あの時の胸の虚無感。

心の奥を焼き焦がすような衝動的な苛立ちや

怒りがラックの神経を逆なでしていく。



修羅王バルグラムが双頭斧を振り下ろした。


轟音。


大地が消し飛ぶ。


その一撃だけで数百の修羅が蒸発した。



「左翼後退!」


フォリエラが命令を飛ばす。

紫帝軍は即座に動いた。

完璧な判断だった。だが。



バルグラムは突っ込んできた。


戦術など関係ない。


陣形など関係ない。


ただ圧倒的な力で。



ドゴォォォォン!!

完成していた包囲陣が吹き飛ぶ。

修羅達が悲鳴を上げた。


「隊長ォォォ!!」


一人の修羅兵が叫ぶ。

隣にいた仲間の上半身が消えていた。

つい先ほどまで笑っていた仲間だった。



「ふざけるな!」



ガルザが飛び出す。


黒雷を纏った拳がバルグラムへ炸裂する。



だが。



バルグラムは片手で受け止めた。



「軽い。」



そのままガルザを地面へ叩き落とす。



大地が陥没した。



「ガルザ様ァァァ!」



紫帝軍が動揺する。



ザンガが吠える。



「前に出ろ!!」



赤鬼軍団が突撃する。



昨日まで敵だった修羅達。

それでも紫帝軍として戦っていた。



だが。



バルグラムの親衛隊が押し潰した。



槍。


斧。


剣。



修羅達が次々と倒れていく。


ザンガは歯を食いしばった。


「わしの兵を……!」


自分を信じて付いてきた者達だった。

しかし止められない。力の差が大きすぎる。



フォリエラが戦況を見ていた。


撤退路を作る。


囮を配置する。


予備戦力を投入する。


完璧だった。


それでも。


バルグラムは全部踏み潰した。


戦術。


経験。


努力。


成長。


全てを。


ただの暴力で。



ラックは天馬の上から見ていた。


何千年もかけて育てた将軍達。


何千年もかけて学んだ戦術。


何千年もかけて積み上げた努力。



それらが。


理不尽な力によって蹂躙される。



その光景は。


かつて地球で見たものと同じだった。



努力が報われない世界。


真面目な者ほど損をする世界。


理不尽だけが勝つ世界。


「あぁ……そうか。


俺は、こういう理不尽が一番嫌いだったんだ。」


ラックの瞳から理性の光が消え

漆黒の怒りが滲み出す。


「魔将三柱! お前ら、この世界を食らい尽くせ!


存在価値も、未来も、そのくだらない権威も全てだ!」


ラックが右手を天に掲げ、叫んだ。


「全てを食らい尽くせ!


六道餓鬼りくどうがき!!!!」


轟音と共に、戦場の空が裂けた。

その瞬間

ガルザ、フォリエラ、ゴルドの人化が解けて

三柱の姿が変わった。

彼らの理性が霧散し

人としての形状を維持していた仮面が弾け飛ぶ。

そこに現れたのは、魔界の深淵そのもののような

異形の悪魔としての本来の姿だった。


彼らは敵兵の腕を

脚を、胴体を、まるで乾いた喉を

潤すかのように貪り食い始めた。

噛み砕かれる骨の音、絶叫、そして

肉が咀嚼される卑猥な音が戦場を支配する。


六道餓鬼の恩恵を受けた三柱は

食べるほどに肥大化していった。

一歩踏みしめるたびに大地が陥没し

その体躯は山を凌駕する怪獣の如きサイズへと膨れ上がる。

修羅たちは恐怖する間もなく

巨大な顎の餌食となり、血の雨となって戦場に降り注いだ。


修羅界の空を覆っていた紫の雲が渦を巻き

雲の隙間から数え切れないほどの巨大な「目」が開いた。

それは世界を見つめる深淵か

あるいは世界そのものの悪意か。


圧倒的な質量と巨大な存在の飢えを目の当たりにして

修羅王バルグラムは双頭斧を取り落とした。

彼が見たのは戦術ではない。軍隊ですらない。

ただ、世界を飲み込み続ける「終わりなき飢餓」そのものだった。


「余は……余は、一体何と戦っているのだ……?」


バルグラムの震える声に、ラックは冷酷な眼差しを向ける。

その光景の中に

バルグラムは忌まわしい伝承の記憶の断片を見出した。

はるか古の時代、この世界を、いや全宇宙を食らい尽くし

更地へと変えたと伝わる伝説の魔神。


「……紫帝。……まさか、貴様が……あの絶滅の……


魔神アッシュベルク!」


戦場はもはや戦いではなく

ただの「食事」の場へと変わり果てていた。

かつての「夜勤非常勤介護士松永孝之」もといラックデスト。

あの頃の感情のやり場のない怒り、虚無感。

そこにはただ、世界を悪魔たちの空腹の果てに

食らい尽くそうと

魔神アッシュベルクが立っていた。

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