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見捨てられた動画編集者、現実をカットする  作者: 黒猫


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13/15

第14話 父を作った俺

《統合完了まで残り五十八秒》

指先が崩れていく。

肉ではない。

白い文字へ変わり、空中へほどけていく。

痛みはない。

その代わり、自分の輪郭が少しずつ薄くなる感覚だけがあった。

「処理を止めなさい!」

九条が発砲する。

銃弾は白衣の男――原典の灰原レンへ飛んだ。

だが、男へ届く直前。

一冊の本が棚から飛び出し、弾丸を受け止める。

表紙に書かれていた名前は。

《灰原レン 試作人格三号》

弾丸が本を貫いた。

次の瞬間。

図書館のどこかから、男の悲鳴が響く。

『痛い!』

本のページから血が噴き出した。

「本が人格と接続されている」

九条が銃を下ろす。

原典の俺は静かに笑った。

「ここにある本は、すべて私だ」

棚一面に並ぶ数千冊。

試作人格。

失敗人格。

廃棄人格。

外の世界へ出られなかった灰原レン。

それらすべてが、目の前の男へつながっている。

「撃てば、無関係な人格が傷つく」

原典は言った。

「合理的な君なら、もう撃てない」

九条の表情が歪む。

俺を忘れている。

それでも、彼女が人質を無視できないことを、原典は理解していた。

「あなたが作ったのですか」

九条が問う。

「このすべてを」

「正確には、私が作らせた」

「誰に」

「世界に」

意味の分からない答え。

だが、質問を続ける時間はない。

《統合完了まで残り五十秒》

右手が手首まで透明になっている。

俺は赤いペンを呼び出した。

《文章編集》

自分の胸に浮かぶ文章。

――試作人格七号の稼働期限は終了した。

《終了した》へペンを当てる。

《継続する》

《権限不足》

赤い警告。

校正から奪った権限でも、原典が承認した文章は変更できない。

「無駄だ」

原典が言う。

「君の編集権限は、私の劣化複製だ」

「俺の能力も、あんたが作ったのか」

「削除、復元、接続、文章編集」

男は指を折りながら並べる。

「すべて、私がかつて使用していた機能だ」

「かつて?」

「今は使えない」

初めて、男の言葉に違和感があった。

原典なのに、編集能力を使えない。

なら、なぜ俺たちを作った。

「能力を失ったのか」

原典の笑みがわずかに固まる。

当たり。

「何があった」

「君が知る必要はない」

「統合すれば、どうせ知ることになる」

「なら、黙って受け入れろ」

原典が手を上げる。

透明な容器から伸びる無数の線が光った。

身体の崩壊が加速する。

左腕。

肩。

頬。

文字になった俺の一部が、男の背後にある容器へ吸い込まれていく。

同時に。

知らない記憶が流れ込んできた。

白い研究室。

無数のモニター。

まだ幼い白とナギ。

そして、椅子へ縛られた灰原誠一。

「これは……」

「統合が始まった影響だ」

原典が答える。

「私の記憶と君の記憶が接続されつつある」

映像の中。

灰原誠一が叫んでいる。

『やめろ、レン!』

白衣を着た若い俺が、赤いペンを握っていた。

目の前の原典と同じ姿。

『これ以上人格を分割したら、お前は戻れなくなる!』

『戻る必要はない』

原典の俺が答える。

『世界を救うには、失敗を繰り返すしかない』

『人格は実験道具じゃない!』

『私の人格だ』

『生まれた瞬間から、お前とは別人だ!』

映像が途切れる。

胸が苦しくなる。

父さんは存在した。

灰原誠一は、設定だけの人物ではない。

十二年前まで生きていた。

原典の俺を止めようとしていた。

「嘘をついたな」

俺は原典を見る。

「あんたは父親人格が設定だと言った」

「君にとってはそうだ」

「あの人は実在した」

「実在と役割は両立する」

原典は淡々と答える。

「灰原誠一は研究者だった。そして、試作人格に父親を必要とした」

「だから父さんにした?」

「彼の記憶を加工し、君たちへ接続した」

胸の奥に怒りが生まれる。

失っていたはずの感情。

いや。

これは今の俺が作った怒りだ。

「人の記憶を勝手に使ったのか」

「世界を維持するためだ」

その言葉。

どこかで聞いた。

黒瀬ジン。

一人で済むなら安い。

世界を守るため。

「似てるな」

「何が」

「あんたとジンだよ」

原典の目が細くなる。

「目的のためなら、他人を素材にする」

「他人ではない。私自身だ」

「俺はあんたじゃない」

《統合完了まで残り三十八秒》

原典の背後で、本が一冊落ちた。

《試作人格七号》

俺の本。

ページが勝手にめくられていく。

幼少期。

姉さんとの生活。

ブラッククラウン。

裏切り。

能力の覚醒。

九条。

白。

第零階層。

すべてが文字として記されている。

だが。

一部のページが白紙だった。

記憶を失った箇所。

母さんの声。

父さんの顔。

姉さんとの思い出。

そこに原典の文字が流れ込もうとしている。

俺の空白を、あいつの記憶で埋めるつもりだ。

「統合ではない」

俺は気づいた。

「上書きだ」

原典は答えない。

俺の経験を引き継ぐ。

そう言った。

だが、俺の人格を残すとは言っていない。

空白へ原典の記憶を入れ。

俺の行動だけを保存し。

人格を消す。

「九条さん!」

「聞いています!」

「俺の本を閉じてください!」

九条が棚へ走る。

原典が指を動かした。

別の本が一斉に飛び出す。

数十冊。

ページが人の形へ変わる。

同じ顔をした灰原レンたちが九条の前に立ちはだかった。

『返せ』

『俺を選べ』

『俺が本物だ』

『外へ出してくれ』

九条は銃を構えるが、撃たない。

全員が被害者だ。

「どきなさい」

『嫌だ』

最前列の俺が答える。

胸には《試作人格十一号》。

『七号だけが外へ出た』

別の人格が言う。

『俺たちは失敗作として閉じ込められた』

「私には関係ありません」

九条は冷たく言った。

「そこを通してください」

『七号を助けるため?』

「違います」

九条は一歩踏み出す。

「彼が危険な存在か、自分の目で最後まで確認するためです」

記憶を失っても、変わらない。

この人は俺を無条件で守らない。

だから信用できる。

『言葉を変えても同じだ!』

人格たちが襲いかかる。

九条は発砲せず、銃を投げ捨てた。

最初の一人の腕を取り、床へ倒す。

次の一人の足を払う。

三人目の拳を受けながら前へ進む。

「九条さん!」

「自分のことを心配してください!」

《統合完了まで残り三十秒》

下半身の感覚が消え始める。

立っているのかさえ分からない。

俺は自分の本へ意識を集中する。

文字のタイムライン。

《試作人格七号》

《原典人格への統合》

《処理責任者:主任編集者・灰原レン》

《承認者:主任編集者・灰原レン》

処理責任者と承認者が同じ。

これでは、誰も止められない。

だが、文章の下に小さな注記があった。

《人格統合規定 第十二条》

《独立意思を獲得した人格の統合には、本人の承認を必要とする》

「本人の承認?」

俺は一度も承認していない。

原典は俺を自分の一部と扱い、本人の承認を自分で出している。

だが、規定上。

独立意思を持つなら、別人だ。

「矛盾してるぞ」

原典の表情が変わる。

「俺があんたの一部なら、独立意思はない」

赤いペンを握る。

「独立意思がないなら、今ここで統合を拒否する俺は何だ」

「一時的な挙動だ」

「だったら規定の対象外だな」

俺は注記へペンを当てる。

「でも、俺が独立人格なら」

承認欄を指す。

「承認者は、あんたじゃない」

《論理矛盾を検出》

図書館全体が揺れた。

統合処理が一瞬停止する。

《承認者情報を再確認》

《試作人格七号の独立意思を検査します》

原典が初めて声を荒らげた。

「検査を停止しろ!」

返事はない。

システムは原典の命令ではなく、規定に従っている。

俺の前に質問が現れた。

《あなたは主任編集者・灰原レンですか》

二択。

《はい》

《いいえ》

まただ。

俺は赤いペンを構える。

二つの選択肢の下へ、新しい文章を書く。

《主任編集者・灰原レンから生まれた、別の灰原レンである》

《回答を追加》

《文章として成立》

第三の選択肢が表示された。

原典の顔から余裕が消える。

「選ぶな」

俺は追加した回答へ触れた。

《独立意思を確認》

《試作人格七号を独立人格へ変更》

《統合処理には本人の承認が必要です》

質問が変わる。

《原典への統合を承認しますか》

《はい》

《いいえ》

「いいえ」

即答した。

《統合処理を中断》

身体の崩壊が止まる。

文字になっていた右腕が、完全には戻らない。

輪郭が半透明のまま。

だが、消滅は免れた。

原典は俺を睨んでいる。

「自分が何をしたか分かっているのか」

「生き残った」

「違う」

図書館の照明が一斉に赤く変わる。

《重大エラー》

《原典から独立人格が分離しました》

《世界整合率が低下》

《98.7%》

《97.1%》

《94.2%》

数字が急速に落ちていく。

本棚から本が崩れ落ちる。

ページが破れ、無数の記憶が空間へ流れ出す。

「君たち試作人格は、私の分割処理だ」

原典が言う。

「それぞれが独立すれば、世界を維持する人格容量が不足する」

「世界を維持?」

「この世界は、一つの巨大な編集結果だ」

男が両腕を広げる。

図書館の天井が消えた。

その向こうに地球が見える。

だが、俺が知る地球とは違う。

大陸の一部が白く欠けている。

海の上に巨大な黒い文字が浮かんでいる。

空にはタイムライン。

都市。

歴史。

人間。

すべてが映像編集ソフトの素材のように並んでいた。

「十二年前、世界は一度崩壊した」

原典の声が響く。

「私はその結末を削除した」

九条が人格たちを押しのけ、俺の本へたどり着く。

「世界の崩壊を?」

「そうだ」

「では、今の世界は」

「崩壊直前の状態を復元し、接続し続けている仮編集版だ」

仮編集。

完成していない世界。

だからダンジョンが現れた。

異常な能力。

消える記録。

第零階層。

すべて、編集の継ぎ目から漏れ出した不具合。

「世界を維持するため、私は人格を分割した」

原典が続ける。

「削除担当」

赤い光が一冊の本を照らす。

「復元担当」

別の本。

「接続担当」

さらに別の本。

「監査担当。記録担当。代償処理担当」

数千冊の灰原レン。

すべてが、世界を維持する処理の一部。

「七号。君は何を担当している」

俺の胸に文字が現れる。

《試作人格七号》

《担当機能:現実適応》

現実適応。

外の世界で人間として生活し、変化へ対応する人格。

だから俺は、選択肢の外を探した。

決められた処理を守らず。

状況に合わせて新しい答えを作った。

「君は最も不安定で、最も危険な人格だ」

原典が言う。

「だから一度、外へ出す必要があった」

「実験か」

「検証だ」

「ブラッククラウンの裏切りも?」

「覚醒条件として必要だった」

胸の奥で、何かが切れる。

ジンだけではない。

最初から原典が仕組んでいた。

ケルベロス。

裏切り。

存在の削除。

家族の記憶。

すべて。

俺を編集者として完成させるための試験。

「あんたが、白を使ったのか」

「彼女も試作人格だ」

「ナギも?」

「同じだ」

原典は何の罪悪感も見せない。

「白は選択誘導。ナギは記憶削除。君たちは全員、私の機能だ」

「違う」

「事実だ」

「元が同じでも、今は別人だ」

「だから世界が壊れる」

整合率が落ち続ける。

《87.4%》

図書館の一部が崩壊する。

本から人間の悲鳴が響く。

外の世界にも影響が出ている。

空間に映像が浮かぶ。

地上。

病院。

管理局。

街。

人々の身体が一瞬だけ二重にぶれている。

建物が消えては戻る。

時間が逆行する。

このままでは、本当に世界が崩れる。

原典が手を差し出す。

「統合を承認しろ」

「嫌だ」

「君一人のために、世界を犠牲にするのか」

また二択。

俺が消えるか。

世界が壊れるか。

用意された選択肢。

「第三の道を作る」

「存在しない」

「今までもそう言われた」

俺は自分の本を見る。

《担当機能:現実適応》

原典へ戻る必要はない。

だが、世界を維持する処理には参加できる。

「統合じゃなく、共同編集にする」

原典の目が見開かれる。

「何?」

「人格を消さず、機能だけ接続する」

第10話で、もう一人の俺と行った方法。

人格は別のまま。

必要な情報と権限を共有する。

「不可能だ」

「もう一度成功してる」

「一時的な人格接続と、世界維持処理は規模が違う!」

「なら、人数を増やす」

俺は図書館を見渡す。

数千冊の灰原レン。

全員を一つへ戻すから、原典の容量に限界が来る。

一人に世界を背負わせるから、人格を分割し続ける必要がある。

なら。

全員で分担すればいい。

独立したまま。

世界を共同編集する。

「試作人格全員を、編集者へ昇格させる」

図書館が静まり返る。

原典の顔から血の気が引いた。

「やめろ」

「怖いのか」

「制御できない」

「人間は制御するものじゃない」

「人格たちが別々の判断をすれば、世界は一瞬で矛盾する!」

「だからルールを作る」

共同編集。

承認制。

変更履歴。

復元地点。

動画編集の現場で、複数人が一つのデータを扱うための仕組み。

「一人の独裁じゃなく、複数人格の合意で世界を編集する」

「君は世界を会議で動かすつもりか」

「少なくとも、あんた一人で決めるよりましだ」

九条が俺の本を閉じる。

統合用の線が完全に切れた。

「灰原レン」

彼女が俺を見る。

「それを実行した場合の成功率は」

視界に計算結果が出る。

《共同編集システム構築》

《成功率:0.8%》

「0.8%です」

九条が無表情になる。

「想像以上に低い」

「でも、ゼロじゃない」

「失敗した場合は」

《世界編集データの完全破損》

《復元不能》

「世界が終わります」

「統合した場合は?」

《原典人格への統合》

《世界整合率:99.9%まで復旧》

《試作人格七号:消滅》

九条は黙った。

原典が静かに言う。

「合理的に考えろ」

99.9%。

0.8%。

選ぶまでもない。

世界を救うなら、俺が消えるべきだ。

「九条さん」

俺は彼女を見る。

「あなたなら、どちらを選びますか」

九条は答えない。

俺を覚えていない。

感情では選ばない。

だからこそ、聞きたかった。

長い沈黙のあと。

九条は閉じた俺の本を抱えた。

「どちらも選びません」

原典が眉をひそめる。

「理由は」

「前提となる数字を信用できないからです」

「システムが算出した結果だ」

「そのシステムを作ったのは、あなたでしょう」

原典の顔が固まる。

「0.8%という数字自体が、あなたに都合よく編集されている可能性があります」

俺は視界の成功率を見る。

輪郭がわずかに揺れている。

オーバーレイ。

第8話と同じ。

表示の上に別の表示が重ねられている。

「分離する」

成功率のレイヤーを剥がす。

《表示:0.8%》

その下。

《実測値:算出不能》

成功率は低いのではない。

誰も試したことがないから、算出できない。

原典が偽の数字を表示し、諦めさせようとしていた。

「また偽物か」

俺は笑う。

原典が一歩下がる。

《世界整合率:79.9%》

時間はない。

俺は赤いペンを握る。

数千冊の本へ、一本ずつ線を伸ばす。

《共同編集者候補を検出》

《二千四百八十一人格》

その中に。

切断された、もう一人の俺の反応があった。

《試作人格七号・分離感情体》

「見つけた」

本棚の最上段。

黒い本。

俺が失った記憶を持つ、もう一人の俺。

声は聞こえない。

だが、確かに存在している。

「全員へ接続要求を送る」

原典が叫ぶ。

「やめろ!」

無数の線が図書館を走る。

本が一斉に開く。

数千人の俺が顔を上げた。

《共同編集への参加を承認しますか》

《はい》

《いいえ》

最初の一冊。

試作人格十一号。

《はい》

次。

三号。

《はい》

二十六号。

《はい》

次々と承認が増えていく。

百。

五百。

千。

原典は透明な容器から線を引き抜こうとする。

「君たちは私だ!」

数千人の声が同時に答えた。

『違う』

図書館が震える。

『私たちは、私たちだ』

《共同編集参加者:二千四百八十人格》

残り一人格。

黒い本。

もう一人の俺。

ページがゆっくり開く。

《承認:保留》

「おい」

返事はない。

世界整合率が落ちる。

《71.2%》

黒い本に文字が浮かぶ。

――一つだけ条件がある。

「何だ」

――主導編集者を決めろ。

俺は息を止める。

共同編集には、最終判断を下す人間が必要。

全員の意見が割れたとき。

誰かが選ばなければならない。

――原典か。

――七号か。

また二択。

だが、今度は逃げられない。

責任を分散しても。

最後の判断だけは、誰かが背負う。

原典が俺を見る。

「君には無理だ」

否定できない。

俺は記憶が欠けている。

世界の全体像も知らない。

感情で動く。

合理性も足りない。

それでも。

「完璧な人間なんていない」

俺は黒い本へ手を伸ばす。

「だから、間違えたら止めてくれ」

九条を見る。

数千冊の人格を見る。

黒い本を見る。

「俺一人で決めるんじゃない」

胸に手を当てる。

「最後に決める責任だけ、俺が持つ」

黒い本の文字が消える。

《試作人格七号・分離感情体》

《承認:はい》

頭の中に、懐かしい声が戻った。

『遅い』

「悪かった」

『勝手に切ったくせに』

「あとで謝る」

『今謝れ』

「世界が終わりそうなんだよ」

『それはいつもだろ』

もう一人の俺が戻ってきた。

同時に。

数千本の線が俺へ接続される。

《共同編集システムを構築》

《主導編集者:試作人格七号》

《世界維持権限を移行します》

原典の身体から光が抜ける。

「待て」

初めて。

その声に恐怖があった。

「私から権限を奪えば、封印が解ける」

「何の封印だ」

原典は透明な容器を見上げる。

地球の映像。

そのさらに外。

黒い何かが、世界全体を覆っている。

無数の目。

無数の口。

編集画面の外側から、こちらを見ている存在。

「十二年前、世界を壊したものだ」

黒い影が動く。

《外部観測者》

《接続状態:遮断》

《原典権限の移行により、遮断解除》

「そいつから世界を隠すために」

原典が俺へ手を伸ばす。

「私は、世界を編集し続けていた!」

権限移行が完了する。

《主導編集者を変更》

《原典:灰原レン》

《新規主導編集者:試作人格七号》

その瞬間。

地球を覆っていた透明な壁が砕けた。

宇宙の外側で。

巨大な目が開く。

俺たちを見つける。

視界に、これまでとは違う黒い文章が現れた。

《観測対象を再発見》

《対象:地球》

《削除処理を再開します》

原典が膝をつく。

「だから言ったんだ」

世界中の空が黒く染まる。

地上の映像。

姉さんが窓の外を見上げている。

管理局の隊員たちが混乱している。

ダンジョンの門が一斉に開いていく。

黒い雨が降り始める。

雨粒に触れた建物が、音もなく消えていく。

復元もできない。

記録すら残らない。

完全な削除。

《世界消滅まで残り十分》

俺の前に、世界全体のタイムラインが開いた。

長すぎる。

人類史。

生命。

地球。

すべてが一本の映像として並んでいる。

そして、その終端には。

真っ黒な空白。

もう一人の俺がつぶやく。

『レン』

「ああ」

『今度は、世界そのものを編集するぞ』

数千人の灰原レンが、同時に編集画面を開く。

赤。

青。

白。

無数のタイムラインが、暗闇を照らした。

《共同編集モード:世界規模》

《参加人格:二千四百八十一》

《編集対象:地球》

《制限時間:十分》

俺は赤いペンを握り直した。

「まずは、削除される結末を切る」

原典が顔を上げる。

「無理だ」

「まだ言うのか」

「結末を消せば、代償は世界そのものだ」

「なら、結末は消さない」

黒い空白の直前。

世界が消される一秒前へカーソルを置く。

「続きを作る」

《未登録編集》

《新規時間軸を追加しますか》

俺は迷わず答えた。

「追加する」

世界の終わりの先に。

存在しないはずの、次の一秒が作られた。


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