特務機関『ゴルドリアンヘッド』
ゴルドリア王城の朝は静かだった。
前夜の混乱が嘘のように
窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
ラックは眠い目をこすりながら、寝台から身を起こした。
「……さて、山積みの案件を片付けるか」
昨夜の会議には、シャノア、ベルリック旧臣のベジュロウ、
そしてゴルドリアの冒険者ギルド長でありながら
魔王軍の残党でもあるゴイゼロが同席した。
ラックは内心で整理する。
直接自分が統治に乗り出せば
その強大な力ゆえに被害が拡大し
国そのものが崩壊しかねない。かといって
このままではデスト家への引き渡しも遠い。
(……情報を支配し、適材適所に丸投げする。
それが一番効率的だ)
ラックはすぐにシャノア、ベジュロウ、ゴイゼロを自室へ招集した。
食卓を囲む四人。
ラックは冷徹なまでの合理的思考に基づき、演説を開始した。
「君たちにはそれぞれ目標があるだろう。
獣人と人間の共存、連合国の存続、王家の再興……一見バラバラだが
本質は同じだ。ベルリック王家は元来、種族差別のない国だった。
王家復興はシャノアの夢を叶え、ベジュロウの悲願を成し遂げる」
ラックはゴイゼロに視線を向けた。
「ゴイゼロ、お前が守りたいのは北部連合国と食糧の均衡だな。
ならば、ゴルドリアの食糧支援を再開してやればいい。
俺が加護の件を管理・補佐してやる。
その代わり、お前は全力で北部を俺の管理下に置け」
ラックはテーブルに手を置いた。
「今日付けで、特務機関『ゴルドリアンヘッド』を創設する。
この国の全権を握る影の支配組織だ。
……シャノア、君を室長に任命する。
全権を委任する、好きに動いてくれ」
シャノアは一瞬の驚きの後、妖艶な笑みを浮かべて深く頭を下げた。
「貴方の期待、全力で応えてみせるわ」
「ベジュロウ殿、貴殿には治安維持部隊の創設を頼む。
反抗勢力の排除と組織化を。ブリジット王女の帰還に備えるのだ」
「……謹んで、王女殿下の名の下に承る」
ラックは最後にゴイゼロを見た。
「外交はお前の人脈と『瞬間移動』の権能が適任だ。
……忠誠を疑う余地はないな?」
「ははっ……!」
ゴイゼロは冷や汗を流しながら、
抗う術のない絶対的な理に従った。
ラックは満足げに頷いたが、ふと抱いていた違和感を口にした。
「……ところでゴイゼロ。白の魔王は、どこにいる?」
部屋の空気が凍りついた。ゴイゼロの表情が強張る。
「……もう、お気づきでございましたか」
ラックは訝しんでいた。
白の魔王フェルは「縄張り意識」が異常に強いはずだ。
にもかかわらず、ここまでの侵攻に対して動きが鈍すぎる。
精鋭の派遣も極めて小規模だ。
「消極的すぎる。
(もしや、別の縄張りに気を取られている?
東の覇王からの防衛か。いや、
……白の本拠地は地獄界の支配者だったな。)
地獄に何か異変でもあったか? 」
ラックの問いに、ゴイゼロは首を横に振る。
「白の魔王は行方は現在不明ですが
関係者が全力で捜索しております」と
答えるのが精一杯だった。
ラックは嘘を見抜いたが、
今は無理に吐かせず、監視を継続させることにした。
会議を終え、三人が退出すると、
ラックは一人で椅子に深く腰を下ろした。
(白の魔王フェル……奴め、何をしている)
ラックは抱いていた違和感を咀嚼していた。
ラックの知るフェルは、強烈な縄張り意識を持ち、
侵略に対しては過剰なほど防衛を行う魔王だったはずだ。
しかし、今回の魔獣騒ぎに対してはあまりに消極的だ。
(精鋭の派遣も極端に少ない。
俺が知らない間に、
地獄界や修羅界で何か大規模な動乱でも起きているのか?
……いや、それは考えにくいか・・・
いや、あいつらは? 三魔将はどうしてるんだろ? )
ラックは修羅界や地獄界の現状までは把握できていない。
彼が知っているのは、あくまでここ、
人間界のゴルドリアという「現場」で起きている事象だけだ。
(ふむ。考えあぐねても仕方ないな。
白の魔王が今どこで何をしていようと、
俺の管理するこの国に害をなすなら、
いずれ排除するまでだ。
北方連合国の女王テラと接触すれば、
何かしらの尻尾は掴めるかもしれない)
ラックは修羅界に送り込んだ三魔将のことも
「現場」の駒として回収しにいく必要があると考えている。
あくまで「自分の管理現場」の最適化として。
(……地獄界がどうなっているのか、
修羅界の三魔将は無事だろうか。
確認すべきことは多いな)
ラックは溜息をつき、静かになった部屋で呼び鈴を鳴らした。
「……腹が減ったな。朝食を」
ラックにとって世界情勢とは、
自分の庭の手入れをするための判断材料に過ぎない。
王城の外では、いずれ再編された軍が靴音を響かせるだろう。
ゴルドリアという国が「ラック・デスト」という名の管理者のもとで、
音もなく変貌を遂げようとしていこうとしていた。




