58 第6章:決着(対決へのカウントダウン)
第3節:赤ん坊の武器調達
港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルーム。
前世の俺(佐藤一真)を毒殺し、数百億円規模の基幹特許を掠め取った真の仇敵・黒木宗一郎。そして、俺の肉体の生物学上の父親が他でもないその黒木であり、俺自身が「父殺し」の宿命を背負った復讐の兵器として再誕したという歪んだ絶対的真実。
明後日の深夜、特許権の国外不正流出および巨額資金洗浄の最終決済を完遂させ、我が子(俺)と愛華を回収するために自らこのペントハウスへと足を運んでくる黒木を迎え撃つべく、俺はベビーベッドの特等席で最終決戦に向けた「武装」を開始していた。
生後間もない赤ん坊の肉体。首もまだすわりきらず、自力で歩くことすらできず、声を出せばただの甲高い赤ん坊の泣き声にしかならない無力な存在。
普通ならば、大人の男一人に対して抵抗することすら不可能な条件だ。
だが、現代のテクノロジーと、前世で培ったトップエンジニアとしての全頭脳、そしてこのスマートホーム化された現代の最新鋭ペントハウスそのものが、俺にとっての「最強の兵器庫」だった。
(……黒木。お前は自分が世界最高のセキュリティと政財界の権力で守られていると思っているだろうが、この密室の中においてはお前の権力など何の意味もなさない)
俺はシーツの奥深くに隠された小型ハッキング端末(改変された基板と通信モジュール)を小さな指先で操作し、このペントハウス全体を支配するスマートホーム・システム「IoTセントラル・ハブ」の管理ルート権限(root権限)を奪取した。
まず着手したのは、「完全なる密室化と環境制御システムの兵器化」だ。
このタワーマンションの最上階ペントハウスは、最新型の電子ロック、防音シャッター、そして気密性の高い空気清浄・空調システムを備えている。
俺はスマートホームのシステム内部に極秘の制御スクリプト(オーバーライド・プログラム)を書き込んだ。
黒木がこの部屋に足を踏み入れ、電子ロックが施錠された瞬間――俺の端末からのワンタップ、あるいは音声認識のトリガーによって、玄関ドアおよびプライベート・エレベーターのアクセス権限は即座に永久ロック(緊急施錠)される。
窓の電動防音シャッターがすべて下り、外部への電波は室内設置のWi-Fiジャマーと電磁波遮断フィルターによって遮断。さらに空調システムを逆循環させ、室内の酸素濃度や気圧を微調整できる「完全脱出不能のデジタル監獄」へと、この優雅なリビングを一瞬で変貌させる環境を整えた。
次に整えたのは、「多角的な生体・音声・映像記録システム(防犯カメラ群のバックドア構築)」である。
部屋の各所に配置されたペットカメラ、見守りベビーモニター、スマートTV内蔵カメラ、そして壁面の防犯センサー。
俺はこれらすべてのカメラのファームウェアを書き換え、画角の死角をゼロにした。
ただ映像を記録するだけではない。黒木の表情の微細な変化から動脈の脈拍を計測する「非接触バイタルセンサー機能」と、声の周波数から感情の変化や嘘をリアルタイムで解析する「音声ストレスアナライザー」をバックグラウンドで起動させた。
黒木がどれほどポーカーフェイスを気取り、政財界のフィクサーとして冷徹に振る舞おうとも、彼が発する一言一言、動揺の微細なサインのすべてが高画質・高音質データとして、リアルタイムで世界中の複数のクラウドストレージおよびサイバー犯罪対策課のサーバーへ分散バックアップされる仕組みだ。
そして――最も重要な「物理的・遺伝子的な絶対的証拠の調達」である。
「……あ、あった……」
俺は小さな足先を器用に動かし、ベビーベッドの脇の棚の引き出しをわずかに押し開けさせた。
先日、愛華が俺のDNA鑑定を行うために取り寄せ、予備として保管してあった「医療用高精度DNA採取キット(滅菌綿棒および密封保存カートリッジ)」。
黒木がこの部屋にやってきた際、彼が口にしたグラス、あるいは彼が触れたものからDNAを採取し、事前にハッキングしてある登録検査機関のデータベースへとダイレクトに照合データを転送する自動照合プロトコルを構築した。
黒木宗一郎と俺の「父子関係確率99.99999%」という絶対的真実、そして彼が愛華と共謀して前世の俺(一真)を毒殺し、特許を奪い取ったという事実を、法的にぐうの音も出ないレベルで証明するための「決定的遺伝子証拠」の自動提出ルートを完成させたのだ。
(最後に……最大のメインディッシュだ)
俺のハッキング端末の画面上で、緑色のコンソールラインが高速で流れていく。
前世の俺が開発し、黒木が奪い取ってスイスの巨額ファンドへ極秘裏に売却しようとしている「分散型暗号処理特許」。
黒木は自社サーバー内に構築した決済システム「Project-ZERO」を用いて、明後日の深夜に数百億円の不正送金と権利移転を同時に行おうとしている。
俺はその決済システムのコアアルゴリズムの中に、前世の設計者しか知り得ない極秘のバックドアを埋め込んだ。
黒木が自らの手で決済の「最終承認(ENTER)」を押したその瞬間、資金はスイスの口座ではなく、国際金融警察(FATF)および国税庁の不正資金凍結用特別口座へと強制リダイレクトされる。
同時に、彼が過去数年間にわたって行ってきた政財界への裏金工作、インサイダー取引、そして前世の俺に対する殺人教唆の全記録が、日本中の報道機関と検察庁のメインサーバーへ一斉に自動送信される「デッドマンズ・スイッチ(死人のスイッチ)」を完成させたのだ。
「フフ……宗真ちゃん、良い子ね……もう少しで、私と一緒に天国へ行けるのよ……」
ソファの上で浅い眠りから覚めた愛華が、狂気じみた笑みを浮かべながら、ベッドの中の俺に優しく声をかけてくる。
彼女は自分が黒木と一緒に栄華の頂点へ登り詰めることしか頭になく、足元のベビーベッドの中に「自らを地獄へと引きずり下ろす超高度なサイバー兵器」が静かに構築されていることなど、夢にも思っていない。
(ああ、良い子にしているさ……愛華。お前と黒木が、最高の絶望を味わうその瞬間までな)
スマートホーム、超高画質防犯カメラ、DNA自動照合システム、そして特許決済のキル・スイッチ。
現代テクノロジーの粋を総動員した赤ん坊の「武器調達」は、ここに完璧な完了をみた。
我が子との対面と数百億の富を夢見て、誇らしげにこのペントハウスの扉を叩く黒木宗一郎を待つのは、温かい家族の抱擁ではない。
すべてが計算し尽くされた、完璧なる「公開処刑の罠」である。
決戦の深夜まで、あとわずか。
ベビーベッドの中の小さな復讐者は、静かに、そして牙を研ぎ澄ませて、実父・黒木宗一郎との最終対決の瞬間を待ち受けていた。




