表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見捨てられた動画編集者、現実をカットする  作者: 黒猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/15

第10話 記憶を持つ俺と、記録を持つ俺

《第一権限層》

《記憶認証完了まで残り五十八秒》

白い空間に、二人の灰原レンが向かい合っている。

一人は俺。

記憶の三二%を失い、姉さんの顔も、父さんの声も、黒瀬ジンへの憎しみも欠けている。

もう一人は。

俺が能力を使うたびに削除してきた記憶の集合体。

失った過去。

消えた感情。

捨てられた人格。

それらをすべて持っている、もう一人の俺。

『返せ』

もう一人の俺が言う。

『俺の人生を』

「俺が奪ったわけじゃない」

『同じだ』

その声には、確かな怒りがあった。

俺にはもう残っていない、黒瀬ジンへの憎しみ。

姉さんを忘れた自分への嫌悪。

母さんの声を失った絶望。

すべてが、あいつの中にある。

『お前は俺を切り捨てて生き残った』

「切り捨てたかったわけじゃない」

『でも、使った』

言い返せない。

能力を使えば記憶が消えると知っていた。

それでも使った。

生きるため。

誰かを守るため。

世界を止めるため。

理由はあった。

だが、消された側にとっては関係ない。

『痛みも』

もう一人の俺が一歩近づく。

『後悔も』

さらに一歩。

『全部、俺に押しつけて』

目の前まで来る。

『お前だけが英雄になった』

《残り四十九秒》

胸ポケットの紙から、さらに文字が消えていく。

――あなたの名前は、灰原レン。

その一行は、もう半分以上読めない。

「九条さん」

俺は隣を見る。

九条は二人の俺を見比べていた。

「どちらが本物に見えますか」

「判断材料が不足しています」

即答。

今の九条は、俺を覚えていない。

だから感情で選ばない。

「記憶の連続性だけを基準にするなら、彼の方が正規人格に近い」

もう一人の俺が笑う。

『聞いたか』

九条は続ける。

「ですが、人格の正当性を記憶量だけで決めるのは不合理です」

笑みが止まる。

「人間は常に忘れます。記憶が欠落したからといって、別人になるわけではない」

『こいつは普通の忘却じゃない』

「理解しています」

九条は俺を見る。

「問題は、欠けたことではありません」

「では、何ですか」

「欠けた後に何を選んだかです」

その言葉で、白い空間に細いひびが入った。

認証システムが反応している。

《判定基準の変更を検出》

《記憶量以外の要素は認証対象外です》

空間全体に機械音声が響く。

『ほらな』

もう一人の俺が腕を広げる。

『ここでは、俺の方が正しい』

「また、与えられた基準か」

俺はつぶやく。

記憶を多く持つ方が本物。

その一つの基準だけで、人格を選ばせる。

第零階層は、最初から俺たちを競わせるつもりだ。

一人だけ残すために。

「正規人格を選ぶ必要はない」

『負けるのが怖いのか』

「違う」

俺はもう一人の俺を見る。

「お前も俺だ」

『ふざけるな』

「ふざけてない」

『俺を切り捨てたくせに!』

あいつの拳が俺の顔面を打ち抜いた。

衝撃で床へ転がる。

口の中に血の味が広がった。

九条が銃を構える。

「攻撃をやめなさい!」

『黙れ!』

もう一人の俺が手を振る。

九条の足元にタイムラインが現れる。

《削除対象:発砲動作》

まずい。

「九条さん、撃たないで!」

俺が叫ぶ。

九条の指が止まる。

次の瞬間、銃を構えた動作だけが消えた。

彼女の腕が、不自然に下がっている。

「能力を使えるのか」

『当たり前だ』

もう一人の俺の視界にも、編集画面が浮かんでいる。

『お前が失った能力の感覚も、全部俺の中にある』

同じ能力。

いや、俺より精密だ。

俺が使うたびに失った経験まで持っている。

『今のお前より、俺の方がうまく使える』

《残り三十五秒》

「だから、俺を消すのか」

『そうだ』

あいつは迷わなかった。

『お前が残れば、また記憶を切り捨てる』

その言葉には怒りだけではない。

恐怖があった。

また消されることへの恐怖。

存在しても、代償として使われるだけ。

それなら、今の俺を消して主導権を奪う。

合理的だ。

「お前は生きたいんだな」

『当たり前だ!』

「なら、同じだ」

『何が』

「俺も生きたい」

もう一人の俺の顔が歪む。

「姉さんのことを思い出せなくても」

胸ポケットの紙を握る。

「父さんの顔が分からなくても」

配信視聴者のコメントが頭の中を流れる。

《灰原レン》

《忘れるな》

《帰ってこい》

「それでも、俺はここまで来た」

『記録に言われたからだろ』

「最初はそうかもしれない」

俺は立ち上がる。

「でも今、父さんを助けたいと思ってるのは俺だ」

『それは俺の感情だ!』

「だったら返してくれ」

『何?』

「奪い返すんじゃない」

俺は手を差し出す。

「共有する」

白い空間が大きく揺れた。

《未定義の認証形式を検出》

《人格統合は許可されていません》

「統合じゃない」

俺はシステムへ向かって言う。

「接続だ」

削除された記憶を俺へ戻せば、あいつが消える可能性がある。

全部を統合すれば、どちらかの人格が上書きされるかもしれない。

だから、完全には戻さない。

あいつを別人格として残したまま、必要な記憶だけを共有する。

二つの編集プロジェクトが、同じ素材フォルダを参照するように。

「お前は消えなくていい」

俺はもう一人の俺を見る。

「俺の中に戻らなくてもいい」

『騙されると思うか』

「思わない」

俺は胸を指す。

「だから、俺の記憶も見せる」

『何を』

「お前が消えたあと、俺が何を選んだか」

姉さんに自分の記録を書いてもらった。

配信で存在を拡散した。

九条を同行者に選んだ。

父さんを救うために、世界か家族かという二択を拒んだ。

失った後の俺が作った記憶。

それは、あいつの中にはない。

「お互いに足りない」

俺は言った。

「お前は過去を持ってる。でも、その後を知らない」

もう一人の俺の目が揺れる。

「俺はその後を生きてる。でも、過去がない」

《残り二十二秒》

「どっちか一人が本物なんじゃない」

俺は手を伸ばし続ける。

「二人で灰原レンだ」

『きれいごとだ』

「そうかもな」

『接続した瞬間、俺を消す気だろ』

「なら、先にお前が編集しろ」

『何?』

「接続条件を、お前が決めろ」

俺の視界に新しいタイムラインが現れる。

《人格間接続》

《共有範囲:未設定》

《主導権:未設定》

《切断権限:未設定》

俺は操作せず、あいつへ渡した。

「主導権を半分ずつにする」

『そんな設定はない』

「作れ」

『簡単に言うな』

「お前の方が編集はうまいんだろ」

もう一人の俺が睨む。

《残り十五秒》

時間がない。

胸ポケットの紙は、ほとんど真っ白になっている。

俺の名前も消えかけていた。

『失敗したら』

あいつが言う。

『二人とも消える』

「一人だけ残るよりはましだ」

『俺はそう思わない』

「嘘だ」

あいつの目を見る。

「本当に俺を消したいなら、もうやってる」

能力差は明らかだった。

最初の一撃で、俺の発声や呼吸を消すこともできたはずだ。

それをしなかった。

殴っただけ。

話し続けた。

こいつは、俺に理解してほしかった。

『……お前は』

もう一人の俺が小さく言う。

『昔から、そうやって勝手に決める』

「それも、お前の記憶か」

『ああ』

「じゃあ、今回は一緒に決めよう」

《残り九秒》

もう一人の俺が俺の手を見る。

八。

七。

六。

ゆっくりと手が伸びる。

五。

四。

指先が触れる。

三。

《人格間接続を開始》

《共有範囲:感情記憶》

《主導権:双方》

《切断権限:双方の同意》

二。

《新規人格形式を検出》

一。

《認証エラー》

白い光が爆発した。

大量の感情が流れ込んでくる。

姉さんへの安心。

父さんへの憧れ。

母さんを失った悲しみ。

ジンへの怒り。

見捨てられた恐怖。

全部。

映像ではない。

出来事の細部は戻らない。

だが、誰を大切にしていたのか。

何を憎んでいたのか。

なぜ苦しかったのか。

感情だけが、俺へ接続される。

同時に、俺の記憶もあいつへ流れる。

白との対話。

九条の選択。

配信者たちの声。

第三の選択肢を作った瞬間。

俺たちは、互いの人生を見た。

『……姉さん、泣いてたな』

頭の中に声が響く。

目の前にいたもう一人の俺の姿は消えていた。

だが、存在は消えていない。

俺の内側。

少し離れた場所にいる。

「聞こえるか」

『聞こえる』

「消えてないな」

『今のところは』

視界に新しい表示が浮かぶ。

《第一権限層認証結果》

《人格数:二》

《正規人格:判定不能》

《例外処理を実行》

白い空間が激しく揺れ始める。

《認証対象を一名に限定できません》

《第一権限層を強制終了します》

床が崩れる。

九条が俺の腕をつかんだ。

「何をしたのですか!」

「選ばなかった」

「説明になっていません」

「二人とも残した」

九条が言葉を失う。

俺たちは白い空間の下へ落下した。

無数の映像が周囲を流れていく。

俺が失った記憶。

知らない人間の記録。

消された街。

存在しなかったことにされた事件。

第零階層は、削除された情報の保管庫。

ジンの言葉は本当だった。

その中心。

巨大な黒い塔が見える。

塔の周囲には、無数の人影が浮かんでいた。

全員、顔がない。

《第二権限層》

《編集履歴監査領域》

《灰原レンが削除した記憶から、敵対人格を生成します》

九条が銃を構える。

「来ます」

人影に顔が浮かび始める。

最初の一人。

母さん。

写真で見た顔。

だが、その表情は優しくない。

『どうして私を忘れたの』

次に、幼い姉さん。

『レンは私を捨てた』

そして。

数十人のブラッククラウンの仲間たち。

『お前だけ生き残った』

その後ろから、巨大な影が現れる。

ケルベロス。

俺が削除した攻撃。

消した音。

奪った結果。

そのすべてが形を持っている。

《監査対象:灰原レン》

《削除総数:百四十七件》

《監査方法:戦闘》

「百四十七……」

俺がつぶやく。

頭の中のもう一人の俺が笑った。

『安心しろ』

「何が」

『百四十七件のうち、八十三件は俺が覚えてる』

俺の右目に、赤い編集画面が浮かぶ。

左目には、これまでと違う青いタイムライン。

二つの視界。

二人分の編集権限。

《共同編集モードを起動しますか?》

俺は母さんの姿をした敵を見つめた。

胸が痛い。

顔を覚えていないのに。

感情だけは、はっきり戻っている。

「起動する」

『今度は勝手に決めるな』

「じゃあ、どうする」

短い沈黙。

『一緒にやる』

二つのタイムラインが重なった。

《共同編集モード:開始》

その瞬間。

百四十七体の敵が、一斉に俺たちへ襲いかかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ