第31章:姉と妹
【SIDE:桐原梨紅】
大河先生のマンションでお泊り会を実施中。
私が寝るのは美鶴さんの部屋で希美さんが普段は寝泊まりしてるんだって。
綺麗好きな彼女だけあってすごく整頓された部屋だった。
お布団を敷いてると美鶴さんが部屋に顔をのぞかせる。
「梨紅さん、お風呂の準備ができたから先に入っちゃって」
「あ、はい」
「……お風呂からあがってきたら希美と対決ね。覚悟はできてる?」
そう言われたら、この後が怖いの。
食事の時は結構仲良くなれそうな雰囲気だったんだけどな。
「希美の心へどれだけ踏み込めるか。それが梨紅さんの命運を分けるかもね」
「怖っ!?命運かけちゃうものなんですか?」
ものすごくプレッシャーを感じながら私は俯く。
「半分くらいは冗談よ。でも、あの子の大河への愛情っぷりは半端ないわよ。本当に愛しちゃってるから怖いの。そこを何とかしてあげるのが梨紅さんでしょ?大河にふさわしい子がいるってのを思い知らせれば……」
「希美さんも先生の事を諦める、と?」
「そうなるのが一番ベストだけど、希美の性格からすれば、目の前の敵を排除する方法を優先するかもしれないわ」
……それって、私の大ピンチじゃない!?
説得を失敗したら私はひどい目にあわされそう。
「まぁ、そうならないように祈ってあげる」
「祈りなどいりません。効果的な作戦をください」
「うーん。効果的ねぇ……そんなものあるかな?」
美鶴さんは腕を組んで考える素振りを見せる。
「何かないんですか?希美さんの弱点とか?これさえあれば大丈夫、みたいな?」
「さっきも言ったけど、話し合いが始まる前に希美に甘えまくってみるのは?あの子って基本的に誰かに依存している癖があるのよ。その依存癖をいい具合に利用する。梨紅さんが生き残るためにはそれしかないわ」
生き残るって、私は何と戦うんだろう。
「私もできる限り協力してあげるわ。お姉さんに任せなさい」
彼女は私の肩を軽く叩いて、自信を持って言う。
今度こそ、美鶴さんを信じてもいいのかな……?
私がお風呂に入っていると、ガサゴソと脱衣所で物音がする。
まさか大河先生がのぞきに来たの?
先生の事が好きな私もさすがにいきなりちょっと困る~っ!?
なんて慌てていると、浴室の扉が開いた。
「うわっ!?」
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
「希美さん?え?何で!?」
お風呂に入って来たのは希美さんだった。
長い髪は軽くまとめて、身体にタオルを巻いている。
「姉さんが梨紅さんと一緒に入れって言われたんです」
そんなに嫌そうな顔をされると私も困るよ。
希美さんもお姉さんの命令には逆らえないらしい。
私は希美さんの身体をジーッと直視する。
色白の肌がとても綺麗で、スタイルも抜群の美人。
服を着ていた時は分からなかったけれど胸の膨らみも、お姉さんの美鶴さんよりも大きいんじゃないかな……?
私はまだ成長途中(だと信じたい)自分のスタイルと比べて素直に凹む。
まだこれから、チャンスはまだあるはず……だもん。
「そっちに入りたいんですけど?」
「あ、うん。どうぞ」
私は既に湯船に入っていたのでシャワーを浴びるために出る。
さすがにふたりで入るにはこの湯船は小さい。
「……ふっ」
湯船から出た私を見て希美さんは鼻で笑った。
むぅっ、何かムカつく~っ!
そりゃ、私はまだ子供体系だけど自慢気に胸を強調しないでよ。
「梨紅さんって中学生でしたよね。それなら、まだこれからですよ。心配しなくても大丈夫です。多分」
「ふんっ。そりゃ、子供だけど……ちゃんと成長するんだからっ!」
微笑ましそうな笑顔を浮かべるのが憎たらしい。
希美さんってばホントに裏面は性格悪いなぁ……。
私は何か言い返そうとするけれど、あることを思い出す。
『いまのうちに希美に甘えておきなさい』
美鶴さんがわざわざそう言ったからには理由があるはず。
勝ち目のない戦いを挑む前に出来る事をしてみよう。
「希美さんって本当に綺麗だよねぇ」
「……え?」
「肌なんてものすっごくまっ白で綺麗その肌を保つのって大変じゃない?日に焼けたら痛そう」
とりあえず、彼女を褒めてみることにした。
人間っていうのは褒められて嫌な思いをする人はほとんどいないもん。
私に褒められるのが意外だったのか、希美さんは落着かない様子だった。
「その白い肌って生まれつきなの?」
「えぇ。色素が薄いのは生まれつきですよ。あまり日差しを浴びないように、とか苦労して保っています。紫外線に弱いっていうのもあるんですけどね。少し太陽にあたっても赤くなったりして、夏場は大変なんです」
希美さんって本当に驚くほどの色白で美肌で、羨ましいと素直に思える
「長髪の黒髪も手入れとか面倒そう。触ってみてもいい?」
「……ひっぱっらないでくださいよ?」
「そんなことはしないので安心して。うわっ、この髪質もいいなぁ。染めてもいないからすごくサラサラだ」
「維持するのは大変ですけど、慣れていますから」
綺麗な黒髪って私の憧れでもあるんだよねぇ。
とりあえず、褒めてみる作戦は何とか成功らしい。
先ほどまでの喧嘩腰と言うか、戦闘モードは解除してくれた。
彼女は湯船につかりながら私の事も褒めてくれる。
「……梨紅さんは小さくて可愛いですね」
それって褒められているのかな。
……ていうか、どこを見て小さいって言った?
髪を洗うためにシャワーを浴びているとふと背後に気配を感じる。
「梨紅さん、少しジッとしていてください」
いきなり希美さんが私の髪を撫でるように洗い始める。
私の髪をシャンプーの泡が包み込んでいく。
「梨紅さんの髪も、よく手入れされていて痛みもほとんどありませんね」
希美さんが私の髪を洗ってくれるのを私は黙って受け入れる。
美容室で洗ってくれるみたいに、人にされるのって何だか不思議な感じがするの。
「普段はツーテイルに結んでいますけど、髪を下ろした梨紅さんもいいですよ」
「ストレートは苦手なんだ。希美さんみたいに似合わないから」
人に向く髪型って言うのはあると思う。
私にストレート系の髪型は似合わない、と勝手に思い込んでいるから普段はツインテールにすることが多い。
人前ではほとんど髪を下ろした状態は見せないもの。
「……昔、姉さんによく髪を洗っていてもらったんです」
「それだけ長いと洗うのも大変そう」
「えぇ。お互いによく洗い合いをしたりしてました。でも、一緒にお風呂に入らなくなってからはこうする事もなくて……すごく久しぶりですね。懐かしくてついしちゃいました」
ふと、私は希美さんの甘え癖っていうのは寂しがりやさんなんじゃないかって感じたの。
先生に依存するのも、大好きだからという理由以外に何かあるんじゃないか。
希美さんは本当は優しい性格なんだから、そちらともっと付き合いたい。
私はシャンプーの泡を流し終わると、希美さんに言う。
「希美さん、今度は貴方の番だよ」
「私、ですか……?」
「そう。私もしてみたいって思ったの。いいでしょ?」
誰かの髪を洗う事もした事がない。
姉妹がいればきっと普通にしてたことかもしれない。
私もそういうのをしてみたいと思ったの。
「それじゃ、お願いします……」
希美さんは小さく呟くと、私の行動を受け入れる。
彼女の髪に触れながら、お互いに雑談を交わしあいながら洗いあう。
私にお姉ちゃんがいたらきっとこんな感じなんだろう。
「……ふふっ。お姉ちゃんみたい」
口から自然に出た言葉。
希美さんは驚いた口調で告げる。
「お姉さん、ですか?」
「うん。希美さんって、優しくて温かくてお姉ちゃんみたいだなって」
私は彼女の肩に触れて、出来る限り甘えるように抱きついてみる。
「こういう感情、今まで抱いたことがなくて……困ります」
希美さんは戸惑いながらも静かに瞳を瞑りながら、
「でも、悪くありませんね。人に甘えられると言う事も……――」
姉と妹。
今の私達を傍目に見ればきっとそう見えるに違いない。
わずかな間だけど、ほんの少しでも私達は分かりあえた気がするの。
お風呂から上がった私達はそれぞれ気持ちを引き締める。
分かりあう事ができたとしても譲れない想いがふたりにはある。
希美さんには先生の事を諦めてもらう。
兄妹なんだから、本当の関係に戻るのが一番なんだって。
何としても説得してみせるわ。
嵐の前触れのように穏やかだった時間は過ぎさる。
そして、始まる……荒れ狂う嵐の夜が静かに始まった――。