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見捨てられた動画編集者、現実をカットする  作者: 黒猫


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第11話 共同編集

《共同編集モード:開始》

世界が二重に見えた。

右目には、これまで俺が見てきた赤い編集画面。

左目には、新しく現れた青いタイムライン。

視界が重なる。

耳には、自分ではない呼吸が聞こえる。

『聞こえるか』

頭の中で、もう一人の俺が言う。

「ああ」

『違和感は?』

「最悪だ」

『俺もだ』

短く笑う声が重なる。

同じ笑い方なのに、少しだけ癖が違う。

それが妙に安心できた。

「レン!」

九条シオンが銃を構えたまま叫ぶ。

「何が起きていますか!」

「説明は後です!」

敵が来る。

百四十七体。

母さんの姿。

幼い姉さん。

ブラッククラウンの探索者。

ケルベロス。

そして、俺が能力で消した数え切れない現象たち。

《監査開始》

最初に動いたのは、母さんだった。

ゆっくり歩いてくる。

優しい笑顔。

その姿だけで胸が締め付けられる。

『レン』

聞いたことのないはずの声。

それなのに、涙が出そうになる。

「来るな」

『どうして忘れたの?』

足が止まる。

忘れたくて忘れたわけじゃない。

能力の代償だった。

そう説明しようとしても、言葉にならない。

『お前、動くな』

頭の中のもう一人の俺が叫ぶ。

『あれは母さんじゃない!』

分かっている。

分かっているのに。

感情が邪魔をする。

母さんの姿をした敵が、あと一歩まで迫る。

その瞬間。

九条が俺の肩を強く引いた。

「前!」

銃声。

乾いた破裂音。

弾丸が母さんの額を撃ち抜く。

姿が崩れた。

黒いノイズへ変わる。

『監査対象の感情反応を確認』

《次段階へ移行》

母さんではなかった。

感情を揺さぶるためだけに作られた幻影。

「ありがとうございます」

俺が言うと、九条は短くうなずいた。

「礼は不要です」

まだ俺を覚えていない。

それでも助けてくれた。

それだけで十分だった。

『来るぞ』

頭の中の声。

今度はブラッククラウンの探索者たちが走ってくる。

「レン!」

知らない顔が叫ぶ。

「荷物持て!」

「回復遅い!」

「役立たず!」

聞き覚えのある言葉。

胸の奥が痛む。

『思い出したか』

「少しだけ」

怒鳴られていた。

命令されていた。

謝っていた。

断れなかった。

断れば仲間じゃなくなると思っていた。

「……最低だな」

『ああ』

「俺」

『俺たちだ』

同時に答える。

その瞬間、不思議と恐怖が薄れた。

思い出した。

傷ついたことを。

利用されていたことを。

それは痛い記憶だった。

だが、忘れるよりずっとましだ。

「編集する」

赤い画面を開く。

探索者たちのタイムライン。

《罵倒》

《命令》

《暴力》

俺は削除しようとして止まる。

違う。

それではまた同じだ。

嫌な記憶を切り捨てるだけ。

『レン』

もう一人の俺が言う。

『逃げるな』

「ああ」

俺は《罵倒》を選ばなかった。

そのさらに奥を見る。

タイムラインを分離する。

何層も。

何層も。

すると、一番下から細い文字が現れた。

《素材:罪悪感》

「罪悪感?」

ブラッククラウンの探索者たちは、俺を責めているわけじゃない。

俺自身が、自分を責める感情。

それを映像化しているだけ。

「なら」

俺はそのタイムラインを切る。

《罪悪感》

ではなく。

《責任》

へ書き換える。

《追加編集》

《成功》

探索者たちの姿が止まる。

一人が武器を落とした。

『……そうか』

もう一人が笑う。

『俺たちは悪くなかった』

全員が黒い粒子へ変わり、消えていく。

《監査対象を更新》

《削除数:百四十七→百三十九》

八体。

まとめて消えた。

「倒したんじゃない」

九条がつぶやく。

「存在理由を失わせた」

「はい」

俺は息を吐く。

「編集しました」

監査領域は、俺を罰するための場所じゃない。

自分が削除したものと向き合う場所だ。

だから。

正しく編集すれば、敵は消える。

『面白い』

頭の中のもう一人が笑う。

『前のお前なら全部切ってた』

「今は違う」

「何が違うのですか」

九条が聞く。

「記録があります」

胸ポケットを探る。

紙はもうない。

第一権限層で消えてしまった。

その代わり。

頭の中には配信視聴者の声が残っている。

《忘れるな》

《帰ってこい》

《灰原レン》

外部記録。

それが今の俺を支えている。

《次の監査対象》

地面が揺れる。

巨大な影。

ケルベロス。

ダンジョンで最初に戦った魔物。

俺が攻撃を削除して生き残った相手。

「来る」

ケルベロスが咆哮する。

音だけで空間が震える。

『今度はどうする』

もう一人の俺が聞く。

俺は赤い画面を見る。

《咆哮》

《突進》

《捕食》

全部見えている。

だが、今回は違和感があった。

タイムラインの最後が途中で切れている。

「終わりがない」

『本当だ』

普通の現象なら結果まである。

攻撃。

命中。

破壊。

しかしケルベロスのタイムラインには、《捕食》までしかない。

その先がない。

「未来が編集されてる」

俺は気づく。

誰かが、この魔物の結末だけを隠している。

つまり。

まだ何かある。

「九条さん!」

「はい!」

「倒さないでください!」

「理由は!」

「こいつは何かを隠してます!」

ケルベロスが飛びかかる。

九条が避ける。

俺はタイムラインを開く。

《咆哮》

削除しない。

《突進》

削除しない。

その奥。

ノイズの層を一枚ずつ剥がす。

十枚。

二十枚。

三十枚。

突然、視界が反転した。

ケルベロスの頭の中。

映像が流れ込む。

暗い廊下。

白い少女。

そして。

父さん。

「誠一さん!」

九条も驚く。

父さんはケルベロスの前へしゃがみ込み、頭を撫でていた。

「いい子だ」

魔物が尻尾を振っている。

信じられない光景だった。

「父さんが飼ってた?」

『違う』

もう一人の俺が否定する。

『もっと前だ』

映像が続く。

若い父さん。

研究所。

白衣の研究者たち。

ケルベロスは檻の中にいる。

壁には一枚のプレート。

《編集補助生体兵器 試作三号》

俺の呼吸が止まる。

兵器。

ダンジョンの魔物じゃない。

誰かが作った。

《映像終了》

ケルベロスが再び襲いかかる。

今度は目が赤く光っている。

頭へ、黒い杭が刺さっていた。

さっきの映像にはなかったもの。

「制御されてる!」

俺は叫ぶ。

「頭です!」

九条が即座に照準を変える。

一発。

二発。

三発。

最後の弾丸が黒い杭を撃ち抜いた。

乾いた音。

杭が砕ける。

ケルベロスが悲鳴を上げた。

その目から赤い光が消える。

巨大な体がゆっくりと俺の前へ伏せた。

『……ありがとう』

声。

魔物が喋った。

いや。

頭の中へ直接響いてくる。

『やっと終われる』

ケルベロスの体が白い光へ変わる。

その中から、小さな鍵が落ちた。

《監査完了》

《編集補助鍵を取得》

九条が鍵を拾う。

「これは?」

視界に説明が浮かぶ。

《第二権限層突破キー》

《監査対象が自ら譲渡しました》

『戦って勝ったからじゃない』

もう一人の俺が言う。

『助けたからだ』

俺は白い光を見送る。

敵じゃなかった。

助けを求めていただけだった。

《監査対象更新》

《残り百三十八》

数はほとんど減っていない。

だが。

攻略法は見え始めていた。

第二権限層は敵を倒す場所じゃない。

俺が編集してきた過去を、もう一度正しく編集する場所だ。

そのとき。

塔の最上階が赤く光る。

巨大な鐘の音が響いた。

《監査対象の異常を検出》

《共同編集モード確認》

《想定外の人格構造を確認》

《特別監査官を派遣します》

塔の扉が開く。

ゆっくりと、一人の男が階段を下りてくる。

黒いスーツ。

白い手袋。

眼鏡。

年齢は四十代ほど。

どこにでもいそうな会社員の姿。

しかし、その右手には巨大な赤いペンが握られていた。

男は俺を見ると、小さく笑った。

「初めまして」

穏やかな声だった。

「私は編集監査官」

胸元の名札には、たった二文字だけ記されている。

校正

男は赤いペンをゆっくり持ち上げた。

「誤字を、一つ見つけました」

そのペン先が、俺へ向く。

「君という存在です」

《編集監査官:校正》

《権限:文章編集》

《戦闘開始》


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