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86 第6章:決着(エピローグ)

第2節:黒木グループの残党


日本の司法と行政を根底から揺るがした「黒木グループ解体」と「天才エンジニア毒殺事件」の判決が下ってから、数年の月日が流れた。


政財界の暗黒のフィクサーとして数十年にわたり君臨し、他人の生命も知的財産も己の欲望のために弄んできた黒木宗一郎。そして、己の美貌と身勝手な欲望で前世の俺(一真)を毒殺した毒婦・愛華。彼らは無期懲役の判決を受け、冷たい鉄格子の奥で一生涯を過ごす身となった。彼らの築き上げた表面上の巨大帝国は完全に崩壊し、国内における裏金口座や不当な権利はすべて没収され、前世の俺の技術を護るための社会福祉基金へと還元された。


世間にとって、この凄惨で醜悪な事件は「幕引き」を迎えたかのように見えていた。


しかし――。


自室の小さな学習机の前で、カスタムノートPCの液晶画面を見つめる俺(一真)の瞳には、一切の油断も甘さも浮かんではいなかった。


小さな指先が、大人用のキーボードの上を静かに、かつ神業のような速度で叩き続けられる。


『カタカタカタッ、カタッ――』


画面上に流れているのは、日本のニュース番組や一般のインターネットでは絶対にアクセスすることのできない、暗号化通信の最深部――ダークウェブ(闇回線)のログデータであった。


黒木宗一郎という男は、単に日本の政財界に裏金を撒き散らしていただけの古典的な黒幕ではなかった。彼は、前世の俺から奪い取ろうとした次世代AIインフラ特許を狙う以前から、世界規模でのサイバー犯罪、非合法な兵器取引、そして国際的な資金洗浄(マネーロンダリング)のシステムを地球規模で張り巡らせていた「国際暗黒組織のハブ(中継点)」でもあったのだ。


日本の検察特捜部や警察庁が押収し、解明できたのは、あくまで黒木が国内で管理していた「表層の資産と組織」に過ぎなかった。


「……やはりな。あの土壇場で黒木が見せていた、あの狂信的なまでの余裕……あれはハッタリだけじゃなかったというわけだ」


俺は小さな唇を噛み締め、画面に表示された複雑なブロックチェーンの分散ネットワークのノード図を睨みつけた。


画面の奥深く、いくつもの海外ダミー会社と複数の暗号資産(仮想通貨)ミックスサービスを経由して、今なお毎月のように巨額の暗号資産が自動で送受信され続けている「死者の口座(デッドマンズ・ウォレット)」が存在していた。


それこそが、黒木宗一郎が収監される直前に仕込んでいた、最大の隠し資産であり――彼が世界中に張り巡らせていた『黒木グループ・海外暗黒ネットワーク』の残党たちの存在を示す動かぬ証拠であった。


黒木が失脚し、日本の警察の手が及ばないのをいいことに、ヨーロッパや東南アジア、そして北米の暗黒街に潜む海外の国際サイバー犯罪組織や軍事コンサルタント、違法データブローカーたちが、黒木の遺した「裏の遺産」をめぐって静かに動き始めていたのだ。


彼らの目的は明確だった。


黒木が死守しようとし、そして前世の俺が「佐藤一真記念基金」へと無事に奪還した、あの『次世代AIインフラ基幹特許』の真の基幹データ――その暗号化を解除するための「真のマスターキー」を探し出すこと。


彼らは、黒木が日本のペントハウスで逮捕される直前、自分たちの海外サーバーへ向けて「特許の不完全なバックアップデータ」を送信していたことを知っていた。そして、その不完全なデータを完成させ、世界中の金融機関や軍事ネットワークを掌握できる「最凶の兵器」へと変貌させるためには、開発者である佐藤一真が遺した「真のマスターコード」が必要不可欠であると結論付けていたのだ。


『警告:海外IPアドレス(プロキシ経由)からの不正なデータマイニングを検知。対象ノード:佐藤一真記念基金・第3暗号データベース』


画面に表示された鮮烈な赤い警告表示(アラート)を見て、俺の瞳に冷徹なエンジニアとしての光が宿った。


(……黒木の残党どもめ。国内の害虫どもを掃除し終えたと思ったら、今度は海外のハイエナどもが俺の遺産に群がり始めたか)


黒木という巨大な巨木が倒れたことで、彼が抑え込んでいた海外の暗黒ネットワークの怪物たちが、解き放たれたように牙を剥き始めていた。


彼らはまだ、自分たちの探している「佐藤一真のマスターコード」が、日本の長閑な地方の民家で、養父母に愛されながらすくすくと育っている数歳の幼児の脳内に完全な形で存在していることなど、夢にも思っていないだろう。


だが、彼らが資金洗浄を繰り返し、日本の基金のサーバーへ向けてサイバー攻撃を仕掛けてきている以上、この平和な日常がいつ脅かされるかわからない。


「……宗真? どうしたの? お部屋で静かにパソコンのゲームでもしているの?」


リビングから、温かいおやつを用意してくれた養母の優しい声が聞こえてきた。


「あ、ううん! お母さん、今行くよ!」


俺は一瞬で表情を「無邪気な子供」へと切り替え、キーボードのショートカットキーを押し込み、専用PCの画面を瞬時に子供向けの絵描ソフトへと切り替えた。そして、秘密の暗号化ドライブをロックし、学習机から滑らかに飛び降りた。


俺がこの新しい人生で手に入れた、心から愛してくれる両親と、温かく平穏な日常。

前世の泥沼の苦しみと復讐劇の末に、ようやく辿り着いたこのかけがえのない幸福を、海外の泥棒どもや黒木の残党ごときに踏みにじらせるつもりは毛頭なかった。


(黒木宗一郎……お前が地獄へ落ちてもなお残した悪意の遺物、俺がこの手で完全に根絶やしにしてやる)


ドアノブに手をかけながら、俺は心の中で冷酷に呟いた。


国内での「復讐劇」は、黒木たちの自滅と逮捕によって決着を迎えた。

しかし、俺が前世で生み出した圧倒的な技術と、この小さな体に宿る天才的な知性を狙う者たちが世界に存在する限り、俺の「平和を守るための戦い」は終わらない。


小さな少女や少年のフリをしながら、裏の世界で世界の暗黒組織と頭脳戦を繰り広げる――。


新たな脅威の足音が、静かに、しかし確実に出撃の時を告げようとしていた。

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