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05 第1章:最悪の目覚め(現代タワマンと赤ん坊の屈辱)

第5節:3つの影(候補男たちの提示)


寝室から戻ってきた妻・愛華は、先ほどの謎めいたメッセージの動揺を完璧に塗り潰し、再び「完璧で慈愛に満ちた若き母親」の仮面をしっかりと装着していた。


「お待たせ、いい子ちゃん。退屈しちゃった?」


優しく微笑みかけながら、愛華はベビーベッドに横たわる俺の小さな体を再びふわりと抱き上げる。その腕の中は心地よく温かく、乳児にとってこれ以上ない安息の場所であるはずなのだが、今の俺の精神にとっては、毒を塗られた刃物の上に座らされているようなものだった。


――「あの子は元気にしているか?」


あの短い通知文の残響が、耳の奥から離れない。

愛華のポケットにしまい込まれたスマートフォンの冷たい感触が、このタワマンの優雅な空気の裏側に、どす黒い網の目が張り巡らされていることを雄弁に物語っていた。


(あのメッセージを送ってきたのは、いったい誰だ……?)


愛華の背後を見据えながら、俺の頭脳は猛烈な勢いで回転を続ける。

前世の記憶、そして赤ん坊としてこの家で過ごしたわずかな日々の間に愛華が発した独り言、電話の声、ため息の数々――それらの断片的な情報をパズルのように組み合わせ、脳内の巨大なホワイトボードに整理していく。


愛華の行動パターンには、明確な「違和感」があった。

彼女は表向き、夫を亡くした悲劇の若き未亡人として、周囲の同情を集めている。SNSの表アカウント(誰もが閲覧できる公開プロフィール)には、黒を基調とした落ち着いた日常や、育児の苦労を綴る健気な母親としての投稿が並び、フォロワーたちからの「愛華さん、頑張って」「応援しています」という温かいコメントで溢れ返っていた。


だが、IT企業の第一線でデータ解析やシステムの裏側を覗き見てきた前世の俺からすれば、そんな表の顔など、いくらでも偽装できるハリボテにすぎない。


愛華が夜中、赤ん坊の寝静まったリビングの片隅で、青く光るスマホの画面を凝視しながら指を走らせていた「裏の顔」。

通知オフに設定された秘匿性の高いチャットアプリ、パスワードで厳重にロックされたフォルダ、そして日中にこのタワマンを訪れたり、あるいは愛華が密かに外出先で接触していた男たちの影。


点と点が、鮮明な線となって結ばれていく。

愛華の周りには、現在、明確に「3人の男たち」が異様なまでの執着と距離感で急接近していた。


――浮かび上がってきたのは、個性の異なる3つの影だった。


一人目の影は、この同じタワーマンションの同じフロア、あるいはすぐ近くの部屋に住む「隣人」だった。

名前を神条(かんじょう)という。年齢は四十代前半、洗練されたスーツを常に隙なく着こなし、知的で落ち着いた物腰を崩さない、一流法律事務所のエリート弁護士だ。

神条は、俺が病死(あるいは謀殺)されて間もない頃から、何かにつけて「お困りごとはありませんか」「一人で抱え込んではいけないよ」と、紳士的な隣人を装ってこの部屋に出入りしていた。

表向きは、夫を亡くした若妻を気遣う良き隣人、あるいは良き相談相手という仮面を被っている。だが、愛華のスマホの履歴の端々や、二人が交わした会話の断片を思い返すと、そこには単なる近所付き合いを遥かに超越した「利害関係」の匂いが漂っていた。

弁護士という圧倒的な法律の知識と裏技を持つ神条。彼こそが、前世の俺の生命保険金の受取や、遺産相続、さらにはこのタワマンの権利関係を裏で合法的に(あるいは脱法的に)コントロールしている黒幕の一人ではないのか?


二人目の影は、前世の俺の記憶に直接突き刺さる、最も許しがたい男だった。

名前は陣内(じんない)。前世の俺が身を粉にして働いていたIT企業の、役員(取締役)の座に君臨する男だ。

陣内は、部下である俺の才能や真面目さを巧妙に利用し、過酷なプロジェクトを押し付け続けていた張本人だった。そして俺が過労と病魔で倒れ、会社を休みがちになった頃、陣内は「一真くんのことは私がしっかりフォローするから、奥さんも安心してください」と、わざわざ我が家にまで足を運び、善人ぶった笑みを浮かべてみせた男でもある。

だが、その実態は全く違っていた。俺が死んだ後、陣内は喪服姿で葬儀に参列した際、愛華の背中にそっと回したその手に、ただの「上司と部下の妻」という関係性を超えたドロドロとした執着の色が滲んでいたのを、俺の魂は記憶している。

陣内は会社の資金や役員としての権力を背景に、愛華に対して巨額の金銭的援助――あるいは、買収に近い取引を行っているフシがあった。IT企業の裏事情に通じ、海外の怪しげなコネクションすら持つ陣内。彼こそが、俺の死を物理的・金銭的に裏書きした共犯者ではないのか?


そして三人目の影は、若さと本能のままに愛華の日常を浸食する、危険な男だった。

名前は陸斗(りくと)。愛華が産後太りの解消やリフレッシュの名目で通い詰めている高級プライベートジムの、専属パーソナルトレーナーだ。

二十代半ばの鍛え上げられた肉体、浅黒い肌、人懐っこい笑顔の裏に隠された、底意地の悪い野獣のような独占欲。陸斗は、他の二人(弁護士と役員)とは違い、知性や地位ではなく「肉体の若さと性的な魅力」で愛華を狂わせている男だった。

愛華がジムに出かけるたび、あるいは陸斗が「自宅での出張トレーニング」と称してこのタワマンのリビングに入り込むたび、二人の間には甘ったるい香水の匂いと、生々しい空気が残されていた。陸斗にとって、愛華はただの「金づるの妻」ではなく、自らの男としての征服欲を満たすための格好の獲物であり、同時に、邪魔な存在である「赤ん坊(俺)」に対する露骨な敵意を、誰も見ていないところでその目に宿していた男だ。


――神条、陣内、そして陸斗。


弁護士、IT役員、パーソナルトレーナー。

属性も、年齢も、社会的な立場もまったく異なる3人の男たちが、それぞれの思惑と毒を含んだ牙を隠し持ちながら、未亡人となった愛華の周囲をハイエナのように嗅ぎ回っている。


愛華の腕の中で、俺は小さく息を呑んだ。


(この3人のうちの誰かが……いや、もしかすると全員が、俺の人生を踏みにじり、この世から消し去った共犯者だ……!)


頭の中で、冷徹なパズルが完全に組み上がった。


愛華は一人の男に満足しているわけではない。

あるいは、彼女自身も誰が本当の父親なのか確信を持てていないか、あるいは――その全員を利用して、自分にとって最大の利益を引き出そうとしているのか。


だが、遺伝子の法則を無視した「色素の薄いハーフのような顔立ち」をしたこの赤ん坊――「俺」を身ごもったのは、この3人のうちの誰か、あるいはその背後にいる「第4の存在」に違いない。


「この3人のうち誰かが実父で……そして、俺を殺した真犯人だ」


声にならない言葉が、赤ん坊の胸の内で呪詛のように反響した。


人狼ゲームは、すでに開幕している。

村人の中に潜む狼は一匹ではない。村を食い荒らす群れの狼たちが、今まさにこのタワマンという密室の中で、互いを牽制し合いながら愛華を奪い合っているのだ。


そして、その群れの中心に放り込まれたのは、かつて彼らに殺された男の魂を持つ――この無力な赤ん坊だった。


(面白い……。せいぜい群れの中で疑心暗鬼にかられ、互いの喉を食い破り合うがいい)


ベビーベッドの柵を、赤ん坊の小さな手がぎゅっと握りしめる。

爪が食い込みそうなほどの強い力で、俺は目の前で微笑む愛華の横顔を睨みつけた。


3人の影が織りなす泥沼の人間関係。

そのすべての謎を暴き、奴らを共倒れの地獄へと叩き落とすための反撃のカウントダウンは、すでに始まっていた。


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