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89 第6章:決着(エピローグ)

第5節:ラスト(引き)


秋の深まりを感じさせる夜風が、郊外の平屋の屋根を優しく撫でて過ぎ去っていく。


窓の外には、都会の喧騒とは無縁の静かな星空が広がっていた。かつて東京・港区の超高層タワーマンションのペントハウスで繰り広げられた、絶望と狂気と血塗られた復讐劇――。政財界の暗黒のフィクサー・黒木宗一郎と、実の母親であり毒婦であった愛華への完全なる引導、そして神条や陣内、陸斗らハイエナたちの自滅と実刑判決。


前世の俺(佐藤一真)の命を奪い、尊厳を踏みにじり、その知的財産を貪ろうとした悪魔たちは、一人残らず自らの蒔いた種によって破滅し、冷たく暗い鉄格子の奥へと消え去った。


前世の無念は晴らされ、遺された特許権は世界中の若き技術者や恵まれない子供たちを守るための健全な基金へと生まれ変わった。そして、血の呪縛を自らの手で断ち切った俺は今、心から愛してくれる養父母のもとで、あたたかで平穏な「二度目の人生」を歩んでいた。


……だが、闇はそう簡単に俺を解放してはくれなかった。


「……フッ」


静まり返った子供部屋の中、カスタマイズされた小型ノートPCの青白い液晶の光が、俺の小さな顔を浮かび上がらせていた。


画面に刻まれていたのは、世界中のダークウェブを裏で支配する国際サイバーカルテル《オメガ》からの、冷酷な宣戦布告――。


『―死んだはずの天才エンジニア・佐藤一真、あるいはそのコードを継ぐ者へ。黒木を倒したその力、試させてもらう』


敵は、黒木宗一郎が失脚直前まで隠し持っていた「不完全な特許データ」と、裏社会の莫大な資金を背景に、俺の遺したAIインフラ技術を攻撃型サイバー兵器へと書き換えようとしていた。そして、その完全稼働に必要な「真のマスターキー」が日本のどこかに潜んでいることを確信し、すでに新たな爪を伸ばし始めていたのだ。


普通であれば、数歳の幼子にすぎない肉体で世界規模の暗黒組織から命を狙われていると知れば、絶望に震え上がるだろう。


しかし、俺の胸の奥で湧き上がっていたのは、恐怖などではなかった。


それは、前世で「技術の限界」に挑み続け、そして今や数千億の暗黒の帝国を一人で粉砕してみせた天才エンジニアとしての、静かで圧倒的な胸の高鳴りだった。


「……俺の正体を察知し、この秘匿端末へ直接メッセージを叩き込んできたことだけは、褒めてやるよ」


俺は小さな唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべた。


小さな指先が、大人用のキーボードの上で滑らかに舞う。


『カタカタカタ、カタッ――』


俺は画面上に残されていた《オメガ》の痕跡データと、相手が送り込んできた多重暗号化パケットのログを、一瞬にして自作の解析アルゴリズム『ヴァルキリー・コア』へと放り込んだ。


相手が仕掛けてきた「プロトタイプ試練」の攻撃ベクトル。

世界中の金融機関や国防ネットワークへ潜入するために改変された、俺の特許アルゴリズムの歪んだコード構造。

そして、通信の奥深くに隠されていた、相手のプライベート・バックボーン・サーバーの階層構造――。


画面上で、相手のコードが細かく分解され、その弱点と脆弱性が緑色の文字列となって一目瞭然に暴かれていく。


「どんなに高度な量子暗号を使おうが、どんなに多段のプロキシで世界中にサーバーを散らそうが……無駄だ。そのプログラムの根本にある『骨組み』を作ったのは、他でもないこの俺なんだからな」


前世で俺が命を削り、深夜のオフィスで血の滲むような思考の果てに書き上げた分散型AIコア。

それは世界を守るための最強の防壁であり、同時に、悪用しようとする愚か者たちを根底から破滅させるための「絶対的な鍵」でもあった。


どれほど書き換えようと、どれほど悪質なバックドアを仕込もうと、俺の頭脳を通せば、相手の意図も、攻撃の経路も、すべてが手のひらの上の戯れに過ぎない。


『キー入力を確認:LOG_DELETE_AND_COUNTER_TRACE_EXECUTE』


俺は幼い手で、エンターキーを静かに、そして力強く叩き込んだ。


『カチッ』


瞬間、画面上に表示されていた《オメガ》からの挑戦状メッセージ、そして相手が残していった不気味な暗号化痕跡のすべてが、一瞬でゼロへと書き換えられ、跡形もなく消去(消滅)された。


同時に、俺の端末から相手の海外指定サーバーへ向けて、目に見えない「サイバー追跡の楔(トラッカー)」が、光の速さで静かに撃ち出された。相手は俺からの通信を遮断したと思い込んでいるだろうが、今や彼らのネットワークの最深部には、俺の「目」が完全に潜み込んでいる。


液晶画面が暗転し、部屋の中に静かな闇が戻ってきた。


俺はノートPCの画面をゆっくりと閉じ、小さな学習机の奥深くに隠されたシークレット・スペースへと押し込んだ。


「――いいだろう。誰が相手になろうと、俺のコードとこの頭脳からは逃げられない」


暗闇の中で呟いたその声には、かつて毒殺され、無念の中で命を散らした弱々しい佐藤一真の影はもう存在しなかった。


前世の仇敵たちを地獄へ叩き落とし、血の因縁と過酷な復讐劇を完結させた少年。

彼は今、この幼い肉体と圧倒的な頭脳を武器に、自分を愛してくれる新しい家族と平穏な日常を守るため、今度は世界を舞台にした新たなサイバー戦術の闇へと立ち向かう準備を完全に整えたのだ。


「宗真ー? もうパジャマに着替えたかしら? お布団に入りましょうね」


廊下から、トントンと優しくドアを叩く音とともに、養母の温かな声が聞こえてきた。


「はーい! お母さん、今ベッドに入るところだよ!」


俺は一瞬で「不敵な天才エンジニア」の仮面を脱ぎ捨て、無呼吸のように自然な「愛らしい子供」の表情と声へと切り替えた。


パジャマの袖を整え、ふかふかの布団へと潜り込む。

扉が静かに開き、養母が優しく部屋に入ってきて、俺の小さな額にそっと手を当ててくれた。


「今日も一日、元気に過ごせてえらかったわね。良い夢を見てね、一真」

「うん、おやすみなさい、お母さん」


部屋の電気が消され、ドアが静かに閉ざされる。


あたたかな布団の中で、俺は目を閉じ、静かに深呼吸をした。

窓の外で囁く秋の風の音が、これから始まる新たな時代の戦いと、どこまでも広がる自由な未来を祝福するように、優しく部屋の中に満ちていた。


― 転生した小さな技術者の物語は、平和を守るための「真の戦い」へと、静かに受け継がれていく。



【第3巻・完/『転生したら妻の子 ~なぜか父親は俺じゃない~』完結】

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

本作はこれにて【全89話(全3巻相当)】完結となります。


【企業・編集者の皆様へ】

本作は全編完結済みとなっており、今後の展開や結末までの構成が確定しております。

書籍化・コミカライズ(Webtoon含む)・メディア化等のご相談やご打診がございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。


■ お問い合わせ先

・X(旧Twitter)DM:https://x.com/xiaomimasato

・メールアドレス:xiaomi.masato@gmail.com

※条件や調整(コミカライズに伴う設定変更や展開の調整等)につきましても柔軟に対応可能です。


読者の皆様、これまで温かい応援やブックマークを本当にありがとうございました!

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