Day.6-1 朝チュン☆トラップ
業火の中に一人、取り残されている。燃え盛る炎は既に全方位を取り囲み、瓦礫に埋もれて動けない俺をチリチリと焼いていく。
やけにリアルな夢だ。
肺が押さえつけられてうまく呼吸できない苦しさ、全身をじわじわと熱してゆく炎の温度、そして、すぐ近くに聞こえる声。
ここがどこなのか、どういう状況なのか、俺には全てわかる。
アマネク村だ。
魔獣デストリアが棲家としていた洞窟。
松明の火が燃え広がって洞窟全体を覆い尽くそうとしている。
俺は崩れてきた天井の岩の下敷きになっているようだ。
どうして今、こんな夢を見る?
やはり後悔が残っているというのか、俺の中に。
だが、事件は解決したはずだ。
あの親子も、救われたのだ。
ホーリィさんは人間としての意識を取り戻し、娘のチコと共にマスキュラさんの宿に住んでいる。
どこに後悔の要素がある?
「……クオォォ……」
聞き間違えようのない、魔獣デストリアの鳴き声。
恐ろしくリアルな質感を伴った声がまるで立体音響のように俺の耳元にある。
すぐそこに、本当に魔獣がいるかのようだ。
ねっとりとした熱さが全身を襲う。熱を伴った柔らかなものが、俺の上を這いずり回っている。耳朶に感じる、興奮を隠さない吐息。目の前の獲物に今まさに喰らいつかんとする魔獣の、血に餓えた……。
ううん、何だろう。
何かおかしいような気がする。
魔獣にしては吐息が「ハァハァ」と聞こえる。
首筋にざらついて濡れた感触がある。
犬になめられている時のような。
顔がくすぐったい。髪の毛の束が俺の顔の側面を撫でているような気がする。
意識が段々と覚醒していくにつれ、俺はそのおかしさに気付く。
目を開けてみた。宿の天井が見えるのだが、左目が何らかの異物に覆われていてそこだけ視界が黒く染まっている。
うん、髪の毛だね、間違いなく。
それとどうやら何者かが、俺の体の上に乗っかってるようなのだ。
「あのー」
相手を刺激しないようにそーっと声を出してみた。
バッと顔を上げた女性は、蕩けきった表情で俺を見下ろしていた。唇の端から透明な唾液が流れ落ちて俺の頬を濡らした。
「ホーリィさん!?」
一体何をしてるんだろうこの人?
もしや、魔獣の時の記憶が蘇ったのだろうか。
「ク……クオォ……」
あの鳴き声が、ホーリィさんの唇から漏れた。
やはり、意識が混濁している?
「あの、大丈夫ですか?」
顔が紅潮している気がする。熱でもあるのか。
「あぁ……すみません……私……」
ホーリィさんは両手で自分の顔を覆い隠した。そして絞り出すようにして震える声を紡いだ。
「とりあえず、落ち着きましょう。この状態はちょっと」
マズいだろう。誰かに見られたら猛烈に勘違いされるはずだ。
やはり部屋に鍵をかけておくべきだったか。この宿には常にシトリの屍体の監視がついているから、安全だと思って開けっぱなしにしていた。まさか内部の人に襲われようとは。
「はぁ……うんっ……すみません、私、体が……」
「体?具合でも悪いんですか? やはり戻ったばかりですぐ働くのは止めておいた方が……」
恐らくデストリアに囚われていた時、人間としての体は休眠状態にあったのだろう。それをすぐに酷使したことで、ホーリィさんは体調を崩してしまったのでは?
……という推理をしてみたものの、どうやらそういう感じでも無いみたいなんだよな。嬌声だよなぁ……これ。
ホーリィさんは顔から両手を離して俺の胸の上に再度もたれかかってきた。体重と、体温と、とても豊かな胸の感触。半眼になって、至近距離で俺を覗き込んでくるその表情からは、露骨にエロいものを感じる。
有り体に言ってしまえば、発情しているというやつだ。
ううーむ、参った!
まさかいきなりこういう展開が待っていようとは。
「あの……すみません」
さっきからホーリィさんはしきりに謝っているが、どうしたというのだろう。こっちの世界の夜這いは謙虚じゃないといけない決まりでもあるのかな?
「私……どうしたんでしょう? あなたを見ていると……ごめんなさい……我慢が出来なくて」
「構いません! そういう日は俺もよくあります! こんな俺で良ければ、どうぞ!」
据え膳食わぬは男の恥と、先人が偉大な格言を残しているではないか。
こういうところでカマトトぶるほど俺は不実な人間ではない。受け止めましょう。
「ください……」
艶かしい声が、頭上から降り注いでくる。なんというラッキースケベ!多少展開が強引すぎる気がするが、概ね男女のアレなどそういうものである。いや、知らんけど。
「はいどうぞ!食べちゃってください!」
二つ返事でOK出した瞬間、喉元にホーリィさんが喰らいついてきた。活きのいいタコみたいな強烈な吸い上げ。鳥肌が立つような、生命力が吸いとられているような言い様のない感触だ。ひょえー。
「はむぅ……んっ……ああ……おいし……」
「おあっ!た、たまりません! リビドーが、リビドーがこんにちはしちゃいそうです!」
思わず高らかに宣言したその時、
タァーン!
威勢よく戸が開けられた。
「どうした!?」
凛々しい声が聞こえた。最早顔を確認しなくても、それが誰か俺にはわかる。そしてこの状況が、すごくとっても致命的にクリティカルによろしくないことも。
敢えて見なくてもわかるが、自然と視線がそっちを向いてしまった。
呆然と立ち尽くすイリヤさんと、目があった。
「……」
「……」
「あ、あのイリヤさん、これはですね」
この修羅場にも関わらず、ホーリィさんはまるで気に留めず俺の首筋に舌を這わせて荒い吐息を漏らしている。な、何なんだこの状況は!?
「……一生やってろ」
敵を斬り捨てる時と同じ凍てつく眼光で俺を一睨みして、イリヤさんは戸を閉めた。
「あ、ちょっと、誤解、誤解ですからーっ!」
俺の弁解も虚しくイリヤさんの足音は決断的に部屋から遠ざかってゆく。
ホーリィさんの膝がぐりぐりと俺の急所を刺激してきたので意図せず急所にベースキャンプが設営されそうになる。
「ひっ!」
ぞわっとして思わず声が出た。
くそっ、何てこった!
イリヤさんの誤解を早く正さなくては!
だが……せっかくなのでもうちょっとだけ、いい思いをしてから動こうかな。




