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43 第3章:候補2・上司陣内の社内追放(ITトラップ)

第3節:株主総会前の大炎上


港区の高級タワーマンション、その最上階ペントハウスのリビングルーム。

陣内健一が社内Slackの全体チャンネルへ誤って送信した「3億円の横領自白」および「前世の夫に対するパワハラと隠蔽工作の生々しい音声データ」は、単なる社内スキャンダルの枠を遥かに超越した。


そのデータは、夜の静寂を切り裂くようにして外部のインターネット回線へと流れ出し、わずか数分足らずの間に国内最大手の匿名掲示板やトレンド系SNSへと飛び火した。


――「大手IT企業『サイバー・ノクシリア』取締役、社内チャットに3億円横領と部下の死に関する自白音声を大誤爆wwww」

――「パワハラで部下を過労死に追い込み、その妻と共謀して保険金と遺産を狙っていたエリート役員の末路がヤバすぎるんだが」

――「数日後に迫った定時株主総会を前に、経営陣の不祥事が完全露呈。株価大暴落不可避の修羅場へ」


瞬く間に拡散されたそのスキャンダルは、ネット上の群衆という名のハイエナたちにとって格好の餌食となった。陣内が残した音声データ、社内チャットのスクリーンショット、そして彼が愛華に宛てて送っていた身勝手なメッセージの数々が次々と魚拓取られ、デジタルタトゥーとしてネットの海に永遠に刻み込まれていく。


リビングの床に崩れ落ち、頭を抱えて震える陣内のスマートフォンは、もはや通知のバイブレーションが鳴り止む暇すらない。数秒おきに数千件単位のメンション、罵詈雑雑言、そしてマスコミ各社からの突撃取材の連絡が画面を埋め尽くしていた。


「あ……あぁ……っ……! なぜだ……なぜ、俺の秘密のデータが……ネットの表に出ていんだ……っ!?」


陣内は血走った目を剥き出しにし、恐怖に歪んだ顔で床に転がるタブレットにかじりつこうとした。しかし、そこに映し出されているのは、自分を糾弾する無数のネットユーザーたちの冷酷なコメントの嵐だけだった。

彼が長年積み上げてきた社会的信用、エリートとしての華やかなキャリア、そして何より誇り高かった役員としての名誉――そのすべてが、ネットという巨大な炎に包まれ、わずか一晩で黒焦げの灰へと変わり果てようとしていた。


そして、その衝撃はネットの仮想空間にとどまらなかった。

現実世界における実弾が、陣内の首元へと確実に突き刺さる。その最大の引き金となるのが、数日後に迫った「年に一度の定時株主総会」だった。


大手IT企業であるその会社にとって、株主総会は経営陣の信任を問い、今後のビジョンを示す最も重要かつ厳粛な公式舞台である。機関投資家、大口株主、そして一般の個人投資家たちが固唾をのんで見守るその大舞台の直前に、取締役の筆頭格である陣内が「3億円の巨額横領」と「部下の過労死・パワハラ隠蔽」の当事者としてSNSで大炎上しているという事実。


それは、会社経営そのものを揺るがす致命的な爆弾にほかならなかった。


「――もしもし、陣内か! 今すぐ本社へ戻れ……! いや、もう戻ってこなくていい!」


陣内の私用スマホが再び激しく鳴り響いた。震える手で通話ボタンを押すと、そこから聞こえてきたのは、会社の最高経営責任者である社長の、氷のように凍りついた怒号だった。


『君のせいで、我が社の株価はプレマーケット取引の段階ですでにストップ安の売り気配だ! 機関投資家からの問い合わせが殺到し、数日後に控えた株主総会は中止あるいは緊急謝罪会見への切り替えを余儀なくされている! 会社のブランドイメージを地に落とし、億単位の損害を与えた君を、会社は即座に解任し、刑事告訴する準備に入った! 二度と会社の敷居を跨ぐな!』


プツッ――と、冷酷な切断音が響いた。


「あっ……待ってくれ、社長……! 俺の言い分を……聞いてくれ……っ!」


陣内は虚空に向かって叫んだが、返ってくるのは冷たい電子音のダイアルトーンだけだった。

すべてが手遅れだった。彼がどれほど頭脳明晰で、どれほど狡猾に会社を牛耳っていたとしても、一度ネットの炎上と株主総会直前という最悪のタイミングで引き起こされた社会的破滅の津波は、いかなる権力をも飲み込んで押し流してしまう。


会社の崩壊、3億円の横領容疑、そして世間からの凄まじいバッシング。

陣内は自分の膝を抱え、文字通り発狂したようなうめき声を上げながらリビングの床を転げ回った。


ソファの傍らで、その惨めな姿を眺める妻・愛華の瞳には、もはや涙すら浮かんでいなかった。

彼女が頼りとし、金づるとして利用しようとしていたエリート上司の成れの果てが、世界中から唾棄される犯罪者としてネットのさらし者にされている現実。その恐怖の前に、愛華の精神は麻痺し、抜け殻のような人形のようになっていた。


――そして、そのすべての阿鼻叫喚の地獄絵図を、ベビーベッドの特等席から冷徹なまでの冷静さで見下ろしていた俺(佐藤一真)は、小さな赤ん坊の胸の内で、静かに、そして圧倒的な歓喜の笑みを浮かべていた。


(……見事だ、陣内。お前がネットの海に放り出したその醜態は、お前を二度と社会復帰できない永久追放の奈落へと叩き落とした)


株主総会前の大炎上。それは、前世の俺を過労死寸前まで追い込み、その死を踏みにじった会社組織と、その中核に寄生していた悪徳役員に対する、最高にして最も美しい復讐の炎だった。


神条が法的手段の逆用によって失脚し、陣内が社内チャットの誤爆とSNSの大炎上によって社会的生命を絶たれた。

残された最後のターゲットは、暴力と若さだけを武器にするパーソナルトレーナー・陸斗のみ。


泥沼の人狼ゲームは、いよいよ最終幕へと突入していくのだった。


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