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44 第3章:候補2・上司陣内の社内追放(ITトラップ)

第4節:取締役会からの解任通知


港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルーム。

社内Slackの全体チャンネルへの「横領と愛人発言」の録音データ誤爆に端を発したスキャンダルは、わずか数時間のうちに匿名掲示板やトレンド系SNSへと飛び火し、世間を揺るがす空前の大炎上へと発展していた。


数日後に迫った定時株主総会を目前に控える中での致命的な不祥事発覚は、大手IT企業としてのブランド価値を根底から揺るがし、株価のストップ安売り気配や機関投資家からの厳しい追責を招いていた。


リビングの床に崩れ落ち、頭を抱えて身悶える第二の男・IT企業役員の陣内健一のスマートフォンは、もはや恐怖の通知音を鳴らし続けるだけの「処刑器具」と化していた。画面いっぱいに表示されるのは、ネット上の無数の罵詈雑言、マスコミ各社からの執拗な突撃取材の連絡、そして会社関係者からの絶縁状の数々だ。


「あ……あぁ……っ……! そんな……そんなはずはない……! 俺が……俺がどれだけの労力をかけて、この会社をここまで大きくしてきたと思っているんだ……! すべては……すべて、あのチャットの誤爆と、あのガキのせいで……っ!」


陣内は狂ったように自分の頭髪をむしり取り、床に転がるスマホの画面を血走った目で睨みつけた。

彼の脳裏に去来するのは、かつて自分が誇らしげに君臨していたエリート役員としての華々しい日々と、今目の前にある底なしの絶望の落差だった。


積み上げてきた地位、名誉、社会的信用、そして数千万円の報酬や隠し持っていたはずの3億円の裏金さえもが、国家レベルの金融凍結と社内告発によって、一瞬にしてすべて剥ぎ取られた。彼に残されたのは、犯罪者としての烙印と、社会的な死刑宣告だけだった。


――その時だった。


リビングの静寂を切り裂くように、陣内の私用スマートフォンと社用スマートフォンの双方が、これまでに聞いたこともないような、異様に重苦しく、そしてけたたましい「緊急アラート音」を同時に響かせた。


ヴーーーッ!!! ピーーーッ!!!


「っ……!」


陣内の体がビクリと跳ね上がった。

彼は恐怖に引きつった顔で、床に転がっていた社用の最新型スマートフォンへと這いつくばるように手を伸ばした。


画面に表示されていたのは、会社の中枢ネットワークから発信された、一通の極めて重要かつ冷酷なプッシュ通知だった。

宛名は、陣内健一。

発信元は、取締役会事務局およびコンプライアンス統括本部。


その通知のタイトルを見た瞬間、陣内の呼吸が停止した。


【緊急通知:臨時取締役会における取締役即時解任決議のご報告】


画面を震える指でタップすると、冷徹なフォントで綴られた詳細な文書が目の前に浮かび上がった。


『被通知人:陣内 健一 殿

貴殿による重大な会社資金の不正流用(業務上横領)、インサイダー取引の疑い、および部下に対する度重なるパワーハラスメントとそれを通じた隠蔽工作の事実が、本日、社内Slackへの音声データ流出および外部SNS上の大規模炎上により確認されました。

これを受け、本日深夜に開催された臨時取締役会において、会社法第339条および定款の規定に基づき、貴殿の「取締役」としての地位を【即時解任】することを全会一致で可決いたしました。

つきましては、本日付をもって、社内システムへの一切のアクセス権限を剥奪し、社有車、社用端末、およびすべての役員特権を喪失したものとみなします。また、会社に与えた巨額の損害および犯罪行為に対し、民事上の損害賠償請求ならびに刑事告訴の手続きを正式に実行することを併せて通知いたします。

以上』


「なっ……馬鹿な……っ……!」


陣内の口から、掠れた悲鳴のような声が漏れた。

「即時解任」――。

自分自身の口で語られた横領とパワハラの自白がそのまま決定的な証拠となり、会社側が弁護の余地すら与えずに、一秒の猶予もなく自分を切り捨てたという現実。

長年かけて築き上げ、自分のアイデンティティそのものであった「エリート役員のイス」が、文字通り音を立てて崩壊し、彼の足元から永遠に消え去った瞬間だった。


「解任だと……? 俺をクビにするだと……!? ふざけるな! 俺がいなければこの会社のシステム開発だって営業戦略だって回らなかったんだぞ! なのに、こんな形で……こんなネットのガラクタみたいな理由で俺を切り捨てると言うのか……っ!」


陣内はスマートフォンを握りしめたまま、虚空に向かって狂ったように怒号を浴びせた。

しかし、返ってくるのは冷たい電子音のダイアルトーン、そしてネットの海から絶え間なく流れ込む無数の罵声の通知だけだった。


誰も彼を助けない。誰も彼の言い訳に耳を貸さない。

彼が他者を踏みにじり、部下を過労死寸前まで追い込んで築き上げた「完璧な強者の王国」は、あまりにももろく、あまりにも滑稽に、内側からの自壊によって完全消滅したのだ。


「終わった……俺の人生が……終わった……っ……!」


陣内は力なくスマートフォンを取り落とした。

高級な端末が床のフローリングの上を滑り、音を立てて転がっていく。彼はその場に膝をつき、両手で顔を覆いながら、幼児のように声を上げて号泣した。プライドも虚勢もすべて剥ぎ取られ、そこに残されていたのは、ただの惨めな犯罪者の成れの果てだった。


ソファの傍らで、その光景を呆然と見上げていた妻・愛華は、もはや恐怖ですらなく、ただ目の前で崩れ落ちる男の姿に魂を抜かれたように立ち尽くしていた。

神条が逮捕され、陣内が会社から即時解任されて社会的生命を絶たれた今、彼女の周りに築かれていた「金と権力の城壁」は跡形もなく消え去っていた。


――そして、そのすべての修羅場の只中で、ベビーベッドの特等席に横たわる俺(佐藤一真)は、冷徹なまでの冷静さを保ちながら、小さな唇の端を冷ややかに吊り上げて微笑んでいた。


(第一の男・神条の法的処刑に続き、第二の男・陣内の社内追放および取締役即時解任、これにて完全達成だ)


前世の俺を過労死寸前まで追い込み、その死を隠蔽しながら会社組織のなかで我が物顔で君臨していた悪徳役員は、自らが撒いた横領とハラスメントの毒によって、すべての社会的地位と財産を奪われ、文字通り地獄の底へと突き落とされた。


残された最後のターゲットは、暴力と若さだけを武器にするパーソナルトレーナー・陸斗のみ。

泥沼の人狼ゲームは、いよいよ最後の断末魔に向けて、猛烈なスピードで加速していくのだった。


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