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見捨てられた動画編集者、現実をカットする  作者: 黒猫


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14/15

第15話 存在しない次の一秒

《未登録編集》

《新規時間軸を追加しますか》

「追加する」

赤いペンを振り下ろす。

世界消滅の終端。

真っ黒な空白の、その先。

本来なら何も存在しない場所へ、一本の白い線が引かれた。

《新規フレームを生成》

《時刻:世界消滅後0.01秒》

《内容:未定義》

一瞬。

世界中の黒い雨が止まった。

空中で静止した雨粒の中に、消えかけた建物が映っている。

姉さんが見上げる空。

管理局。

ダンジョン。

海。

地球。

すべてが、削除される直前で停止した。

《世界消滅まで残り九分五十一秒》

止まっただけだ。

消滅処理そのものは続いている。

『続きは作れた』

頭の中で、もう一人の俺が言う。

『でも、中身がない』

白い一秒。

映像のない空のフレーム。

そこへ世界全体を接続しなければ、誰もたどり着けない。

「今の地球を、その一秒へ移す」

原典が顔を上げた。

「不可能だ」

「理由は」

「地球全体を移動させる容量など、どこにも存在しない」

視界に必要コストが表示される。

《対象:地球上の全情報》

《接続先:新規時間軸》

《必要容量:四十六億年分の記録》

数値としてすら理解できない。

数千人格の記憶をすべて使っても足りない。

人類の記録だけではない。

生命。

海。

大気。

地層。

惑星が積み重ねてきた時間のすべて。

「だから、原典は崩壊直前の世界を維持するしかなかった」

九条が言う。

「丸ごと移すことができなかったから」

「そうだ」

原典は膝をついたまま答える。

「私は消滅する直前の一秒を、十二年間繰り返してきた」

俺は地球のタイムラインを見る。

確かに。

この世界の十二年分の映像は、一本の時間としてつながっていない。

無数の短い断片が、継ぎ接ぎされている。

崩壊する。

復元する。

接続する。

また崩壊する。

同じ終わりを何度も先延ばしにしてきた。

ダンジョンは、その継ぎ目から漏れた削除済み領域。

魔物は、世界に戻れなかった情報。

能力者は、編集処理へ触れた人間。

俺たちは。

終わり続ける世界の中で生きていた。

《世界消滅まで残り九分二十秒》

「全部を移す必要はない」

俺は言った。

原典が眉をひそめる。

「何?」

「次の一秒に必要なのは、地球の全記録じゃない」

動画編集では、前の映像をすべて新しいフレームへ詰め込むわけではない。

一枚前との差分だけを記録する。

変わらない部分は参照し続ける。

「地球そのものは現在の時間軸に残す」

九条が理解する。

「変化する情報だけを、新規時間軸へ送る?」

「差分接続です」

『前の世界を素材として参照する』

もう一人の俺が続ける。

『新しい一秒には、変化した部分だけを書けばいい』

原典が立ち上がる。

「理論上は可能だ」

「やったことは?」

「ない」

「なら、今やる」

世界全体のタイムラインを分離する。

地球。

生命。

人間。

記憶。

現在の状態と、次の一秒で変化する部分。

呼吸。

心拍。

風。

光。

移動。

思考。

あまりにも多い。

《差分項目:測定不能》

数千人格の編集画面が一斉に開く。

それぞれが世界の一部へ接続していく。

試作人格三号。

海流。

十一号。

大気。

二十六号。

地殻。

百四号。

植物。

数千の俺が処理を分担する。

《差分項目を分割》

《共同編集者へ割り当て》

《処理開始》

図書館の本が激しく光る。

人の形となった試作人格たちが、次々に地球のタイムラインへ飛び込んでいく。

『海洋差分、取得』

『生体活動、取得』

『人工物、取得』

『重力変動、取得』

無数の声。

世界を一人で支えていた原典は、その光景を呆然と見つめていた。

「本当に、全員へ権限を渡したのか」

「ああ」

「裏切る人格がいるかもしれない」

「いるだろうな」

「世界を自分の望む形へ変える者も」

「いるかもしれない」

「それでも信用するのか」

「信用してない」

原典の目が動く。

「だから変更履歴を残す」

俺は新しい機能を作る。

《共同編集規則》

《すべての変更は記録される》

《単独人格による世界規模編集を禁止》

《重大変更には複数承認を必要とする》

《主導編集者も例外としない》

最後の一文を見て、原典が息を止めた。

「自分の権限まで制限するのか」

「あんたは、制限しなかった」

一人ですべてを決めた。

世界を救うため。

そう信じて。

人格を作り。

犠牲にし。

嘘を重ねた。

俺も同じになる可能性がある。

だから、自分を信用しない仕組みを先に作る。

九条が文章を確認する。

「主導編集者の変更にも、承認が必要ですか」

「はい」

「誰が承認するのです」

俺は彼女を見る。

九条の前に新しい表示を出す。

《外部監査者を登録しますか》

《候補:九条シオン》

彼女が目を細める。

「私は編集者ではありません」

「だからです」

数千人の灰原レン。

全員、同じ原典から生まれている。

考え方が違っても、根本は同じ。

内側だけで監査すれば、同じ間違いを見落とす。

「編集できない人間が、止める役を持つべきです」

「私に世界の編集を止めろと?」

「必要なら」

「あなたを消すことになるかもしれません」

「そのときはお願いします」

九条はすぐには答えなかった。

《世界消滅まで残り七分五十五秒》

外部観測者の黒い目がさらに近づく。

宇宙の外側から、巨大な指のような影が伸びてくる。

触れた星が消える。

光すら残らない。

地球へ到達するまで、時間はない。

「承認します」

九条が表示へ触れた。

《外部監査者:九条シオン》

《権限:世界編集の拒否》

《登録完了》

その瞬間。

九条の右目に、銀色の輪が浮かんだ。

編集能力ではない。

編集を止めるための権限。

原典が苦い顔をする。

「編集者でもない人間に、そこまでの権限を」

「怖いですか」

九条が問う。

「当然だ」

「私もです」

彼女は俺を見る。

「あなたが世界を好き勝手に変える可能性が」

「だから頼みました」

「理解しています」

九条は銀色の目で世界のタイムラインを見る。

「最初の監査です」

「何を」

「差分接続後の世界に、灰原アキだけを優先保存する処理が入っています」

心臓が止まりそうになった。

表示を見る。

確かに。

地球全体の差分一覧。

その中で、姉さんの生命情報だけが最優先に設定されていた。

俺は設定していない。

『俺だ』

頭の中でもう一人の俺が言う。

「お前が?」

『姉さんだけは絶対に残したかった』

気持ちは分かる。

俺の中にも同じ感情がある。

だが、それを許せば。

誰もが大切な人だけを優先する。

編集者の身内だけが残る世界になる。

「解除する」

『待て』

「駄目だ」

『姉さんが消えるかもしれない』

「だからって、ほかの誰かを後回しにはできない」

『お前は姉さんを覚えてないから言えるんだ!』

頭の中で怒鳴り声が響く。

痛い。

あいつは姉さんとの記憶を持っている。

俺よりずっと強く、大切に思っている。

『俺は姉さんを守るために戻ったんだ』

「違う」

『何が違う!』

「俺たちは、姉さんだけを守るために世界を編集してるんじゃない」

『世界が何をしてくれた!』

憎しみが流れ込む。

裏切り。

孤独。

消去。

姉さんだけが、俺を覚えようとしてくれた。

紙へ名前を書いた。

帰ってこいと残した。

『姉さんがいない世界なら、残す意味なんてない』

視界が赤く染まる。

共同編集の主導権が揺れる。

《主導人格間で意見が対立》

《差分接続処理:一時停止》

「レン!」

九条が俺の肩をつかむ。

「内部人格を制御してください!」

「制御じゃない」

歯を食いしばる。

あいつは俺だ。

命令して黙らせれば、原典と同じになる。

「話し合う」

『時間がないぞ』

「だから聞く」

俺は頭の中のあいつへ問いかける。

「姉さんだけ助かって、ほかの人が消えてもいいのか」

返事はない。

「姉さんがそれを望むと思うか」

『……』

「姉さんは、自分だけ助かった世界で笑えるのか」

記憶はない。

それでも分かる。

俺へ紙を残した人だ。

忘れても帰ってこいと書いた人だ。

きっと、自分だけを優先しろとは言わない。

『ずるいな』

もう一人の俺がつぶやく。

「何が」

『お前は記憶がないくせに、姉さんが一番嫌がることだけ分かってる』

「お前の感情があるからだ」

長い沈黙。

やがて。

姉さんの優先設定が解除された。

《全生命情報を同一優先度へ変更》

『絶対に助けろ』

「ああ」

『姉さんも』

「全員だ」

『それは無理かもしれない』

「それでもやる」

共同編集が再開する。

《差分取得率:32%》

《48%》

《61%》

黒い雨が再び動き始めた。

停止していた時間が限界に近づいている。

《世界消滅まで残り五分十二秒》

「間に合わない」

九条が言う。

差分取得率は六五%。

残り五分で、すべて処理できる保証はない。

さらに。

外部観測者の指が月へ触れた。

月の半分が消える。

地上で潮が狂う。

海面が盛り上がる。

差分項目が一気に増えた。

《外部干渉により差分を再計算》

《取得率:65%→41%》

「最初からやり直しか」

原典が青ざめる。

外部観測者が世界を壊すたび、次の一秒との差分が増える。

このままでは永遠に追いつけない。

「観測を止める必要がある」

九条が黒い目を見上げる。

「どうやって」

観測された対象が削除される。

なら。

見えなくすればいい。

原典は十二年間、地球を編集結果の中へ隠していた。

だが、その権限は移行時に失われた。

同じことをしても、また一人へ負担が集中する。

もっと小さな編集。

世界を隠すのではなく。

観測者が見ている映像だけを変える。

「偽の地球を見せる」

原典が俺を見る。

「何?」

「地球を複製する必要はない」

外部観測者が受け取っている情報。

光。

重力。

時間。

存在記録。

その入力映像へ、空の素材を接続する。

「消滅済みの地球を見せる」

『削除が完了したと誤認させるのか』

「ああ」

視界に外部観測者との接続線が見える。

太い黒線。

対象は地球。

送信内容は、現在の世界。

ここへ偽の終了画面を差し込む。

《観測情報差し替え》

《対象:外部観測者》

《表示内容:地球削除完了》

《必要条件:外部観測者の識別情報》

識別情報がない。

名前も。

構造も。

正体も分からない。

原典が首を振る。

「識別できない存在には編集できない」

「なら、名前をつける」

「勝手な命名は原文と矛盾する」

「名前がないんじゃない」

俺は黒い文章を見る。

《外部観測者》

これは名称ではない。

役割。

俺たちが呼ぶための仮ラベル。

表示レイヤーを分離する。

黒いノイズ。

その奥。

さらに深く。

編集画面の外側へ意識を伸ばす。

見てはいけない何かが、こちらを見返す。

無数の目。

無数の口。

だが。

それらは本体ではない。

すべて端末。

観測するために伸ばされた器官。

さらに奥に、一つの文章がある。

文字では読めない。

意味だけが流れ込んでくる。

世界を見つけるもの。

不要な時間軸を消すもの。

編集結果を完成させるもの。

そして。

原典の記憶の中に、その存在を呼ぶ言葉があった。

十二年前。

世界が崩壊する直前。

研究所のモニターに表示された警告。

《完成者》

「名前は、完成者」

原典が震える。

「思い出したのか」

「ああ」

「それは名前ではない」

「でも、あいつ自身がそう定義している」

未完成の世界を見つけ。

完成と判断したもの以外を消す。

だから原典は、世界を仮編集のまま隠した。

完成させれば見つかる。

未完成でも、露出すれば消される。

「完成者へ接続する」

《対象識別:成功》

《観測情報差し替えを開始》

必要コスト。

表示が出る。

《代償:編集者一名の完全削除》

息が止まる。

記憶ではない。

人格ではない。

一人の編集者そのもの。

存在。

記録。

すべて。

数千人格の中から、一人を素材にしなければならない。

《世界消滅まで残り三分四十四秒》

『俺が行く』

頭の中のもう一人が言った。

「却下」

『一番合理的だ』

「駄目だ」

『俺は元々、削除された記憶の集合だ』

「今は違う」

『主導編集者はお前だ』

「だからって」

『姉さんを頼む』

胸の奥が締めつけられる。

「一緒に戻るって言っただろ」

『自分との約束は破りやすいって、お前が言った』

声が少し笑っている。

嫌だ。

こいつを失えば、俺はまた過去を失う。

姉さんへの感情。

父さんへの憧れ。

動画編集者を目指した理由。

全部。

「ほかの方法を探す」

『時間がない』

「第三の道を」

『今回だけは、ない』

黒い接続線が、もう一人の俺へ伸び始める。

俺の意思とは関係なく。

自分で代償へ立候補した。

《編集者一名を選択》

《試作人格七号・分離感情体》

《承認待ち》

承認ボタンが現れる。

俺が押さなければ、処理は始まらない。

《世界消滅まで残り三分十秒》

世界を救うには。

もう一人の俺を消すしかない。

また二択。

また犠牲。

俺は震える指を止めた。

「九条さん」

「何ですか」

「俺が承認しようとしたら、止めてください」

「代案は」

「ありません」

「では、なぜ」

「ないまま決めたら、原典と同じになる」

原典が息をのむ。

数千人格の声がざわめく。

差分取得率は58%。

時間は減る。

外部観測者――完成者の指が、地球へ迫る。

九条は俺の前へ立った。

銀色の右目が光る。

《外部監査権限を行使》

《代償処理を拒否》

承認ボタンが消えた。

同時に。

観測情報差し替えも停止する。

《世界消滅まで残り二分四十五秒》

「これで、簡単には犠牲を選べません」

九条が言う。

「残り時間は?」

「二分四十五秒です」

「では、考えてください」

無茶を言う。

だが、それでいい。

俺は完成者との黒い接続線を見る。

編集者一名の完全削除。

なぜ必要なのか。

情報を差し替えるだけなら、人格一つは重すぎる。

代償は誰が決めている。

システム。

原典。

それとも。

完成者自身。

「代償も、文章だ」

俺はつぶやく。

《代償:編集者一名の完全削除》

この一文。

赤い波線はない。

だが、原文でもない。

機能を実行するために設定された交換条件。

なら。

編集できる。

赤いペンを当てる。

《編集者一名の完全削除》

直接書き換えれば権限不足。

分離する。

編集者。

一名。

完全。

削除。

四つの要素。

必要なのは、観測情報を偽装するための十分な情報量。

人格そのものではない。

完成者が、編集者の存在記録を認証鍵として要求しているだけ。

「一人分の存在を消す必要はない」

九条が俺の意図に気づく。

「一人分に相当する情報を渡せばいい」

「はい」

数千人格。

それぞれから、ほんの一部ずつ出せば。

誰も消えずに、一人分の情報量を作れる。

「共同代償」

視界に新しい文章を書く。

《代償を参加編集者全員へ分散》

《一人格あたりの消費:存在情報0.04%》

数千人格へ承認要求が送られる。

《共同代償を承認しますか》

一件。

《はい》

十件。

百件。

千件。

次々と承認が集まる。

原典だけが動かない。

「あなたも参加してください」

俺が言う。

「私を信用していないのだろう」

「してません」

「なら、なぜ」

「あなたも、この世界を十二年守った一人だからです」

原典の顔が歪む。

苦しそうに。

怒っているように。

そして。

泣きそうに。

「私は、君たちを犠牲にした」

「忘れません」

「許すのか」

「許してません」

「それでも参加させる?」

「責任を取ってください」

世界を壊した責任ではない。

守り方を間違えた責任。

今度は、一人で背負わず。

皆と同じだけ失う。

原典は震える指で承認へ触れた。

《共同代償参加者:二千四百八十二》

全員。

《観測情報差し替えを再開》

俺たちの存在から、ほんの一部が削られる。

名前の一画。

声の一音。

顔の輪郭。

記憶にもならないほど小さな欠片。

数千人分が集まり。

一人分の巨大な偽装情報へ変わる。

完成者へ送信される。

《地球削除完了》

《対象情報:消失》

宇宙の外側。

巨大な目が止まった。

地球へ伸びていた指が静止する。

黒い雨が消える。

消えかけていた建物が戻る。

月の欠けた部分は、そのままだ。

だが、削除処理は止まった。

《完成者の観測を回避》

《猶予時間:不明》

歓声は上がらない。

まだ終わっていない。

新しい一秒への差分接続。

《取得率:74%》

《世界消滅まで残り一分二十二秒》

完成者は騙せた。

だが、世界はすでに消滅処理へ入っている。

観測を止めても、一度始まった削除は止まらない。

次の一秒へ逃がすしかない。

《差分取得率:81%》

《87%》

《92%》

残り時間。

四十秒。

未取得項目が表示される。

《未取得:人間の未来選択》

「未来選択?」

九条が問う。

次の一秒。

人間が何をするか。

呼吸。

歩行。

発言。

数十億人分の選択が未定義。

それは過去の差分から予測できない。

自由意思。

誰にも編集できない部分。

《差分取得率:98.9%》

《未取得項目により接続不能》

残り二十秒。

「人間の未来を決めろというのか」

原典がつぶやく。

「無理だ」

決めればいい。

全員を一秒だけ停止させる。

そうすれば差分はゼロになる。

だが、それは。

世界中の人間から選択を奪うことだ。

一秒だけでも。

原典と同じ。

「決めない」

俺は言った。

《残り十二秒》

「未定義のまま接続する」

九条が目を見開く。

「次の一秒で何が起きるか分からなくなります」

「それが普通です」

未来は、編集者が決めるものじゃない。

《残り八秒》

俺は白いフレームへ文章を書く。

――次の一秒に、人間は自由に行動する。

《定義不能》

《矛盾の可能性》

《編集失敗率:測定不能》

「承認します」

九条が先に触れた。

外部監査者。

世界を止める権限を持つ彼女が。

未知の未来を認めた。

数千人格が続く。

《承認》

《承認》

《承認》

残り三秒。

原典が最後に触れる。

「本当に、先を決めないのか」

「だから未来なんだ」

一秒。

《新規時間軸への差分接続を実行》

世界が暗転した。

音が消える。

光が消える。

時間が消える。

そして。

存在しないはずだった次の一秒で。

誰かが息を吸った。

風が吹いた。

赤ん坊が泣いた。

姉さんが空を見上げた。

世界が。

終わりの続きを始めた。

《新規時間軸への移行成功》

《現在時刻:世界消滅後0.01秒》

俺は膝をつく。

成功した。

そう思った直後。

視界に黒い文字が浮かんだ。

《未承認差分を検出》

《新規時間軸への侵入者:一名》

図書館の中央。

何もなかった空間に、人影が立っている。

黒い服。

黒い髪。

顔は見えない。

その人物だけが、俺たちの共同編集を経由せず。

新しい一秒へ入り込んでいた。

「誰だ」

人影が顔を上げる。

そこにあったのは。

俺の顔。

だが。

試作人格でも。

原典でもない。

目の奥に、宇宙の外側と同じ黒が広がっている。

男は笑った。

「観測情報の偽装、見事だった」

その声は、数千人の俺の声が重なっていた。

「おかげで私も、完成者の目から逃れられた」

《識別情報を解析》

《対象:不明》

《構成情報:灰原レン》

《内部情報:完成者》

俺の身体が凍る。

完成者が。

俺の人格を使って。

新しい時間軸へ侵入した。

黒い俺は両腕を広げる。

「ようやく会えたな」

《新規時間軸汚染率:1%》

「私を作った編集者たち」

その背後で。

生まれたばかりの次の一秒が、黒く染まり始めた。


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