50 第4章:候補3・トレーナー陸斗の社会的抹殺(SNS拡散)
第5節:第3の男脱落
港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルーム。
ペットカメラによるライブ配信と大手動画配信サイト、SNSでの爆発的な拡散を経て、勤務先の高級フィットネスジムから即日懲戒解雇を言い渡された第三の男――パーソナルトレーナー・陸斗は、駆けつけた東京都警視庁の捜査員たちによって暴行・強要未遂・迷惑防止条例違反の容疑で冷酷な手錠を掛けられ、泣き叫びながらパトカーへと連行されていった。
静まり返ったリビングルームには、先ほどまでの狂気的な怒号や、ネットの海からリアルタイムで流れ込んでくる喧騒の残響すらも消え去り、あるのはただ、重苦しいまでの絶対的な「静寂」だけだった。
床には、陣内が投げつけて砕いたガラス花瓶の破片がキラキラと乱反射し、神条が落としたフチなし眼鏡が無惨に踏み潰されて転がっている。部屋の隅に打ち捨てられたアタッシュケースや、散乱した書類の山が、この場所で繰り広げられた醜悪な修羅場の激しさを無言で物語っていた。
ソファの傍ら。
すべての男たちが去り、自らを支えていたハイエナたちが一匹残らず地獄の底へと突き落とされたその場所で、妻・愛華はただ一人、床に崩れ落ちるように膝をついたまま、虚ろな目で宙を見つめていた。
彼女の顔は泣き疲れて腫れ上がり、頬には陸斗に殴られた痛々しい掌の跡と乾いた血がこびりついている。
かつては美貌と計算高い知性を武器に、男たちを手玉に取り、前世の夫である俺を毒殺し、遺産と保険金、そしてこの豪華なタワーマンションのすべてを我が物にしようと企んでいた「冷酷な毒婦」。その栄華の城壁は、彼女が最も軽蔑し、最も矮小な存在だと見下していた「赤ん坊」の小さな手によるデジタルな罠と、男たちの自滅によって、今や跡形もなく粉々に吹き飛んでいた。
「あ……あぁ……うう……」
愛華の口から漏れるのは、もはや言葉にならない乾いたうめき声だけだった。
神条は逮捕され、弁護士資格を剥奪されて刑事訴追の対象となり、陣内は3億円の横領と社内チャットへの録音データ誤爆の末に会社を追われて失踪・指名手配され、陸斗は生配信の末に暴行容疑で現行犯逮捕された。
彼女の周りに群がり、共犯者として共に甘い蜜を吸おうとしていた3人の候補男たちは、誰一人例外なく、社会的・人間的に抹殺されたのだ。
生き残ったのは、すべてを失ったこの女と――そして、ベビーベッドの中でその一部始終を冷徹に見下ろしていた「俺」だけだった。
――ベビーベッドの特等席。
冷たいマットレスの上で、俺――前世の記憶と大人以上の知性を完全保持したまま赤ん坊として転生した佐藤一真は、静かに小さく息をついた。
(……終わったな)
頭の中で、冷徹で美しいパズルのピースが、最後の最後まですべて完璧に噛み合った。
前世の俺が病室のベッドで味わったあの耐え難い苦痛と絶望。愛する妻に裏切られ、信頼していた会社に使い潰され、人生のすべてを奪い取られて冷たい闇へと沈んでいったあの夜の無念。
そのすべての元凶に対する、復讐の第一幕――「現代ツールの罠ハメと泥沼の同士討ち」は、いま、この瞬間をもって完遂された。
俺は小さな赤ん坊の手足を動かし、シーツの上でそっと伸びをした。
首はまだすわりきっておらず、言葉を発することもできない、無力でか弱い肉体。周囲から見れば、愛華に庇護されなければ一日たりとも生きられないただの赤ん坊にすぎない。
だが、その内側に宿る魂と知能は、この港区のペントハウスの誰よりも鋭く、誰よりも冷酷に研ぎ澄まされていた。
愛華はふと、そのうつろな目をわずかに動かし、リビングの片隅にあるベビーベッドへと視線を這わせた。
そこに横たわり、静かにこちらを見つめている我が子――赤ん坊の俺の姿が、彼女の網膜に映る。
「あなた……あなたは……一体、何なの……?」
愛華は掠れた、恐怖に満ちた声を絞り出した。
彼女は心のどこかで、いや、本能的に理解し始めていたのかもしれない。この赤ん坊は、ただの子供などではない。自分たちが犯したすべての罪を見透かし、周囲の男たちを巧みに誘導し、この破滅の泥沼へと引きずり込んだ「悪魔の化身」あるいは「蘇った復讐者」そのものであるという真実に。
だが、彼女がそれに気づいたところで、もう手遅れだった。
法的な裁き、社会的な断罪、そしてこれからの絶望的な人生のすべてが、彼女の目の前で待ち構えている。
俺は言葉を発することの代わりに、ほんのわずかに小さな唇の端を持ち上げ、愛華には決して見せないはずの不敵で冷徹な笑みを、赤ん坊の顔のまま浮かべてみせた。
(――怯えろ、絶望しろ、そしてその罪の重みを一生かけて背負い続けろ、愛華。俺の復讐は、まだここでは終わらない……!)
港区の高級タワーマンションの最上階。
嵐が去った後のような静寂に包まれたリビングルームで、赤ん坊の静かな瞳だけが、冷たく、そして力強く暗闇の中で光り輝いていたのだった。




