↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/89

24 第5章:開いた開梱(第4の存在)

第4節:深夜の訪問者


前世の自分が遺した未公開の日記――その頁の最後に記されていたのは、妻の奇妙な行動と、我が身を毒殺へと導いた「最も信頼していた人物」への深い疑念だった。しかし、決定的な「名前」の書かれたページは、何者かによって鋭利な刃物で無残に切り取られていた。


書斎の地下保管庫から持ち帰ったその黒い革表紙のノートを小さな胸に強く抱きしめながら、俺――前世の記憶を宿したまま赤ん坊として転生した佐藤一真は、暗いリビングのベビーベッドの中で、激しく脈打つ鼓動を必死に鎮めていた。


時刻は、すでに深夜2時を回ろうとしていた。


港区の高級タワーマンションの最上階。窓の外に広がる東京の夜景は、深い夜の帳に包まれ、ネオンの光だけが気だるそうにビル群の間で瞬いている。

寝室のほうからは、精神的に追い詰められ、薬かアルコールにでも溺れるようにして泥のように眠り込んでいる愛華の、微かな寝息が聞こえていた。


弁護士の神条は去り、IT役員の陣内は狂乱の末に消え、肉体派トレーナーの陸斗も愛想を尽かして逃げ出した。誰もいなくなったこの部屋で、俺は「第4の男――真の黒幕」の影に近づくための唯一の手がかりを握りしめている。


(来るなら、今夜だ……)


奇妙な予感が、俺の背筋を冷たく撫でた。

前世の日記に記されていた「ある人物」。愛華を裏で完全に操り、俺の命を奪い、この歪んだ家族計画の全てを裏でデザインした悪魔。3人の男たちが全員「種馬」として否定された今、真の黒幕が自らの手でこの空間に姿を現すタイミングは、疑いようもなく今この深夜しかなかった。


静寂が支配するリビングルーム。

その張り詰めた空気の中、異変は前触れもなく訪れた。


――カチャリ。


それは、あまりにも静かで、しかし聞き慣れない微かな金属音だった。


(……っ!?)


全身の産毛が一斉に逆立った。

耳を澄ます。自分の心臓の音以外の微細な音を捉えようと、赤ん坊の鋭敏な聴覚を極限まで研ぎ澄ます。


――ガチャン。シュッ……。


玄関のドアのシリンダー錠に、物理的な鍵が差し込まれ、慣れた手つきで回転させられた音。そして、重厚なオートロックのラッチが外れる乾いた感触が、夜の静寂を切り裂いて微かに響いた。


心臓が、ドクンと狂ったように跳ね上がった。


(嘘だろ……? この深夜2時に、インターホンも鳴らさずに……誰だ……!?)


普通、どれほど親しい関係であっても、深夜の訪問であればインターホンを鳴らすか、あるいは事前に連絡を入れるはずだ。弁護士の神条も、陣内も、陸斗も、この家に来る時は必ずチャイムを鳴らしていた。

だが、今の音は違う。まるで、自分の家であるかのように、あるいはこの部屋の合鍵を当然の権利として持っているかのように、一切の躊躇なくドアを開けて侵入してきた者の音だった。


――ギィ……。


玄関の重厚なドアが、音を立てないように細心の注意を払いながら、しかし確実な手つきでゆっくりと内側へと押し開けられた。


外の冷たい廊下の空気が、室内の淀んだ空気と混ざり合い、リビングのほうへと流れ込んでくる。


(来る……!)


俺はベビーベッドのマットに身を潜め、呼吸を殺した。

赤ん坊の小さな体を引き締め、視線だけをリビングの入り口、廊下へと通じる暗がりの方に固定する。


足音がした。


ザッ、ザッ……。


重く、しかし底知れぬ余裕を感じさせる、静かな足音。

革靴の底がフローリングの床を捉える、乾いた、しかし重厚な足音だった。その足音の響き方には、これまでに登場したどの男たちとも違う、独特の「リズム」があった。慌てふためく様子もなく、足音の主は、まるで自分の庭を歩くかのように悠然と、一歩、また一歩と廊下を進んでくる。


(この足音の質感……この歩き方の癖……どこかで……! いや、まさか……ッ!)


脳裏に、前世の記憶の断片が激しいフラッシュバックとなって蘇りかける。だが、恐怖と緊張のあまり、思考の焦点がうまく定まらない。


足音は、廊下を抜け、リビングの入り口へと差し掛かった。


リビングの照明はすべて消されており、外から漏れ入るわずかな月の光と、遠くの高層ビルのネオンの明かりだけが、部屋の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。


闇の中に、一つの「黒い影」がゆっくりと姿を現した。


長身の、完璧に仕立てられたダークスーツのシルエット。

顔の大部分は暗がりの中に沈み込んでおり、その表情を読み取ることはできない。しかし、その全身から漂い出る空気は、周囲の酸素をすべて凍り付かせるような、圧倒的なまでの威圧感と、底知れぬ冷酷な殺気を帯びていた。


その男は、リビングに入ると、まず足音をピタリと止めた。

そして、暗闇の中でわずかに首を巡らせ、部屋の様子を確認するように視線を走らせた。


(……動くな、そのままそこにいろ……!)


俺は心の中で毒づきながら、ベッドの柵の隙間からその黒い影を凝視した。

男の右手には、薄型の上質なアタッシュケースが握られていた。その持ち方、指先の位置、そしてスーツの袖口からのぞく高級腕時計の輝き。


どこかで見たことがある。

いや、前世の俺にとって、それは毎日のように見慣れていた、あまりにも身近な光景だったはずだ。


男は静かに息をつくと、愛華が眠る寝室の方を一瞥し、鼻で小さく冷笑した。

そして、その足を、リビングの一角――まさに俺が寝かされているベビーベッドのほうへと向けた。


タッ、タッ……。


近づいてくる足音が、心臓の鼓動と重なる。

一歩、また一歩と、影が濃くなっていく。


ベビーベッドのすぐ脇に、その巨体が到達した。


(……ついに来た……!)


俺は赤ん坊なりの無垢な寝息を装いながら、全身の筋肉をバネのように緊張させた。いつでも飛び出せるわけがない、だが、いつでもこの目でその正体を暴き、その首筋に噛みついてやりたいほどの殺意が、小さな体を焼き焦がしていた。


黒い影――謎の男は、ベビーベッドの柵の前にゆっくりと立ち止まった。


彼は俯き、中に寝かされている俺の顔をのぞき込んだ。

相変わらず顔の半分以上は闇に隠れているが、男の喉元から、低く、絹を擦り合わせるような、耳障りの良い、それでいて底知れぬ狂気を孕んだ声が漏れ出た。


「……相変わらず、いい面をして寝ているな。……佐藤一真の、忘れ形見よ」


その声を聞いた瞬間。


俺の脳裏を走ったのは、恐怖ではなく、文字通りの「雷鳴」だった。


(……お前は……ッ!?)


声のトーン、息遣い、そして脳裏に刻まれていた前世の記憶のピースが、一瞬にして完璧に噛み合った。

神条でも、陣内でも、陸斗でもない。

愛華の背後に隠れ、俺を毒殺し、全ての糸を引いていた「第4の男」の正体が、その声と影のシルエットによって、あまりにも残酷な形で暴き出されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。