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67 第2章:冷血の対価(一真毒殺と過去回想の裏側)

第2節:スピーカーフォンの冷笑


すべては、この女が最初から黒木宗一郎のスパイとして、自分の傍らに潜り込んでいたからだったのだ。

数週間前から微量ずつ、しかし確実に致死量の毒物が、愛華の手によって毎日のスープや飲み物に混ぜ込まれていた。その毒は体内の臓器と神経系を徐々に破壊し、病院での診断結果や死亡診断書さえも「過労による病死」として処理されるよう計算し尽くされたものだった。


自分の命が奪われ、魂の結晶である特許が目の前で敵の手に落ちていく。そのすべてが、電話の向こうの黒木と、目の前の愛華によって冷徹に演出された劇のワンシーンに過ぎなかったという現実。


愛華はスピーカーフォンの向こうの黒木に向かって、うっとりとした、まるで愛しい恋人に語りかけるような甘い声で応じた。

「黒木様、すべて計画通りに進行いたしました。佐藤一真の持つ特許の最終暗号化キー、およびバックドアへのアクセス権は、すべてこちらの端末にダウンロード完了しています。……これで、障害物は完全に排除されましたわ」


『よくやった。これで我が帝国の盤石さは永遠のものとなる。お前も、すぐにこちらの世界へ合流しろ』


「はい……! 黒木様、お待ちしております……!」


通話がプツリと切れ、静まり返った病室。

愛華は満足げに息をつくと、冷酷な目で床に横たわる一真を見下ろし、嘲笑うように呟いた。

「お疲れ様、一真さん。あなたの人生、本当に退屈で使い勝手の良いものだったわ。……おやすみ」


心電図のモニターが一本の冷たい直線を描いて完全に沈黙した。


この冷酷な殺人劇の裏側には、黒木が周到に準備した「裏工作のスキーム」が存在していた。

一真の死が「他殺」ではなく「過労による自然死・病死」として処理されるよう、黒木はあらかじめ三人の男たちをそれぞれの持ち場で機能させていたのだ。


法的な防壁を固めていたのは、弁護士の神条だった。

神条は、一真が遺すであろう生命保険金、不動産、そして特許の相続権に関するすべての契約書や遺言書のドラフトを、愛華がスムーズに受け取れるよう裏で巧妙に調整していた。もし病院や警察から不審な目が向けられたとしても、神条が持つ法的な網と政財界への根回しによって、すべての疑惑は未然に揉み消される仕組みになっていた。


企業の内部でプレッシャーをかけ続けていたのは、役員の陣内だった。

陣内は、一真を過労死寸前の過酷な労働環境に長期間釘付けにし、毎日のように無理な納期と膨大なタスクを課すことで、「佐藤一真は過重労働によって精神的・肉体的に追い詰められて死亡した」という社内実績(アリバイ)を作り上げていた。陣内自身は「自分が会社の実権を握る」と錯覚させられていたが、実際には一真の死を「会社の過失および過労死」に見せかけるための最も分かりやすい身代わりとして利用されていたに過ぎなかった。


そして、世間の目をミスリードしていたのは、陸斗の存在だった。

陸斗が愛華の周囲で暴れ回り、ストーカー的なトラブルや男女間のいざこざを引き起こすことで、警察やメディアの関心は「若妻を巡るドロドロとした愛憎劇や個人的なトラブル」へと誘導された。その結果、裏で動いていた数百億円規模の特許権の国外流出や、黒木グループによる巨大な資金洗浄プロジェクトから世間の視線は逸らされることになったのである。


法律、企業、そして世論のすべてが、黒木と愛華の犯罪を隠蔽するための巨大なカモフラージュとして機能していた。

一真の死は、偶然の病死などではなく、政財界の暗黒のフィクサーと毒婦が、数ヶ月をかけてあらゆる歯車を噛み合わせて完遂させた、血塗られた「必然の完全犯罪」だったのだ。


だが――。

その閉ざされたはずの完全犯罪のスキームは、まさに彼らが最も軽視し、「ただの赤ん坊」「使い捨ての器」として甘く見ていた存在によって、音を立てて内側から崩壊しようとしていた。


病室の床で冷たく息絶えた一真の魂は、消え去るどころか、新しく産声を上げる赤ん坊の肉体に宿り、すべての記憶と復讐の炎を抱いたまま、黒木と愛華の前に再び舞い戻った。


スピーカーフォン越しに冷笑を浴びせたあの夜の代償を、彼らにたっぷりと支払わせる瞬間が、いま静かに、しかし確実に迫りつつあった。

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