↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/89

40 第2章:候補1・弁護士神条の失脚(法的手法の逆用)

第5節:第1の男脱落


港区の高級タワーマンション、その最上階に位置するペントハウスのリビングルームは、まるで現実のものとは思えないほどの異様な静寂と、冷え切った絶望の空気に支配されていた。


先ほどまで、自身の圧倒的な法的知識と周到に張り巡らせた陰謀によって、すべてを支配していると傲慢に笑っていたエリート弁護士・神条の姿は、もはやそこにはなかった。

手元のスマートフォンからは法律事務所の代表からの冷酷な解雇と資格停止の通告が突きつけられ、自分が密かに捏造した「偽の遺言状」や「恐喝の音声データ」は、現代のデジタルツールの罠によって法曹界全体、そして警察のサイバー犯罪対策課へとリアルタイムで完璧に拡散されていた。


「あ……あ……嘘だ……私のキャリアが……完璧に築き上げたはずの私の社会的地位が……どうして……こんなことに……っ!」


神条は血走った目を大きく見開き、フチなし眼鏡を床に落としたまま、ガタガタと全身を震わせて膝をついていた。

プライドの仮面が剥ぎ取られ、泥水をすするような情けないうめき声を上げるその男の姿は、かつて港区のエリート層として君臨していたスマートな法律家の面影を微塵も残していなかった。


ソファの傍らでは、第二の男・陣内がすでに社内チャットの誤爆とスピーカー通話の暴走によって会社と社会的信用を剥奪されて連れ去られた後であり、残された妻・愛華もまた、自分の犯した罪の重さと男たちの崩壊を目の当たりにして、恐怖のあまり声すら出せずに縮こまっていた。


誰もが破滅の淵に立たされ、互いの業によって自滅していく地獄のような空間。

――だが、その静寂は、突然鳴り響いた重苦しい金属音によって、一瞬にして打ち破られた。


カンッ、コーン……!


高層階へと直通するプライベート・エレベーターの到着チャイムが、まるで死刑執行の合図のように、冷たくリビングに響き渡ったのだ。


「っ……!」


神条の体が文字通り跳ね上がった。彼は恐怖に引きつった顔で、エレベーターの扉のほうへと視線を這わせる。

愛華もまた、「ひっ……」と小さな悲鳴を上げ、両手で顔を覆って身を固くした。


――フォン、と静かな作動音とともに、重厚な金属製の扉が左右にスライドして開く。


そこに立っていたのは、スーツに身を包んだ屈強な男たち――東京都警視庁の捜査一課、およびサイバー犯罪対策課の捜査員たちだった。その先頭には、冷徹な眼光をたたえた制服姿の警部補が、確実な足取りでタワーマンションの高級なカーペットを踏みしめて入ってきた。


「神条健輔(かんじょう けんすけ)だな」


静まり返ったリビングに、一切の感情を排した低く硬質な声が響き渡った。


「な……っ……!」

神条は床に這いつくばったまま、目の前に現れた刑事たちの姿に息を呑んだ。

「な、何のつもりだ……! 私は弁護士だぞ! 令状なしにこのような場所に勝手に立ち入ることは――」


「弁護士資格は、先ほど貴殿が所属する事務所および弁護士会より即時停止の処分が下されている。それに、貴殿に対する逮捕状なら、すでに裁判所から正式に発付されている」


捜査員の一人が、冷ややかにその一枚の用紙を神条の目の前へと突きつけた。

そこに書かれていた容疑の項目を見た瞬間、神条の顔から最後の血の気が失われた。


『被疑者・神条健輔に対する逮捕状』

・有印私文書偽造および同行使の疑い

・恐喝未遂および強要の疑い

・保険金詐欺および故・佐藤一真氏に対する遺産強奪共謀の疑い


「うそだ……! そんなはずはない……! あれはすべて、私の管理下にあって、誰にも見られるはずのない秘密のデータだったはずだ……!」


「秘密のデータだと? 自分で自分の首を締めるような捏造履歴や脅迫の音声ログを、わざわざクラウド上のオープンなパブリックサーバーへご丁寧に一括転送してくれたおかげで、我々捜査員にとっても非常に捜査がしやすかったよ。感謝するね」


捜査員は皮肉な笑みを浮かべ、手元に持っていたタブレット端末の画面を神条に見せつけた。

そこには、神条がノートPCからアップロードしたはずの「偽造遺言状のメタデータ」「署名の合成プロセス」「愛華を脅迫したリビングの生音声ログ」のすべてが、証拠品としてリストアップされていた。


「あ……あ……あ……」


神条は声にならない絶叫を漏らし、その場で崩れ落ちるように昏倒しそうになった。

自分が愛華を支配し、すべての遺産と保険金を合法的に掠め取るために作り上げた「完璧な完全犯罪の要塞」は、他でもない自分自身のデジタルな失態と、そしてバックグラウンドで緻密に仕組まれた罠によって、内側から爆破されていたのだ。


「神条健輔。貴殿を、私文書偽造および恐喝、ならびに保険金詐欺の共謀の容疑で現行犯逮捕する。――おとなしく従ってもらおう」


ガチャン、と重く冷たい金属音が響いた。

屈強な捜査員たちが神条の両腕を左右からガシッと掴み上げ、無理やりその身体を引き起こす。


「やめろ……! 離せ! 私は弁護士だぞ! こんな不当な逮捕がまかり通るわけがない! はめられたんだ! 私は、私は嵌められたんだぁぁぁっ!!」


神条は狂ったように暴れ、見苦しい叫び声を上げながら抵抗した。しかし、長年のデスクワークでなまりきったエリート弁護士の体力が、現役の捜査員たちの圧倒的な制圧力に敵うはずもない。

彼は両腕を背中にねじり込まれ、冷たい手錠をしっかりと掛けられた。


「暴れるな。取調室でたっぷりと弁明の機会は用意してやる。連行する」


「いやだ……! 離せ、離してくれ……!」


捜査員たちに両脇を抱えられ、床に足を擦り付けながら、神条は引きずられるようにしてエレベーターへと連行されていく。その高級なダークネイビースーツの裾は破れ、誇り高かったフチなし眼鏡は床のガラス片のなかに踏みにじられて無惨に砕け散っていた。


ガチャン、とエレベーターの扉が閉まる。

かつて港区のエリート層の頂点に立ち、法律の網を悪用して他人を食い物にしてきた第一の男・神条の社会的生命は、こうして音を立てて崩壊し、暗いパトカーの待つ地獄の底へと連れ去られていったのだった。


――静まり返ったリビングルーム。

嵐が去った後のような圧倒的な静寂のなかで、取り残された妻・愛華は、恐怖と疲労のあまりその場に力なく倒れ込み、小さく肩を震わせて泣きじゃくっていた。

陣内が失脚し、神条が逮捕され、残る男はパーソナルトレーナーの陸斗だけとなったこの密室は、もはや彼女にとっての要塞ではなく、逃げ場のない処刑場へと変貌していた。


だが――。

そのすべての修羅場の只中で、ベビーベッドの特等席に横たわる俺(佐藤一真)は、冷徹なまでの冷静さを保ちながら、小さな唇の端を持ち上げていた。


(第一の男・神条の失脚、および法的処刑、これにて完了だ)


前世の俺を病死に見せかけて追い詰め、その死を利用して資産を掠め取ろうとしたハイエナの一匹目は、自らの傲慢さとデジタルの罠によって見事に自滅の道をたどった。

残されたハイエナども、そしてこの毒婦である妻・愛華の運命もまた、これから待ち受けるさらなる地獄のステージへと引きずり下ろされることになっている。


俺は小さな赤ん坊の拳をぎゅっと握り締め、泥沼の人狼ゲームの次なる幕開けに向けて、冷ややかな闘志をさらに燃え上がらせるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。