82 第5章:因果(残された者たち)
第3節:散り散りのハイエナたち
港区の超高層タワーマンションの最上階ペントハウス。
かつて黒木宗一郎と愛華が巨大な権力と膨大な富を誇示し、前世の佐藤一真を冷酷に追い詰めて毒殺した「悪魔の要塞」は、警察の捜査と押収作業を経て、いまや人の気配すらない静寂に包まれていた。
リビングルームの壁面に設置された巨大な超薄型ディスプレイには、全国ネットの報道番組が映し出されている。
キャスターの重々しい声が、黒木グループの崩壊と、政財界を揺るがした巨大毒殺・経済犯罪事件の「全容解明」を連日報じ続けていた。
しかし、その報道の中でとりわけ世間の目を引き、SNSやネットニュースのトレンドを独占していたのは、巨大な黒幕である黒木と愛華の逮捕劇だけではなかった。
かつて一真の才能と命を「格好の餌」として群がり、その利権を食い荒らそうとしていた三人の男たち――弁護士の神条、役員の陣内、そしてパーソナルトレーナーの陸斗。
一真が「小さな復讐者」として裏から仕掛けた情報工作と心理戦によって、お互いへの猜疑心から勝手に自滅していったハイエナたちの「あまりにも惨めで惨酷な末路」が、裁判の経過とともに次々と明らかになっていたのだった。
テレビ画面のテロップが切り替わり、第一のハイエナの判決速報が大きく映し出された。
『元・大手企業法務弁護士・神条被告に実刑判決――懲役10年の厳罰』
法曹界の裏で暗躍し、どんな悪事も法的な網の目を抜けて揉み消してきたと自負していた弁護士・神条。
彼は、一真がハッキング端末を通じて彼の所属事務所や関係各所、警察の匿名窓口へと一斉送信した「過去の裏金工作」「不正蓄財データ」そして「愛華との不倫・共謀記録」によって、足元をすくい取られていた。
神条はパニックに陥り、共犯関係から逃げ出そうと試みたが、一真が事前にセットしていた「国税庁および弁護士会への自動告発プログラム」が作動。彼が海外のダックスヘイブンに隠していた数十億円の不正資産は一瞬にして差し押さえられ、弁護士資格は即座に永久剥奪された。
さらに、彼が過去に手がけてきた数々の「権力者のための証拠隠滅」や「不法な権利奪還」の裏取引がすべて公に晒されたことで、かつて彼が味方だと思っていた裏社会の顧客たちからも一斉に切り捨てられ、身の危険を感じながら警察へと泣きつくように自首する羽目となったのだ。
画面に映し出された神条の姿は、かつて仕立ての良い高級スーツを着こなし、他者を見下していた弁護士の面影など微塵もなかった。
裁判所の証言台に立った彼は、髪はボサボサに乱れ、かつての威厳は完全に失われ、ただ己の保身のためだけに「自分も愛華と黒木に脅されていた被害者だ」と惨めに見苦しい主張を繰り返していた。だが、一真が暴露した動かぬ証拠の山を前にして、その弁明は一蹴された。
弁護士資格剥奪、全財産の没収、巨額の賠償金請求による「破産」、そして懲役10年という重い実刑判決――。
知性を悪用して他人の人生を弄んできた法曹界のハイエナは、一生消えることのない犯罪者の烙印を押され、寒々と冷たい刑務所の壁の内側へと送られていった。
続いて、画面には第二のハイエナのニュースが流された。
『サイバー・ノクシリア元役員・陣内被告、背任・インサイダー取引および殺人幇助で有罪決定』
一真が前世で所属していた会社の役員であり、一真に過酷な労働と不当な圧力をかけ続け、過労死(実際は毒殺)へと追い詰める社内環境を作り上げた元凶・陣内。
陣内は自分こそが会社の実権を握り、黒木グループの傘下で新たな経営陣として君臨できると信じ込んでいた。だが、一真が社内データベースのバックドアから流出させた「極秘データの不正売却メモ」と「インサイダー取引の全記録」によって、彼の立場は一晩にして反転した。
取締役会からは即座に解任・追放され、会社からは数百億円規模の損害賠償請求訴訟を起こされた。さらに、黒木や愛華に「捨て駒」として切り捨てられたことを知った陣内は、激しい怒りと恐怖から精神的に追い詰められ、自暴自棄となって黒木グループの社屋や愛華のタワーマンション周辺で奇行を繰り返すようになった。
最終的に、警察に逮捕された陣内を待っていたのは、社会的地位の喪失と、自己破産という現実だった。
テレビに映し出された判決後の陣内の映像。彼は警察車両の窓から顔を背け、手錠をかけられた両手で必死に顔を隠そうとしていたが、その爪は恐怖で激しく震えていた。
彼が長年かけて築き上げた会社での地位、役員報酬、マイホーム、そして家族すらもすべてが一瞬にして彼のもとから去っていった。
「俺は……俺はただ、上からの指示に従っただけだ……! 陣内という男は……何も悪くない……っ!」
護送車に押し込まれる間際、彼が叫んだその見苦しい自己弁護の声は、集まった報道陣の冷ややかな嘲笑の中に掻き消された。
他人の成果を横取りし、人の命を使い捨ての道具として扱ってきた男は、自らが最も恐れていた「社会的抹殺と破産」という地獄の底へと、突き落とされたのだ。
そして、最後画面に映し出されたのは、第三のハイエナの醜態だった。
『暴行、恐喝未遂、迷惑防止条例違反等で逮捕の陸斗被告、懲役3年の実刑』
愛華に暴力を振るい、SNSやライフ配信で、世間の目を黒木たちの巨大な経済犯罪から逸らすための「囮」として利用されていたパーソナルトレーナーの男・陸斗。
陸斗は最後まで、自分が愛華にとって「一番特別な男」であり、彼女の愛と莫大な遺産を独占できると思い込んでいた。しかし、一真ネットへの公開処刑によって、彼の歪んだ自尊心と暴力性は完全に暴走した。
愛華に捨てられたことを悟った陸斗は、暴力を振るうという大事件を引き起こした。その場で現行犯逮捕された彼は、取り調べの段階で自分が最初から黒木と愛華の計画のための「見栄えの良い小道具」に過ぎなかったという事実を突きつけられ、警察の取調室で大声を上げて泣き叫んだという。
ニュース画面に映し出された陸斗の顔は、暴力的な威圧感など見る影もなく、腫れ上がった目と引き攣った唇で、ただただ惨めに歪んでいた。
裁判では、過去の余罪や今回の凶悪な暴行行為が重く考慮され、猶予なしの実刑判決が下された。
彼が手に入れようとした愛華の美貌も、タワーマンションでの贅沢な暮らしも、すべては最初から存在しない「幻影」であり、残されたのは刑務所の冷たい床と、一生消えることのない惨めな敗北感だけであった。
「……ふっ。見事なまでに、全員が自らの欲望によって自滅したな」
ペントハウスの静寂の中、ベビーベッドのシーツの上に立ち上がった赤ん坊――佐藤一真の転生体は、テレビ画面に映し出される三人の末路を、冷徹なまでの眼光で見つめていた。
神条、陣内、陸斗。
彼らは自分たちが一番賢く、他人の命と成果を効率よく食い荒らす「捕食者」であると信じて疑わなかった。だが、その実体は、前世の一真という天才エンジニアが遺した知性と、赤ん坊として蘇った一真の「復讐のシナリオ」の上で踊らされていた、ただの「散り散りのハイエナたち」に過ぎなかったのだ。
一真が自ら手を下して殺害するなどという野蛮な手段を使う必要すら無かった。
彼らの内側にある強欲、保身、嫉妬、そして他人への蔑視――それらの醜い感情にほんの少しの「真実の引き金」を引いてやるだけで、彼らは勝手に互いを疑い、互いの足を引っ張り合い、泥沼の底へと自落していった。
神条の破産と実刑。
陣内の解任と社会的抹殺。
陸斗の狂気と収監。
そして、その頂点にいた黒木と愛華の無期懲役と精神崩壊。
前世の佐藤一真という男の命と尊厳を踏みにじり、その成果を横取りしようとした者たち全員に対して、何一つとして漏れのない、「因果応報の鉄槌」が下されたことが、ここに完全に証明されたのだった。
赤ん坊の小さな胸の中で、前世の激しい怨念の炎は、静かに、そして誇らしく鎮まり、透き通るような達成感へと変わっていった。
ニュース番組の映像が次のトピックスへと切り替わり、ペントハウスの画面が静かに暗転する。
過去の因縁と、俺を苦しめ続けた悪魔たちは、すべて去った。
ここから先は、もう過去の復讐に囚われる時間ではない。
奪われたすべてを取り戻し、敵を地獄へ叩き落とした「小さな復讐者」は、新しく与えられたこの肉体と未来に向かって、静かにその一歩を踏み出す時を迎えていた。




