Day.6 introduction 魔法女学院パドラ・アイギス
きつい勾配の未舗装の道が続く。
山肌を切り拓いて作られたとぐろ巻く蛇のような曲がりくねった道を、馬車は時間をかけて登っていく。
眼下には歴史を感じさせる石造りの町並み。
その町で最も高台に存在するのが、ロメール帝国一の名門、魔法女学院パドラ・アイギスである。
王都ロメリアを出発したのは朝の8時ごろだったか。
現在午前11時半過ぎ。
空は晴れ渡っており、高台を吹き抜ける風が心地よい。
正午までには女学院へ到着しておく必要があるらしいが、建物はもう目の前だから時間的には余裕だ。
エルバサイド市、ロメリア北東に位置する、王都の隣町である。
鉄鉱石の産出地、そしてガラス工芸の町としても知られているらしい。
周囲を急峻な山々に覆われた中にぽつんと存在する盆地、といった印象だ。
女学院への道すがら、市の中心部を走る街路を通ってきたが、事前のブリーフィングで聞いていたとおり、工芸品や道具商が軒を連ねる、技術の町といった風情だった。
高台から見える近隣の山肌は大きく削られ、そこに開いた巨大な穴から作業員たちが出入りしているのが見える。
山間の町ではあるが、非常に活況な印象だ。人の放つエネルギーに満ちている。
北方の町から王都ロメリアへと向かう旅人が最後に立ち寄る場所がこのエルバサイド市であるらしい。
なので人々の服装も様々だし顔立ちもいろいろだ。
できればもう少し時間をかけて町を散策してみたかったが。
慌ただしく町の茶屋で朝食をとってすぐ、ジュークらとは別れた。
ジュークと、彼女が連れてきた二人の魔導師は町に拠点となる隠れ家を用意しているらしく、そこへすぐに向かうそうだ。
俺とジャック・ホワイトは二人で新たに馬車を借り、魔法女学院へ。
「いい、よく聞いてね。あなた達にかけた魔術は、非常に危険なもの。長時間その影響を受け続けた場合、肉体はもとより精神にも深刻な変質が起こるよ。恐らく使用限界は2日ってとこだね。可能であれば明日中には事を済ませて、この場を去りたいところ」
ジュークは旅立つ前、このような警告を発していた。
それならそれで、俺とジャック以外の人間を選ぶという手もあったろうに。
まぁジャックを巻き添えにしたのは俺の判断だが。単純に戦力となる人間を手近に置いておきたかった。
「おい、ユーダイ」
俺と同じ異世界転移者であるジャック・ホワイトはそわそわと落ち着かない様子だ。
さっきからスカートを触ったり自分の髪の毛を触ったりして嫌そうな顔をしていた。
「ん、どうした?」
「こんな作戦、ほんとにうまくいくのかよ?」
「さぁ、どうだろうな。発案者は俺じゃないよ」
「あぁ、わかってるけどよ。いきなりこんな姿になって、俺はうまく立ち回れる自信が無いぜ」
「堂々としてりゃ大丈夫さ。言葉づかいだって、男勝りなタイプだってことにすればいいんじゃね?」
一方の俺はそこまで慌ててはいない。一度覚悟を決めてしまえば、それほど慌てる要素はない。
大丈夫、ジュークの術自体は完璧だ。後は俺とジャックがいかにうまく事を進めるか。
それにもし事実が誰かにバレたとしても、それで命を落とすことになるわけじゃない。
面倒事にはなるのだろうが。
「そろそろ打ち合わせ通りに、デモンストレーションやっとくか?」
俺はそう提案した。
ジャックはまた嫌そうな顔をする。
「ったく災難だぜ、どうして俺だったんだ?」
「言ったろ、他じゃ戦力として安心して運用できない」
「古城シコとかどうよ? 女を惚れさせる能力なんだから、女学院じゃやりたい放題だろ?」
「やりたい放題やるから、あいつじゃダメなんだよ」
そう、もちろんその意見は出た。だが、古城シコは欲望に忠実過ぎる。この任務には不適格だ。
「ぐぬぬ……」
「往生際が悪いぞ、ジャック。覚悟を決めろよ、そして、そろそろ始めるぞ。準備は“よろしいかしら”?」
門が見えてきた。
魔法女学院パドラ・アイギスの、巨大な鉄製の門。
そこからまっすぐ100メートルほどの道路が校舎にまで伸びているのが確認できる。
その道路の左右は無数の花壇。
更に花壇の間を通路が縦横に走っており、休憩スペースがいくつも設けられている。学生たちがベンチに座って談笑でもするのだろう。
ジャックは一つ、大きなため息をついた。
「チッ、わかったよ。来ちまったもんはしょうがねぇな。“よろしいですわよ”」
俺とジャックの口調が変わったのはジョークや戯言ではない。あくまで真剣なのだ。
これから俺達は魔法女学院パドラ・アイギスへの潜入捜査を開始する。
その為に、俺達は“女になった”のだ。
性転換魔術。
そんな危険な術式がよくぞ存在したものだ。
俺達の体は今、どこからどう見ても女の子になっているのである。
顔ももちろん、女子っぽく変化している。
俺のいた世界で性転換をする場合、外科手術に加え異性ホルモンを注射したりする必要もある。それにすぐさま異性へと成り代われるわけでもない。時間がかかる。
だがこっちの世界では1時間程度で全てが完了してしまう。
ジューク・アビスハウンドという天才魔導師だからこそ、この短時間で作業を終わらせることが出来るのであろうが、それにしても体感では一瞬だった。
ジューク曰く、
「雌雄同体、あるいは両性具有という言葉を知ってる? そっちの世界で同じように呼ぶのかどうかはわからないけど。要するにオスとしての機能とメスとしての機能が一つの個体に両方備わっているということだね。この雌雄同体の生物は状況に応じてオスにもメスにも自身の身体構造を変化させることが出来るの。これからあなた達に施す術は、この雌雄同体の仕組みを応用したもの。
魔術というのは、“私たちが常に触れているけれど見ることのできない世界”からの力を使って行使するものだっていう説明はしたっけ? あ、してない? でもイリヤから聞いたのね、じゃあ、詳しくは省略。この“見えざる世界”には無数の扉があって、それぞれ出口も違うしその先で起こっている事象、存在しているものもまるで違う。性転換魔術は、“見えざる世界”から“雌雄同体の生命体の形質”を抽出して施す術式なの。原始的な生物に見られる身体的仕組みを私たち人間に応用して、魔術によって体を騙し、性を捻じ曲げる」
というようなものらしい。まぁわかるようでわからない説明だ。
で、そのデメリットというのも当然存在して、
「体を騙しているだけならまだいいんだけど、術の使用が長時間に及ぶと当然、脳にも影響が出てくる。どうなるかというと、脳も自分の性を錯覚し始めるのね。仮に性転換魔術で男から女へと変化したとする。その状態でもし一週間以上過ごしてしまうと、もう思考回路も完全に女性のものになってしまう。そしてそこまで定着した状態からもう一度もとの男性へと戻そうとすると、二度に渡る術の影響で体も脳も混乱をきたし、性が交錯した状態の人間が出来上がってしまう」
つまり、雌雄同体になってしまうというわけだ。
もっとも、この状態になったからといって一生もとに戻せないわけではないようだが。
時間をかけて術を再調整すればいいとのことだが、これには半年くらいかかるとジュークは言っていた。
半年もかかったら、俺の異世界転移期間はとっくに終了している。ここからの異世界ライフを俺はずっと女の子として過ごさなくてはならなくなるわけだ。
それはそれで悪くない……いやいや、やっぱり悪いな!
門が開いた。
馬車がそこを通過する。
いよいよここから先は魔法女学院の敷地内だ。
「腕が鳴りますわね」
俺……もとい“私”は言った。
うん、もうそろそろ本格的に女の子をフリをしていた方が良いだろう。
「私、ドキドキしてきましたわ!」
ジャックは普段あまり見せない緊張した面持ちをしていた。
「けどよ、こんなお嬢様口調でみんな喋ってると思うか? いくら名門の女子校だとは言え、よ?」
「こら、そんな粗野な言葉遣いをするものじゃありませんことよ。行ってみればわかるんじゃなくって?」
「キ、キショいよぉ……」
「ふふっ、“ジャクリーヌ”ったら!」
ジャクリーヌ・ホワイト、これがジャックの女性ネームだ。ちなみに俺が考えました。
で、肝心の俺はというと、
「あなたよくそれだけ堂々としていられますわね?メグ」
ジャクリーヌが“私”の名前を呼ぶ。
そう、メグというのは私の名前。
やっぱり女の子だもん、かわいい名前にしたいよね。
メグ・ステイサム。
これが私の女子ネームよ、よろしくね!




