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57 第6章:決着(対決へのカウントダウン)

第2節:実父 vs 前世の自分(赤ん坊)


港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルーム。


窓の外に広がる港区の夜景は、幾千の光を散りばめて静かに煌めいている。

神条、陣内、陸斗――前世の俺(佐藤一真)の遺産と命を狙い、愛華と蠢いていた三人の男たちが社会的な死を遂げて去ったこの密室は、かつてないほど冷たく重苦しい静寂に満たされていた。


ソファで微かな息立てて眠る愛華の横顔を見つめながら、俺はベビーベッドの冷たいシーツの上で、己の小さくか弱い両手を取り直し、暗闇の中で激しく錯綜する思考の渦に沈んでいた。


黒木宗一郎。

政財界の暗黒のフィクサーであり、巨大ITホールディングス『黒木グループ』の総帥。

前世の俺が死力を尽くして開発した次世代AIインフラと分散型暗号処理の基幹特許を掠め取り、俺の命を病死に見せかけて奪い去った真の仇敵。


そして――ハッキング端末の最深部で暴かれた遺伝子鑑定報告書が突きつけた、逃れようのない絶対的真実。

いま、この生後間もない赤ん坊の肉体に流れている血の真の主は、他でもないその「黒木宗一郎」であった。


(……俺を殺した男が、いまの俺の実の父親……)


脳裏で、その一文が幾度となく反復され、胸の奥からドロドロとした黒い激情と強い吐き気が湧き上がってくる。


何という醜悪で、狂った因果の悪戯か。

前世の俺(一真)は、愛華と愛し合い、温かい家庭を築こうとしていた。彼女のお腹に新しい命が宿ったと知った時、過労で崩れそうな体を押し殺しながら、涙を流して喜んだ。自分の命を削ってでも、この妻と、これから生まれてくる我が子を守り抜こうと心に誓ったのだ。


だが、すべては最初から残酷な「作りもの」だった。


俺が深夜までオフィスでコードを打ち込み、血を吐くような思いで特許を完成させていたその裏で、愛華は黒木の腕の中で抱かれ、俺の愛を冷笑していた。俺が「我が子」だと信じて疑わなかった生命は、仇敵・黒木の種によって宿されたものであり、俺は死ぬ直前まで、他人の種を身に宿した妻の言葉を信じ切っていた愚か者に過ぎなかったのだ。


そして今、俺はその仇敵の遺伝子を受け継いだ肉体に、前世の意識と記憶をそのまま宿して生み落とされている。


「……っ……!」


小さな唇を噛み締めると、歯が生え揃っていない赤ん坊の柔らかい茎から、かすかに鉄の味が広がった。


血。

この小さな心臓が打つたびに、全身の毛細血管を巡る血液。

その細胞の一つ一つに刻まれているDNAは、前世の俺を毒殺し、嘲笑いながら命を奪い取った黒木宗一郎のものなのだ。


(俺の半分は……あの男の血で出来ている……)


その圧倒的な不快感と葛藤が、脳髄を焼き尽くすかのように激しく渦巻く。

前世の自分が持ち得なかったもの――巨大な権力、冷酷なまでの知能、そして他者を駒として使い潰す絶対的な支配者の血筋。それがいま、皮肉にも己の肉体の中に脈打っているという事実。


もし、俺に前世の記憶がなければ。

もし、俺がただの赤ん坊としてこの世に生を受けていたならば。

俺は愛華の手によって育まれ、やがて黒木宗一郎という絶対的な絶対権力者の「後継者」として甘やかされ、数百億の富と権力を受け継ぐ、恵まれたエリートとして生きていったのかもしれない。


「ふざけるな……!」


心の中で、前世の佐藤一真の魂が、猛烈な叫びを上げた。


そんな血筋に何の意味がある?

そんな権力に何の価値がある?


前世の俺がどれほどの思いで技術を磨き、どれほどの情熱を懸けてあの特許を組み上げたか。

俺の汗と涙、そして生きた証そのものを踏みにじり、金と欲望のために命を奪った男の血など、俺にとっては汚泥以下の毒液に過ぎない。


(俺は……黒木宗一郎の息子ではない)


暗闇の中、ハッキング端末の画面に反射する己の幼い瞳を凝視する。


(俺は、お前たちに殺された『佐藤一真』だ)


葛藤の先で、胸の中の混濁した感情が、急速に凍りつき、研ぎ澄まされた純粋な「殺意」へと昇華していくのを感じた。


そうだ。これは皮肉などではない。

むしろ、これ以上ない「最高の舞台装置」ではないか。


黒木宗一郎は、自分が愛華との間に作らせた「最高の血筋」だと信じて疑わない我が子に会うために、自らこのタワーマンションのペントハウスへと足を運んでくる。

自分が奪い取った数百億の特許権を国外へ売却し、完全勝利の美酒を酌み交わすために、我が子をその腕に抱こうとやってくるのだ。


彼が「自らの最高の後継者」だと信じて疑わないその赤ん坊の胸の中に、自分がかつて使い潰して殺した男の魂が宿り、爪を研いで待ち構えているとは、夢にも思わずに。


(黒木……お前は『実の父親』として、この部屋の扉を叩くだろう)


俺は赤ん坊の小さな指先を動かし、ハッキング端末の画面上で、黒木の全個人口座、裏金ルート、そして明後日決行される特許売却決済の「キル・スイッチ」の最終コードを、確認する。


(だが、お前を迎えるのは、お前に従順な愛しい息子ではない。お前のすべてを破滅させるために地獄から舞い戻った、復讐者・佐藤一真だ)


父と子という血の呪縛。

それを逆手に取り、相手が最も防備を緩め、最も勝利を確信した最高の瞬間に、その喉元へと死の刃を突き立てる。


肉体は実父・黒木の血を継ぐ赤ん坊。

魂は前世の犠牲者・佐藤一真。


二つの存在が、このか弱い肉体の中で一つに融合し、巨悪・黒木宗一郎を破滅させるための史上最強の「兵器」へと変貌を遂げた瞬間だった。


決戦の夜まで、あとわずか。

ベビーベッドの中の小さな復讐者は、静かに、そして圧倒的な殺意を込めて、実父との直接対決の時を待ち受けていたのだった。

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