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第38章:恋に落ちて

【SIDE:日野大河】


 大学の春休みも残りわずか。

 4月に入り、2週間の滞在をしていた希美は再び実家へと戻った。

 この2週間で関係を深めた希美と梨紅ちゃん。

 まるで姉妹のように仲好くなり、後半はほとんど一緒にいる事が多かった気がする。

 希美も俺に対する過剰な反応はなくなり、溺愛していたあの頃が懐かしく思えるほどに、妹はすっかりと兄離れをしてしまったのだ。

 依存する相手を代えた、と言う言葉が正しいのか分からないがそう言う事なんだろう。

 兄離れされた事はあの事件があっても悲しいものだ。

 希美の事を思えば兄離れするのは必然的なものかもしれない。

 だが、こんな事件であっさりと離れられるのモノ、そこはかとなく悲しい。

 俺の青春よ、さよなら。

 心に穴があいたようなそんな不思議な感覚。

 でも、希美は俺に言ったんだ。

 

『大河兄さんはずっと私にとってのたった一人の兄さんですっ』

 

 その言葉に俺は安心した。

 兄妹である事に変わらない。

 ならば、俺も覚悟を決めるしかないな。

 いい加減、妹離れをしなくちゃいけないのは俺の方だったから――。

 

 

 

 

 今日は春休み最後の家庭教師の日。

 次からは彼女も中学3年生として受験シーズンに突入する。

 梨紅ちゃんの部屋で俺はいつものように勉強を教えていた。

 

「というわけで、次からは問題のレベルもあげていくから」

 

「はい、先生。実は私の通う私立中学にはエレベーター式なので、そんなに頑張って高校受験をする必要もないよ」

 

「ダメ。エレベーター式でも上に上がるための試験はあるし、数学もその科目に入ってるんだろ?他は抜群に賢いんだから、これだけはしっかり頑張ってくれ」

 

 確かに他の高校に行かない限りは私立のエレベーターは上にあがるのはそれほど難しくない……が、油断はできない。

 

「梨紅ちゃんの成績なら別の私立の高校へも行けるんだろ?可能性がある以上、楽して勉強から逃げることはないよな?」

 

「うぅ、数学のない国へ行きたい。将来、役に立つのは電卓計算だけでしょ」

 

「身も蓋もない事を……。梨紅ちゃんは頭いいんだから、もう少し忍耐力をつけてくれ。数学のテストだって3学期のテストでは40点も取れたんだ。この調子ならもう少しで平均点くらいは狙えるようになる、はず」

 

 実際、ものすごく目に見えて得意になった様子はない。

 とはいえ、ある程度、数学と言う物を理解し始めてきている。

 家庭教師を受けた当初は数学から逃げ続けてきただけだったからな。

 ちゃんと向き合うようになっただけでも進歩と言える。

 

「元々、理解力はあるんだ。応用力さえきっちりこなせば、梨紅ちゃんなら良い点を取れるようになると思うけどな」

 

「……うん。頑張る」

 

「よし、いい子だ。それじゃ、続きを始めるか」

 

 軽く頭をなでてやりながら機嫌を伺い、梨紅ちゃんを教えているとちらちらとこちらを伺ってくる。

 

「ん?どうした、何かあったのか?問題が難しい」

 

「うん、それは難しいけど……」

 

「他に何か?」

 

「何でもないっ。気にしないで」

 

 そう言ってるけど、こちらを気にしているのは見て分かる。

 毎回している小テストの採点時、彼女は希美の話題を切り出す。

 

「希美お姉ちゃん、帰っちゃったね」

 

「そうだな。ていうか、何で梨紅ちゃんと希美が急激に仲良くなったのはよく分からない。ふたりに何があったんだ?」

 

 ふたりが姉妹のように仲よくなった理由があるはず。

 

「うーん。私は元々、お姉ちゃんが欲しかったから。希美お姉ちゃんは妹みたいな甘えられる存在が欲しかったみたい」

 

「美鶴姉ちゃんも似たような事を言っていたっけ」

 

「ふふっ。希美お姉ちゃんが甘えてくれなくなってさびしい?」

 

 梨紅ちゃんにからかわれて、俺は「さぁな」と呟く。

 俺にも男の意地があるのです。

 素直に兄離れされた現実を受け止めたくないだけ。

 

「その分、私が先生に甘えてあげる」

 

「はいはい。それは楽しみしているよ(棒読み)」

 

「うぅ、全然、感情がこもってない」

 

 膨れる彼女は、いつもと違う。

 何やら企んでいる様子なのは気のせいなのだろうか?

 

「……私、先生へのアタックの仕方を変えるべきだと気づいたの」

 

「何のことやら?」

 

「こういうことよ、大河先生っ」

 

 いきなり俺に抱きついてくる彼女。

 今までも何回か同じようなシチュエーションがあった。

 だから、俺は特に驚く事もなかったんだが……今日はいつもと違った。

 

「香水、変えたんだ?」

 

「そうだよ、先生が好きそうな匂いでしょ?」

 

「背伸びしすぎじゃないかな。これって姉ちゃんとかが使うような匂いじゃないか」

 

 これまで、梨紅ちゃんがつけていた香水と違い、すごく大人びて見える。

 顔を近づけてくる彼女。

 潤んだ瞳がこちらを見つめている。

 

「――大河先生、私は先生が好き」

 

 それまで明確に言葉にされた事はあまりなかった。

 何ていうか、こういう告白のようなシーンもなかったはずだ。

 

「私は、ずっと先生が好きだった。もう、どうしようもないくらい」

 

「……ふ、ふーん」

 

 何だ、なぜだ、今、俺は告白をされているのだ!?

 これが彼女の言う甘え方の違いと言う奴なのか。

 

「真剣に考えてみて、欲しいな。私、先生に比べたら子供かもしれない。けれど、気持ちじゃ負けてないと思うの。先生に釣りあえるだけの女の子になるから……だから、私と付き合ってください」

 

 最後は真剣な顔を見せて俺に告白する彼女。

 それは俺を小悪魔のようにからかうでもなく、ひとりの女として俺に向き合っている。

 俺に抱きつく彼女はどこか震えているようにも感じた。

 緊張しているのか、あの梨紅ちゃんが?

 

「大河先生、私の事を子供扱いばっかりして全然進展してくれないから。こうして態度に出さないと考えてもくれないと思ったの。ねぇ、先生。私じゃダメかな?先生の初めての恋人に選んでくれないかな?」

 

「梨紅ちゃん……」

 

「歳の差は、私にとっては良い事でも、先生にとっては子供と付き合う気ないって分かってる。でもさ、私だってあと1年たてば高校生だよ?そう考えたら、今からでも付き合ってみる気ない?出来る限り、大人っぽくするから」

 

 この香水も、言われてみればいつものツインテールの髪型も大人しくまとめている。

 雰囲気が違う気がしたのは、改めて言われてみればいろいろと気がついた。

 

「……だから、考えて見るだけ考えて。お願いっ」

 

 必死な様子で俺にそう告げる彼女。

 その日、授業を終えた後も俺は複雑な心境だった。

 梨紅ちゃんが俺に好意を抱いているのは知っていた。

 子供だからと相手にしてこなかったのは俺だ。

 だけど、彼女は今度は真っすぐに俺に向かってきた。

 それを誤魔化す事はできそうにない。

 今度は答えを出す、好きか嫌いか、どちらかはっきりと出さなくちゃいけない。

 

「俺はどうすればいいんだろう?」

 

 俺は梨紅ちゃんの顔を思い浮かべながらただ悩むことしかできなかった。

 

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