第2章「雪の中で」
《ルーメンの森 屋敷の庭 〜リアン〜》
扉を開けると、視界いっぱいに雪が広がった。
思ったより積もってる。
ユハに手を引かれ一歩踏み出すと、雪が柔らかく沈んだ。
「ね、すごいでしょ!」
ユハが嬉しそうに振り返る。
「本当だね」
軽く相槌を打ちながら、周りを見渡す。
使用人たちも何人か外に出てきていて、もう遊び始めていた。
雪玉が、軽い音を立てて弾ける。
「やった!当たったー!」
ユハの声が、やけに楽しそうに響く。
さっきからずっとこんな調子で、周りを巻き込みながらはしゃぎ回ってる。
「リアンもちゃんと避けてよ!」
『避けてるよー』
そう言いながら、ゆるく身をかわす。
いつの間にか周りの子たちも混ざってきて、庭はすっかり賑やかになっていた。
白い中で動く影が増えて、少しだけ視界がぼやける。
でも、こういうのも悪くない。
「次そっち行くよー!」
ユハが勢いよく踏み込んだ、そのときだった。
小さく、変な音がした。
「わっ」
雪の上に、赤が落ちる。
一瞬、誰も動かなかった。
ユハの手が、少し遅れて震える。
「……切れちゃった…」
ぽつりと、他人事みたいに呟く。
『あー、ほんとだ』
近づいて手を取る。
そこまで深く無いけど、血はそこそこ出ている。
『大丈夫?』
「うん、でも……」
言いかけるけど言葉が続かない…珍しいなぁ。
『手、使えないと不便でしょ』
軽くそう言って、そのまま触れる。
一瞬だけ、感覚が重なると
じわ、とした痛みが移ってくる。
「……あ」
ユハが息を呑む。
自分の手を見ると、同じ場所が切れていた。
『ほら、これで大丈夫』
「えぇ!大丈夫じゃないよ!?」
思ったより強い声が返ってきて、少しだけ目を瞬く。
「なんでリアン怪我してるの!」
『んー?』
軽く首を傾げる。
『その方が早いからさ』
「そうじゃなくて……!」
言葉を探してるみたいだけど、うまく出てこないらしい。
ユハは上手く言語化できないのか拗ねたような不貞腐れたような表情を見せる。
『ちょっと手当してくるね。』
そのまま手を軽く振って見せる。
「待って、わたしも――」
『大丈夫だよ。すぐ戻るからね』
被せるように言って、踵を返す。
雪を踏む音が、さっきより少しだけ重い気がする。
でもまぁ、このくらいなら大丈夫かな
たぶん。
部屋に戻って手早く止血をする。
急いでたのかノックも無く扉が開かれる。
「……それ」
フェリクスの瞳が一瞬揺らいだ気がした。
「手当、手伝います」
本当に珍しいフェリクスが自分から距離を詰めてくるなんてね、
その様子に、思わず笑みがこぼれる。
『ありがとう。じゃあお願いしようかな』
あんまり会話は続かなくて静かな部屋の中、されるがままにされておく。
『帰る場所ってさ良いよね』
「……どういう意味ですか」
独り言のつもりだったけど、口に出てたみたい。
…どういう意味かぁ
『んー』
『ここに来るまで、ずっと旅してたからさ』
『自分の部屋とか、こうやって手当してくれる人とか、なかったし』
『だから、なんか……いいなって思って』
「……そういうもの、ですか」
目線は合わないけどあんまり納得いってないみたいだ
かく言う僕も理解してるわけでは無いけどね
『んーどうなんだろうね。』
フェリクスの手が離れる。
「できました」
『うん、ありがとう』
短く礼を言うと、フェリクスは少しだけ間を置いてから立ち上がった。
何か言いたげに見えたけど、結局そのまま扉の方へ向かう。
『……あまり、無理はしないでください』
背を向けたまま、ぽつりと落ちる声。
『ん?大丈夫だよ』
そう返すと、部屋に少しの沈黙が落ちる。
それから、扉が静かに閉まる。
部屋にひとり分の静けさが戻る。
外ではまだ雪が降り続いていて、賑やかな空気が戻ってきていた。
手を軽く動かしてみる。
痛みは、もうほとんど残っていない。
『……ほんと、便利だなぁ』
ぽつりと呟く。
少しだけ視線を落として、それから何事もなかったみたいに息を吐いた。
『帰る場所、か』
小さく繰り返す。
よく理解できてるわけじゃないけど、
たぶん、嫌いじゃない。
窓の外、雪に覆われた森をぼんやり眺める。
ここに来る前のことはあまり思い出せない。
別にそれで困る事はないけど。
『……まぁ、いっか』
『ユハたちのところに戻ろ』
雪は、静かに降り続いていた。




