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47 第4章:候補3・トレーナー陸斗の社会的抹殺(SNS拡散)

第2節:ペットカメラのライブ配信


港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルームに響き渡るのは、暴力に怯える妻・愛華の悲鳴と、追い詰められたパーソナルトレーナー・陸斗の荒々しい怒号だけだった。


「おい、ふざけんなよ……! 金はどこだ、隠し財産を出せって言ってるんだよ……っ!」

「やめて……もうやめてよ……私には何もないって言ってるでしょ……っ!」


レザージャケットの袖をまくり上げ、鍛え上げられた若い肉体の暴力性をむき出しにした陸斗は、すでに理性のリミットを踏み外していた。神条の逮捕と陣内の失踪という現実の重圧、そして自分にも警察の捜査の手が伸びてくるという恐怖のあまり、彼は自分の感情を抑えきれなくなっていたのだ。先ほど容赦なく打ち据えられた愛華の頬からは、痛々しい赤い掌の跡と一筋の血が流れ、彼女はソファのクッションにしがみつくようにして震え上がっている。


だが、暴力を振るう陸斗の顔には、かつての爽やかな「好青年」の面影は微塵もなく、そこにあるのはただ醜い欲望と、すべてを他人のせいにしようとする卑劣な獣の顔だけだった。


「嘘をつけ……! 女ってやつは、いざとなったら平気で嘘をつきやがるんだ! お前が俺をこんな泥沼に引きずり込んだんだろ……! この役立たずの泥棒女が……っ!」


陸斗が再びその大きな右手を振り上げ、愛華の頭蓋骨を打ち据えようと身構えたその瞬間。


――そのすべての醜悪な暴虐の一部始終を、わずか数メートル離れたベビーベッドの中から、冷徹なまでの冷静さで見下ろしていた俺(佐藤一真)の瞳が、鋭い光を放った。


(……いいぞ、陸斗。その醜い暴力と、か弱い人間に対する圧倒的な脅迫の姿を、もっと大きく、もっと鮮明に、この世界の隅々にまで見せつけてやれ)


前世の俺を精神的・肉体的に追い詰め、病死に見せかけてその生命と尊厳を踏みにじった共犯者たち。弁護士の神条は法的偽造と恐喝の自白によって逮捕され、上司の陣内は3億円の横領と社内チャットへの録音データ誤爆によって取締役を即時解任され、失意のなかで失踪した。

そして、残された最後のターゲットであるこの肉体派トレーナー・陸斗を社会的・人間的に完全抹殺するための最終兵器が、まさに今、このリビングルームの特等席で静かにその時を待っていた。


俺は赤ん坊の小さな体で、ベビーベッドの柵の縁にそっと両足をかけた。

生後間もない赤ん坊の筋力では本来不可能であるはずの驚異的なバランス感覚と体幹のコントロールによって、俺は上体をすっと浮かせた。


リビングの壁際、および天井の特等位置。

そこには、愛華が日頃から「留守中の赤ん坊の様子を見守るため」と称して設置していた、超高感度ズーム機能付きの最新型ペットカメラ(兼見守りネットワークカメラ)が、チカチカと緑色のインジケーターを点滅させながら据え付けられていた。


このペットカメラは、単なる室内監視用ではない。専用のスマートフォンアプリと連動し、ワンタップで「世界中の家族や登録ユーザー向けの高画質ライブストリーミング(公開配信)」へと切り替えることができる特殊なハイエンドモデルだった。しかも、その内部ネットワークのセキュリティホールは、数日前に俺が仕込んだハッキング・スクリプトによってすでに無効化されており、全世界のオープンなプラットフォームやSNSのライブ配信チャンネルへと直結するバックドアが構築されていた。


問題は――そのライブ配信の「スイッチ」を、物理的に起動させることだけだった。


(――行くぞ)


俺はベビーベッドの木枠を足場にして、小さな体をさらに一歩前へと押し出した。

ベッドのすぐ脇のローテーブルの上。そこには、愛華が先ほどまで使っていたはずの、ペットカメラの管理用コントローラー端末が、画面を明るく点灯させたままポツンと放置されていた。


赤ん坊の小さな足の爪先が、その端末のガラス画面の縁に、まるで熟練した外科医の手術メスのように正確に触れた。


ピピッ――と、ごく微かな静電容量の接触音が響く。


「っ……!」


俺は小さな足の裏の皮膚を微妙にスライドさせ、画面のなかに大きく表示されていた赤く丸いアイコン――【ライブ配信開始(Live Stream Start)】のボタンを、ピンポイントで力強く踏み込んだ。


瞬間。


端末の画面がパッと鮮やかな青色に切り替わり、ポップアップの確認ウィンドウが飛び出した。

『警告:現在の映像および音声を、公開プラットフォームおよび登録された数百万人の視聴者に向けてライブ配信します。実行しますか?』


確認画面のポップアップの中央に鎮座する【はい(Execute)】のボタン。

それを押すための人間の指は、そこにはない。


だが、俺の小さな足の親指の腹が、迷うことなくその【はい】の文字を真上からグッと踏みつけた。


ピコンッ――!


端末のスピーカーから、配信開始を告げる軽快な電子音が、リビングの静寂のなかにひっそりと、しかし確実な響きをもってこだました。


それと同時に、壁際に設置されていたペットカメラのレンズが、それまでの緑色から、より強烈な「真っ赤なライブ録画中インジケーター(RECランプ)」へと鮮やかに切り替わった。


『――ライブ配信が正常に開始されました。現在、視聴者数:124,500人……急上昇中……!』


内蔵されたAI音声合成エンジンが、誰にも聞こえないほどの極小のボリュームでそう呟いた。


その瞬間から――。

このリビングルームで行われているすべての惨劇、すべての狂気、そして陸斗が愛華の髪を掴み、暴力と脅迫の言葉を吐き散らしているその卑劣で生々しい姿のすべてが、超高画質・高音質のライブ映像として、インターネットの海へ向けてリアルタイムで全世界へとガンガンと配信され始めたのだ。


「おい、返事をしろよ愛華……! 金はどこだ、隠し財産を出せって言ってるんだよ……っ!」

「やめて……もうやめて、痛い……助けて……っ!」


陸斗はカメラの存在にすら全く気づいていない。

彼はただ目の前の恐怖と欲に目が眩み、愛華の頬を打ったその同じ手で彼女の胸倉をさらに激しく掴み上げ、ありとあらゆる暴言を浴びせかけていた。


その姿は、ネットの海を漂う無数の野次馬や、告発系プラットフォームの監視アルゴリズム、そして女性の権利保護団体や警察のモニタリングシステムにとって、この上ない最高の、そして最も過激な「生配信の餌食」だった。


わずか数秒のうちに、配信の視聴者数は数十万人から数百万人の規模へと雪だるま式に膨れ上がっていか。

コメント欄やチャットのフィードには、驚愕、怒り、そして冷酷な嘲笑のコメントが、滝のような勢いで猛烈なスピードで流れ始めた。


――「おいおい……これ、マジのガチのDV現場じゃねえか……!」

――「待て、この殴ってる男、どこかで見たことあるぞ……! 有名なフィットネスジムのパーソナルトレーナーの陸斗じゃねえか!?」

――「うわ、最低……。か弱い女性の髪掴んでボコボコにしてやがる……。これ、犯罪だろ、警察に通報しろ!」

――「しかもこの部屋……先日大炎上したIT企業の不祥事のタワマンじゃねえか? 泥沼の愛人トラブルの生中継とか、修羅場すぎて草も生えない」


世界中のインターネットユーザーたちが、この密室で行われている暴力のすべてを、まるで映画のスクリーンでも見るかのような冷徹さと興奮をもって目の当たりにしていた。


「あ……あぁ……?」


陸斗は、ふと背筋に走る異常な悪寒を感じ取り、怒鳴り声をぴたりと止めた。

彼は殴りかかろうとしていた腕を中途半端に宙に浮かせたまま、ゆっくりと首を巡らせた。


リビングの壁際。

そこにあるペットカメラのレンズが、これまでにないほど不気味に、そして冷たく「真っ赤な光」を点滅させながら、自分たちの姿を完璧に捉えてジッと見つめていることに、彼はようやく気づいたのだ。


「……なっ……なんだ、これ……?」


陸斗の顔色から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。

レンズの横に小さく点滅する「Live」の文字。そして、カメラの内部からかすかに漏れ聞こえてくる、インターネット回線を通じた無数の人々のざわめきや、自分に対する罵詈雑雑言のコメントの気配。


「ま、まさか……これ、ライブで……配信されてるのか……!? 誰だ……誰がこんな真似を……っ!?」


陸斗は血走った目を剥き出しにし、震える指でカメラのほうを指さした。

だが、時すでに遅し。

彼がその醜態をさらけ出し、愛華に暴力を振るい、隠し金を要求して脅迫していたそのすべての決定的な証拠動画は、すでに数百万人のユーザーによって録画され、ネットの永久データとして世界中のあらゆるサーバーにコピーされ尽くしていたのだ。


「終わった……俺の……俺のトレーナー人生が……すべて……ネットに……晒された……?」


陸斗は膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込み、目の前が真っ暗になるような絶望のなかで、自分の頭を抱えてわめき散らした。


ソファの傍らで、血を流しながらその光景を見上げていた愛華は、恐怖と混乱のあまり、もはや声を出すこともできず、ただ人形のように硬直していた。


――そして、そのすべての修羅場の只中で、ベビーベッドの特等席に横たわる俺(佐藤一真)は、小さな赤ん坊の胸の内で、静かに、そして圧倒的な愉悦に満ちた勝利の笑みを浮かべていた。


(第三の男・パーソナルトレーナー陸斗の社会的抹殺、およびライブ配信による完全公開処刑。これにて完璧に達成された)


弁護士の神条、上司の陣内、そしてトレーナーの陸斗。

前世の俺を食い物にし、死後もその遺産と妻を貪ろうとした三人のハイエナたちは、全員がそれぞれの罪と愚行によって、社会的な奈落の底へと見事に叩き落とされた。


泥沼の人狼ゲームの勝者は、ベビーベッドの中からすべてを操り続けた「小さな復讐者」――佐藤一真、ただ一人だった。

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